2019/12/25

監視報告 No.19

監視報告 No.19  2019年12月25日

§事実に基づく多面的な報道をマスメディアに求める

 朝鮮半島の平和と非核化を巡る米国と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の交渉は依然として膠着状態が続いており、交渉が決裂して朝鮮半島の緊張が再び高まるのではないかと懸念されている。

 米国政府は対話の再開を求めているが、北朝鮮政府はシンガポール合意の履行に欠かせない敵視政策の撤回を強く求め、相互的な行動を前提としない対話に応じるつもりはないようだ[1]。今月に入って北朝鮮は「重大な実験」を行ったと2度発表[2]。実験は大陸間弾道ミサイル(ICBM)に関するものだと見られており、金正恩委員長が「忍耐強く米国の勇断を待つ」のは年末までだと明言していることなどから[3]、ICBMの発射実験を再開する日が近いのではないかと危惧されている。今年5月以降繰り返されている北朝鮮の短距離のミサイル実験を黙認してきたドナルド・トランプ大統領だが、ICBMの発射実験が行われれば、黙っているわけにはいかないだろう。123日の記者会見では金正恩との関係は良好だと述べつつも、昨年6月のシンガポールでの首脳会談以来、初めて軍事行動の可能性に言及している[4]。

 行き詰まる米朝交渉について、欧米のレンズを通して世界情勢を見ることに慣れている日本社会では、その責任は北朝鮮側にあるとの見方が支配的だ。例えば、朝日新聞の1218日付の社説[5]もその典型的な一つだ。

 「北朝鮮の挑発 緊張状態に戻る気か」と題するその社説は、北朝鮮が最近「挑発行為」を繰り返している理由について、経済政策で成果を上げられないことに「焦り」を感じている北朝鮮が米国政府との「駆け引き」で「制裁緩和」を得ようとしているからだと分析する。そして北朝鮮に対して、
 「古い思考を捨て去るべきだ。強硬姿勢だけが国際社会からの譲歩を引き出せると考える限り、実利を得られるような展望は開けない。事態を打開するには、非核化に具体的に動くしかない」
と訴えて、実務協議の再開を求めている。一方、トランプ政権に対しては北朝鮮のミサイル実験を黙認してきたことを念頭に「北朝鮮を増長させた責任を自覚すべきだ」と反省を促し、「北朝鮮の非核化」を巡る交渉で「安易な取引」を行わないようにと注文を付ける。そして日本政府と韓国政府に対してはトランプ政権と「綿密な政策調整」を行うよう求め、「米国のブレ」を防ぐとともに「北朝鮮の挑発を抑え」て「非核化の道筋を探る」必要があると主張する。

 朝日新聞の主張は事実を前提にしていない。

まず現在の米朝交渉の基盤となっているシンガポールでの米朝の共同声明の合意内容のほとんどを無視している。シンガポールで米朝両首脳は、「新しい米朝関係の構築」、「朝鮮半島の永続的かつ安定的な平和体制の構築」、「朝鮮半島の完全な非核化」、「米兵の遺骨回収と返還」で合意した。また、その前提としてトランプは北朝鮮に「安全の保証を与えると約束」し、金正恩は「朝鮮半島の完全な非核化を行うという固い約束を再確認」した。それにもかかわらず、朝日新聞は「朝鮮半島の非核化」ではなく「北朝鮮の非核化」だけを問題にし、「新しい米朝関係」や「朝鮮半島の平和体制」の構築のことなど全く念頭にない。シンガポール合意に従うなら、北朝鮮が求める敵視政策の撤回──それには制裁解除や米韓合同軍事演習の中止が含まれる──は、「駆け引き」とか「安易な取引」として軽視するのではなく、「新しい米朝関係」や「朝鮮半島の平和体制」の構築のために、「朝鮮半島の完全な非核化」と合わせて考慮されるべき問題だろう。

また朝日新聞は、北朝鮮の「挑発行為」だけを問題にして、米国の「挑発行為」については無視している。今年8月に行われた米韓合同軍事演習や、ステルス戦闘機F35 Bなどの米国の最新鋭兵器の韓国軍への納入は、北朝鮮からすれば「挑発行為」と映るだろう。米韓が軍事力の強化を図っているのだから、米国との戦争状態にある北朝鮮としても安全保障上の対抗措置を取らざるを得ない。ミサイル実験を行う北朝鮮の行為だけを「挑発行為」と批判することはできないはずだ。

それから、「強硬姿勢」だけで「譲歩」を引き出そうとする「古い思考」というのは、米国政府に対して言えることではないか。シンガポール合意の履行状況を見ると、北朝鮮は会談以前に核実験の中止や核実験場の爆破―再建可能との批判はありつつも―という思い切った行動やICBM発射実験の中止を行ったのみならず、会談後もミサイル施設の一部解体や米兵の遺骨返還などを行っているのに対して、米国政府は米韓合同軍事演習の縮小及び延期しか行っていない。こうした事実を踏まえれば、「古い思考を捨て去るべき」なのは、北朝鮮の非核化だけを一方的に求めている米国政府の方だ。「事態を打開」するには、北朝鮮に対する敵視政策の撤回に向けて米国こそが「具体的に動くしかない」のではないか。米国の侵略を警戒する北朝鮮が、抑止力として開発した核兵器を放棄する条件として米国の敵視政策の撤回を求めるのは常識的に考えて当然だろう。

