2019/06/12

監視報告 No.10

監視報告 No.10  2019年6月12日

§ 米朝交渉のゴールポストはシンガポール共同声明の履行であり、安保理決議の履行ではない。

 2018612日のシンガポールにおける史上初の米朝サミットからちょうど一年になる。シンガポールにおいて合意された米朝首脳共同声明は、2018年に合意された2つの南北共同宣言とともに、今も朝鮮半島と北東アジア地域の平和と非核化を実現するための出発点となる基礎的合意文書である。

2月末にハノイで開催された2回目の米朝サミットは、合意文書を出すことはできなかったが、米朝両首脳とも、それぞれが抱えている国内事情について、直接会話を通じてしか得られない感触を得たはずである。しかし、その後現在に至るまで、ハノイで得たものを基礎として次の段階に進む機会を、両国とも見出すことができないでいる。進むべき具体的な道筋が見えないときには、70年近く続いてきた両国間の敵対と不和の歴史の垢が様々な形で表面化する。西側の国々ではDPRK(以下、北朝鮮)を悪魔化する論調が力を増して、情勢を正しく捉えることがいっそう困難になる傾向が現れている。

このように米朝交渉が不安定化しているこの時期においては、シンガポール共同声明の履行こそが米国と北朝鮮両国関係を転換させるための政治的約束であることを再確認することが極めて重要である。意図的であるか否かを問わず、安保理決議の履行とシンガポール米朝合意の履行の関係を混同したり歪めたりする議論が目立っていることに、とくに注意を喚起したい。

ハノイ会談以後、米国は「北朝鮮の非核化」ではなく、「北朝鮮の大量破壊兵器の完全廃棄」が目標であることを強調することが多くなった。

例えば、ハノイ会議の直後、米国務省高官が随行記者にブリーフィングした際、高官は「北朝鮮の大量破壊兵器(WMD)」に多く言及した。高官が「北朝鮮は現時点においては、WMD計画のすべてを凍結する意向をもっていない」と述べたが、それが国連安保理決議によって課せられた制裁の解除に関する発言であれば、とりたてて問題視する必要はない。しかし、実際にはシンガポール共同声明の履行の核心にある寧辺施設の定義を巡る議論において高官は次のように述べた[1]

「…寧辺核複合施設の定義は何かなど、シンガポール共同声明以来、我々には長い間届かなかった詳細レベルの問題にまで協議を進めた。この寧辺とは何かという問題は、我々は北朝鮮のWMD計画のすべてを解体することを目指しているのであるから、我々にとっては極めて重要である。」

つまり、ここでは、シンガポール共同声明の履行について述べる文脈において「WMD計画のすべての解体」が主張されている。

別の例を掲げるならば、37日に国務省高官が北朝鮮問題で特別ブリーフィングをした際においても、同じことが繰り返された。ハノイにおいて米国が寧辺核施設だけではなくてプラス・アルファを要求したと北朝鮮の()(ヨン)()外務大臣が述べたことについて、記者が「これ(プラス・アルファ)はウラン濃縮の地下施設なのか、ボルトン安全保障問題補佐官が要求したと述べたところの『生物化学及びすべてのWMD』なのか」と質問した。それに対して国務省高官は「李容浩外務大臣が何を意図したのかは分からないが、大統領が金(正恩)委員長に何を提案したのかははっきりと言える。それはWMD計画の完全廃棄だ」と回答したのである[2]。別の記者が「WMD計画の完全廃棄という意味は化学、生物、及び核兵器ということで間違いないか」と念押しをして、高官が「そうだ」と応える一幕もあった[3]。

このように、米国は、明らかにシンガポール合意の履行の文脈において、核兵器計画のみならず、すべてのWMD計画の廃棄を追求している。それも最終的な目標という意味ではなく、当初からの要求として提出している。

もし、米国にとって安保理決議の履行が優先的ゴールであるならば、WMD計画すべてが問題にならざるを得ないであろう。しかし、安保理決議の履行が米国の目的であることが明らかであったならば、そもそもシンガポールにおける歴史的な米朝首脳会談は実現しなかったし、米朝首脳共同声明を発することもできなかった。安保理決議履行と米朝共同声明の履行は明確に区別され、両者の関係を正しく認識することが必要である。

国連安保理が国連憲章第Ⅶ章「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」の規定に基づいて北朝鮮に対する国連の行動を決議したのは、20061014日の決議17182006)が最初であった。それ以来、制裁に関する決議は10回採択された。その内容は、ほとんどの場合、北朝鮮に対して、「核実験」と「弾道ミサイル技術を用いたすべての発射」を禁止し、核兵器及びすべてのWMDとそれらの計画、および弾道ミサイル計画を廃絶することを、完全・検証可能・非可逆的な方法で行うよう要求した。最後となる10回目の決議は20171222日に採択された決議23972017)である。

北朝鮮は、これらの決議に対して、核兵器・ミサイル開発は米国による北朝鮮への脅威に対抗するための正当な自衛の措置であり、国際的平和を脅かす行為ではないと反論し決議を拒否する姿勢を示し続けた。さらに、北朝鮮の体制転覆をリハーサルする米韓大規模軍事演習を平和への脅威として取り上げない偏った安保理決議のあり方を国連憲章に反すると反論した[4]。

このようにして、国連憲章第Ⅶ章の規定を基礎にした安保理の経済制裁決議によって北朝鮮の核兵器開発計画(実際にはすべてのWMD計画)を廃棄させる試みは、11年以上にわたって強化され続けたが、状況は改善しなかった。この状況を打破したのが米朝首脳会談の実現であった。そして、会談の結果、米朝はシンガポール共同声明に合意した。

経過から明らかなように、国連安保理決議の履行とシンガポール共同声明の履行の間には根本的な違いがある。前者においては北朝鮮が合意できない決議の要求に対して北朝鮮が履行を迫られるのに対して、後者においては米朝が合意した内容について双方が履行の義務を負うのである。この合意の履行によって、安保理決議が掲げた目標についても実現に向けて重要な一歩前進をはかることができるので、国際社会も米朝合意を強く歓迎したのである。したがって、現在国際社会が集中すべきなのは、米朝双方の努力によるシンガポール合意の履行であって、安保理決議を持ち出してWMD計画を云々することではない。

国連など多国間会議の場において、安保理決議が多く語られる必然について理解できない訳ではない。しかし、米国や日本という朝鮮半島情勢に密接に関係する国が、現状においても安保理決議を持ち出して制裁の維持を中心に主張するのは、誤った政策判断であり、シンガポール合意を困難に陥れる危険性を孕んでいる。

ここでは、以下において日本政府の言動についてのみ指摘しておきたい。

朝鮮半島非核化問題を追うジャーナリスト太田昌克によれば、日本政府は「シンガポール首脳会談の前から、生物・化学兵器を含むWMD問題への対処を米政府中枢に求めてきた」[5]という。その意味では、以下に述べる経過は、シンガポール共同声明が実現したことの意義を、日本政府が正しく理解しなかったと言わざるを得ない。

すでに本監視報告においても紹介したとおり、河野太郎外相は38日の衆議院外務委員会において「国際社会がこれまでのようにきちんと一致して安保理決議を履行してゆくこと」が、米朝平和プロセスにとって重要だと述べた[6]419日、ワシントンで行われた日米安全保障協議委員会後の記者会見においても、河野外相は「北朝鮮が、全ての大量破壊兵器及び全ての射程の弾道ミサイルのCVID(完全、検証可能、かつ不可逆的な廃棄)を行うまで、安保理決議を完全に履行する必要がある」[7]と、安保理決議にのみ執着した意見を述べている。

