2019/07/17

監視報告 No.12

監視報告 No.12  2019年7月17日

§ 再開される米朝協議は、ビッグディールではなくスモールディールで


 630日、米国のドナルド・トランプ大統領と朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の金正恩委員長が、南北の軍事境界線上の板門店で3回目の首脳会談を電撃的に行って世界を驚かせた。非核化と制裁解除の手順で折り合いがつかなかったベトナム・ハノイでの会談から4カ月。米朝間の溝は依然として埋まっていない。再開される協議では、大統領選を控えるトランプが一気に北朝鮮の完全非核化を求める「ビッグディール」を諦め、「スモールディール」で妥協して北朝鮮の現状を容認するのではないかと懸念する声も少なからずあるようだ。しかしそのスモールディールの積み重ねこそが、今後の朝鮮半島の完全な非核化に向けた交渉の鍵になる。

 板門店での首脳会談の前後から、北朝鮮に対する米国側の柔軟な姿勢を示すトランプ政権内の声が伝えられている。例えば、スティーブン・ビーガン北朝鮮問題特別代表は628日に韓国外務省の李度勲(イ・ドフン)朝鮮半島平和交渉本部長との会談で、「シンガポールでの共同声明の約束を同時的・並行的に進展させるために北朝鮮側と建設的な議論をする準備ができている」と語った[1]。また米国政府が交渉を進めるために、まず北朝鮮側が「大量破壊兵器開発計画の完全な凍結」し、その見返りとして北朝鮮への人道支援や米朝間の人的交流などを行う案を検討していることを、ビーガンが非公表を条件に米国メディアに語ったことも伝えられた[2]。他にもNHKは、トランプ政権内の「少数派」の意見として「膠着状態が続く中、(トランプ)政権内部では打開策の1つとして、時間を区切って一時的に制裁の一部を緩和し、その間に北朝鮮の行動を見極めるという案」も出ていると伝えている[3]。

 こうしたトランプ政権の柔軟姿勢に対して、北朝鮮の非核化が置き去りになるのではないかと危惧する声も出ている。例えば日本では、NHKの主要ニュース番組のキャスターが「(トランプが)大統領選挙を前に、小さな成果、スモールディールで妥協してしまうんじゃないか」と懸念を示した[4]。

 しかしハノイ会談以降膠着している状況を打開するには、ビーガンが述べているように、「柔軟なアプローチが必要だ」[5]。金正恩も412日の施政方針演説で「双方が一方的な要求条件を取り下げ、各自の利害に合致した」解決策を見出すことを訴えた[6]。米国側の実務責任者であるビーガンがそのことを理解し、少なくとも公式にシンガポールでの合意(新しい米朝関係の構築、朝鮮半島の永続的かつ安定的な平和体制の構築、朝鮮半島の完全な非核化、米兵の遺骨回収と返還)を「同時的・並行的」に進める用意が米国側にあると述べて柔軟姿勢を示していることは、それとして評価できる。問題は、北朝鮮が相互的・段階的な履行を求めていることから、今後の交渉で具体的で双方が受け入れ可能な妥協点を見出すことができるかどうかだ。

 その上で重要なことは、北朝鮮が抱いている米国の脅威を如何に取り除くかということだろう。その重要性は、北朝鮮への不可侵や米朝の関係改善など北朝鮮の安全の保証(単なる「体制保証」ではない)を意図した約束が、シンガポール合意だけではなく、米朝枠組み合意(1994年)や6か国協議での共同声明(2005年)など、朝鮮半島の核に関する主要合意に含まれていることからも明らかだ。朝鮮戦争が終結しておらず米朝間の信頼関係もないなかで、米国の侵略に対する抑止力として核兵器を開発してきた北朝鮮が、脅威の除去より先に核を放棄することは、常識的に考えてあり得ない。米国の北朝鮮に対する「敵視政策」が北朝鮮側の非核化に向けた行動を妨げる最大の要因になっているのであり、朝鮮半島の非核化の問題は米国が敵視政策を止めるか否かという問題に大部分は帰結できる。

 その点を踏まえた上で、ハノイ会談で事前に用意されていながら署名には至らなかった「幻のハノイ合意」を出発点に、今後の交渉のポイントを整理してみたい。

 監視報告No.7では、この「幻のハノイ合意」に注目し、今後の交渉過程で妥結を目指すべきと考えられる以下の6つの中間的措置を提案した[7]。

①戦争終結宣言あるいは平和宣言
②平壌への米連絡事務所の設置
③不安要因となりうる今後の米韓合同演習の規模や性格に関する暫定的な合意
④経済制裁の緩和についての北朝鮮の5件の要求よりも低いレベルの緩和措置
⑤南北の経済協力に付随して必要な範囲に限定した制裁緩和
⑥平和利用の担保を条件にした北朝鮮の宇宙や原子力開発に関する制限の緩和と核・ミサイル施設の公開の拡大

①の戦争終結宣言については、今回の首脳会談でトランプと金正恩が軍事境界線上で握手を交わしたことで象徴的に示されたように、朝鮮半島が未だに戦争状態にあるということは、極めて不合理なことだ。北朝鮮と韓国は昨年9月の平壌宣言の付属文書として署名した「軍事分野合意書」で既に事実上の終戦宣言をしており、朝鮮半島に住む人々は戦争を望んでいない。敵同士である米国の大統領と北朝鮮の指導者が軍事境界線上で握手を交わした今、もはや戦争を続ける理由は見当たらない。在韓米軍を撤退させたくないと考えている一部の人間が終戦宣言を拒んでいるようだが、最近の書面インタビューで韓国の文在寅大統領が明言しているように、金正恩は「(朝鮮半島の)非核化を米韓同盟や在韓米軍撤退と関係づけたことは一度もない」[8]ことから、在韓米軍の問題は朝鮮戦争終結のための障害にはならない。

 ②の平壌への米連絡事務所の設置は、朝鮮戦争が終結したなら、比較的容易に実現できるだろう。現にビーガンが上記のオフレコの会話で言及している[9]。平壌に米国の施設や財産が存在することは、今後米国が北朝鮮を侵略しないという一つの保証になる。

 ③の米韓合同演習などに関する暫定的な軍事的合意について言えば、米韓と北朝鮮の間の相互信頼が不十分な現段階においては、先ず、いずれかの軍事演習や兵器開発が相手に不信を抱かせ、交渉全体の妨げになるような事態を避けるために、このような合意が必要である。また偶発的な衝突を防ぐためにも、南北間だけではなく米軍も含めた何らかの軍事的な合意が必要だ。

