2021/10/29

監視報告 No.34

 監視報告 No.34  2021年10月29日


§北朝鮮問題を考えるとき、まず手に取るべき一冊
――書評:『北朝鮮の核兵器—世界を映す鏡』(梅林宏道、高文研、2001年)
             山口響(長崎大学核兵器廃絶研究センター客員研究員)

 本書は、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の核兵器問題について、北東アジア非核兵器地帯の提唱などで実績があり、本「監視報告」でも健筆を揮っている梅林宏道氏が包括的に論じたものである。
 各章の細かい説明に移る前に、本書の特長をいくつか挙げてみたい。
 第一に、1950年代以降の北朝鮮の核兵器をめぐる動きが本書一冊によって通観できるという点だ。北朝鮮に関する書籍(とりわけ、その核・ミサイル開発の危険性を強調するもの)は多く出されているが、時系列的にきちんと事情を整理している研究はそう多くない。しかも、単なる年表的、百科事典的な情報の羅列ではなく、後述するひとつの「視座」がそこに貫かれていることが、本書を特異なものたらしめている。
 第二に、いま述べたばかりの点と関連するが、北朝鮮の核・ミサイル「開発」にばかり焦点を当てているのではなく、それを取り巻く国際的な情勢、とりわけ米国の動向を中心に検討している点である。したがって、北朝鮮が単線的に核兵器やミサイルの開発に邁進してきたという見方は本書では排除され、とりわけ米朝関係という文脈の下でのジグザグな道筋がむしろ強調されることになる。
 第三に、1960年代以降の日本の社会運動の世界に身を置いてきた筆者が、韓国民主化運動を初めとするアジアの民衆運動と触れあってきた経験の中から、本書が構想されているという点である。
 * * * *
 これらのことを確認したうえで、各章の内容を要約していきたい。
 序章には「視座を正す」というタイトルが与えられている。北朝鮮の核問題を考えるにあたっての視座のゆがみとは、梅林によれば、北朝鮮の「脅威」ばかりを言いつのって、米国やロシアなど核大国の核兵器の危険性を正確に認識しないことである。
 ただし、そのことによって北朝鮮を免罪する意図は梅林にはない。「核兵器という究極の暴力が国家安全保障に必要だと主張し続けている核兵器国」(p.33)、とりわけ米国が北朝鮮を敵視し、あまつさえその体制を転覆しようとすら試みていることが、北朝鮮の核武装の背景にあるというしごく当たり前の認識を示しているだけである。米国のシュレジンジャー元国防長官の言葉を引きながら、米国の核抑止力は毎日「使用」されているとする筆者の指摘は評者には新鮮だった。なお、本書の副題が「世界を映す鏡」とされているのは、北朝鮮が、核兵器を毎日「使用」している核兵器国と同じ土俵に乗って核開発を進めようとしているためである。
 「視座を正す」べきとの梅林の呼びかけは、日本のありようとも関わっている。すなわち、北朝鮮の核開発の背後には、「1945年の植民地支配からの解放と同時に始まった南北分断、そして朝鮮戦争へと突き進んだ歴史」(p.21)がある、という認識だ。そのために梅林は、北朝鮮核問題とは一見関係なさそうな、1948年の済州島における民衆弾圧「4・3事件」の経験について、序章であえて長々と紹介している。自らの植民地主義を清算していないどころか、現在は米国の「核の傘」の下にすらある日本が、北朝鮮核問題の原因の一部であることは疑う余地がない。
 さて、これらの視座を与えたうえで、本書は第1章から第5章で時系列的に北朝鮮核問題の動向を追っている。
 第1章は、初期の核開発(1950年代~1992年)を整理する。北朝鮮は1950年代末以降、ソ連の支援を受けながら原子力開発を進めるが、ソ連は北朝鮮への発電用原子炉供給を望まず、北朝鮮が核不拡散条約(NPT)に加入するのはようやく1985年になってからのことだった。またこの間、北朝鮮は独力で黒鉛減速炉の開発を進めたが、当時にあっては発電が主目的であったと梅林はみている(p.44)。