 日本政府のこの方針は、想像以上に大きな影響力をもっている。6月下旬に日本が議長国となってG20大阪サミットが開催され、8月下旬にフランスが議長国となってG7ビアリッツ・サミットが開催される。安倍首相は、G20G7における北朝鮮問題に関する見解の共有を図るために422日~29日、欧州を歴訪した。423日にフランス[8]、424日にイタリア[9]、428日にカナダ[10]において首脳会談を行い、そのすべての国において北朝鮮情勢について共通の認識を確認し合った。その内容は、「安保理決議に基づき、北朝鮮による全てのWMD及びあらゆる射程の弾道ミサイルのCVIDを実現するために緊密に連携すること」、さらに「経済制裁逃れを阻止するために、哨戒機及び船舶による『瀬取り』への対処で協力しあうこと」などであった。

このような日本の外交方針は、歴史的なシンガポール米朝首脳共同宣言の履行と国連安保理決議の履行との相互関係について、正しい理解に基づいているとは到底言えない。安保理決議の目標の実現のためにシンガポール合意の履行を優先させなければならないという認識を共有する努力こそ、いまなすべき日本外交の仕事である。(梅林宏道、平井夏苗)

1 米国務省「国務省高官の随行記者への説明」(ペニンスラ・ホテル、マニラ、2019228日)
2 米国務省「北朝鮮に関する国務省高官の特別ブリーフィング」(201937日)
3 注2と同じ。
4 例えば「DPRK外務省報道官は、国連安保理『決議』に全面的に反対する」(『朝鮮中央通信』、20061017日)(英文)
 http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付で検索
5 太田昌克「米朝決裂 隠された第二ウラン濃縮工場」(月刊『文芸春秋』、20195月)
6 衆議院外務委員会議事録、201938
7 「米・日2+2閣僚会議の共同記者会見におけるパトリック・シャナハン米国防長官代行、河野太郎日本外務大臣、岩屋毅日本防衛大臣と同席したポンペオ国務長官の発言」、米国務省、2019419日。
8 日本外務省「日仏首脳会談及び昼食会」(外務省HP2019423日)
9 日本外務省「日伊首脳会談」(外務省HP2019424日)
10 日本外務省「日加首脳会談」(外務省HP2019428日)

2019/04/24

監視報告 No.9

監視報告 No.9  2019年4月23日

§ 日本の政策:強い制裁維持と信頼醸成は矛盾する

金正恩委員長の施政演説
412日、金正恩朝鮮労働党委員長が、朝鮮最高人民会議第14期第1回会議で施政演説[1]を行った。「国の全ての力を経済建設に集中」することを中心とする施政方針を述べたが、その中で、南北関係、米朝関係についても重要なメッセージを発した。

南北関係については、「全民族は歴史的な板門店宣言と9月平壌共同宣言が忠実に履行されて朝鮮半島の平和的雰囲気が持続し、北南関係が絶えず改善されていくことを切に願っている」と述べた。米朝関係については「612朝米共同声明は、世紀を継いで敵対関係にあった朝米両国が新しい関係の歴史をつづっていくことを世界に告げた歴史的な宣言である」と改めて米朝首脳共同声明を評価した。一方で、ハノイ会談時の米国の交渉方針を厳しく批判し、「ハノイ朝米首脳会談のような首脳会談が再現されるのはうれしいことではなく、それを行う意欲もありません」、「制裁緩和の問題のためにのどが渇いてアメリカとの首脳会談に執着する必要はない」と述べた。その上で「今年の末までは忍耐強く(われわれと共有できる方法論を見出す)アメリカの勇断を待つつもり」であると、当面の方針を明らかにした。

315日の会見において、(チェ)(ヨン)()外務次官が近いうちに金正恩が方針を明らかにすると述べていたが[2]、これがその方針であろう。方針を要約すれば、「DPRKは制裁緩和を求めることに執着せず、自力更生で経済を支えつつ、米朝および南北の首脳合意を基本として交渉を続ける」との姿勢を示したことになる。

情勢に鈍感な日本外交
 金正恩の施政方針は、結論的には、冷静な方針に落ち着いているとはいえ、北朝鮮が制裁継続を「敵視政策」として厳しく捉えていることは明らかである。同じ施政演説において、金委員長は、経済制裁は北朝鮮を「先武装解除、後体制転覆」する手段であるとの厳しい分析を述べている。にもかかわらず、あるいは、だからこそ、金委員長は制裁解除を懇願するのではなく、別の手段で経済発展を達成しようと国民に呼びかけた。

 このように制裁問題は、その扱いを誤ると、今後の朝鮮半島の非核化と平和に関する交渉に決定的な悪影響を生む可能性をはらんでいる。にもかかわらず、日本の政治におけるこの問題に関する関心のあり方は、旧態依然たる状態が続いている。

国会審議を見ると、まず、北朝鮮の非核化・平和に関する関心が低いことが指摘できる。

進行中の第198通常国会における衆議院外務委員会は201936日に始まったが、本報告の発行日(423日)まで8回開催され、議員と政府間の質疑応答が19時間23分行われた。しかし、この中で、朝鮮半島問題を取り上げたのは、外務委員30人(与党自民党18人+公明党2人、野党10人)中7人に過ぎず、質疑応答に費やされたのは1時間41分に過ぎなかった。全体の質疑応答時間の8.7%に当たる。

 しかも、国会議員も外務省も、北朝鮮に対する国連安保理決議による経済制裁に関する認識は、概ね「強い制裁の維持」という点において一致していた。実際には、政府の朝鮮半島政策について議論を深める入り口がこの制裁問題にあったが、この入り口を活かす議論がこれまでのところ現れていない。

38日、シンガポール共同声明を基礎とした米朝交渉に関して行われた(コク)()(ケイ)()議員(共産党)と河野外務大臣との質疑応答は、その意味で核心を突いたものであり、今後の議論の材料となる政府答弁を引き出している。

穀田議員 「…大臣の所信表明でもありましたように、米朝プロセスを後押しする立場を表明されているけれども、米朝両国が非核化と平和体制構築に向けたプロセスを前進させる上で何が重要だと認識されているか…」

河野大臣 「2つあると思っておりまして、1つは、やはり国際社会がこれまでのようにきちんと一致して安保理決議を履行していくということ、それからもう1つは、米朝間でお互いに信頼関係をしっかりと醸成していくということなんだろうと思います。特に、北朝鮮に核、ミサイルの放棄を求めているわけですから、その後の体制の安全の保証というのがしっかりと得られるという確信が北朝鮮側になければなかなかCVIDにはつながらないということから、米朝間の信頼醸成が大事であります…」[3

 この河野大臣の答弁における「安保理決議を履行」という言葉の意味は、これまでと同様に、厳しく制裁を継続するというニュアンスのものである。それは、1か月余り後の419日、日米安全保障協議委員会(いわゆる「2+2」会議)がワシントンで開かれた際の記者会見での河野発言によっても窺い知ることができる。このとき、河野大臣は「北朝鮮が,全ての大量破壊兵器及び全ての射程の弾道ミサイルのCVIDを行うまで、安保理決議を履行する必要がある」と述べ、さらに「瀬取りの問題に対処する必要があり、瀬取り阻止のために他のパートナー国と協力する必要がある」[4]と記者に説明をした。

 つまり、河野大臣の答弁は米朝プロセスの推進のために、「安保理決議の厳密な履行」と「北朝鮮との信頼の醸成」の2つが必要だと述べた。信頼醸成の重要性に関する指摘は正しい指摘だ。

 しかし、この2つは両立するのだろうか?この問いこそが、日本における北朝鮮問題についての外交議論を深める手がかりとなる問題である。国会議論はこれまでのところ、この点に至っていない。