 それにもかかわらず、朝日新聞がトランプ政権に対して「安易な取引」をしないよう求めたり、トランプ政権の「ブレ」を心配するのは、圧力が金正恩を対話姿勢に転じさせたのだと勘違いしているからかもしれない。しかし2017年までの朝鮮半島の緊張状態を緩和させたのは、北朝鮮に対する制裁や軍事的圧力ではない。北朝鮮政府は対話姿勢に転じる前に「核戦力の完成」を宣言している。北朝鮮は核保有国となって米国と対等の立場になったと考えたから対話に転じたと見るのが自然だろう。また北朝鮮にひたむきに対話を求め続け、(ピョン)(チャン)オリンピックを契機に南北関係を改善させ、米朝対話のきっかけを作った韓国の文在寅(ムンジェイン)統領の功績も大きい。

このように事実に基づかない朝日新聞の主張だが、日本社会ではもっともな意見として受け入れられているのではないかと懸念する。朝日新聞に限らず、日本のマスメディアは米国の立場からの一面的な見方で朝鮮半島情勢について伝える傾向があり、冒頭で述べたように、日本社会では朝鮮半島の平和と非核化の問題を北朝鮮の非核化の問題に矮小化し、まず行動すべきは北朝鮮だという認識が一般的になっている。

米国のレンズを外して現実を見れば、批判の対象も違ってくるだろう。客観的な現状分析は、朝鮮半島の非核化を実現するために極めて重要だ。非核化を実現する上で、社会を動かす原動力となる市民社会が問題を正しく認識している必要もあるだろう。マスメディアには、事実を多様な側面から正確に伝えてジャーナリストとしての本来の仕事をしてもらいたい。(前川大)


1 12月に予定されていた米韓合同軍事演習が延期されたことを受けた金英哲・朝鮮アジア太平洋平和委員会委員長の談話(『朝鮮中央通信』日本語版、20191118日)や、ドナルド・トランプ米大統領の「早く行動し合意すべきだ。近いうちに会おう!」というツイートに対する金桂寛・外務省顧問の談話(『朝鮮中央通信』日本語版、20191118日)など。いずれも、
2 『朝鮮中央通信』(日本語版、2019128日及び1214日)
3 『朝鮮中央通信』(日本語版、2019414日)
http://kcna.kp/kcna.user.home.retrieveHomeInfoList.kcmsf「最高指導者の活動」から、日付で施政演説を探すことができる。
4 米大統領官邸(ホワイトハウス)、「Remarks by President Trump and NATO Secretary General Stoltenberg After 1:1 Meeting」、2019123
5 『朝日新聞』(20191218日)


2019/12/16

監視報告 No.18

監視報告 No.18  2019年12月16日

§ 北東アジア非核兵器地帯という枠組みで、シンガポール合意の実現を目指そう

 朝鮮半島の平和と非核化に向けた米朝交渉は、104日にスウェーデンのストックホルムで再開した実務者協議も不調に終わり、依然として膠着状態が続いている。米国政府は12月に予定していた米韓合同軍事演習を延期するなど朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に対して一定の譲歩を示しているが、北朝鮮政府は米国の北朝鮮に対する敵視政策の完全な撤回を求めて米国政府の対話要求を拒否している1。北朝鮮政府が設定した年末までの交渉期限が迫っており、このまま協議が決裂することも懸念されるが、北東アジアの平和と安定のために、我々は昨年6月に米朝両首脳がシンガポールでの首脳会談で約束した「朝鮮半島の平和体制の構築」と「朝鮮半島の完全な非核化」の実現を諦めるわけにはいかない。今回の報告書では、朝鮮半島の非核化に向けた打開策として、米朝2国間の枠組み以外の方策を提案する。


 米朝両首脳がシンガポールで合意した朝鮮半島の平和と非核化の実現を阻むものは何か。

 北朝鮮側からすると、それは北朝鮮政府の要求から明らかなように、米国が北朝鮮に対する敵視政策をいつまでも続けていることだろう。朝鮮戦争で米国に国土をことごとく破壊され、未だに米国と戦争状態にある北朝鮮にとって、核兵器をもつことは米国の侵略に対する抑止力として重要な意味をもっているであろう。従って北朝鮮政府が米国政府に繰り返し求めている敵視政策の撤回は、非核化の条件として十分に理解できる要求である。

 一方、米国政府は、軍事的圧力や経済制裁などの北朝鮮に対する敵対的な政策は、北朝鮮が非核化を実現した後に解消されるべきだと考えているようだ。例えば、今年2月にベトナムのハノイで行われた首脳会談で米国政府が制裁解除の条件として北朝鮮に全ての核施設の廃棄を要求したように、トランプ政権は制裁緩和をほのめかすことはあっても、北朝鮮が非核化するまで制裁を続けるという方針で一貫している。たとえ米国の侵略に対する抑止力であろうと、北朝鮮が核兵器を持つことは国際的な安全保障上の脅威だという論理を米国は国連制裁決議を通して組み立てた。その論理の上に立てば、北朝鮮が核兵器を放棄するまでは制裁の緩和に応じるわけにはいかないし、北朝鮮を仮想敵国と見立てた軍事力も解消することはできないということなのだろう。

どちらの言い分に理があるかについては脇に置くとして、双方が抑止力や安全保障を理由に譲らないなら、この問題を平和的に解決することはできない。

それではシンガポール合意の実現は不可能なのか。いや、幸いなことに、世界には参考となるモデルが存在する。それは非核兵器地帯という安全保障体制だ。

非核兵器地帯とは、条約によって域内での核兵器の開発・製造・取得・所有・貯蔵などを禁止するとともに、核保有国が域内への核兵器による攻撃・威嚇を行う事も禁止するもので、既に中南米(ラテンアメリカ及びカリブ核兵器禁止条約、1968年発効)や南太平洋(南太平洋非核地帯条約、1986年発効)など5つの非核兵器地帯が存在し、非核を基礎にした安全保障の枠組みとして機能している。