 ④の経済制裁の緩和については、ハノイ会談で北朝鮮側が部分的な制裁緩和として要求した国連制裁決議の民生関連の制裁緩和について、米国側は「事実上の全面緩和」と受け取っていることから、双方にとって受け入れ可能な中間点を探る必要があるだろう。まずは⑤のように、南北の経済協力に関する限定的な制裁緩和などが考えられる。韓国は南北間の経済協力を実行できることを心待ちにしているが、経済制裁が障害となって実現できておらず、そのことが原因で南北関係に悪影響を及ぼしている。南北間の経済協力に関する制裁解除は速やかに行われるべきだろう。監視報告で繰り返し指摘した通り(監視報告No.8No.9)、国連安保理の制裁決議にはほとんどの場合、北朝鮮の決議の遵守状況に応じて制裁を強化・修正・解除する用意があることを述べた条項が明記されている。制裁が朝鮮半島の非核化の妨げにならぬよう、国際社会にはそうした条項に従って制裁見直しの議論を行う必要があることを、再度指摘しておく。とりわけ、制裁が国連の援助活動などにも影響を与え、一般の朝鮮人に甚大な影響が出ている事実を国際社会は深刻に受け止めなければならない[10]。

 ⑥の北朝鮮による宇宙や原子力の平和的利用については、国際原子力機関(IAEA)や核拡散防止条約(NPT)などに復帰して必要な国際的査察の下に置かれたとき、当然の結果として北朝鮮にも宇宙や原子力の平和利用の権利が早期に認められなければならない。

 朝鮮半島の非核化に向けた中間的な措置は他にも考えられるだろう。いずれにしても、再開される実務者協議では具体的で実現可能な措置で合意を重ね、ひとつひとつ着実に実行することで、北朝鮮が主張する米国の脅威を取り除き、米朝間の信頼関係を構築して、北朝鮮が非核化できる環境を整えることが重要だ。

 このような段階的な非核化は、朝鮮半島の完全な非核化と矛盾しない。段階的な非核化は完全な非核化へ向けた第一歩なのであって、北朝鮮の核保有を容認することではない。ビーガンが非公表を条件に語った前述の「凍結」の案も、米国務省のモーガン・オルタガス報道官が後に記者会見で語ったように、非核化の「プロセスの始まり」に過ぎない[11]。

トランプ大統領が歴代の大統領と違うことを示すためには、敵視政策を止めて北朝鮮の安全を保証し、朝鮮半島の完全な非核化に道筋をつける必要がある。そのためには、政権内の強硬派やスモールディールを「妥協」と捉える世論があるが、トランプはこれらに打ち勝つ必要がある。道理に基づいた世論を形成して、トランプが作り出している機会を持続させ、生かすことが市民社会の活動として求められている。(前川大、梅林宏道)

1 「U.S. ready for talks with N.K. to make 'simultaneous and parallel' progress: nuke envoy」(聯合ニュース、2019628日)(英文)
2 「Scoop: Trump's negotiator signals flexibility in North Korea talks」(AXIOS201973日)(英文)
3 NHKワシントン支局長・油井秀樹、ニュースウオッチ92019628
4 キャスター・有馬嘉男、ニュースウオッチ9201971
5 「‘Door is Wide Open’ for Negotiations with North Korea, US Envoy Says」(Atlantic Council2019619日)
6 「朝鮮中央通信」、2019414日。
http://kcna.kp/kcna.user.home.retrieveHomeInfoList.kcmsf「最高指導者の活動」から、日付で施政演説を探すことができる。
8 文在寅の聯合ニュースなどとの書面インタビュー。2019626日発表。
9 注2と同じ。記者との非公開の会話の中で、ビーガンは北朝鮮の大量破壊兵器開発計画の凍結の見返りとして、お互いの首都に連絡事務所を設置することも提案している。
10 例えば、国連世界食糧計画「Democratic Peoples Republic Of Korea (DPRK) - FAO/WFP Joint Rapid Food Security Assessment」(20195月)、14p
11 米国務省「国務省プレス・ブリーフィング」(201979日)

2019/06/19

監視報告 No.11

監視報告 No.11  2019年6月19日

§ シンガポール米朝共同声明1周年で、北朝鮮が見解を表明し国連文書として加盟国に配布した。


 2019612日は、歴史上初となる米朝首脳会談から1周年の日である。DPRK(以下、北朝鮮)は、1周年を機に64日に外務省報道官の声明を発表したが、66日、それを国連事務総長に送付し、国連総会及び国連安全保障理事会への公式文書として全加盟国に配布するよう要請した。国連文書番号A/73/894S/2019/4661]。

 マスメディアで全文が掲載される状況はないので、本「監視報告」では、論評無しに全文をそのまま掲載することにする。


[国連事務総長への手紙]
事務総長に宛てた、朝鮮民主主義人民共和国国連常任代表から国連への201966日付け書簡

 朝米首脳会談に関する、朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)外務省の報道官による201964日の報道発表を謹んで同封致します(附属書参照)。

 第73回国連総会、議題項目66の文書として、また安全保障理事会の文書として本書簡とその附属書を回覧していただければ幸いです。

(署名)キム・ソン
大使
朝鮮民主主義人民共和国・国連常任代表


[国連事務総長への手紙に添付された付属書]
事務総長に宛てた、朝鮮民主主義人民共和国国連常任代表から国連への201966付け書簡の附属書

朝鮮民主主義人民共和国外務省報道官による201964日付け報道発表

 昨年6月にシンガポールで開催された歴史上初めての朝米首脳会談と協議は、朝鮮半島とその地域の平和と安定を促進し、和解と協力の歴史的な潮流を創る上で偉大な意味をもつ重要な出来事でした。

 朝米首脳会談と協議で採択された612日朝米共同声明は、世界のすべての国々と人々の全面的な支持と承認を得ました。それは、最も敵対的な関係にある国々でさえ、一たび平和と安定を守るための政治的な決定的措置を最優先事項として講じれば、新しい関係を確立するための道を切り拓くことができることを実際に証明したからです。

 広く国際社会で認められているように、DPRK政府は、過去1年間にわたり、612日の朝米共同声明で規定されたように、新たな朝米関係の樹立、朝鮮半島の持続的かつ安定的な平和体制の構築と朝鮮半島の非核化の達成に向けて絶え間ない努力をしてきました。また、戦略的に決定的な措置を必要とする実際的イニシアチブをとるなど、DPRK政府はあらゆる可能な努力をしました。

 しかし、残念ながら、米国はこの1年の間、共同声明の履行から故意に顔をそらし、一方的に我々が核兵器を差し出すよう主張しながら、力で我々を滅ぼす計画にこれまで以上にあからさまになってきました。