 安保理決議による強力な制裁が北朝鮮を対話の場に連れ出したという議論には賛否両論があるだろう。しかし、その後、情勢は動いた。現在は制裁の直接の引き金となった核実験やミサイル発射実験が中止されて17か月が経過し、対話が始まって約1年が経過している。前述したように、北朝鮮は、制裁緩和を今も拒否する勢力の姿勢は、北朝鮮に対する敵視政策の表れであると考えている。現状において「安保理決議の厳密な履行」を言い続けることは、「信頼の醸成」とは真逆のメッセージを出すことになる。

 本プロジェクトを主催するピースデポは、4月10日、日本外務省を訪れ、外務大臣への要請書をもって朝鮮半島問題を担当するアジア大洋州局ナンバー2である石川浩司(ヒロシ)審議官と面談する機会をもった。要請の第1項目は「北朝鮮の核・ミサイル開発に対する経済制裁の強化・維持を止め、段階的緩和のメリットを検討し、その必要性を訴えてください」であった。[注5]ここで「訴えて下さい」と要請した訴える先は、国連安保理をはじめとする国際社会を念頭においたものである。監視報告8で指摘されているように、安保理の制裁決議が「安保理は、DPRKの遵守状況に照らして、必要に応じて(制裁)措置を強化したり、修正したり、留保したり、解除する準備がある」[注6]と繰り返し述べていることを指摘して、ピースデポは政府の行動を促した。要請の内容は現在の政府方針と正反対のものであり、面談の中では議論に進展はなかった。ピースデポは国会議員への働きかけを強めている。(湯浅一郎、梅林宏道)



1 「朝鮮中央通信」、2019414日。
http://kcna.kp/kcna.user.home.retrieveHomeInfoList.kcmsf「最高指導者の活動」から、日付で施政演説を探すことができる。
2  韓国インターネット・メディアNEWSISの記事(韓国語)、2019325日。
 崔善姫発言は「在日本朝鮮人総聯合会中央本部」国際・統一局通信No.7662019326日)に日本語訳されている。
3 衆議院外務委員会議事録、201938
4 「米・日2+2閣僚会議の共同記者会見におけるパトリック・シャナハン米国防長官代行、河野太郎日本外務大臣、岩屋毅日本防衛大臣と同席したポンペオ国務長官の発言」、米国務省、2019419日。
5 ピースデポ「朝鮮半島の非核化とNPT再検討会議:日本の核抑止依存政策の根本的再検討を求める要請書」(2019410日)。
6 例えば安保理決議S/RES/2397(2017)主文28

2019/04/19

監視プロジェクトのチラシができました。

監視プロジェクトのチラシが出来ましたのでご紹介します。
裏面の「バックナンバー」は今後、更新されていきます。

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2019/04/01

監視報告 No.8

監視報告 No.8  2019年4月1日

§ 米の強硬路線への回帰は誤りであり、経済制裁の段階的緩和を追求する方向へ方針転換すべきである。

 227-28日にハノイで開催された2回目の米朝首脳会談が不調に終わって以来、朝鮮半島をめぐる情勢に悪化の兆しが見えている。

 米国の外交方針において、強硬路線の復活がみられる。会談から一週間後の37日に米国務省で開かれた特別ブリーフィングにおいて、国務省高官は次のように段階的非核化を否定する方針を明確にした。[1

記者の質問:北朝鮮交渉に関するトランプ大統領の顧問団にはいろいろなメンバーがいますが、大統領がハノイで最終的にとったオール・オア・ナッシング戦略に全員が同意していたと自信をもって言えますか?というのは、サミットに至る数週間の間に顧問団の中の他の人たちが主張していたようなステップ・バイ・ステップのアプローチをとらないという大統領の決定について、ボルトン氏がもっとも大きな影響力を持ったのではないかと、私には思えるからです。
国務省高官:政権内にはステップ・バイ・ステップのアプローチを主張する者は一人もいません。どの場合にも、目指すものは、他の全てのステップがとられるための条件としての北朝鮮の完全な非核化です。長期間にわたる段階的なアプローチをとるというのは過去の交渉の大きな特徴でした。正直言って、これまでの場合、それは双方が少なくとも表面上約束した結果を生むのに失敗してきました。1994年枠組み条約の交渉も6か国協議もそうでしょう。したがって我々は別のやり方をしようとしています。大統領は、もし北朝鮮がすべての大量破壊兵器と運搬手段を放棄するなら、北朝鮮をこの方向にもってゆくよう個人的に力を注ぐことを金委員長に十分に明確にしてきました。

 このようにして、トランプ政権が一致して段階的アプローチはとらないという方針が明確にされた。しかも、その理由として過去の交渉の失敗は段階的アプローチをとったせいであるという、根拠のない理由を掲げた。この方針は、監視報告5で紹介したスチーブン・ビーガン米北朝鮮問題特別代表のスタンフォードにおける演説の論調と異なる。

 しかし、ビーガン自身、311日、カーネギー国際平和財団主催の核政策会議に登場して、この国務省高官の発言を再確認した。ビーガンとの対話のファシリテーターであったニューヨークタイムズのヘレン・クーパー国防総省特派員が、ビーガン自身のスタンフォードにおける発言と、上記の国務長官の発言の両方を対比しながら引用して、「どちらなのですか?」と質問した。ビーガンは「私には、(2つの発言の間の)意味の違いが分からない」と応えつつ、次のように結論した。[2

「我々は、非核化を段階的に進めるつもりはない。大統領はこのことをはっきりしてきたし、これは米国政府の一致した立場だ。…我々の立場は、北朝鮮の大量破壊兵器計画の全体に対して北朝鮮に課せられている経済的な圧力を、すべて解除するだろうというものだ。」
「トランプ政権は、大統領から部下に至るまで、これらの制裁を北朝鮮が非核化プロセスを完了するまで解除しないということを明確にしてきた。」

 この日のビーガンの説明によると、現在のトランプ政権の対北朝鮮外交方針は次のように要約できる。シンガポール首脳会談で米朝は4つの合意をした。(1)新しい米朝関係の構築、(2)永続的、安定的な平和体制の構築、(3)朝鮮半島の完全な非核化、(4)遺骨回収の努力、の4つである。これらは相互にリンクしているので、同時並行的に進める用意がある。しかし、非核化がすべての基礎になる。非核化を一気に行えば他のことも一気に進むことを北朝鮮に説得している。「部分的な非核化に対して、経済制裁の一部解除の可能性はあるのか」という質問があったが、それにはビーガンの明確な回答はなかった。完全に否定した訳でもなかった。

 330日にロイター通信は、トランプ大統領が金正恩委員長に手渡したという、米国の非核化要求の内容を書いた一枚の紙を入手し、独占記事を書いた。[3]そこには北朝鮮の核兵器の核物質のすべて米国に引き渡すなどの要求が書かれていたという。それは、ボルトン米大統領特別補佐官(国家安全保障担当)が主張していたいわゆるリビア方式と呼ばれたものを想起させる内容である。考えにくいが、トランプ政権が一気に進めたいとする非核化の内容がこのようなものであったことも否定できない。

 いずれにしても、「段階的でない非核化」方針は現実性のない空想に近い。米国と北朝鮮の間に容易には拭えない相互不信の長い歴史がある。そんな中で、北朝鮮が米国への唯一の戦争抑止力と考えて保有した核兵器を一気に放棄させることは、不可能であろう。このような方針にトランプ政権がこだわっているとすると、米朝交渉は歴史的な機会を失ってしまう危険がある。

 315日、平壌においてDPRK(チェ)(ソン)()外務次官が駐在外交官や海外記者を集めて会見を行った。このような危険に対する警告を発するための会見であった。AP通信、タス通信が外国記者として出席していたことが確認されている。325日には、韓国のインターネットメディアNEWSISが、崔次官のその時の冒頭発言のテキスト全文を入手し公表した。AP通信の記事[4]から伝わるよりも、NEWSISのテキスト全文[5]から伝わるものの方が、より冷静であり、その分だけ今後の交渉に余地があることを感じさせる。