 「束の間の春へ」と題された第2章は、1993年から2000年にかけての事情を、1994年核危機に焦点をあてつつ論じている。この直前の時期にあたる1992年前半に、北朝鮮と国際原子力機関(IAEA)との保障措置協定と、「朝鮮半島のための南北共同宣言」がそれぞれ発効していた。しかし国際社会は、後者を軽視して、IAEAを通じてのみ北朝鮮の核開発を阻止しようとの歪みを持っていたため、北朝鮮による1度目のNPT脱退宣言(1993年3月)につながってしまう。米国は北朝鮮に対する戦争を真剣に検討するものの、カーター元米大統領の訪朝を一つのきっかけとして事態の打開策が見出され(いわゆる94年危機)、米朝枠組み合意(1994年10月)、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)協定合意(1995年3月)へとつながっていく流れについては比較的よく知られていると思うので、ここでは詳述しない。
 重要なのは、この時点では北朝鮮に核武装の意図はなく、「米国の脅威を除去するために米朝関係を構築するという戦略目標のために、将来の核開発の可能性を臭わし続けるという外交路線を取り始めた」(p.61)と梅林が判断していることである。
 1998年の「テポドン・ショック」などがありながらも、KEDOは少しずつ成果を挙げつつあった。これを反転させたのが、2001年の米ブッシュ政権の登場である。「米ネオコン政治と6か国協議」と題する第3章は、その点を取り扱う(2001年~2008年)。クリントン期の米朝枠組み合意を「失敗」と断じる米政府内の強硬派は、北朝鮮を「悪の枢軸」と非難し、それが2003年1月の北朝鮮による2度目のNPT脱退宣言につながる。
 この後米国が、イラクの場合とは異なって、暴力による北朝鮮の体制転覆を試みるのではなく、いわゆる「6か国協議」の枠組みに進むことはよく知られているので、やはり詳述は避ける。本書でも、2005年の「9・19共同声明」に至る流れ、米政府内の強硬派が巻き返して対北金融制裁などが発動される流れ、2006年の北朝鮮による初の地下核実験、そうした紆余曲折を経つつも6か国協議の枠組みは継続し、北朝鮮の非核化に向けた粘り強い国際交渉が続けられていたことが手際よく整理されている。
 北朝鮮の核武装が成った直後の2009年~2017年の事情については、「並進路線と戦争抑止力」と題された次の第4章において扱われている。この時期、北朝鮮は第2回から第6回(現時点では最後)までの核爆発実験を行っている。
 2009年からの米オバマ政権第一期において、北朝鮮との対話はほとんど進まなかった。その理由を梅林は次の3点に整理する(p.129)。
①オバマ政権のメッセージが、高みに立つ者の恩恵的ニュアンスを帯びており、北朝鮮の敏感なプライド意識への配慮に欠いていたこと。
②人工衛星開発に進もうとする北朝鮮の宇宙開発路線が国際社会において否定されたこと。
③韓国において10年ぶりの反共・保守政権が誕生したこと(李明博、朴槿恵政権)。
 2013年3月、北朝鮮は、経済開発と核戦力建設を同時に実行する「並進路線」を打ち出す。こうしたこともあって、2013年からの第二期オバマ政権は、(オバマ自身がそう呼んだわけではないが)いわゆる「戦略的忍耐」の態度をとって、北朝鮮との交渉にきわめて慎重になった。
 2017年に登場した次の米トランプ政権が、その最初期において、「炎と怒り」「完全に破壊」発言などで北朝鮮の激しい反発を招いたことは、あらためて評者が説明するまでもないだろう。