非核化の対象をシンガポール合意のように朝鮮半島に限定せず北東アジアに拡大することは、以下の2つの理由から、朝鮮半島の非核化を確実に実現させ、平和を維持していく上で必要であると考えられる。

①シンガポールで米朝が合意した「朝鮮半島の完全な非核化」は在韓米軍を含む韓国の核も対象である。従って韓国への米国の拡大核抑止力に代わる措置として、核保有国である中国とロシアが朝鮮半島への核による攻撃や威嚇をしないという保証が必要であること。

②在韓米軍の機能が在日米軍に移され維持されるようなことがあれば、北朝鮮の安全の保証は十分に担保できないこと。

また法的拘束力のある検証制度が伴う既存の非核兵器地帯をモデルとするなら、日本政府などがこだわる「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」を実現できるメリットもある。

核兵器を保有する軍事大国である中国とロシアが存在する北東アジアで、本当に米国の「核の傘」に頼らずに安全保障を確保できるのかと疑う声もあるだろう。北朝鮮に対して非核化を要求していることを考えれば随分と身勝手な発想だと言わねばならないが、心配は無用だ。同じ北東アジアの国で、一国ながら非核兵器地帯であることを宣言し、国内法で非核化を義務付けることで国際社会の信頼を得て、安全保障体制を築いている国がある。中国とロシアに挟まれたモンゴルは、1998年の国連総会で「非核兵器地位」が認められ、以降国連総会で毎年「非核兵器地位」を確認することで、非同盟国でありながら安全保障体制を確立している。モンゴルの場合は複数の国家からなる非核兵器地帯ではないため、条約による法的な担保がないが、それでも非核兵器地帯であることが国連で認められれば、北東アジアでも大国の「核の傘」に頼ることなく、最小限の軍事費で安全保障を確保できることを示している。

朝鮮半島には東西の冷戦構造が残っていると言われることがあるが、それは中国や北朝鮮など体制の異なる国家を敵視し、安全保障を対話ではなく「核の傘」に依存するという古い考え方に縛られているということと無関係ではない。また北東アジアに限らず、西アジアや東ヨーロッパなど世界各地で、米軍やその同盟の存在が地域を不安定化している。我々はこうした現実に気づき、古い考えから脱却しなければならない。

北朝鮮政府は、朝鮮半島の非核化に関する韓国政府との最初の共同宣言である「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」(1992年)で「核兵器の実験、製造、生産、持ち込み、保有、貯蔵、配備、使用をしない」ことで合意しており、しかもこの宣言は米朝御枠組み合意(1994年)や6か国共同声明(2005年)でもその履行を目指すことが再確認されている。それ以後北朝鮮は核兵器を保有した訳であるが、一貫して「米国の核の脅威がなければ核保有の理由がない」と言い続けている。北朝鮮が、これを充たす非核兵器地帯のような形での非核化の実現を受け入れる可能性は高い。

課題は米国とそれに追従する勢力だろう。アジアでの覇権を維持したい米国政府は、中国やロシアの影響力を抑えるために、核兵器を北東アジアに搬入できる手立ては残しておきたいはずだ。実際、マーク・エスパー米国防長官は中距離核戦力(INF)全廃条約が失効した直後に新型の中距離ミサイルをアジアに配備したいとの意向を示しており[2]、日本もその候補地に挙がっている。またイランの核兵器開発を阻止する上で最も有効だと考えられる中東非核兵器地帯の創設を米国政府が拒否していることからもわかるように[3]、非核化や地域の平和より自国の覇権のための戦略を優先するのが米国だ。

本来なら、戦争被爆国である日本政府がリーダーシップを発揮して北東アジア非核兵器地帯を提案し、安倍政権自慢の「強固な日米同盟」を活かしてトランプ政権を説得することを期待したいところだ。11月のローマ教皇来日の際、安倍晋三は日本の総理大臣として各国大使らとの懇談会で挨拶し、

「唯一の戦争被爆国として、『核兵器のない世界』の実現に向け、国際社会の取組を主導していく使命をもつ国です。これは、私の揺るぎない信念、日本政府の確固たる方針であります」[4

と述べている。その言葉が本物なら、その「使命」を果たす良い機会ではないか。

しかし核兵器禁止条約に反対している現政権に、それを期待することはできない。「強固な日米同盟」と言っても、その実態は日本政府の見境なしの対米従属だ。安倍晋三の「揺るぎない信念」は口先だけで、安倍政権が自発的に北東アジアの非核化に向けてリーダーシップをとることなどないだろう。

冒頭でも述べたように、北朝鮮政府が設定した交渉期限が迫っている。もうこれ以上「リーダー」に任せるのは止めて、市民がその実現に向けて行動すべき時だ。北東アジアに住む全ての人間の生命にかかわる問題であるにもかかわらず、ごく少数の人間にその命運を任せるというのは間違っている。北東アジアの平和を求める市民が、北東アジア非核兵器地帯の必要性を認識し、それを実現するための一大ムーブメントを巻き起こし、各国政府に対して我々の平和への思いを政策に反映させるよう圧力をかける必要がある。

空想的に聞こえるかもしれないが、それが最も確実に社会を動かす方法だ。市民の行動が社会を動かした事例は枚挙にいとまがなく、世界各地で現在繰り広げられている政府への抗議活動に目を向ければ、あえて例示する必要もないだろう。

一つだけ、平和を願う市民に勇気を与える言葉として例を挙げるなら、大企業のための協定である北米自由貿易協定(NAFTA)に抗い、先住民である農家の生活向上や民主主義などを求めて蜂起したメキシコ・チアパス州のサパティスタ民族解放戦線(EZLN)が居住する区域の入り口の看板には次のように記されている。

「ここでは人民が率い、政府が従うことになっています」[5] (前川大)