 世界全体の大きな関心と期待の中でハノイで開催された2回目の朝米首脳会談では、米国は「先ず先に核兵器解体」を主張して、生涯にない機会を逃したという最大の過ちを犯しました。

 これは朝米協議の将来に影を落とします。

 朝米共同声明を履行する真剣な立場と誠実な態度に基づいて、米国が問題に取り組むために少しでも助けになることをしていたならば、朝鮮半島の非核化問題もまた大きく進歩を遂げたかもしれません。

 朝鮮民主主義人民共和国の国務委員会委員長同志は、彼の歴史的な政策演説の中で、DPRKと米国の間に根深い敵対関係が持続していることを考えると、612日の朝米共同声明の履行には、双方が一方的な要求を放棄し、互いの利益に合致する建設的な解決策を見出すことが必要であると述べました。

 そして彼は、この目的の達成のために、米国が現在の計算方法を折りたたみ、新しい計算方法をもって我々に接してくることが必須であると述べました。

 612日の朝米共同声明は、両国が世界と人類に誓った誓約であり、双方が共同で責任を負うべき課題です。

 DPRKは、史上初の朝米首脳会談でDPRKと米国の最高指導者が直接署名した612日朝米共同声明を大切にし、誠意をもって実行するという立場と意志に変わりはありません。

 しかし、もし対話の相手である米国が自らの義務を果たさず、DPRK敵視政策をとり続けた場合、朝米共同声明の運命は有望ではなくなるでしょう。

 612日朝米共同声明が引き続き有効であるのか、それとも一枚の単なる白紙になるのかは、米国が我々の公正で合理的な立場にどのように応えるかによって決定されるでしょう。

 歴史的な612日朝米共同声明の布告からおよそ1年が経ったいま、米国はこの1年を正しく振り返り、手遅れになる前に、どちらが正しい戦略的選択であるかを熟考するべきです。

 米国は現在の計算方法を変更し、できるだけ早く我々の要求に応えることが賢明であると思われます。

 我々の忍耐力には限界があります。


(原文英語)
訳:ピースデポ

2019/06/12

監視報告 No.10

監視報告 No.10  2019年6月12日

§ 米朝交渉のゴールポストはシンガポール共同声明の履行であり、安保理決議の履行ではない。



2018612日のシンガポールにおける史上初の米朝サミットからちょうど一年になる。シンガポールにおいて合意された米朝首脳共同声明は、2018年に合意された2つの南北共同宣言とともに、今も朝鮮半島と北東アジア地域の平和と非核化を実現するための出発点となる基礎的合意文書である。

2月末にハノイで開催された2回目の米朝サミットは、合意文書を出すことはできなかったが、米朝両首脳とも、それぞれが抱えている国内事情について、直接会話を通じてしか得られない感触を得たはずである。しかし、その後現在に至るまで、ハノイで得たものを基礎として次の段階に進む機会を、両国とも見出すことができないでいる。進むべき具体的な道筋が見えないときには、70年近く続いてきた両国間の敵対と不和の歴史の垢が様々な形で表面化する。西側の国々ではDPRK(以下、北朝鮮)を悪魔化する論調が力を増して、情勢を正しく捉えることがいっそう困難になる傾向が現れている。

このように米朝交渉が不安定化しているこの時期においては、シンガポール共同声明の履行こそが米国と北朝鮮両国関係を転換させるための政治的約束であることを再確認することが極めて重要である。意図的であるか否かを問わず、安保理決議の履行とシンガポール米朝合意の履行の関係を混同したり歪めたりする議論が目立っていることに、とくに注意を喚起したい。

ハノイ会談以後、米国は「北朝鮮の非核化」ではなく、「北朝鮮の大量破壊兵器の完全廃棄」が目標であることを強調することが多くなった。

例えば、ハノイ会議の直後、米国務省高官が随行記者にブリーフィングした際、高官は「北朝鮮の大量破壊兵器(WMD)」に多く言及した。高官が「北朝鮮は現時点においては、WMD計画のすべてを凍結する意向をもっていない」と述べたが、それが国連安保理決議によって課せられた制裁の解除に関する発言であれば、とりたてて問題視する必要はない。しかし、実際にはシンガポール共同声明の履行の核心にある寧辺施設の定義を巡る議論において高官は次のように述べた[1]

「…寧辺核複合施設の定義は何かなど、シンガポール共同声明以来、我々には長い間届かなかった詳細レベルの問題にまで協議を進めた。この寧辺とは何かという問題は、我々は北朝鮮のWMD計画のすべてを解体することを目指しているのであるから、我々にとっては極めて重要である。」

つまり、ここでは、シンガポール共同声明の履行について述べる文脈において「WMD計画のすべての解体」が主張されている。

別の例を掲げるならば、37日に国務省高官が北朝鮮問題で特別ブリーフィングをした際においても、同じことが繰り返された。ハノイにおいて米国が寧辺核施設だけではなくてプラス・アルファを要求したと北朝鮮の()(ヨン)()外務大臣が述べたことについて、記者が「これ(プラス・アルファ)はウラン濃縮の地下施設なのか、ボルトン安全保障問題補佐官が要求したと述べたところの『生物化学及びすべてのWMD』なのか」と質問した。それに対して国務省高官は「李容浩外務大臣が何を意図したのかは分からないが、大統領が金(正恩)委員長に何を提案したのかははっきりと言える。それはWMD計画の完全廃棄だ」と回答したのである[2]。別の記者が「WMD計画の完全廃棄という意味は化学、生物、及び核兵器ということで間違いないか」と念押しをして、高官が「そうだ」と応える一幕もあった[3]。

このように、米国は、明らかにシンガポール合意の履行の文脈において、核兵器計画のみならず、すべてのWMD計画の廃棄を追求している。それも最終的な目標という意味ではなく、当初からの要求として提出している。

もし、米国にとって安保理決議の履行が優先的ゴールであるならば、WMD計画すべてが問題にならざるを得ないであろう。しかし、安保理決議の履行が米国の目的であることが明らかであったならば、そもそもシンガポールにおける歴史的な米朝首脳会談は実現しなかったし、米朝首脳共同声明を発することもできなかった。安保理決議履行と米朝共同声明の履行は明確に区別され、両者の関係を正しく認識することが必要である。