 第5章「希望と期待」は、その後から現在に至る時期を扱っている。2017年5月に韓国に文在寅政権が生まれ、それと近い時期に北朝鮮の並進路線が終了する(2018年)という南北関係の「巡り合わせ」があった(後者に関して梅林は、「先軍政治」にならって、「先経済政治」に移行したと評している)。このことが、2018年4月の南北首脳による「板門店宣言」、同年6月のトランプ米大統領と金正恩国務委員長による「シンガポール共同声明」へとつながる。後者は、抽象的ながらも「米朝関係の正常化」「朝鮮半島における平和体制の確立」という2つの大目標に合意しており、今後の交渉の基礎になるとして梅林は高く評価する。しかし、その後トランプ政権は「ビック・ディール」という高いハードルを設けるようになり、交渉はうまくいかなかった。「あとがき」にあるように、バイデン新政権はまとまった北朝鮮政策を打ち出しておらず、今後のゆくえは見通せない。
 さて、最後の第6章「核・ミサイル技術の現状」は、技術的な観点から北朝鮮の開発・保有する核兵器やミサイルの現状を整理しており、きわめて便利である。
 * * * *
 最後に、本書への注文と今後の梅林氏の仕事への期待などをいくつか述べて、書評を閉じることにしたい。
 第一に、クリントン政権は別として、米国の共和党政権時(ブッシュおよびトランプ)に対北交渉が進み、対話に熱心であるはずの民主党のオバマ政権時にかえって交渉が進まなかったことの理由をどうみればいいのだろうか。ブッシュ期に関しては、対話路線をつぶそうとする強硬派(ネオコン)の反撃という米政府内での角逐は本書でもよく描かれているが、それでもなお全体としては、6か国協議を中心とした対話路線をブッシュ政権が崩さなかったことの理由はどこにあるのだろうか。反対に、オバマ政権が、とくにその第二期に「戦略的忍耐」路線を取って北朝鮮との交渉にあまり関心を示さなかったのはなぜか。北朝鮮の核・ミサイル開発が既成事実として一定程度進んでしまったという「時間差」に、オバマの不熱心さの原因は求められるのだろうか。さらにいえば、トランプ大統領の当初のレトリカルな対北朝鮮中傷が米朝サミットへと急展開していった流れはどうみればよいのだろうか。
 もちろん、300ページ程度の書物にこれらの問題の解決をすべて求めるのは「ないものねだり」であろう。ここで評者が強調したいことは、そのような今後考究すべき問いが、北朝鮮核問題を手際よく通時的に概観した本書の記述の中にたくさん詰まっているということである。
 第二に、日本がこの問題に深くかかわっているという視座の重要性を示しているにもかかわらず、日本政府の実際の動き方について本書ではほとんど触れられていない。おそらくこのことは、梅林自体の問題というよりも、日本政府が北朝鮮核問題については独自の外交方針をほとんど持っていないことの反映なのだろう。いや、安倍政権の「圧力」路線に示されるように、北朝鮮との交渉にほとんど関心を示していないという点で、時として実利的な米外交とは異なって、もしかすると日本はかなり「独自」の線を行っているのかもしれない。であれば、日本語の書物としては、もう少しその辺りに光を当ててもよかったのではないか。日本外交が「不在」であるとするのならば、そのこと自体の理由は追究するに値する。
 第三に、梅林よりはるかに下の世代の人々が本書をどう読むのだろうか、ということが気にかかる。本書評の冒頭で紹介したような梅林のライトモチーフは、1960年代から70年代にかけての日本の社会運動をくぐり抜けてきた人々にはすんなりと理解されるものだろう。他方で、21世紀以降に日本で精神形成を遂げてきた者たちは、「北朝鮮は悪、それに振り回される国際社会」という基本構図を骨の髄まで叩きこまれている。また、在留外国人の中に占める朝鮮人の割合が減少してきて、朝鮮と日本との関係という古くて新しい問題に接する場面も少なくなってきている。いやむしろ、そういう発想・世代の人々に向けて、主流とは異なる視座から北朝鮮核問題を眺めよ、と指摘するのが、本書の役割というべきか。
 本書は、このような今後への問いを触発するという意味においても、北朝鮮核問題を深く考えたい読者がまず手に取るべき一冊だと言えよう。なお本書は、「梅林宏道の仕事の深層」と題されたシリーズの第1巻にあたっているという。今後の刊行が楽しみだ。
(見出しは編集部)