1 12月に予定されていた米韓合同軍事演習が延期されたことを受けた金英哲・朝鮮アジア太平洋平和委員会委員長の談話(『朝鮮中央通信』日本語版、20191118日)や、ドナルド・トランプ米大統領の「早く行動し合意すべきだ。近いうちに会おう!」というツイートに対する金桂寛・外務省顧問の談話(『朝鮮中央通信』日本語版、20191118日)など。
2 「Secretary of Defense Esper Media Engagement En Route to Sydney, Australia」(米国防総省、201982日)
3 米国は西アジアで唯一の核保有国であるイスラエルとともに、今年11月に国連で開かれていた中東非核地帯の創設を目指す会議を欠席した。イランとアラブ諸国は中東非核兵器地帯の創設に前向きだが、米国は2012年にフィンランドのヘルシンキで開かれた同様の会議にもイスラエルとともに欠席している。
4 「ローマ教皇フランシスコ台下との会談等」(首相官邸20191125日)
5 「You are in Zapatista rebel territory. Here the people command and the government obeys」(Wikipedia

2019/12/06

監視報告 No.17

監視報告 No.17  2019年12月6日

§ 日本も世界も朝鮮半島で始まった平和への歴史的チャンスを逃してはならない

 2018年に始まった非核化と平和に向かう朝鮮半島における変化は、2017年に頂点に達した戦争の危機を回避したのみならず、北東アジア全体に新しい秩序を作り出す歴史的なチャンスを作り出した。しかし、1年半にわたって取り組まれてきた米朝交渉の失敗によって、そのチャンスが危機に瀕している。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は、米国が「新しい計算法」をもって、昨年のシンガポール合意を履行するための提案を2019年末までに提出するよう期限を設定して要求していた。年末まで1か月を切ったが、米国はそれに応える気配を見せていない。このままでは、千歳一遇の好機を失うことになる。それは日本の市民にとっても大きな損失になるであろう。


北朝鮮による年末期限

 2019414日、北朝鮮の最高人民会議・第14期第1回会議において、金正恩委員長は施政演説[1]を行ったが、その中で次のように年末期限について触れた。少し長くなるが、文脈を想起することが重要なので引用する。

 「米朝間に根深い敵対感情が存在している状況の中で、6.12米朝共同声明を履行してゆくためには、双方が互いの一方的な要求条件を取り下げ、各自の利害に合致した建設的な解決策を見出さなければならない。
 そのためには、まず、米国が今の計算法を捨て、新しい計算法をもって我々に近寄ることが必要だ。
 今、米国は第3回米朝首脳会談の開催について多くを語っているが、我々にとってハノイ米朝首脳会談のような首脳会談が再現されるのはうれしいことではなく、それを行う意欲もない。
 しかし、トランプ大統領がしきりに述べているように、私とトランプ大統領の個人的関係は両国の関係のように敵対的なものではなく、我々は依然として良好な関係を維持しており、思い立ったらいつでも互に安否を問う手紙をやりとりすることもできる。
 米国が正しい姿勢で我々と共有できる方法論を見出したうえで、第3回米朝首脳会談の開催を提起するなら、我々としてももう一度は会談を行う用意がある。
 しかし、今この場で考えてみると、何かの制裁解除の問題のために喉が渇いて米国との首脳会談に執着する必要はないという気がする。
 ともかく、今年の末までは忍耐強く米国の勇断を待つつもりだが、この前のようによい機会を再び得るのは確かに難しいだろう。」(下線は梅林)

 このように、米国がハノイ会談で要求したような一方的な要求ではなく、「新しい計算法」に基づく提案を出すことを北朝鮮が待つ、その期限が2019年末であると、金正恩委員長が述べたのである。


「新しい計算法」とは

 北朝鮮が米国に要求している「新しい計算法」とは何か。北朝鮮の言動から次のように推測することが可能である。

 2019612日のシンガポール共同声明1周年の際に、北朝鮮は外務省報道官声明[2]を発した。その時も声明は「新しい計算法」を要求した。このときに強調されたのは、米国の姿勢は「一方的に我々(北朝鮮)が核兵器を差し出す」よう主張し「米国が自らの責任を果たさない」という米国の姿勢への批判であった。つまり、新しい計算法は、お互いが義務を果たす相互的なものであるべきだという主張である。

 630日に板門店で電撃的な首脳会談が行われ、米朝間の実務者協議の開始が合意された。これによって、実務者協議において「新しい計算法」の中味が具体的に交渉されることが期待された。板門店会談の直前および直後に、米国の北朝鮮問題特別代表スチーブン・ビーガンが、オフレコの会話も含めて記者団に「シンガポール合意を同時的・並行的に履行を進める」準備が米国にあることを述べて注目された[3]。ビーガンの会話の中には、トランプ大統領のビッグ・ディールではなく、スモール・ディールを含む提案が米政権内で議論されていることが明らかになった。たとえば、北朝鮮がすべての大量破壊兵器の完全凍結をする見返りとして、北朝鮮への人道支援や連絡事務所の設置による人的交流の促進などを行う案が出ていることがオフレコで話された。米国務省の報道官も、第1段階の措置として凍結案が浮上していることを否定しなかった[4]。この経過は、米国は「新しい計算法」の中には、北朝鮮が以前から主張してきた「行動対行動の原則」にそった、シンガポール合意の段階的な履行という内容が含まれていると認識していたと考えられる。米国務省にこの理解があるとすれば、それは正しいであろう。