 崔次官の冒頭発言でもっとも重要な部分は次の一節であろう。

「(ハノイの)会談でわれわれが現実的な提案を提示したところ、トランプ大統領は合意文に『制裁を解除しても、DPRKが核活動を再開する場合には再び制裁が課せられる』という内容を含めるならば、合意が可能かも知れないという、伸縮性ある立場を取りましたが、米国務長官のポンペオやホワイトハウス国家安保補佐官のボルトンは既存の敵対感と不信の感情で、両首脳間の建設的な交渉努力に障害がもたらし、結局、今回の首脳会談では意味ある結果が出ませんでした。」

 これによると、トランプ大統領は制裁の部分的解除に柔軟な姿勢を示したが、ポンペオ国務長官とボルトン特別補佐官が反対した、ということになる。

 本監視報告において「米朝交渉において段階的制裁緩和」が鍵となることを繰り返して強調してきた。そのことが現実になってきた。北朝鮮は、そもそも安保理決議による北朝鮮制裁は不当であり、これを認めない立場をとってきた。これについては、さまざまな賛否の意見があるであろう。しかし、崔発言の中には「われわれがこの15か月間、核実験と大陸間弾道ミサイルの試験発射を中止している状況のもとで、このような制裁が残り続ける何の名分もありません。それについては国連安保理が一層明確に答えることができると思います」という発言がある。この部分は、ほとんどの人々の市民感覚からして違和感のない主張であろう。強い制裁が北朝鮮を対話に導いたとする主張に一理がありうるにしても、北朝鮮がすでに対話を始めており、対話を継続する意思がある現段階において、強い制裁の維持にどのような合理性があるだろうか。今は、制裁が対話の継続を壊そうとしているのである。

 国連安保理が北朝鮮に加えてきた制裁決議の中には、ほとんど共通して次の文言がある。

「安保理は、DPRKの行動を連続した再検討の下に置き続け、DPRKの遵守状況に照らして、必要に応じて(制裁)措置を強化したり、修正したり、留保したり、解除する準備がある。」(例えば、最新の制裁決議S/RES/23972017)においては主文28節[6]。その前の制裁決議S/RES/23952017)においては主文327

 つまり、安保理の制裁決議は、北朝鮮の遵守状況に応じて制裁を強化したり緩和したりすることを前提として決議されている。だからこそ、これまで安保理は北朝鮮の核実験やミサイル発射のたびに段階的に制裁を強化してきた。同じように、現在の状況において、段階的に制裁緩和を議論するのが安保理の当然の務めである。

 市民社会が声をあげて、米国のみならず自国政府や国連安保理に行動を促すべきであろう。(梅林宏道、平井夏苗)

1 北朝鮮に関する米国務省高官の特別ブリーフィング(201937日)
2 「米特別代表スチーブ・ビーガンとの会話」(カーネギー国際平和財団・2019年核政策国際会議、2019311日)
3 「独占記事:一枚の紙でトランプは金に核兵器を差し出せと要求」、ロイター通信、2019330
4 エリック・マルマッジ「北朝鮮公職:金は米国との対話と発射モラトリアムを再考している」(AP通信。2019316日)
5 NEWSISの記事(韓国語)。2019325
 崔善姫冒頭発言の全文は「在日本朝鮮人総聯合会中央本部」国際・統一局通信No.7662019326日)に日本語訳されている。
7  https://undocs.org/S/RES/2375(2017)

2019/03/12

監視報告 No.7

監視報告 No.7  2019年3月11日

§ ハノイ会談は失敗であったとは言えない。国際社会は段階的制裁緩和について中・ロを含む多元外交の役割を検討すべきである。

 227-28日にハノイで開催された2回目の米朝首脳会談は合意文書がないままで終了した。会議に向かって米国において外交方針の変化があり、相互の要求を取り入れた何らかの中間的措置に合意するのではないかという期待があった。にもかかわらず、成果文書がないまま終了したことで、メディアや関係者の論評に「決裂」とか「失敗」とかの見出しが目立った。

 しかし、そうだろうか?サミットで得られたものの大きさを、今後の交渉の基礎となる相互の認識の前進という尺度で測るならば、サミットは重要な成果を残している。しかも、その認識の前進はトップダウンの特徴をもつ両国の指導者の現状を考えると、サミット開催を通じてのみ得られたものであっただろう。一方で、認識の前進によって状況が今後どのように展開するかに評価の尺度を置くとすれば、我々は予測困難な状況におかれている。両国ともサミットの結果を消化するのに、まだ時間を要するであろう。次の会議までの時間がどのように推移するかを決定する因子は、米朝関係という狭い範囲を超えて広範囲にわたり、複雑である。

 このような状況において、本監視報告においてはハノイ・サミットの意義について、今後のために最低限押さえておくべき認識を整理することにする。

(1)シンガポール合意の履行過程は軌道上にあり、脱線していない。

 ほとんどの論評において強調されていないが、この単純な事実をまず確認しておくことが重要である。ハノイにおいて合意に達しなかったことに起因して、シンガポール合意そのものの基礎を疑う議論が生まれているからである。現在の米朝交渉の枠組みは2018612日のシンガポール首脳会談における米朝首脳共同声明によって作られている。両国ともその枠組みの前提をハノイにおいて再確認した。

 米国の立場からは、ポンペオ国務長官が直後の記者会見において、「金正恩委員長はこの旅の中で、非核化に完全に準備が出来ていると繰り返し確認した」と述べるとともに「(非核化の)見返りに朝鮮半島の平和と安定と北朝鮮人民に対して明るい未来を供与する」のが協議の目的であると述べた。[1

 一方、DPRKの側においては、朝鮮中央通信(KCNA)が、会議の翌日に異例の速さでハノイ会議の結果について次のように報道した。「両国の最高指導者は、一対一会談や拡大会議において、シンガポール共同声明の履行という歴史的な行程において顕著な進展があったことを高く評価した。」「会議において、両指導者は、朝鮮半島において緊張を緩和し、平和を維持し、完全に非核化するために両者が行った努力や積極的な措置が、相互の信頼を醸成し不信と敵意で彩られた数十年の米朝関係を根本的に転換するのに極めて意義深いとの、共通の理解をもった。」[2

 すなわち、米国もDPRKも、単に北朝鮮の非核化ではなくて、それぞれの国が責任をもつより大きな枠組みについて、シンガポールにおいて約束をしたことを再確認し、ハノイにおいてもその文脈を理解していることを示した。ただ、メディアの関心の偏りに起因する側面が大きいと思われるが、米国の高官たちの発言においては、この点への強調が弱いことも、指摘しておく必要があるだろう。

(2)米朝とも相手のボトムラインの要求が何であるかを知るとともに、その要求の背景にある相手国の事情について理解を深めた。

 ハノイにおける首脳会談に向けて実務協議が積み重ねられてきたが、その結果、両首脳が署名するための合意文が準備されていた。いわば「幻のハノイ合意」が存在したのである。トランプ大統領は228日の記者会見において「私は今日署名することもできた。そうしたらあなた方は『何とひどい取引だ。彼は何とひどい取引をしたんだ』と言っただろう。…今日何かに署名することは100%できた。実際、署名するための文書はできていた。しかし、署名するのは適当ではなかったのだ」と述べている。[3]つまり、実務レベルで合意された文書の内容では米国民の喝采は得られないという判断が[4]、トランプに北朝鮮に対するより高い要求を出させた。それが北朝鮮には呑めない内容であり、交渉は行き詰まった。