国連安保理が国連憲章第Ⅶ章「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」の規定に基づいて北朝鮮に対する国連の行動を決議したのは、20061014日の決議17182006)が最初であった。それ以来、制裁に関する決議は10回採択された。その内容は、ほとんどの場合、北朝鮮に対して、「核実験」と「弾道ミサイル技術を用いたすべての発射」を禁止し、核兵器及びすべてのWMDとそれらの計画、および弾道ミサイル計画を廃絶することを、完全・検証可能・非可逆的な方法で行うよう要求した。最後となる10回目の決議は20171222日に採択された決議23972017)である。

北朝鮮は、これらの決議に対して、核兵器・ミサイル開発は米国による北朝鮮への脅威に対抗するための正当な自衛の措置であり、国際的平和を脅かす行為ではないと反論し決議を拒否する姿勢を示し続けた。さらに、北朝鮮の体制転覆をリハーサルする米韓大規模軍事演習を平和への脅威として取り上げない偏った安保理決議のあり方を国連憲章に反すると反論した[4]。

このようにして、国連憲章第Ⅶ章の規定を基礎にした安保理の経済制裁決議によって北朝鮮の核兵器開発計画(実際にはすべてのWMD計画)を廃棄させる試みは、11年以上にわたって強化され続けたが、状況は改善しなかった。この状況を打破したのが米朝首脳会談の実現であった。そして、会談の結果、米朝はシンガポール共同声明に合意した。

経過から明らかなように、国連安保理決議の履行とシンガポール共同声明の履行の間には根本的な違いがある。前者においては北朝鮮が合意できない決議の要求に対して北朝鮮が履行を迫られるのに対して、後者においては米朝が合意した内容について双方が履行の義務を負うのである。この合意の履行によって、安保理決議が掲げた目標についても実現に向けて重要な一歩前進をはかることができるので、国際社会も米朝合意を強く歓迎したのである。したがって、現在国際社会が集中すべきなのは、米朝双方の努力によるシンガポール合意の履行であって、安保理決議を持ち出してWMD計画を云々することではない。

国連など多国間会議の場において、安保理決議が多く語られる必然について理解できない訳ではない。しかし、米国や日本という朝鮮半島情勢に密接に関係する国が、現状においても安保理決議を持ち出して制裁の維持を中心に主張するのは、誤った政策判断であり、シンガポール合意を困難に陥れる危険性を孕んでいる。

ここでは、以下において日本政府の言動についてのみ指摘しておきたい。

朝鮮半島非核化問題を追うジャーナリスト太田昌克によれば、日本政府は「シンガポール首脳会談の前から、生物・化学兵器を含むWMD問題への対処を米政府中枢に求めてきた」[5]という。その意味では、以下に述べる経過は、シンガポール共同声明が実現したことの意義を、日本政府が正しく理解しなかったと言わざるを得ない。

すでに本監視報告においても紹介したとおり、河野太郎外相は38日の衆議院外務委員会において「国際社会がこれまでのようにきちんと一致して安保理決議を履行してゆくこと」が、米朝平和プロセスにとって重要だと述べた[6]419日、ワシントンで行われた日米安全保障協議委員会後の記者会見においても、河野外相は「北朝鮮が、全ての大量破壊兵器及び全ての射程の弾道ミサイルのCVID(完全、検証可能、かつ不可逆的な廃棄)を行うまで、安保理決議を完全に履行する必要がある」[7]と、安保理決議にのみ執着した意見を述べている。

日本政府のこの方針は、想像以上に大きな影響力をもっている。6月下旬に日本が議長国となってG20大阪サミットが開催され、8月下旬にフランスが議長国となってG7ビアリッツ・サミットが開催される。安倍首相は、G20G7における北朝鮮問題に関する見解の共有を図るために422日~29日、欧州を歴訪した。423日にフランス[8]、424日にイタリア[9]、428日にカナダ[10]において首脳会談を行い、そのすべての国において北朝鮮情勢について共通の認識を確認し合った。その内容は、「安保理決議に基づき、北朝鮮による全てのWMD及びあらゆる射程の弾道ミサイルのCVIDを実現するために緊密に連携すること」、さらに「経済制裁逃れを阻止するために、哨戒機及び船舶による『瀬取り』への対処で協力しあうこと」などであった。

このような日本の外交方針は、歴史的なシンガポール米朝首脳共同宣言の履行と国連安保理決議の履行との相互関係について、正しい理解に基づいているとは到底言えない。安保理決議の目標の実現のためにシンガポール合意の履行を優先させなければならないという認識を共有する努力こそ、いまなすべき日本外交の仕事である。(梅林宏道、平井夏苗)

1 米国務省「国務省高官の随行記者への説明」(ペニンスラ・ホテル、マニラ、2019228日)
2 米国務省「北朝鮮に関する国務省高官の特別ブリーフィング」(201937日)
3 注2と同じ。
4 例えば「DPRK外務省報道官は、国連安保理『決議』に全面的に反対する」(『朝鮮中央通信』、20061017日)(英文)
 http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付で検索
5 太田昌克「米朝決裂 隠された第二ウラン濃縮工場」(月刊『文芸春秋』、20195月)
6 衆議院外務委員会議事録、201938
7 「米・日2+2閣僚会議の共同記者会見におけるパトリック・シャナハン米国防長官代行、河野太郎日本外務大臣、岩屋毅日本防衛大臣と同席したポンペオ国務長官の発言」、米国務省、2019419日。
8 日本外務省「日仏首脳会談及び昼食会」(外務省HP2019423日)
9 日本外務省「日伊首脳会談」(外務省HP2019424日)
10 日本外務省「日加首脳会談」(外務省HP2019428日)

2019/04/24

監視報告 No.9

監視報告 No.9  2019年4月23日

§ 日本の政策:強い制裁維持と信頼醸成は矛盾する


金正恩委員長の施政演説
412日、金正恩朝鮮労働党委員長が、朝鮮最高人民会議第14期第1回会議で施政演説[1]を行った。「国の全ての力を経済建設に集中」することを中心とする施政方針を述べたが、その中で、南北関係、米朝関係についても重要なメッセージを発した。

南北関係については、「全民族は歴史的な板門店宣言と9月平壌共同宣言が忠実に履行されて朝鮮半島の平和的雰囲気が持続し、北南関係が絶えず改善されていくことを切に願っている」と述べた。米朝関係については「612朝米共同声明は、世紀を継いで敵対関係にあった朝米両国が新しい関係の歴史をつづっていくことを世界に告げた歴史的な宣言である」と改めて米朝首脳共同声明を評価した。一方で、ハノイ会談時の米国の交渉方針を厳しく批判し、「ハノイ朝米首脳会談のような首脳会談が再現されるのはうれしいことではなく、それを行う意欲もありません」、「制裁緩和の問題のためにのどが渇いてアメリカとの首脳会談に執着する必要はない」と述べた。その上で「今年の末までは忍耐強く(われわれと共有できる方法論を見出す)アメリカの勇断を待つつもり」であると、当面の方針を明らかにした。
315日の会見において、(チェ)(ヨン)()外務次官が近いうちに金正恩が方針を明らかにすると述べていたが[2]、これがその方針であろう。方針を要約すれば、「DPRKは制裁緩和を求めることに執着せず、自力更生で経済を支えつつ、米朝および南北の首脳合意を基本として交渉を続ける」との姿勢を示したことになる。