 この「相互的」、「段階的」という要素の他に、北朝鮮の「新しい計算法」には重要な前提的要素がある。それは、冒頭の引用と同じ金正恩の施政演説に含まれている次の認識である。それは、北朝鮮はすでに「核実験とICBM発射実験を中止するという重大で意味のある措置を自主的に講じた」、また、「米軍遺骨の送還」という大統領の要請にも応えた、しかし、米国はこれに見合った自主的な措置を何一つ講じていない、という認識である。核実験の中止には、復元可能との議論を考慮するにしても、核実験場の爆破も伴っていた。これらと比べると、米国の米韓合同演習の縮小や延期は、北朝鮮がとった措置の重大さに確かに見合っていないと考えられる。

 このような議論を総合すると、「新しい計算法」とは、米国が北朝鮮のすでに行った措置に見合う「相当な措置」をまず行うこと、その上に立ってシンガポール合意の履行のために相互的で段階的な措置を積み重ねる方法を意味する、と考えることができる。


ストックホルム米朝実務者協議

 板門店首脳会談後には7月半ばと言われていた米朝実務者協議の開催は、遅れに遅れて105日にストックホルムで行われた。2か月以上遅れた開催である。しかも、準備のための意見交換が重ねられていた形跡も見えなかった。

 むしろ、この期間において、米韓軍事演習「同盟192」の開催(実際には名称変更)や韓国空軍が米国から購入したF35が韓国に到着するなど米韓の軍事行動があり、一方で北朝鮮が多数の短距離ミサイル実験や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射実験を行うなど、米朝間、南北間の両方の関係が悪化し、緊張が増した。

 ストックホルムの実務者協議は、S・ビーガンと米朝交渉北朝鮮代表に選ばれた(キム)明吉(ミョンギル)・巡回大使の両代表が参加して行われた。会議は8.5時間にわたった[5]。会議の直後に北朝鮮は、会議は決裂したと述べ、「米国は新しい提案もなく手ぶらでやってきた」と非難した。米国は直ちに反論し、「米国は創造的なアイデアを携えて臨み実りの多い協議をもった」と述べるとともに「スウェーデン政府の2週間後の再協議の招待を受ける積りだと米国は協議の最後に提起した」と述べた[6]。すると翌日、北朝鮮の外務省報道官は、改めて米国を非難し「米国は米朝対話を政治目的のために悪用しており、何の準備もなく会議に臨んだ」との主張を繰り返した。そして、「米国が北朝鮮に対する敵視政策を完全、非可逆的に撤回するための相当な措置を講じない限り」今回のような交渉をもつ積りはない、と協議再開に厳しい条件を付けた[7]。

 実務者協議はこのように失敗した。

 その後の経過で明らかになるが、北朝鮮は「新しい計算法」の要求を変更し、「敵視政策の明確な撤回」を、要求の言語として使うようになった。「新しい計算法」という実務的な交渉の色合いを排して、「敵視政策の明確な撤回」という政治的交渉へと舵をきったように見える。


「敵視政策の撤回」への回帰

 「敵視政策の撤回」は古くからの北朝鮮の対米要求の基本である。

 ストックホルム会議以後の米朝関係は、年末期限を控えて緊張が次第に高まっている。

 エスパー米国防長官が従来の米韓合同軍事演習(空軍)ビジラント・エースの延期を表明したことに対して、1118日、金英哲(キムヨンチョル)朝鮮アジア太平洋平和委員会委員長(前労働党第1副委員長)は、延期では不十分であり完全に中止せよと要求し、非核化交渉には「敵視政策の完全で非可逆的な撤回」(下線は梅林)が必要であると述べた[8]。トランプ大統領が1117日、金正恩委員長に「早く行動すべきだ、交渉を済ませよう」「すぐに会いましょう」とツイートしたのに対し、金桂寛(キムケグァン)北朝鮮外務省顧問は直ちに反応して「自分たちに何ももたらさない会談にもはや興味はない」「米国は、敵視政策を中止する大胆な決定をしたほうがよい」(下線は梅林)と述べた[9]。

 さらに注目すべきは、金明吉巡回大使の交渉相手である米国のビーガン代表の行動に苦言を呈しつつ述べた発言である。1114日、金明吉はビーガンがスウェーデン政府に米朝協議への仲介を依頼したことに対して、「交渉相手である自分に率直に相談すべきだ」「検討すべき提案があればいつでも会う用意はある」「提案すべき内容がないのに年末期限をやり過ごすための時間稼ぎのためのような会議に応じる意思はない」「自分たちの要求や優先順位については十分に米国側に伝えてあるのでボールは米国の手にある」と主張しつつ、次のように踏み込んでいる[10]。

「もし、米国が、我々の生存と発展に有害な北朝鮮敵視政策を中止するための基本的な解決策を提案せず、状況が変わればいつでも死文と化す戦争終結宣言や連絡事務所の設立のような二義的な問題で我々を交渉に誘おうと考えているとすれば、問題が解決する可能性はない。」(下線は梅林)
 ここでは敵視政策撤回を要求するのみならず、朝鮮戦争の終結宣言や連絡事務所の設置など初期段階の中間措置としてこれまで話題になっていた措置を二義的と否定的に述べ、「敵視政策の撤回」の優先度の高さを強調している。
 以上で明らかなように、ストックホルム会議以降の北朝鮮の要求は「敵視政策の撤回」に見事に統一されている。歴史上最強といわれる経済制裁が敵視政策の最たるものとして暗示されていることは想像に難くない。


日本の課題

 2018年に米朝と南北の首脳会談によって切り拓かれた朝鮮半島の非核化と平和への歴史上またとないチャンスが、失敗に終わるかも知れないという危機的な状況に私たちは立たされている。1120日に開かれた米上院外交委員会における証言において、ビーガン代表は、年末期限は北朝鮮が勝手に設定したものであると述べつつ、「トランプ大統領は金正恩が前に動かす決定をする可能性があるとの見解だ」と、トランプ大統領の見解を紹介している[11]。しかし、南北関係の悪化も加えて考えると状況は楽観を許さない。米朝交渉の失敗は世界にとって大きな損失になる。