2021/10/22

監視報告 No.33

監視報告 No.33  2021年10月18日

§ バイデン政権が呼びかける前提条件なしの米朝対話は提案にはならない。経過を踏まえた踏み込んだ提案が必要だ

 9月21日、バイデン大統領は国連総会の演説において「朝鮮半島の完全な非核化を目指して真剣で持続的な外交を追求する」、また「朝鮮半島及び地域の安定性を高め、DPRK(朝鮮民主主義人民共和国、北朝鮮)人民の生活改善をもたらすような具体的な約束をともなう計画」を追求すると述べた[注1]。そこには計画の具体性を示すそれ以上のメッセージは含まれていなかった。にもかかわらず、それ以後のバイデン政権のDPRKに関するコメントに小さな変化が現れた。それまでの「いつでも、どこでも北朝鮮と会う準備ができている」という常套句に加えて、「具体的な提案を行っている」という文言が付け加わったのである。

「いつでも、どこでも」というフレーズは、米国のソン・キム北朝鮮担当特使が就任後最初に韓国を訪問したときに、北朝鮮への対話への復帰を呼びかけたときの言葉である。6月21日、次のように述べた[注2]。

「われわれは、DPRKが、どこでも、いつでも、前提条件なしに会うというわれわれの呼びかけと申し入れに対して、肯定的に応えてくれるよう期待を持ち続けている。」

この言葉は、後述するように、ハノイ会談以後の米朝交渉の経緯を考えると不適切であったにもかかわらず、ほぼ2か月後に韓国を訪れたときにも、ソン・キム特使は同じセリフを繰り返した[注3]。さらには、米大統領府においても、米国務省においても、そのフレーズが繰り返された。ネッド・プライス国務省報道官は7月1日に「われわれは、いつでも、どこでもDPRK代表と会う意思があるというわれわれの明確な意思を述べてきた」と述べ、9月24日にも、「述べてきたように、前提条件なしにDPRKと会う準備がある」と述べた[注4]。ジェン・サキ大統領府報道官も、8月31日、「われわれは、ドアを開けてきたし、はっきりとわれわれのチャンネルを通して接触を続けてきた。…われわれの申し入れは変わらず、いつでも、どこでも、前提無しに会うということだ。」[注5]
 ところが、バイデン大統領の国連演説以後、米政府の発言に「具体的な提案」という文言が付け加わるようになった。たとえば、10月1日、サキ報道官は「われわれは北朝鮮と協議するため具体的な提案をした。しかし、今日まで反応はない」[注6]と述べ、10月7日、プライス報道官は、「どこでも、いつでも、前提無しに」のフレーズを繰り返したのち、「われわれはメッセージの中で、北朝鮮に対して協議するための具体的な提案をした。われわれは我々の呼びかけに彼らが肯定的に応えることを希望している」[注7]と述べた。

 現在、具体的な提案が何を意味するのか、また、実体があるのかどうかさえも、明らかではないが[注8]、このような経過から、日本や欧米では多くの市民には米朝交渉のボールが北朝鮮側にあるかのように思われている。

