2019/02/12

監視報告 No.5

監視報告 No.5  2019年2月12日

§ 金正恩「年頭の辞」が流れを作り、米国には同時並行の段階的措置をとる変化が現れた。

 溜まり水が流れ始めた。その背後には金正恩の「年頭の辞」の効果が大きかったと、我々は分析している。

 25日、米議会での一般教書演説で、トランプ大統領は227日、28日にベトナムにおいて2度目の米朝首脳会談を行うと発表した。3日後の28日には、大統領は開催地がベトナムのハノイであるとツイートした。

 昨年6月のシンガポールにおける初めての首脳会談における合意以後、米朝間の合意履行に関する交渉は停滞してきた。その停滞をうち破り履行を前進させるための具体的な合意を生むのでない限り、第2回首脳会談の開催に意味がないことは、衆目の一致するところであった。したがって、米朝、とりわけ米国は今、意味のある合意を生む可能性があると判断しているということだ。

 ここに至る過程を理解する上で、2つの演説を注意深く読むことが重要である。1つは金正恩朝鮮労働党委員長の「年頭の辞」[1]であり、もう1つは131日に行われたビーガン米国務省北朝鮮問題特別代表のスタンフォード大学における演説[2]である。

 201911日、DPRK(北朝鮮)の金正恩朝鮮労働党委員長は恒例の年頭の演説を行った。多くの人は、この「年頭の辞」が昨年来の朝鮮半島の緊張緩和の急速な動きや非核化への対話をどのように評価し、今年の方針をどう語るのか、に関心を注いだ。関心の背景には、情勢の好転を望む者にとっては北朝鮮の政策変更への不安があり、情勢の好転を苦々しく思う者には悪化への期待があった。なぜならば、昨年4月以来、南北関係は着実に好転の道を進んでいるのに対して米朝協議の進展は停滞しており、停滞の原因が米国の一方的な外交方針にあるとして、北朝鮮には不満が高まっていたからである。昨年末には、トランプ大統領への批判は避けつつも、北朝鮮の国営メディアが米国務長官を名指しして批判するまでに、批判のトーンが上がっていた[3]。したがって、金正恩委員長の「年頭の辞」が、米国に対する強硬方針や韓国への厳しい注文を含むものになる可能性を、誰も否定することができない状況があった。

 そのような中において、「年頭の辞」は金正恩委員長が昨年の変化を極めて肯定的に評価し、国民に対して経済建設優先の考えを述べるとともに、米朝関係の改善と非核化への方針を明確に伝えた。「年頭の辞」とは、基本的にDPRK国民へのメッセージであることを考えると、金正恩がシンガポールでの米朝首脳共同声明に言及して次のように述べたことの意味は極めて大きい。

「朝鮮半島に恒久的で、かつ強固な平和体制を構築し、完全な非核化へと進むというのは、わが党と共和国政府の不変の立場であり、私の確固たる意志です。
 そのため、われわれはすでに、これ以上核兵器の製造、実験、使用、拡散などをしないということを内外に宣布し、さまざまな実践的措置を講じてきました。…
 われわれは、いまわしい(米朝間の)過去史をひきつづき固執し抱えていく意思はなく、一日も早く過去にけりをつけ、両国人民の志向と時代の発展の要求に即して新しい関係樹立に向けて進む用意があります。」
 金正恩は国民に対して、対外的には表明していなかった「核兵器の製造をしない」という方針さえも表明した。昨年の「年頭の辞」においては、「核弾頭と弾道ミサイルを大量生産して実戦配備する」と号令したことを想起すれば、大きな方針転換を国民に告げたことになる。

 一方で、多くのメディアは「年頭の辞」の次の一文に注目した。北朝鮮から米国への警告のメッセージである。

 「ただし、アメリカが…約束を守らず、朝鮮人民の忍耐力を見誤り、何かを一方的に強要しようとして依然として共和国に対する制裁と圧迫を続けるならば、われわれとしてもやむをえず国の自主権と国家の最高利益を守り、朝鮮半島の平和と安定を実現するための新しい道を模索せざるを得なくなるかも知れません。」

 メディアがこの一文に関心を寄せる理由は理解できなくもない。しかし、「年頭の辞」から読み取るべき最も重要なメッセージはここにはない。重要なのは、昨年の変化が生み出したものを成果として肯定的に評価し、それを基礎に今年も米国との関係改善と非核化の道に進むという不動の方針を国民に示したことにある。

 このメッセージは、米政府に米朝関係を前に進めるための重要な根拠となったであろう。

 金正恩の親書を携えた金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長は、2019118日にワシントンを訪問しトランプ大統領と面会した。金英哲はこのとき、今後の新しい実務担当者となる金赫哲(キム・ヒョクチョル)元駐スペイン大使を同行した。北朝鮮ナンバーツーともいえる金英哲のワシントン訪問は、200010月に金正日国防委員長の代理でワシントンを訪問し、クリントン大統領と面会した趙明禄(チョ・ミョンロク)国防第一副委員長の歴史的な訪米を思い起こさせる。当時は、その後にオルブライト米国務長官の平壌訪問と金正日委員長との面会が実現した。