 朝鮮半島の非核化と平和の問題は、日本にとってもまた当事者と言うべき問題である。日本は北朝鮮に対して植民地支配に対する謝罪も賠償も済んでいない。朝鮮半島情勢の好転はこの歴史的な懸案の解決のための対話の端緒を開く貴重な機会を生み出すはずである。日本の市民は傍観者であってはならない。

 北東アジアの平和と安定と日朝の歴史的課題の解決のために、日本は積極的に行動し、現在の行き詰まりの打開の道を探るべきである。例えば、日本自身の核兵器依存政策からの転換を含む北東アジア非核兵器地帯の設立を提案し、この地域の協調的な安全保障の枠組みを追求する方針を示すことによって、それは可能である。そうすることによって、米朝交渉のみに依存している現在のプロセスを、より広い枠組みの議論へと転換することができるはずである。(梅林宏道)


1 『朝鮮中央通信』(日本語版、2019414日)。
http://kcna.kp/kcna.user.home.retrieveHomeInfoList.kcmsf 「最高指導者の活動」から、日付で施政演説を探すことができる。
2 国連文書A/73/894S/2019/466
3 「聯合ニュース」(英語版、2019628日)
また、米インターネットメディア「AXIOS」(201973日)(英文)
4 モーガン・オータガス「国務省プレス・ブリーフィング」(201979日、米国務省HP
5 モーガン・オータガス「報道声明:北朝鮮協議」(2019105日、米国務省HP
6 同上。
7 『朝鮮中央通信』(英語版、2019106日)。http://www.kcna.jp/index-e.htmから日付で検索。
8 『朝鮮中央通信』(英語版、20191118日)。http://www.kcna.jp/index-e.htmから日付で検索。
9 『朝鮮中央通信』(英語版、20191118日)。http://www.kcna.jp/index-e.htmから日付で検索。
10 『朝鮮中央通信』(英語版、20191114日)。http://www.kcna.jp/index-e.htmから日付で検索。

2019/11/07

監視報告 No.16


監視報告 No.16  2019年11月7日

§ 北朝鮮の短距離ミサイル発射は、日、韓の軍事動向に見合った反応である。

『朝鮮中央通信』のミサイル発射報道

 朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)は今年5月、短距離ミサイルであったが、約18か月ぶりに弾道ミサイルを発射した。それ以後、最近の1031日の発射を含め、断続的に11回にわたり少なくとも22発の短距離ミサイルの発射を繰り返した。文末にこれら11回の発射を日付順に表にした。(このほかに102日の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射実験があった。)

 発射された短距離ミサイルの技術情報についてはさまざまな分析が行われてきた。それらを総合すると、一連の発射には概ね4種類のミサイルが関係していると考えられる。①ロシアのイスカンデルに酷似した弾道ミサイル、②形状が米国のATACMS似ているミサイル、③大口径誘導多連装ロケット、④超大型多連装ロケットの4種類である。

 ここでは、冒頭に、一般的に指摘されていない側面からの技術的分析を述べる。

 「独裁国家の官製メディア」という位置づけから、多くの市民が過って印象付けられている理解に反して、ミサイル実験を報じる『朝鮮中央通信』(KCNA)の報道内容は正確であると評価できる。とりわけ技術情報は、ミサイル発射ごとの報道内容に整合性があり、詳細ではないが驚くほど律儀に一貫性をもって記述されている。したがって、注意深く記事を読むことによって私たちは理解を深めることができる。たとえば、発射が訓練なのか、示威(デモ)発射なのか、テスト発射なのかを区別して記述している。また、「新型ミサイル」と「新兵器」「新しく開発したミサイル」とは区別して用い、後2者に対しては「テスト発射」という言葉を使って発射を説明している。文末の表には、このような区別に留意しながら、各ミサイル発射についてのKCNAの報道を要約した。

まず、54日、59日、725日、86日に発射されたものはイスカンデル類似のミサイルであると理解されている[1]。それと矛盾するものではないが、この4回の発射に関連して本論は少なくとも2つのことについて指摘したい。第1に、5月の2回の発射とそれ以後の2回の発射は明白に異なる目的をもって発射された。前者は前線部隊の訓練であり、後者は韓国や米韓合同演習を意識した示威のためのデモ発射として行われた。もう1つは前者に使われたミサイルは単に戦術誘導兵器、あるいは長距離攻撃手段と記されているのに対して、後者においては「新型」戦術誘導兵器あるいは「新型」戦術誘導ミサイルと記されている。「新型」というのは、その後の用語の使い方と比較すると新しく開発した兵器の意味ではなくて、すでに運用中の兵器における新型であることを意味すると解釈される。このような記述の違いを考えると、前2回の訓練に使われたミサイルと後2回のデモ発射のミサイルは、いずれもイスカンデル類似のミサイルであったとしても、旧型と新型の違いがある可能性がある。また、以下に述べるように「新型」は自国開発の兵器ではなく、外国からの購入兵器あるいはその改良であると考えるべきであろう。

この「新型」という表現に対して、731日と82日に発射された大口径誘導多連装ロケットと、824日、910日、1031日に発射された超大型多連装ロケットの場合は、「新しく開発した」兵器の「テスト発射」と表現した。前者は2回のテスト発射を行い後者は3回のテスト発射を行っている。また同様に、810日と16日に発射された外形がATACMS類似のミサイルの場合も、「新兵器」の「テスト発射」と記述されている。これら3種類のミサイルは、付随する他の記述も合わせて考えると、党の方針によって国防科学者が取り組んだ新兵器開発の成果を検証するテスト発射であったと確認できる。その意味で、4回にわたって発射されたイスカンデル風のミサイル(2つの型かも知れない)とは、異なる次元の発射であった。