 しかし、非核化をテーマとする米朝交渉に関する北朝鮮の立場は明白であろう。
 北朝鮮にとって、戦争状態にある米国への抑止力として開発した核兵器を放棄するには、安全の保証が必要になる。監視報告でも繰り返し述べてきたが[注9]、北朝鮮は、核兵器あるいは核開発の放棄を国際社会と約束する際、必ず相手側には北朝鮮が侵略されないという安全の保証や、関係改善などに向けた取り組みを約束させてきた。繰り返すまでもないことであるが、ドナルド・トランプ前大統領とシンガポールで臨んだ史上初の米朝首脳会談でも、金正恩国務委員長(当時)が「朝鮮半島の完全な非核化」に向けた責務を再確認するのと同時に、トランプに「北朝鮮の安全の保証」を確約させ、その上で「新しい米朝関係の構築」、「朝鮮半島の永続的かつ安定的な平和体制の構築」、「朝鮮半島の完全な非核化」、「米兵の遺骨回収と返還」に向けて共に取り組むことで合意した[注10]。
 2019年2月にハノイで行われた2回目の米朝首脳会談では、安全の保証の第一歩として北朝鮮は制裁解除を求めたのに対して米国が北朝鮮に全ての核兵器と核施設の廃棄を要求したため、首脳会談は何の成果も残すことができなかった。北朝鮮側が米国の要求に応じられなかったのは、米国が約束した安全の保証や関係改善に向けた米国の姿勢について、全幅の信頼を置くことができなかったからだ。北朝鮮としては、当時の米国との信頼関係の度合いの中で取ることができる「最大の非核化措置」として、「寧辺(ニョンビョン)地区のプルトニウムとウランを含む全ての核物質の生産施設を、米国専門家の立会いのもとで、両国技術者の共同作業として永久に、完全に廃棄」し、「核実験と長距離ロケット発射実験を永久に中止する」ことを文書で「確約」するという「現実的」な提案を行い、「民需経済」や「人民生活に支障を与える項目」の制裁解除を米国に求めた[注11]。それに対して米国政府は「オール・オア・ナッシング」の立場で合意を拒否した。

 それ以降、北朝鮮は米国に関係改善の意思はなく、米国の敵視政策が続くという判断に立つようになった。そして、経済制裁の解除を求めるのではなく、経済制裁の継続を前提とした経済建設に取り組む路線をとった。ちなみに、金与正朝鮮労働党中央委員会副部長によると、2019年6月に行われた板門店(パンムンジョム)における3回目の米朝首脳会談で金正恩がトランプに伝えたのは、このような北朝鮮の立場だった[注12]。2019年末の朝鮮労働党中央委員会総会において、金正恩は米国の対北朝鮮敵視政策が終わることはないと判断し、自力で経済発展を目指す「正面突破戦」を宣言するなど、国家の安全を核による抑止力で担保し人民の生活を向上させることに集中する方針を打ち出した。
 このように、北朝鮮は自衛力の担保、すなわち北朝鮮の主張に立てば、米国の脅威に見合った戦争抑止力の強化を維持しつつ、経済建設に集中するというのが、現在の北朝鮮の立場である。したがって、北朝鮮にとって米朝交渉に第一義的な関心はない、と言えるであろう。

 とはいえ、COVID19パンデミックと気候変動下の自然災害の増加の中で経済建設に集中しようとする北朝鮮にとって、侵略の憂いのない安定した朝鮮半島の国際環境の必要性はその前提条件となるであろう。2016年の「国家経済発展5か年戦略」の失敗を自認したうえで、2021年1月の党大会で立てられた「国家経済発展5か年計画」の成功は、金正恩体制にとって至上命令となる課題である。そのための前提となる、緊張が緩和した国際環境を整えることは、北朝鮮にとっても望むところであるに違いない。ここに米国が積極的に取り組むべき外交の糸口がある。

 北朝鮮は朝鮮半島の平和と非核化に向けた米国との交渉についても道は閉ざしていない。2021年1月の第8回労働党大会において、金正恩が「新しい朝米関係樹立のキーポイントは、アメリカが対朝鮮敵視政策を撤回するところにある」「今後も力には力、善意には善意の原則に基づいてアメリカに対するであろう」[注13]と述べたことはよく知られている。