情勢に鈍感な日本外交
 金正恩の施政方針は、結論的には、冷静な方針に落ち着いているとはいえ、北朝鮮が制裁継続を「敵視政策」として厳しく捉えていることは明らかである。同じ施政演説において、金委員長は、経済制裁は北朝鮮を「先武装解除、後体制転覆」する手段であるとの厳しい分析を述べている。にもかかわらず、あるいは、だからこそ、金委員長は制裁解除を懇願するのではなく、別の手段で経済発展を達成しようと国民に呼びかけた。

 このように制裁問題は、その扱いを誤ると、今後の朝鮮半島の非核化と平和に関する交渉に決定的な悪影響を生む可能性をはらんでいる。にもかかわらず、日本の政治におけるこの問題に関する関心のあり方は、旧態依然たる状態が続いている。

国会審議を見ると、まず、北朝鮮の非核化・平和に関する関心が低いことが指摘できる。

進行中の第198通常国会における衆議院外務委員会は201936日に始まったが、本報告の発行日(423日)まで8回開催され、議員と政府間の質疑応答が19時間23分行われた。しかし、この中で、朝鮮半島問題を取り上げたのは、外務委員30人(与党自民党18人+公明党2人、野党10人)中7人に過ぎず、質疑応答に費やされたのは1時間41分に過ぎなかった。全体の質疑応答時間の8.7%に当たる。

 しかも、国会議員も外務省も、北朝鮮に対する国連安保理決議による経済制裁に関する認識は、概ね「強い制裁の維持」という点において一致していた。実際には、政府の朝鮮半島政策について議論を深める入り口がこの制裁問題にあったが、この入り口を活かす議論がこれまでのところ現れていない。

38日、シンガポール共同声明を基礎とした米朝交渉に関して行われた(コク)()(ケイ)()議員(共産党)と河野外務大臣との質疑応答は、その意味で核心を突いたものであり、今後の議論の材料となる政府答弁を引き出している。

穀田議員 「…大臣の所信表明でもありましたように、米朝プロセスを後押しする立場を表明されているけれども、米朝両国が非核化と平和体制構築に向けたプロセスを前進させる上で何が重要だと認識されているか…」

河野大臣 「2つあると思っておりまして、1つは、やはり国際社会がこれまでのようにきちんと一致して安保理決議を履行していくということ、それからもう1つは、米朝間でお互いに信頼関係をしっかりと醸成していくということなんだろうと思います。特に、北朝鮮に核、ミサイルの放棄を求めているわけですから、その後の体制の安全の保証というのがしっかりと得られるという確信が北朝鮮側になければなかなかCVIDにはつながらないということから、米朝間の信頼醸成が大事であります…」[3

 この河野大臣の答弁における「安保理決議を履行」という言葉の意味は、これまでと同様に、厳しく制裁を継続するというニュアンスのものである。それは、1か月余り後の419日、日米安全保障協議委員会(いわゆる「2+2」会議)がワシントンで開かれた際の記者会見での河野発言によっても窺い知ることができる。このとき、河野大臣は「北朝鮮が,全ての大量破壊兵器及び全ての射程の弾道ミサイルのCVIDを行うまで、安保理決議を履行する必要がある」と述べ、さらに「瀬取りの問題に対処する必要があり、瀬取り阻止のために他のパートナー国と協力する必要がある」[4]と記者に説明をした。

 つまり、河野大臣の答弁は米朝プロセスの推進のために、「安保理決議の厳密な履行」と「北朝鮮との信頼の醸成」の2つが必要だと述べた。信頼醸成の重要性に関する指摘は正しい指摘だ。

 しかし、この2つは両立するのだろうか?この問いこそが、日本における北朝鮮問題についての外交議論を深める手がかりとなる問題である。国会議論はこれまでのところ、この点に至っていない。

 安保理決議による強力な制裁が北朝鮮を対話の場に連れ出したという議論には賛否両論があるだろう。しかし、その後、情勢は動いた。現在は制裁の直接の引き金となった核実験やミサイル発射実験が中止されて17か月が経過し、対話が始まって約1年が経過している。前述したように、北朝鮮は、制裁緩和を今も拒否する勢力の姿勢は、北朝鮮に対する敵視政策の表れであると考えている。現状において「安保理決議の厳密な履行」を言い続けることは、「信頼の醸成」とは真逆のメッセージを出すことになる。

 本プロジェクトを主催するピースデポは、410日、日本外務省を訪れ、外務大臣への要請書をもって朝鮮半島問題を担当するアジア大洋州局ナンバー2である石川浩司(ヒロシ)審議官と面談する機会をもった。要請の第1項目は「北朝鮮の核・ミサイル開発に対する経済制裁の強化・維持を止め、段階的緩和のメリットを検討し、その必要性を訴えてください」であった。[5]ここで「訴えて下さい」と要請した訴える先は、国連安保理をはじめとする国際社会を念頭においたものである。監視報告8で指摘されているように、安保理の制裁決議が「安保理は、DPRKの遵守状況に照らして、必要に応じて(制裁)措置を強化したり、修正したり、留保したり、解除する準備がある」[6]と繰り返し述べていることを指摘して、ピースデポは政府の行動を促した。要請の内容は現在の政府方針と正反対のものであり、面談の中では議論に進展はなかった。ピースデポは国会議員への働きかけを強めている。(湯浅一郎、梅林宏道)

1 「朝鮮中央通信」、2019414日。
http://kcna.kp/kcna.user.home.retrieveHomeInfoList.kcmsf「最高指導者の活動」から、日付で施政演説を探すことができる。
2  韓国インターネット・メディアNEWSISの記事(韓国語)、2019325日。
 崔善姫発言は「在日本朝鮮人総聯合会中央本部」国際・統一局通信No.7662019326日)に日本語訳されている。
3 衆議院外務委員会議事録、201938
4 「米・日2+2閣僚会議の共同記者会見におけるパトリック・シャナハン米国防長官代行、河野太郎日本外務大臣、岩屋毅日本防衛大臣と同席したポンペオ国務長官の発言」、米国務省、2019419日。
5 ピースデポ「朝鮮半島の非核化とNPT再検討会議:日本の核抑止依存政策の根本的再検討を求める要請書」(2019410日)。
6 例えば安保理決議S/RES/2397(2017)主文28