 そうだとすると、首脳間で行われたこの交渉によって、米国もDPRKも、相手国の要求とその背景にある事情について理解を深める掛け替えのない機会を得たはずである。記者会見の中で、トランプ大統領が次のような言葉を述べたことは記憶に値する。「制裁強化について話したくない。(今も)強い制裁だ。北朝鮮にも生きなければならない多数の人民が居る。そのことは私にとっては重要なことだ。」「金委員長をよく理解できたので、私の姿勢のすべてが全く変わった。彼らにも見解があるのだ。」

 実務レベルの合意、すなわち「幻のハノイ合意」、が何であったかに関する正確な情報はない。しかし、そのような中間的措置に関する合意が存在したという事実は重要な意味をもっている。それは、今後の両国の折衝の重要な基礎となりうるからである。

 トランプ大統領の記者会見に反論するために、31日の未明に北朝鮮の()(ヨン)()外相が記者会見を行い、(チェ)(ソン)()外務次官が質疑に応えた5]そうするとその直後に、ポンペオ国務長官と同行した国務省高官がマニラで記者会見を行った。[6]これらの情報を総合すると、準備されていた中間措置に関する合意文書の内容は、寧辺の核関連施設(ウラン濃縮設備、プルトニウム生産炉と抽出施設を含む)の全てを検証を伴う形で完全廃棄することと北朝鮮に加えられている制裁措置の何らかの緩和を中心に構成されていたと推定される。北朝鮮が2016年以後の制裁決議5件に含まれる民生関連の制裁緩和を要求したと説明しているが、準備されていた合意文がそれを含んでいたのか、それは首脳会談で勝ち取ろうとした要求項目であったのかは明確でない。北朝鮮は核実験や長距離ロケット発射実験を永久に中止することを文書確認する用意があったと李容浩外相が述べているので、この内容が合意文書に含まれていた可能性がある。

 トランプ大統領が「幻のハノイ合意」を超えて要求した内容についても明確な情報はない。トランプ大統領は、追加要求の中に寧辺の外にある第2ウラン濃縮設備の廃棄が含まれたことを記者会見で認めているが、同時に「それよりも多くのことを指摘した」と述べている。[7]さらに、国務省高官は、シンガポール合意には含まれていない「北朝鮮の大量破壊兵器の完全な凍結」を要求したことすら述べている。[8]これらの要求がハノイ交渉の行き詰まりの直接の原因となったとしても不思議ではない。

(3)米朝2国間交渉による中間的措置の合意探求だけではなく、中間段階における制裁強度の正統性について国際的な議論が必要となっている。

 以上の整理をふまえると、今後の展開について考えられるもっとも分かり易い道筋の一つは、ハノイ会談を基礎にして中間的措置について新しい合意点を追求することであろう。それは「幻のハノイ合意」を基礎にした足し算による均衡点の探求になる。「幻のハノイ合意」よりも低いレベルの合意はあり得ない。ハノイ会談の事前に報道された①戦争終結宣言あるいは平和宣言、②平壌への米連絡事務所の設置などの他に、③不安要因となりうる今後の米韓合同演習の規模や性格に関する暫定的な合意、④経済制裁の緩和についての北朝鮮の5件の要求よりも低いレベルの緩和措置、⑤南北の経済協力に付随して必要な範囲に限定した制裁緩和、⑥平和利用の担保を条件にした北朝鮮の宇宙や原子力開発に関する制限の緩和と核・ミサイル施設の公開の拡大、などが、そのような追加項目になりうるであろう。

 ハノイ会談は、このような努力と平行して、経済制裁の緩和に関してより本質的な課題の探求が必要になっていることを示している。安保理決議による北朝鮮への制裁は、単に米国だけではなく国連加盟国全体が関係すべき事案である。にもかかわらず、このことが米朝会談における核心のテーマになりつつある。国際社会は、とりわけ、北朝鮮と関係の深い安保理常任理事国である中国とロシアの果たすべき役割について関心を深め、声を挙げるべきであろう。

 北朝鮮は、南北間の板門店宣言と9月平壌宣言、及び米朝間のシンガポール共同声明によって、制裁の原因となっている核兵器・ミサイルの開発から脱する方向へと国家方針を転換した。その転換には、北朝鮮が感じてきた脅威の除去と朝鮮半島の平和と安定が必要であるという内容がこれらの共同宣言、声明には盛り込まれている。この内容は国際社会も十分に納得できるものである。宣言、声明に盛り込まれた合意事項の履行が段階的に行われてゆくとき、制裁の段階的解除を伴うべきであるという議論は、安保理制裁決議の正統性を維持するために避けてはならない議論である。とりわけ、中国やロシアがこのような議論をリードして国際社会に提起することは、北朝鮮が現在の共同宣言・声明の履行への意欲を維持し高めることに大きく貢献すると思われる。歴史上最強といわれる現在の制裁強度を維持すべきであるとの一部の国の考え方の正統性が客観的に吟味されなければならないであろう。(梅林宏道)

1 マイケル・R・ポンペオ「随行記者との会見」、米国務省・外交の現場(2019228日) https://www.state.gov/secretary/remarks/2019/02/289785.htm
2 「金正恩最高指導者とトランプ大統領が2日目の会談をもつ」(KCNA201931日) http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から、英文記事を日付で検索できる。
3 「トランプ大統領のハノイでの記者会見における発言」(ホワイトハウスHP2019228日)
4 ハノイ首脳会談とほぼ同じ時刻に、米国ではトランプ氏の元顧問弁護士マイケル・コーエン被告による米議会証言が行われ全米にテレビ中継された。コーエン被告はトランプ氏の犯罪を詳細に証言し米社会に衝撃を与えた。この同時進行の出来事がハノイ・サミットに影響したことは否めない。
5 李容浩外相の記者発表全文。(『ハンギョレ』(韓国語版、201931日)
6 米国務省「国務省高官の随行記者への説明」(米国務省HP、ペニンスラ・ホテル、マニラ、2019228日) https://www.state.gov/r/pa/prs/ps/2019/02/289798.htm
7 注3と同じ。
8 注6と同じ。

2019/02/25

監視報告 No.6

監視報告 No.6  2019年2月25日

§ マスメディアは「北朝鮮の非核化」ばかりに注目するが、今後の米朝交渉の焦点は米国の「平和体制構築」への姿勢だ

2回目の米朝首脳会談が間もなく開催される。日本では「北朝鮮の非核化」ばかりに注目が集まるが、昨年6月の米朝首脳会談の共同声明やその後の経緯を振り返れば、焦点は、米国のドナルド・トランプ大統領が合意を守り、「新しい米朝関係」や朝鮮半島の「平和体制構築」に向けた交渉に応じるかどうかに当てられるべきだ。

 日本で朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の非核化にばかりに注目が集まるのは無理もない。これまでほとんどのマスメディアは朝鮮半島の平和と非核化に関する米朝間の交渉について、北朝鮮の非核化にだけ焦点を当て、合意の破綻や交渉停滞の責任を全て北朝鮮側に押し付けるなど、一方的な見方を伝えてきた。それらのマスメディアにとって、朝鮮半島の平和と非核化に関する米朝のこれまでの全ての約束は「北朝鮮の非核化」についての約束であり、過去の合意が破綻したのは「北朝鮮が約束を破った」からだった。