 金英哲・トランプ会談以後、米朝関係は急速に動き始めた。20188月にポンペオ長官がスティーブン・ビーガンを北朝鮮政策特別代表に任命していたにもかかわらず、一度も北朝鮮代表者との実務協議が実現していなかった。それが会談の翌日からストックホルムにおいて3日間の合宿実務協議が開催された。そして、冒頭に述べたような第2回米朝首脳会談の日程発表となった。

 118日以後に進んだこの変化を理解するためには、131日にスタンフォード大学で行われたビーガン特別代表の講演が極めて重要である。講演後、北朝鮮問題の老練の専門家でありクリントン政権下で国務省情報調査局北東アジア部長であったロバート・カーリンとの一問一答も行われた。カーリンの的確な質問によって、多くの貴重な論点がカバーされた。

 ビーガン演説によって明確に表明された重要な点は、米国が、北朝鮮が求めてきた同時的、並行的な段階的措置をとる準備がある、という点である。ビーガンは次のように述べた。

「我々は、同時に、また並行して、昨夏、シンガポールの共同声明において両首脳が行った約束の全てを追求する準備があることを、北朝鮮の相手に知らせた。」
「金委員長は、米国が相応の措置をとればプルトニウム施設やウラン濃縮施設に関する次の手段をとると述べた。これらの措置が何であるかは、これからの北朝鮮担当者との協議事項になる予定だ。我々としては、2国間の信頼醸成の助けになり、かつ両国関係の転換、朝鮮半島の恒久平和体制の確立、そして完全な非核化といったシンガポール・サミットの目的が並行して前進する助けになるような、さまざまな行動について協議する準備がある。」[2

 これは、米国の外交方針における大きな変化であり前進である。当初、メディアで騒がれた北朝鮮の核計画の包括的リスト提出に関する米国の要求は、後の段階の課題として後退した。

「非核化の過程が最終的になる前には、我々は北朝鮮の大量破壊兵器ミサイル計画の全範囲について完全に理解しなければならない。ある時点において、我々はそれを包括的な申告によって得ることになる。」[2

 さらに、中間的な措置の中に朝鮮戦争の終結問題が含まれていることをビーガン演説は強く示唆した。

「トランプ大統領はこの戦争を終わらせようとしている。…我々は北朝鮮の体制の転覆を求めていない。非核化の計画と同時に、我々は北朝鮮に明確なメッセージを送るような外交を進める必要がある。我々は新しい未来の準備をしている。非核化の基礎の上にあるものではあるが、それは非核化よりも大きいものだ。それは我々が手にしている機会であり、北朝鮮と協議しようとしているものだ。」[2

 もう一つの我々の関心事は、この新しい米国の方針と、これまで強調してきた制裁圧力路線との関係である。この点について、ビーガン特別代表は変化を示唆しながらもクリアなメッセージを発するには至らなかった。

「我々は圧力政策を維持する。同時に外交政策を前進させようとしている。したがって、この2つの間の正しいバランスを見出さなければならない。あなた(カーリン)が述べた文化交流や市民イニシャチブのような分野が、前進のために始めることのできる分かり易い分野のように思われる。」[2

 これに関係して、金英哲・トランプ会談後の急速な変化の中で、超強硬派のジョン・ボルトン国家安全保障担当・大統領補佐官の発言にも変化が現れていることに注目したい。125日、『ワシントン・タイムズ』との単独インタビューでボルトンは制裁について次のように述べた。

「我々が北朝鮮に求めるものは、核兵器を諦める戦略的な決定をしたという意味のある兆候である。その非核化を手にしたときに大統領は制裁の解除を開始することができる。」[4

 北朝鮮は、現時点においてすでに「核兵器を諦める」戦略的決定をして対米交渉に臨んでいるという解釈も可能であり、このような判断はトランプ政権の主観的判断に委ねられる。また、「制裁解除を始める」という表現は、制裁解除が段階的に進むことを意味しているであろう。(梅林宏道、平井夏苗)

1 日本語訳全文は以下で読むことができる。
2 U.S. Department of State, "Remarks on DPRK at Stanford University," January 31, 2019
https://www.state.gov/p/eap/rls/rm/2019/01/288702.htm (ここには、ビーガンの講演録とともに、ロバート・カーリンとの一問一答も記されている。)
3 たとえば朝鮮中央通信(KCNA)の記事「DPRK外務省アメリカ研究所政策研究部長の報道声明」(20181216日)。
 http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から、英文記事を日付で検索できる。
4 Tim Constantine, “John Bolton explains Trump's strategy on North Korea, China trade,” The Washington Times, January 25, 2019

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