2019/04/19

監視プロジェクトのチラシができました。

監視プロジェクトのチラシが出来ましたのでご紹介します。
裏面の「バックナンバー」は今後、更新されていきます。

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2019/04/01

監視報告 No.8

監視報告 No.8  2019年4月1日

§ 米の強硬路線への回帰は誤りであり、経済制裁の段階的緩和を追求する方向へ方針転換すべきである。

 227-28日にハノイで開催された2回目の米朝首脳会談が不調に終わって以来、朝鮮半島をめぐる情勢に悪化の兆しが見えている。

 米国の外交方針において、強硬路線の復活がみられる。会談から一週間後の37日に米国務省で開かれた特別ブリーフィングにおいて、国務省高官は次のように段階的非核化を否定する方針を明確にした。[1

記者の質問:北朝鮮交渉に関するトランプ大統領の顧問団にはいろいろなメンバーがいますが、大統領がハノイで最終的にとったオール・オア・ナッシング戦略に全員が同意していたと自信をもって言えますか?というのは、サミットに至る数週間の間に顧問団の中の他の人たちが主張していたようなステップ・バイ・ステップのアプローチをとらないという大統領の決定について、ボルトン氏がもっとも大きな影響力を持ったのではないかと、私には思えるからです。
国務省高官:政権内にはステップ・バイ・ステップのアプローチを主張する者は一人もいません。どの場合にも、目指すものは、他の全てのステップがとられるための条件としての北朝鮮の完全な非核化です。長期間にわたる段階的なアプローチをとるというのは過去の交渉の大きな特徴でした。正直言って、これまでの場合、それは双方が少なくとも表面上約束した結果を生むのに失敗してきました。1994年枠組み条約の交渉も6か国協議もそうでしょう。したがって我々は別のやり方をしようとしています。大統領は、もし北朝鮮がすべての大量破壊兵器と運搬手段を放棄するなら、北朝鮮をこの方向にもってゆくよう個人的に力を注ぐことを金委員長に十分に明確にしてきました。

 このようにして、トランプ政権が一致して段階的アプローチはとらないという方針が明確にされた。しかも、その理由として過去の交渉の失敗は段階的アプローチをとったせいであるという、根拠のない理由を掲げた。この方針は、監視報告5で紹介したスチーブン・ビーガン米北朝鮮問題特別代表のスタンフォードにおける演説の論調と異なる。

 しかし、ビーガン自身、311日、カーネギー国際平和財団主催の核政策会議に登場して、この国務省高官の発言を再確認した。ビーガンとの対話のファシリテーターであったニューヨークタイムズのヘレン・クーパー国防総省特派員が、ビーガン自身のスタンフォードにおける発言と、上記の国務長官の発言の両方を対比しながら引用して、「どちらなのですか?」と質問した。ビーガンは「私には、(2つの発言の間の)意味の違いが分からない」と応えつつ、次のように結論した。[2

「我々は、非核化を段階的に進めるつもりはない。大統領はこのことをはっきりしてきたし、これは米国政府の一致した立場だ。…我々の立場は、北朝鮮の大量破壊兵器計画の全体に対して北朝鮮に課せられている経済的な圧力を、すべて解除するだろうというものだ。」
「トランプ政権は、大統領から部下に至るまで、これらの制裁を北朝鮮が非核化プロセスを完了するまで解除しないということを明確にしてきた。」

 この日のビーガンの説明によると、現在のトランプ政権の対北朝鮮外交方針は次のように要約できる。シンガポール首脳会談で米朝は4つの合意をした。(1)新しい米朝関係の構築、(2)永続的、安定的な平和体制の構築、(3)朝鮮半島の完全な非核化、(4)遺骨回収の努力、の4つである。これらは相互にリンクしているので、同時並行的に進める用意がある。しかし、非核化がすべての基礎になる。非核化を一気に行えば他のことも一気に進むことを北朝鮮に説得している。「部分的な非核化に対して、経済制裁の一部解除の可能性はあるのか」という質問があったが、それにはビーガンの明確な回答はなかった。完全に否定した訳でもなかった。

 330日にロイター通信は、トランプ大統領が金正恩委員長に手渡したという、米国の非核化要求の内容を書いた一枚の紙を入手し、独占記事を書いた。[3]そこには北朝鮮の核兵器の核物質のすべて米国に引き渡すなどの要求が書かれていたという。それは、ボルトン米大統領特別補佐官(国家安全保障担当)が主張していたいわゆるリビア方式と呼ばれたものを想起させる内容である。考えにくいが、トランプ政権が一気に進めたいとする非核化の内容がこのようなものであったことも否定できない。

 いずれにしても、「段階的でない非核化」方針は現実性のない空想に近い。米国と北朝鮮の間に容易には拭えない相互不信の長い歴史がある。そんな中で、北朝鮮が米国への唯一の戦争抑止力と考えて保有した核兵器を一気に放棄させることは、不可能であろう。このような方針にトランプ政権がこだわっているとすると、米朝交渉は歴史的な機会を失ってしまう危険がある。

 315日、平壌においてDPRK(チェ)(ソン)()外務次官が駐在外交官や海外記者を集めて会見を行った。このような危険に対する警告を発するための会見であった。AP通信、タス通信が外国記者として出席していたことが確認されている。325日には、韓国のインターネットメディアNEWSISが、崔次官のその時の冒頭発言のテキスト全文を入手し公表した。AP通信の記事[4]から伝わるよりも、NEWSISのテキスト全文[5]から伝わるものの方が、より冷静であり、その分だけ今後の交渉に余地があることを感じさせる。

 崔次官の冒頭発言でもっとも重要な部分は次の一節であろう。

「(ハノイの)会談でわれわれが現実的な提案を提示したところ、トランプ大統領は合意文に『制裁を解除しても、DPRKが核活動を再開する場合には再び制裁が課せられる』という内容を含めるならば、合意が可能かも知れないという、伸縮性ある立場を取りましたが、米国務長官のポンペオやホワイトハウス国家安保補佐官のボルトンは既存の敵対感と不信の感情で、両首脳間の建設的な交渉努力に障害がもたらし、結局、今回の首脳会談では意味ある結果が出ませんでした。」