昨年の首脳会談以降の報道を振り返っても、マスメディアが問題にしてきたのは北朝鮮が非核化に向けた措置をとるかどうかであり、その他の合意についてはほとんど無視するか歪曲して伝えている。例えば今回の米朝首脳会談について伝えるニュースでは、「焦点は、北朝鮮の非核化につなげられるのか。そして北朝鮮が見返りとして求める経済制裁の緩和への対応です」などと伝えたり[1]、昨年の首脳会談のあと交渉が停滞している理由を「核関連施設の全リスト提出」を求める米国と「制裁緩和など『相応の見返り』がなければ非核化を進められない」とする北朝鮮が対立しているからだと述べるなど[2]、米朝間の交渉が「北朝鮮の非核化」と米国側の「見返り」としての「制裁緩和」の話になっている。また昨年7月に北朝鮮が合意に従い米兵の遺骨を返還した際には、「体制保証などの見返りを求める戦術の一環ではないか」[3]と約束を守る北朝鮮の動機を悪意をもって描いたり、あるいは北朝鮮が原子炉の稼働を続けているという情報機関の報告について偏った伝え方をするなど[4]、北朝鮮に非核化の意志がないかのような印象を与えてきた。その一方で米国側の合意に反する行動については批判を避け、逆にトランプ政権が制裁緩和や朝鮮戦争の終戦宣言に応じるような姿勢を示すと、「譲歩」とか「見返り」という言葉を使って、トランプの「安易な妥協」によって「北朝鮮の非核化」が実現しないのではないかなどと懸念している。[5]

 このようなマスメディアの見方は間違っている。

まず昨年の米朝首脳会談の合意内容を確認しておくと、ドナルド・トランプ大統領は「北朝鮮に対する安全の保証を与えることを約束」し、金正恩委員長は「朝鮮半島の完全な非核化への確固とした揺るぎのない決意を再確認」した。そして両首脳は、以下の4つの表明を行っている。[6]

「両国は、平和と繁栄を望む両国民の意思に従い、新たな米朝関係を確立すると約束する」
「両国は、朝鮮半島における持続的で安定した平和体制構築のために共に努力する」
「北朝鮮は、2018427日の板門店(パンムンジョム)宣言を再確認し、朝鮮半島の完全な非核化に向けて努力することを約束する」
「両国は、戦時捕虜・行方不明兵(POW /MIA)の遺骨の回収に取り組む。身元確認済み遺骨の即時返還を行う」

米朝両政府は、「非核化」だけではなく朝鮮半島の「平和体制構築」でも合意したのであり、「非核化」とは「北朝鮮の核」だけでなく「朝鮮半島」、すなわち在韓米軍を含む韓国の核も対象になる。「北朝鮮の非核化」だけに注目するのは、間違いだ。そして「新しい米朝関係」や「平和体制構築」とは、朝鮮戦争の終戦宣言や平和協定の交渉開始が不可欠の要素だと考えるのが妥当だ。北朝鮮とすれば、戦争が終結して侵略される危険がなくなるから非核化するのであり、米国側が侵略の意図を止めないなら非核化に応じることはできないだろう。

また、合意を実行するにあたって駆け引きはあるだろうが、トランプが朝鮮戦争の終戦宣言に応じたり、平和協定締結に向けた交渉を受け入れたなら、それは既に合意した約束を履行するのであって、「譲歩」したとか「見返り」を与えたというマスメディアの表現は読者を誤った認識に導く不適切な表現だ。

 次に、首脳会談後の米朝双方の行動を振り返ると、北朝鮮側は一部のミサイル施設の解体を行い、米兵の遺骨の一部を返還するなど、合意を着実に履行している。また北東部豊渓里(プンゲリ)にある核実験場については首脳会談前に既に廃棄しており、さらに米国の相応の措置があればとりうる次の措置についても、具体的な提案をしている。一方、米国側は韓国軍との合同軍事演習を一時的に中止するなど外交プロセスを優先する姿勢を示し、「新たな米朝関係」の確立に向けた努力も見せてはいるが、朝鮮半島の平和体制構築にとって核心的に重要な朝鮮戦争の終戦宣言や平和協定締結に向けた交渉を拒み、昨年の7月と9月に日本海で核搭載可能な爆撃機を参加させた共同軍事訓練を日本の自衛隊と行ったり[7]、昨年10月の米韓安保協議の共同声明で韓国に対する「核の傘」の提供を再確認するなど[8]、合意を無視した行動を取ってきた。マスメディアは合意を履行している北朝鮮ではなく、合意を無視する行動を取ってきた米国側を批判すべきだ。

北朝鮮が原子炉を稼働させているという報告もあるが、米国のスティーブ・ビーガン対北朝鮮特別代表は、北朝鮮が核開発を諦めていないと指摘する米国情報機関責任者の発言とそれを取り上げたメディアの報道の仕方について「情報機関の情報を政策と完全に切り離すことはできない。情報機関の情報は政策の基礎として重要だが、政策は脅威に対処するためにある」と事実情報の評価の仕方に不満を述べて、問題を解決するために今まさに外交を行っているのだと強調している。[9]

金正恩は米国の脅威がなくなれば核兵器を持つ理由がないと述べ、米国が「相応の措置」──共同声明の履行に他ならない──を取れば、さらなる非核化の措置を取ると表明している。北朝鮮にとって、核兵器は米国による侵略を抑止するためのものであり、そのことを疑う識者はいないだろう。米国の脅威がなくなれば北朝鮮は核兵器を持つ理由はないという金正恩の発言は、真剣にとらえるべきだ。また南北間の動きに目を向けると、北朝鮮と韓国は昨年9月の首脳会談で事実上の終戦宣言を行っている。朝鮮戦争の当事国である北朝鮮と韓国は、もう戦争を望んでいない。米国が平和体制構築のための交渉に応じることが朝鮮半島の非核化につながると考えるのが、合理的な判断ではないだろうか。

最後に、「北朝鮮は今まで約束を破ってきた」という、これまでマスメディアが喧伝してきた誤った認識が、このような合理的な判断をすることを妨げていると考えられるので、朝鮮半島の平和と非核化に関する過去の合意について簡単に振り返っておきたい。

マスメディアが「北朝鮮が約束を破った」と言うとき、たいてい言及されるのが1994年の米朝枠組み合意と2005年の6か国協議による共同声明の破綻だ。北朝鮮はこの2つの合意を一方的に破ったと一般には信じられているが、実際には北朝鮮だけに合意の破綻の責任を押し付けることはできない。

米朝枠組み合意とは、①北朝鮮がプルトニウムを生産できる黒鉛炉と建設中の同型炉を凍結し解体すること、②米国が代わりに比較的プルトニウムを抽出しにくい軽水炉2基を提供すること、③軽水炉の完成まで米国が代替エネルギーとして年間 50tの重油を供給すること、④両国が政治的・経済的関係の完全な正常化に向けて行動すること、⑤米国は核兵器を北朝鮮に対して使用せず、使用の威嚇もしないこと、⑥北朝鮮は核不拡散条約(NPT)にとどまり保障措置協定を遵守すること、などを約束した合意で、この過程で、両政府は200010月に「相互に敵意を持たない」ことを宣言する共同声明を発表するまでに至った。北朝鮮問題の専門家として著名なレオン・V・シーガル氏[10]によれば、北朝鮮側は合意の結果「2003年までいかなる核分裂性物質も作らなかった」[11]が、2001年に発足した共和党のブッシュ政権は、その年の12月に議会に提出した「核態勢の見直し(NPR)」で、北朝鮮が「大量破壊兵器及びミサイル計画を活発に進めている」と糾弾して核攻撃の対象であることを示唆し、20021月のブッシュ大統領の年頭教書演説では北朝鮮をイラク、イランとともに「悪の枢軸」と呼んで、「相互に敵意を持たない」と宣言した共同声明を踏みにじった。さらにブッシュ政権は、北朝鮮のウラン濃縮計画の存在を理由に北朝鮮に対する重油の供給を停止し、枠組み合意を一方的に破棄した。米国がウラン濃縮計画についてどの程度の情報を入手していたかについては未だに明らかになっていない。米国側は、当時北朝鮮の責任者だった姜錫柱第1事務次官の「話し合っていこう」という趣旨の言葉を、ウラン濃縮計画の存在を認めたものと解釈したが、北朝鮮側はウラン濃縮計画の存在を明確に認めたことはない。[12]