 いま米国が示すべきものは、「いつでも、どこでも、前提条件なしに」というような呼びかけではない。2018年以来の米朝交渉の経過を踏まえた、信頼醸成のための一方的措置を含む具体的提案である。一方的措置の必要性の理由については監視報告32で述べたので繰り返さないが、北朝鮮がすでにとって現在も継続している措置に応えることが理にかなっている。
 本論では、米国に求められる具体的提案に関連して、米国が考慮すべき2つの点を指摘したい。1つは米韓合同演習中止に関係する提案であり、もう1つは経済制裁緩和に関係する提案である。最近、金正恩総書記は「米国はしばしば我が国を敵視していないとシグナルを送っているが、それを信ずるに足る行動は何も示していない」(2021年10月11日、国防発展展覧会での演説[注14])と述べたが、この2点は、米国の敵視政策について、金正恩の主張の根拠を払拭するために欠かせないものであろう。
 北朝鮮は米国と韓国に対して合同軍事演習を中止するよう繰り返し求めている。8月10日から2段階で行われた合同軍事演習も、北朝鮮政府が警告する中で行われた[注15]。規模を縮小させたとしても、北朝鮮にとって、外部勢力である米国の軍隊が朝鮮半島で演習を行う限り、それは米韓が北朝鮮を侵略するための予行演習とみなさざるを得ないであろう。朝鮮戦争が正式に終わっていない現在においては、なおさらのことである。朝鮮国連軍との関係および米韓相互防衛条約との関係における米韓合同演習の必要性とその在り方について、「敵視政策の撤回」をふまえた変更が正式に検討されるべきである。この問題は、南北で結ばれた2018年「9月平壌宣言」の「軍事分野における合意書」に謳われた南北の緊張緩和と将来の段階的軍縮に関する合意の持続と発展のためにも、避けることのできない米韓共同の課題である。具体的な変更の形についての結論に時間を要するのであれば、検討の開始を公式に表明して、検討期間における合同演習のモラトリアムを表明するべきであろう。
 米国がもはや北朝鮮に対して敵視政策をとっていないことを示しうるもう1つの現実的な手掛かりは、金星(キムソン)DPRK国連代表が、開催中の国連総会において行った一般演説の中に述べられている[注16]。けっして新しい主張ではないが、彼は国連の公平と公正を強く要求した。現在の国連安保理においては、たとえば、多くの国において行われている短距離ミサイルの発射実験について、北朝鮮が行った場合のみが「平和に対する脅威」として非難され、場合によってはさらなる経済制裁の強化を招く状況が存在している。2006年から2017年にかけて行われた北朝鮮の核実験、ミサイル実験に対して採択された安保理制裁決議の是非をめぐる議論は、ここではさておく。問題は、2018年4月に北朝鮮が核実験と長距離ミサイル実験の中止を自主的に決定し、今日まで3年半にわたってそれを守っている現実がある。のみならず、朝鮮半島の一方の当事国である韓国がSLBM実験の成功を誇示する[注17]という新しい情勢も現れている。そんな中で現行の対北朝鮮制裁決議の妥当性が再検討されるべき時期を迎えていることは、世界の多くの良識が認めるところであろう。
 この問題については、ロシアと中国がすでに安保理で非公式に提起していると伝えられているが[注18]、バイデン政権が、制裁緩和に向かう、より積極的な具体案を提案するリーダーシップをとることができるはずである。それは、米国の敵視政策からの転換を示す極めて適切な行動となるであろう。幸い、米国を含む多国間協議の合意文である「CTBT25周年記念宣言」(2021年9月22日)は、北朝鮮に安保理決議の順守とCTBTへの署名と批准を求めるに当たって、安保理決議に含まれている「見直し条項」を指摘している[注19]。すなわち、「DPRKの行動を継続的に監視しつつ、DPRKの順守状況に照らして必要であれば措置の強化、変更、中止、あるいは解除を行う用意がある…」という条項である。米国は国際社会がこの条項に注目している機会を活用して積極的な行動をとるべきである。(前川大、梅林宏道)

注1 バイデン大統領の第76回国連総会における演説。2021年9月21日。

Remarks by President Biden Before the 76th Session of the United Nations General Assembly | The White House

注2 “New U.S. envoy for North Korea looks forward to ‘positive response’ on dialogue”、『ロイター通信』、2021年6月21日。

https://www.reuters.com/world/asia-pacific/new-us-envoy-north-korea-huddle-with-skoreans-japanese-2021-06-20/