 これによると、トランプ大統領は制裁の部分的解除に柔軟な姿勢を示したが、ポンペオ国務長官とボルトン特別補佐官が反対した、ということになる。

 本監視報告において「米朝交渉において段階的制裁緩和」が鍵となることを繰り返して強調してきた。そのことが現実になってきた。北朝鮮は、そもそも安保理決議による北朝鮮制裁は不当であり、これを認めない立場をとってきた。これについては、さまざまな賛否の意見があるであろう。しかし、崔発言の中には「われわれがこの15か月間、核実験と大陸間弾道ミサイルの試験発射を中止している状況のもとで、このような制裁が残り続ける何の名分もありません。それについては国連安保理が一層明確に答えることができると思います」という発言がある。この部分は、ほとんどの人々の市民感覚からして違和感のない主張であろう。強い制裁が北朝鮮を対話に導いたとする主張に一理がありうるにしても、北朝鮮がすでに対話を始めており、対話を継続する意思がある現段階において、強い制裁の維持にどのような合理性があるだろうか。今は、制裁が対話の継続を壊そうとしているのである。

 国連安保理が北朝鮮に加えてきた制裁決議の中には、ほとんど共通して次の文言がある。

「安保理は、DPRKの行動を連続した再検討の下に置き続け、DPRKの遵守状況に照らして、必要に応じて(制裁)措置を強化したり、修正したり、留保したり、解除する準備がある。」(例えば、最新の制裁決議S/RES/23972017)においては主文28節[6]。その前の制裁決議S/RES/23952017)においては主文327

 つまり、安保理の制裁決議は、北朝鮮の遵守状況に応じて制裁を強化したり緩和したりすることを前提として決議されている。だからこそ、これまで安保理は北朝鮮の核実験やミサイル発射のたびに段階的に制裁を強化してきた。同じように、現在の状況において、段階的に制裁緩和を議論するのが安保理の当然の務めである。

 市民社会が声をあげて、米国のみならず自国政府や国連安保理に行動を促すべきであろう。(梅林宏道、平井夏苗)

1 北朝鮮に関する米国務省高官の特別ブリーフィング(201937日)
2 「米特別代表スチーブ・ビーガンとの会話」(カーネギー国際平和財団・2019年核政策国際会議、2019311日)
3 「独占記事:一枚の紙でトランプは金に核兵器を差し出せと要求」、ロイター通信、2019330
4 エリック・マルマッジ「北朝鮮公職:金は米国との対話と発射モラトリアムを再考している」(AP通信。2019316日)
5 NEWSISの記事(韓国語)。2019325
 崔善姫冒頭発言の全文は「在日本朝鮮人総聯合会中央本部」国際・統一局通信No.7662019326日)に日本語訳されている。
7  https://undocs.org/S/RES/2375(2017)


2019/03/12

監視報告 No.7

監視報告 No.7  2019年3月11日

§ ハノイ会談は失敗であったとは言えない。国際社会は段階的制裁緩和について中・ロを含む多元外交の役割を検討すべきである。

 227-28日にハノイで開催された2回目の米朝首脳会談は合意文書がないままで終了した。会議に向かって米国において外交方針の変化があり、相互の要求を取り入れた何らかの中間的措置に合意するのではないかという期待があった。にもかかわらず、成果文書がないまま終了したことで、メディアや関係者の論評に「決裂」とか「失敗」とかの見出しが目立った。

 しかし、そうだろうか?サミットで得られたものの大きさを、今後の交渉の基礎となる相互の認識の前進という尺度で測るならば、サミットは重要な成果を残している。しかも、その認識の前進はトップダウンの特徴をもつ両国の指導者の現状を考えると、サミット開催を通じてのみ得られたものであっただろう。一方で、認識の前進によって状況が今後どのように展開するかに評価の尺度を置くとすれば、我々は予測困難な状況におかれている。両国ともサミットの結果を消化するのに、まだ時間を要するであろう。次の会議までの時間がどのように推移するかを決定する因子は、米朝関係という狭い範囲を超えて広範囲にわたり、複雑である。

 このような状況において、本監視報告においてはハノイ・サミットの意義について、今後のために最低限押さえておくべき認識を整理することにする。

(1)シンガポール合意の履行過程は軌道上にあり、脱線していない。

 ほとんどの論評において強調されていないが、この単純な事実をまず確認しておくことが重要である。ハノイにおいて合意に達しなかったことに起因して、シンガポール合意そのものの基礎を疑う議論が生まれているからである。現在の米朝交渉の枠組みは2018612日のシンガポール首脳会談における米朝首脳共同声明によって作られている。両国ともその枠組みの前提をハノイにおいて再確認した。

 米国の立場からは、ポンペオ国務長官が直後の記者会見において、「金正恩委員長はこの旅の中で、非核化に完全に準備が出来ていると繰り返し確認した」と述べるとともに「(非核化の)見返りに朝鮮半島の平和と安定と北朝鮮人民に対して明るい未来を供与する」のが協議の目的であると述べた。[1

 一方、DPRKの側においては、朝鮮中央通信(KCNA)が、会議の翌日に異例の速さでハノイ会議の結果について次のように報道した。「両国の最高指導者は、一対一会談や拡大会議において、シンガポール共同声明の履行という歴史的な行程において顕著な進展があったことを高く評価した。」「会議において、両指導者は、朝鮮半島において緊張を緩和し、平和を維持し、完全に非核化するために両者が行った努力や積極的な措置が、相互の信頼を醸成し不信と敵意で彩られた数十年の米朝関係を根本的に転換するのに極めて意義深いとの、共通の理解をもった。」[2

 すなわち、米国もDPRKも、単に北朝鮮の非核化ではなくて、それぞれの国が責任をもつより大きな枠組みについて、シンガポールにおいて約束をしたことを再確認し、ハノイにおいてもその文脈を理解していることを示した。ただ、メディアの関心の偏りに起因する側面が大きいと思われるが、米国の高官たちの発言においては、この点への強調が弱いことも、指摘しておく必要があるだろう。

(2)米朝とも相手のボトムラインの要求が何であるかを知るとともに、その要求の背景にある相手国の事情について理解を深めた。

 ハノイにおける首脳会談に向けて実務協議が積み重ねられてきたが、その結果、両首脳が署名するための合意文が準備されていた。いわば「幻のハノイ合意」が存在したのである。トランプ大統領は228日の記者会見において「私は今日署名することもできた。そうしたらあなた方は『何とひどい取引だ。彼は何とひどい取引をしたんだ』と言っただろう。…今日何かに署名することは100%できた。実際、署名するための文書はできていた。しかし、署名するのは適当ではなかったのだ」と述べている。[3]つまり、実務レベルで合意された文書の内容では米国民の喝采は得られないという判断が[4]、トランプに北朝鮮に対するより高い要求を出させた。それが北朝鮮には呑めない内容であり、交渉は行き詰まった。