2005年の6か国協議による共同声明とは、「平和的な方法による、朝鮮半島の検証可能な非核化」を目標として発足した米国・北朝鮮・日本・韓国・中国・ロシアの6か国による協議において到達した共同声明である。声明には6か国すべてに関係する義務が含まれているが、米朝に関するものに限って言うと、①北朝鮮の核兵器及び核計画の放棄、②米国の朝鮮半島での核兵器の配備、北朝鮮に対する核あるいは通常兵器による攻撃や威嚇をしないこと、③北朝鮮に対する5カ国による経済支援やエネルギー支援、④米朝の関係正常化、などが盛り込まれた。しかし、その直後に米国政府が偽ドル流通疑惑やマネーロンダリング(資金洗浄)疑惑を理由に北朝鮮に経済制裁を課したため、北朝鮮側は合意に反すると反発して核開発を再開し、翌2006年に最初の核実験を行った。

その後6か国協議は再開され、2005年の共同声明を実施するための措置について合意した(2007年)。北朝鮮はこの合意に従って核実験と原子炉の運転を停止したが、北朝鮮の核放棄の検証方法を巡って協議は行き詰まり、6か国協議での合意は事実上破綻した。

このように、北朝鮮が今まで約束を破ってきたと一方的に言うことはできない。むしろ米国側が先に約束を破ったという方に明確な史実がある。そして、ここでさらに重要なことは、米朝双方が合意を誠実に履行していれば、朝鮮半島の平和と非核化を実現するチャンスが過去にも存在したということだ。トランプ大統領が合意を守って偉業を成し遂げるのか、あるいはこれまでの大統領と同じように朝鮮半島の平和と非核化の実現のチャンスを無駄にするのか。今回の首脳会談を含む今後の米朝交渉で我々はそこに注目すべきだ。

幸いなことに、トランプ大統領は朝鮮戦争を終結させる心積りのようだ。パリ協定やイラン核合意からの離脱、移民・難民政策など、他の政策では問題の多いトランプ大統領だが、史上初の米朝首脳会談を行うなど朝鮮半島の非核化と恒久的な平和の流れを作るために一役を担ってきたことについては評価できる。

但し、トランプが約束を実行することは容易ではないだろう。朝鮮戦争終結や北朝鮮との平和協定締結に反対する勢力はトランプ政権内や与党共和党にも少なくない。そこで、トランプに約束を守らせるためには世論の力が必要になる。朝鮮半島の平和と非核化──それは東アジア全体の平和に直結する──を求めるなら、この地域に住む我々市民は、トランプが約束を守れるように後押ししなければならない。マスメディアにはそうした世論形成に役立つような誠実な報道を求めたい。そしてマスメディアがその責任を果たさないなら、市民は抗議の声を上げることも必要だ。(前川(はじめ)

1 「非核化〝見返り〟」(NHKニュース7 201922日)
2 「トランプ氏譲歩の可能性――米朝会談 2728日ベトナムで」(『朝日新聞』、201927日)
3 「米兵遺骨返還 北朝鮮の非核化に直結しない」(『読売新聞』、社説、2018729日)
4 例えば、NHKニュース72019213日。報告書は、北朝鮮の非核化の意志を疑う文脈ではなく、「交渉不在では驚くことではないが、北朝鮮は核分裂物質を生産し続け、ミサイル基地を維持、あるいはある場合には、強化している」と書き、当然の結果だと現状を伝えているにもかかわらず、ニュース7は「北朝鮮が去年、核兵器57発分に相当する核物質を生産した可能性があるという報告書をアメリカの専門家が発表しました」とのみ伝えた。後半部分で「報告書では、去年の米朝首脳会談による緊張緩和などで、北朝鮮の脅威は大きく低下したと分析」していることも伝えてはいるが、「核兵器57発分の核物質生産か 北朝鮮の核問題 米専門家が報告書」という字幕とともに、ニュースを伝えており、視聴者に北朝鮮の非核化に対する意志を疑わせる伝え方になっている。
5 例えば、NHKニュース7201922日や、『毎日新聞』、社説、201929日。
 ニュース7は、スティーブ・ビーガンが「北朝鮮が求めている見返りを巡る協議に応じる考え」を示したと伝えた後、「トランプ大統領が妥協して、核の放棄ではなく、アメリカに直接影響のあるICBM大陸間弾道ミサイルの廃棄だけで、北朝鮮に経済制裁の緩和などの見返りを与える可能性」があると指摘して、そうなると「中距離弾道ミサイルも核兵器も保持したまま」だと警鐘を鳴らす元国務次官補代理のエバンス・リビアの見解を伝えている。毎日新聞もトランプが「米国の直接的脅威となる大陸間弾道ミサイル(ICBM)の廃棄で折り合うこと」を心配し、「米国が安易な妥協」をしないよう、「北朝鮮のすべての核・ミサイルの廃棄が北東アジアの平和と安定に不可欠だとトランプ氏に懸命に働きかけなければならない」と述べている。
6
7 航空自衛隊報道発表資料(2018728日、および2018928日)
8 "Joint Communiqué of the 50th U.S.-ROK Security Consultative Meeting," U.S. Department of Defense, October 31, 2018.
9 U.S. Department of State, "Remarks on DPRK at Stanford University," January 31, 2019
10 社会科学評議会・北東アジア協力的安全保障プロジェクト代表(ニューヨーク)。
11 Tim Shorrock, “Diplomacy With North Korea Has Worked Before, and Can Work Again,The Nation, September 5, 2017
12 梅林宏道「朝鮮半島において国連憲章を具現せよ」(『世界』、20184月号)

2019/02/12

監視報告 No.5

監視報告 No.5  2019年2月12日

§ 金正恩「年頭の辞」が流れを作り、米国には同時並行の段階的措置をとる変化が現れた。

 溜まり水が流れ始めた。その背後には金正恩の「年頭の辞」の効果が大きかったと、我々は分析している。

 25日、米議会での一般教書演説で、トランプ大統領は227日、28日にベトナムにおいて2度目の米朝首脳会談を行うと発表した。3日後の28日には、大統領は開催地がベトナムのハノイであるとツイートした。

 昨年6月のシンガポールにおける初めての首脳会談における合意以後、米朝間の合意履行に関する交渉は停滞してきた。その停滞をうち破り履行を前進させるための具体的な合意を生むのでない限り、第2回首脳会談の開催に意味がないことは、衆目の一致するところであった。したがって、米朝、とりわけ米国は今、意味のある合意を生む可能性があると判断しているということだ。

 ここに至る過程を理解する上で、2つの演説を注意深く読むことが重要である。1つは金正恩朝鮮労働党委員長の「年頭の辞」[1]であり、もう1つは131日に行われたビーガン米国務省北朝鮮問題特別代表のスタンフォード大学における演説[2]である。

 201911日、DPRK(北朝鮮)の金正恩朝鮮労働党委員長は恒例の年頭の演説を行った。多くの人は、この「年頭の辞」が昨年来の朝鮮半島の緊張緩和の急速な動きや非核化への対話をどのように評価し、今年の方針をどう語るのか、に関心を注いだ。関心の背景には、情勢の好転を望む者にとっては北朝鮮の政策変更への不安があり、情勢の好転を苦々しく思う者には悪化への期待があった。なぜならば、昨年4月以来、南北関係は着実に好転の道を進んでいるのに対して米朝協議の進展は停滞しており、停滞の原因が米国の一方的な外交方針にあるとして、北朝鮮には不満が高まっていたからである。昨年末には、トランプ大統領への批判は避けつつも、北朝鮮の国営メディアが米国務長官を名指しして批判するまでに、批判のトーンが上がっていた[3]。したがって、金正恩委員長の「年頭の辞」が、米国に対する強硬方針や韓国への厳しい注文を含むものになる可能性を、誰も否定することができない状況があった。