注3 “U.S. envoy says no hostile intent toward North Korea, calls for talks”、『ロイター通信』、2021年8月23日。

https://www.reuters.com/world/asia-pacific/us-skorea-envoys-discuss-jumpstarting-talks-with-north-korea-2021-08-23/

注4 米国務省プライス報道官の記者会見。2021年7月1日および2021年9月24日。

https://www.state.gov/briefings/department-press-briefing-july-1-2021/#NorthKorea

https://www.state.gov/briefings/department-press-briefing-september-24-2021-2/

注5 米大統領府サキ報道官の記者会見。2021年8月31日。

https://www.whitehouse.gov/briefing-room/press-briefings/2021/08/31/press-briefing-by-press-secretary-jen-psaki-august-31-2021/

注6 米大統領府サキ報道官の記者会見。2021年10月1日。

https://www.whitehouse.gov/briefing-room/press-briefings/2021/10/01/press-briefing-by-press-secretary-jen-psaki-october-1-2021/

注7 米国務省プライス報道官の記者会見。2021年10月7日

https://www.state.gov/briefings/department-press-briefing-october-7-2021/

注8 2021年10月15日、「具体的な提案」の中味を尋ねた記者の質問に対するプライ報道官の回答は曖昧を極めた。

https://www.state.gov/briefings/department-press-briefing-october-15-2021/#post-284428-NorthKorea2

注9 監視報告No.12、監視報告No.32。

それぞれ、https://nonukes-northeast-asia-peacedepot.blogspot.com/2019/07/no.html

https://nonukes-northeast-asia-peacedepot.blogspot.com/2021/06/no32.html

注10 シンガポール米朝首脳共同声明(2018年6月12日)。

https://trumpwhitehouse.archives.gov/briefings-statements/joint-statement-president-donald-j-trump-united-states-america-chairman-kim-jong-un-democratic-peoples-republic-korea-singapore-summit/

注11 李容浩外相の記者発表。『ハンギョレ』に全文(韓国語)。2019年3月1日。

http://www.hani.co.kr/arti/international/international_general/884116.html

『核兵器・核実験モニター』565号に日本語訳。

http://www.peacedepot.org/wp-content/uploads/2019/04/nmtr565.pdf

注12 “Press Statement by Kim Yo Jong, First Vice Department Director of Central Committee of Workers' Party of Korea”、『朝鮮中央通信』英語版、2020年7月10日。

http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付で検索。

注13 「朝鮮労働党第8回大会で行った金正恩委員長の報告について」、第3章「祖国の自主統一と対外関係の発展のために」『朝鮮中央通信』英語版、2021年1月10日。

http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。

注14  KCNA、2021年10月12日。http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。

注15 “Vice Department Director of WPK Central Committee Kim Yo Jong Releases Press Statement” 、『朝鮮中央通信』英語版、2021年8月1日。

http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付で検索。

注16 Kim Song, “Statement by Head ofthe DPRK Delegation H.E. Ambassador Kim Song, Permanent Representative of the Democratic People’s Republic of Korea to the United Nations at the General Debate of the 75 th Session of the UN General Assembly,”

https://estatements.unmeetings.org/estatements/10.0010/20200929/azzQgcBAMYqv/WaUGJrE2AJvT_en.pdf

注17 「文大統領『ミサイル増強、北挑発への確実な抑止力』 SLBM発射実験を視察」、『聯合ニュース』、2021年9月15日。

https://jp.yna.co.kr/view/AJP20210915004900882

注18 「国連安保理、中ロ提案の北朝鮮制裁緩和巡り30日に非公式協議」、『ロイター通信』、2019年12月30日。

https://jp.reuters.com/article/northkorea-usa-un-idJPKBN1YY01Q

注19 「CTBT25周年記念宣言」第8節。CTBT-Art.XIV/2021/WP.1

https://www.ctbto.org/fileadmin/user_upload/Art_14_2021/CTBT-Art.XIV-2021-WP.1.pdf

監視報告 No.36

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