ちなみに、このような分析に従えば、54日の訓練において発射された大口径長距離多連装ロケットは、既存の運用中の兵器(おそらく無誘導)を示すものであり、後の開発中の多連装ロケットとは無関係と解するべきであろう。

韓国、日本の軍事力強化の動向

 これらの短距離ミサイルの発射がメディアで敏感に取り上げられる理由は理解できなくもない。それは、やがて中・長距離ミサイル発射が再開する前兆と捉えられ、さらに朝鮮半島の非核化と平和プロセスの崩壊へと繋がってゆく可能性が危惧されるからである。また、北朝鮮の弾道ミサイル発射が、形式的な安保理決議違反であるという事実が、報道メディアにとって、意図的にせよ無自覚であるにせよ、報道のハードルを低くしている可能性がある。

 しかし、非核化・平和プロセスの崩壊を防ぐためには、短距離ミサイル発射に敏感になることは正しい関心の向け方ではないであろう。むしろ、問題の本質からはずれる方向である。トランプ大統領が短距離ミサイル発射を問題視しない姿勢を取り続け、韓国の(ちょん)義溶(うぃよん)安保室長が「われわれの安全保障に深刻な脅威ではない」2]と述べるのも、それぞれが別の理由からであっても結果的に正しい姿勢だと言える。非核化・平和プロセスにとっての現在の問題の核心は、米国が北朝鮮との交渉において相互的で段階的な交渉を積み上げる方針を採択し、北朝鮮がすでに具体的に示唆している寧辺施設の凍結を含む第1段階の措置に対して、具体的な相互措置を提案するかどうかにある。

 このような前提となる視点を据えたうえで、以下では、北朝鮮が短距離弾道ミサイルの発射を繰り返す背景となる韓国と日本の軍事的動向―それらには米国も関与している―について考察したい。

 監視報告13号でも指摘した通り、北朝鮮の行動の背景には、8月に実施された米韓合同軍事演習に対する反発だけではなく、韓国がステルス戦闘機F35Aや無人偵察機グローバルホークの導入によって軍の近代化を進めていることに対して、北朝鮮自身が防衛力強化を図らなければならないという理由がある。

 北朝鮮は、725日のミサイル発射は最新兵器の購入や米韓合同演習実施に走る韓国軍部への警告であると述べ[3]、米韓合同軍事演習が開始された翌日の86日には「新型」戦術誘導ミサイルのデモ発射を行い、それが米韓合同軍事演習に対する警告になると述べている[4]。さらに、監視報告No.13 で述べたように、北朝鮮は「我々としては、韓国で増強される致死兵器を完全に破壊するための特殊兵器を開発しテストする以外に選択の道がない」と警告した[5]。そして、この警告に符合して、今日に至るまでに北朝鮮は低空滑空能力や急上昇軌道をもった兵器を誇示したり[6]、超大型多連装ロケットの標的群への先制攻撃能力を開発したり[7]してきたのである。

 韓国は米最新兵器の購入のみならず、近年、兵力の近代化に努めてきた。7月に初の軽空母の建設も発表した[8]。北朝鮮に対して注目が集まっているミサイル発射に関して言えば、よく知られているように、韓国国防部は2012年にミサイル指針を改定し、保有する弾道ミサイルの最大射程を300kmから800kmに伸ばした。さらには北朝鮮に対してミサイルなどによる先制攻撃を行うためのキル・チェーンと呼ばれるシステムの構築に取り組んできた[9]。韓国の鄭義溶・大統領府安保室長が、韓国のミサイル能力について「詳細を明かすことはできないが、北に引けをとらないほどミサイル発射実験を実施している」と国会で述べた[10]のは、正直な現状であろう。


韓国だけでなく日本の安倍政権による自衛隊の軍備拡大も広く知られているところである。北朝鮮は日本の動向も注視している。826日の『朝鮮中央通信』は自衛隊の護衛艦いずもの空母化を、攻撃能力の「質的な飛躍」であると論評し、「今日の自衛隊は、列島の国境を超えて任意の時刻に任意の場所で戦争を遂行できる能力を備えた侵略軍になった」と指摘した[11]。このような日本の軍事力が、米軍のこの地域における展開と緊密に結びついていることも周知のことがらである。10月下旬においても、グアムを飛び立ったB52爆撃機2機が航空自衛隊と日本海上で異例の訓練を行ったことが報じられている[12]。

 このような北東アジアにおける日、韓の最近の軍事力強化の動向や日常的な軍事活動を考えると、通常兵器分野における北朝鮮の活動のみに焦点を当てるメディアの関心のあり方は偏っており妥当ではない。地域全体に緊張緩和と軍縮動向を作り出すことが必要なのであり、そのような視座のなかで、米朝協議の促進についての方途を探らなければならない。(森山拓也、梅林宏道)