 そのような中において、「年頭の辞」は金正恩委員長が昨年の変化を極めて肯定的に評価し、国民に対して経済建設優先の考えを述べるとともに、米朝関係の改善と非核化への方針を明確に伝えた。「年頭の辞」とは、基本的にDPRK国民へのメッセージであることを考えると、金正恩がシンガポールでの米朝首脳共同声明に言及して次のように述べたことの意味は極めて大きい。

「朝鮮半島に恒久的で、かつ強固な平和体制を構築し、完全な非核化へと進むというのは、わが党と共和国政府の不変の立場であり、私の確固たる意志です。
 そのため、われわれはすでに、これ以上核兵器の製造、実験、使用、拡散などをしないということを内外に宣布し、さまざまな実践的措置を講じてきました。…
 われわれは、いまわしい(米朝間の)過去史をひきつづき固執し抱えていく意思はなく、一日も早く過去にけりをつけ、両国人民の志向と時代の発展の要求に即して新しい関係樹立に向けて進む用意があります。」
 金正恩は国民に対して、対外的には表明していなかった「核兵器の製造をしない」という方針さえも表明した。昨年の「年頭の辞」においては、「核弾頭と弾道ミサイルを大量生産して実戦配備する」と号令したことを想起すれば、大きな方針転換を国民に告げたことになる。

 一方で、多くのメディアは「年頭の辞」の次の一文に注目した。北朝鮮から米国への警告のメッセージである。

 「ただし、アメリカが…約束を守らず、朝鮮人民の忍耐力を見誤り、何かを一方的に強要しようとして依然として共和国に対する制裁と圧迫を続けるならば、われわれとしてもやむをえず国の自主権と国家の最高利益を守り、朝鮮半島の平和と安定を実現するための新しい道を模索せざるを得なくなるかも知れません。」

 メディアがこの一文に関心を寄せる理由は理解できなくもない。しかし、「年頭の辞」から読み取るべき最も重要なメッセージはここにはない。重要なのは、昨年の変化が生み出したものを成果として肯定的に評価し、それを基礎に今年も米国との関係改善と非核化の道に進むという不動の方針を国民に示したことにある。

 このメッセージは、米政府に米朝関係を前に進めるための重要な根拠となったであろう。

 金正恩の親書を携えた金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長は、2019118日にワシントンを訪問しトランプ大統領と面会した。金英哲はこのとき、今後の新しい実務担当者となる金赫哲(キム・ヒョクチョル)元駐スペイン大使を同行した。北朝鮮ナンバーツーともいえる金英哲のワシントン訪問は、200010月に金正日国防委員長の代理でワシントンを訪問し、クリントン大統領と面会した趙明禄(チョ・ミョンロク)国防第一副委員長の歴史的な訪米を思い起こさせる。当時は、その後にオルブライト米国務長官の平壌訪問と金正日委員長との面会が実現した。

 金英哲・トランプ会談以後、米朝関係は急速に動き始めた。20188月にポンペオ長官がスティーブン・ビーガンを北朝鮮政策特別代表に任命していたにもかかわらず、一度も北朝鮮代表者との実務協議が実現していなかった。それが会談の翌日からストックホルムにおいて3日間の合宿実務協議が開催された。そして、冒頭に述べたような第2回米朝首脳会談の日程発表となった。

 118日以後に進んだこの変化を理解するためには、131日にスタンフォード大学で行われたビーガン特別代表の講演が極めて重要である。講演後、北朝鮮問題の老練の専門家でありクリントン政権下で国務省情報調査局北東アジア部長であったロバート・カーリンとの一問一答も行われた。カーリンの的確な質問によって、多くの貴重な論点がカバーされた。

 ビーガン演説によって明確に表明された重要な点は、米国が、北朝鮮が求めてきた同時的、並行的な段階的措置をとる準備がある、という点である。ビーガンは次のように述べた。

「我々は、同時に、また並行して、昨夏、シンガポールの共同声明において両首脳が行った約束の全てを追求する準備があることを、北朝鮮の相手に知らせた。」
「金委員長は、米国が相応の措置をとればプルトニウム施設やウラン濃縮施設に関する次の手段をとると述べた。これらの措置が何であるかは、これからの北朝鮮担当者との協議事項になる予定だ。我々としては、2国間の信頼醸成の助けになり、かつ両国関係の転換、朝鮮半島の恒久平和体制の確立、そして完全な非核化といったシンガポール・サミットの目的が並行して前進する助けになるような、さまざまな行動について協議する準備がある。」[2

 これは、米国の外交方針における大きな変化であり前進である。当初、メディアで騒がれた北朝鮮の核計画の包括的リスト提出に関する米国の要求は、後の段階の課題として後退した。

「非核化の過程が最終的になる前には、我々は北朝鮮の大量破壊兵器ミサイル計画の全範囲について完全に理解しなければならない。ある時点において、我々はそれを包括的な申告によって得ることになる。」[2

 さらに、中間的な措置の中に朝鮮戦争の終結問題が含まれていることをビーガン演説は強く示唆した。

「トランプ大統領はこの戦争を終わらせようとしている。…我々は北朝鮮の体制の転覆を求めていない。非核化の計画と同時に、我々は北朝鮮に明確なメッセージを送るような外交を進める必要がある。我々は新しい未来の準備をしている。非核化の基礎の上にあるものではあるが、それは非核化よりも大きいものだ。それは我々が手にしている機会であり、北朝鮮と協議しようとしているものだ。」[2

 もう一つの我々の関心事は、この新しい米国の方針と、これまで強調してきた制裁圧力路線との関係である。この点について、ビーガン特別代表は変化を示唆しながらもクリアなメッセージを発するには至らなかった。

「我々は圧力政策を維持する。同時に外交政策を前進させようとしている。したがって、この2つの間の正しいバランスを見出さなければならない。あなた(カーリン)が述べた文化交流や市民イニシャチブのような分野が、前進のために始めることのできる分かり易い分野のように思われる。」[2

 これに関係して、金英哲・トランプ会談後の急速な変化の中で、超強硬派のジョン・ボルトン国家安全保障担当・大統領補佐官の発言にも変化が現れていることに注目したい。125日、『ワシントン・タイムズ』との単独インタビューでボルトンは制裁について次のように述べた。

「我々が北朝鮮に求めるものは、核兵器を諦める戦略的な決定をしたという意味のある兆候である。その非核化を手にしたときに大統領は制裁の解除を開始することができる。」[4

 北朝鮮は、現時点においてすでに「核兵器を諦める」戦略的決定をして対米交渉に臨んでいるという解釈も可能であり、このような判断はトランプ政権の主観的判断に委ねられる。また、「制裁解除を始める」という表現は、制裁解除が段階的に進むことを意味しているであろう。(梅林宏道、平井夏苗)

1 日本語訳全文は以下で読むことができる。
2 U.S. Department of State, "Remarks on DPRK at Stanford University," January 31, 2019
https://www.state.gov/p/eap/rls/rm/2019/01/288702.htm (ここには、ビーガンの講演録とともに、ロバート・カーリンとの一問一答も記されている。)
3 たとえば朝鮮中央通信(KCNA)の記事「DPRK外務省アメリカ研究所政策研究部長の報道声明」(20181216日)。
 http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から、英文記事を日付で検索できる。
4 Tim Constantine, “John Bolton explains Trump's strategy on North Korea, China trade,” The Washington Times, January 25, 2019

監視報告 No.37

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