 そうだとすると、首脳間で行われたこの交渉によって、米国もDPRKも、相手国の要求とその背景にある事情について理解を深める掛け替えのない機会を得たはずである。記者会見の中で、トランプ大統領が次のような言葉を述べたことは記憶に値する。「制裁強化について話したくない。(今も)強い制裁だ。北朝鮮にも生きなければならない多数の人民が居る。そのことは私にとっては重要なことだ。」「金委員長をよく理解できたので、私の姿勢のすべてが全く変わった。彼らにも見解があるのだ。」

 実務レベルの合意、すなわち「幻のハノイ合意」、が何であったかに関する正確な情報はない。しかし、そのような中間的措置に関する合意が存在したという事実は重要な意味をもっている。それは、今後の両国の折衝の重要な基礎となりうるからである。

 トランプ大統領の記者会見に反論するために、31日の未明に北朝鮮の()(ヨン)()外相が記者会見を行い、(チェ)(ソン)()外務次官が質疑に応えた5]そうするとその直後に、ポンペオ国務長官と同行した国務省高官がマニラで記者会見を行った。[6]これらの情報を総合すると、準備されていた中間措置に関する合意文書の内容は、寧辺の核関連施設(ウラン濃縮設備、プルトニウム生産炉と抽出施設を含む)の全てを検証を伴う形で完全廃棄することと北朝鮮に加えられている制裁措置の何らかの緩和を中心に構成されていたと推定される。北朝鮮が2016年以後の制裁決議5件に含まれる民生関連の制裁緩和を要求したと説明しているが、準備されていた合意文がそれを含んでいたのか、それは首脳会談で勝ち取ろうとした要求項目であったのかは明確でない。北朝鮮は核実験や長距離ロケット発射実験を永久に中止することを文書確認する用意があったと李容浩外相が述べているので、この内容が合意文書に含まれていた可能性がある。

 トランプ大統領が「幻のハノイ合意」を超えて要求した内容についても明確な情報はない。トランプ大統領は、追加要求の中に寧辺の外にある第2ウラン濃縮設備の廃棄が含まれたことを記者会見で認めているが、同時に「それよりも多くのことを指摘した」と述べている。[7]さらに、国務省高官は、シンガポール合意には含まれていない「北朝鮮の大量破壊兵器の完全な凍結」を要求したことすら述べている。[8]これらの要求がハノイ交渉の行き詰まりの直接の原因となったとしても不思議ではない。

(3)米朝2国間交渉による中間的措置の合意探求だけではなく、中間段階における制裁強度の正統性について国際的な議論が必要となっている。

 以上の整理をふまえると、今後の展開について考えられるもっとも分かり易い道筋の一つは、ハノイ会談を基礎にして中間的措置について新しい合意点を追求することであろう。それは「幻のハノイ合意」を基礎にした足し算による均衡点の探求になる。「幻のハノイ合意」よりも低いレベルの合意はあり得ない。ハノイ会談の事前に報道された①戦争終結宣言あるいは平和宣言、②平壌への米連絡事務所の設置などの他に、③不安要因となりうる今後の米韓合同演習の規模や性格に関する暫定的な合意、④経済制裁の緩和についての北朝鮮の5件の要求よりも低いレベルの緩和措置、⑤南北の経済協力に付随して必要な範囲に限定した制裁緩和、⑥平和利用の担保を条件にした北朝鮮の宇宙や原子力開発に関する制限の緩和と核・ミサイル施設の公開の拡大、などが、そのような追加項目になりうるであろう。

 ハノイ会談は、このような努力と平行して、経済制裁の緩和に関してより本質的な課題の探求が必要になっていることを示している。安保理決議による北朝鮮への制裁は、単に米国だけではなく国連加盟国全体が関係すべき事案である。にもかかわらず、このことが米朝会談における核心のテーマになりつつある。国際社会は、とりわけ、北朝鮮と関係の深い安保理常任理事国である中国とロシアの果たすべき役割について関心を深め、声を挙げるべきであろう。

 北朝鮮は、南北間の板門店宣言と9月平壌宣言、及び米朝間のシンガポール共同声明によって、制裁の原因となっている核兵器・ミサイルの開発から脱する方向へと国家方針を転換した。その転換には、北朝鮮が感じてきた脅威の除去と朝鮮半島の平和と安定が必要であるという内容がこれらの共同宣言、声明には盛り込まれている。この内容は国際社会も十分に納得できるものである。宣言、声明に盛り込まれた合意事項の履行が段階的に行われてゆくとき、制裁の段階的解除を伴うべきであるという議論は、安保理制裁決議の正統性を維持するために避けてはならない議論である。とりわけ、中国やロシアがこのような議論をリードして国際社会に提起することは、北朝鮮が現在の共同宣言・声明の履行への意欲を維持し高めることに大きく貢献すると思われる。歴史上最強といわれる現在の制裁強度を維持すべきであるとの一部の国の考え方の正統性が客観的に吟味されなければならないであろう。(梅林宏道)

1 マイケル・R・ポンペオ「随行記者との会見」、米国務省・外交の現場(2019228日) https://www.state.gov/secretary/remarks/2019/02/289785.htm
2 「金正恩最高指導者とトランプ大統領が2日目の会談をもつ」(KCNA201931日) http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から、英文記事を日付で検索できる。
3 「トランプ大統領のハノイでの記者会見における発言」(ホワイトハウスHP2019228日)
4 ハノイ首脳会談とほぼ同じ時刻に、米国ではトランプ氏の元顧問弁護士マイケル・コーエン被告による米議会証言が行われ全米にテレビ中継された。コーエン被告はトランプ氏の犯罪を詳細に証言し米社会に衝撃を与えた。この同時進行の出来事がハノイ・サミットに影響したことは否めない。
5 李容浩外相の記者発表全文。(『ハンギョレ』(韓国語版、201931日)
6 米国務省「国務省高官の随行記者への説明」(米国務省HP、ペニンスラ・ホテル、マニラ、2019228日) https://www.state.gov/r/pa/prs/ps/2019/02/289798.htm
7 注3と同じ。
8 注6と同じ。

監視報告 No.12

監視報告 No.12   2019年7月17日 §   再開される米朝協議は、ビッグディールではなくスモールディールで   6 月 30 日、米国のドナルド・トランプ大統領と朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の金正恩委員長が、南北の軍事境界線上の板門店で 3 回目...