<表> 北朝鮮の短距離ミサイル発射
発射
推定発射場所
発射に関する北朝鮮の報道
54
虎島(ホド)半島
正面前線地域及び東部前線の部隊による大口径長距離多連装ロケットと戦術誘導兵器の作戦能力と攻撃任務の精度を評価し検査する訓練。[13
59
新五里(シノリ)
正面前線地域及び西部前線の部隊の種々の長距離攻撃手段の訓練。[14
725
虎島(ホド)半島
韓国軍部への警告のために新型戦術誘導兵器の威力のデモ発射。素早い反火力能力や低空滑空・急上昇軌道の特徴を確認した。[15
731
元山(ウォンサン)
朝鮮労働党の第7回大会での指針に新しく開発した大口径誘導多連装ロケットのテスト発射。[16
82
(ヨン)(フン)
新しく開発した大口径誘導多連装ロケットの再テスト発射。高度を制御した水平飛行の性能、軌道制御能力、命中率の検査が目的。[17
86
クァイル
2発の新型戦術誘導ミサイルのデモ発射。西部の滑走路から首都地域と内陸中央の上空を飛んで東海の小島に命中。米韓合同演習への警告も意図する。[18
810
咸興(ハムン)
新兵器のテスト発射。北朝鮮の地形に合致する、既存兵器システムとは違う戦術的特性を持つ。党中央委員会の方針に沿う。[19
816
通川(トンチョン)
新兵器の再度のテスト発射。党方針の攻撃手段を最短期間に開発した。[20
824
宣徳(ソンドク)
新たに開発した超大型多連装ロケットのテスト発射。若い科学者の創意による開発。[21
910
价川(ケチョン)
超大型多連装ロケットの再テスト発射。配備時間を計測し、戦闘運用、軌道特性、正確性、精密誘導機能を実証した。連続発射に課題が残る。[22
1031
順川(スンチョン)
超大型多連装ロケットの3度目のテスト発射によって連続発射システムの安全性を検証し成功した。標的群や標的地域の先制攻撃が可能になった。[23


1 例えば、岩屋防衛大臣記者会見(防衛省、201993日)。https://www.mod.go.jp/j/press/kisha/2019/0903a.html。また、佐藤武嗣「北朝鮮、ミサイル着々」(『朝日新聞』、20191021日)。https://digital.asahi.com/articles/DA3S14224898.html
2 「北朝鮮のミサイル能力『深刻な脅威ではない』=韓国国家安保室長」(聯合ニュース(日本語版)、2019111日)、https://jp.yna.co.kr/view/AJP20191101001900882?section=nk/index
3 「金正恩最高指導者が新型戦術誘導兵器の威力デモ発射を指導する」(『朝鮮中央通信』英語版、2019726日)。http://www.kcna.co.jp/index-e.htmから日付により検索。
4 「金正恩最高指導者が新型戦術誘導ミサイルのデモ発射を参観」(『朝鮮中央通信』英語版、201987日)。http://www.kcna.co.jp/index-e.htmから日付により検索。
5 「韓国当局、激しく非難される」(『朝鮮中央通信』英語版、2019711日)。http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。
6 注3と同じ。
7 「超大型多連装ロケットランチャーのさらなるテスト発射がDPRKで実施される」(『朝鮮中央通信』英語版、2019111日)。http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。
8 「武力への投資:韓国の軍事費が北朝鮮の懸念を生んでいる」(ロイター、2019911日)。https://www.reuters.com/article/us-southkorea-military-analysis/buying-a-big-stick-south-koreas-military-spending-has-north-korea-worried-idUSKCN1VW03C
9 2018年版「防衛白書-日本の防衛」(防衛省、2018928日)。https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2018/html/n12202000.html#a77
10 注2と同じ。
11 「KCNA論評が日本に対してその軍事動向を警告する」(『朝鮮中央通信』英語版、2019826日)。http://www.kcna.co.jp/index-e.htmから日付により検索。
12 「米B52爆撃機が航空自衛隊と日本海上空で異例の訓練を行う」(『ジャパン・タイムズ』、20191029日)。https://www.japantimes.co.jp/news/2019/10/29/asia-pacific/b52-bombers-training-sea-of-japan-asdf/#.XcJXfOj7SUk
13 「金正恩最高指導者が正面前線地域及び東部前線で防衛部隊の打撃訓練を指導する」(『朝鮮中央通信』英語版、201955日)。http://www.kcna.co.jp/index-e.htmから日付により検索。
14 「金正恩最高指導者が正面前線地域及び西部前線で防衛部隊の打撃訓練を指導する」(『朝鮮中央通信』英語版、2019510日)。http://www.kcna.co.jp/index-e.htmから日付により検索。
15 注3と同じ。
16 「金正恩最高指導者が新型大口径誘導多連装ロケットシステムのテスト発射を指導する」(『朝鮮中央通信』英語版、201981日)。http://www.kcna.co.jp/index-e.htmから日付により検索。
17 「金正恩最高指導者が再び新型大口径誘導多連装ロケットシステムのテスト発射を指導する」(『朝鮮中央通信』英語版、201983日)。http://www.kcna.co.jp/index-e.htmから日付により検索。
18 注4と同じ。
19 「金正恩最高指導者が新兵器のテスト発射を指導する」(『朝鮮中央通信』英語版、2019811日)。http://www.kcna.co.jp/index-e.htmから日付により検索。
20 「金正恩最高指導者が再び新兵器のテスト発射を指導する」(『朝鮮中央通信』英語版、2019817日)。http://www.kcna.co.jp/index-e.htmから日付により検索。
21 「新たに開発した超大型多連装ロケットランチャーの成功裡のテスト発射が、金正恩最高指導者の指導のもとで行われる(『朝鮮中央通信』英語版、2019825日)。http://www.kcna.co.jp/index-e.htmから日付により検索。
22 「金正恩最高指導者が超大型多連装ロケットランチャーのテスト発射を再び指導する」(『朝鮮中央通信』英語版、2019911日)。http://www.kcna.co.jp/index-e.htmから日付により検索。
23 注7と同じ。

監視報告 No.19

監視報告 No.19   2019年12月25日 § 事実に基づく多面的な報道をマスメディアに求める  朝鮮半島の平和と非核化を巡る米国と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の交渉は依然として膠着状態が続いており、交渉が決裂して朝鮮半島の緊張が再び高まるのではないかと...