2020/10/05

監視報告 No.26

 監視報告 No.26  2020年10月5日


§ 日本は独自制裁の解除を検討し、北朝鮮敵視政策からの転換を図れ

はじめに

2020916、長年にわたり北朝鮮敵視政策を続けてきた安倍晋三政権が幕を閉じ、菅義偉新政権が発足した。新政権の発足は常に政策転換の機会である。

安倍政権がとり続けてきた制裁ありきの北朝鮮敵視政策は見直すべきであろう。拉致、核、ミサイルに関する交渉は続くであろうが、あからさまな敵視政策を継続する姿勢では実りある交渉のきっかけはつかめない。対話再開のきっかけとして、日本が北朝鮮に科してきた独自の経済制裁の段階的解除を検討するべきではないか。独自制裁の一部解除が敵視政策転換のシグナルとして対話の道を開くかもしれない。そのような問題意識から日本の北朝鮮への独自制裁の推移を整理し、制裁解除の可能性について考察した。


日本の独自制裁の種類としくみ

日本の独自制裁実施への動きは、20029月に開かれた日朝首脳会談において北朝鮮が日本人拉致を初めて認め、謝罪したことに端を発している。その後、一部の拉致被害者家族は日本に帰国したものの、生存の可能性がある拉致被害者の調査に対して北朝鮮が消極的であることなどに日本の世論の反発は高まり、拉致問題解決のためには経済制裁によって北朝鮮に圧力をかけなければならないという意見が日本政府内で強まった[1]

ところが、当時の日本の法制度の下で政府が経済制裁を発動するには国連安保理などの決議が必要であった。こうした状況の中、200212月、菅義偉、河野太郎ら6人の議員が「対北朝鮮外交カードを考える会」を結成した。必ずしも拉致問題のみに対する外交カードとして独自制裁を考えていたわけではなかったであろうが、同会が中心となり、日本が独自に経済制裁を発動できるように議員立法を進めた。その結果、20042月、「外国為替及び外国貿易法」(外為法)が改定され、「特定船舶の入港の禁止に関する特別措置法」(入港禁止法)が制定された。この2つの法律は経済制裁関連法とも呼ばれている[2]。その後、「国際連合安全保障理事会決議第1874号等を踏まえ我が国が実施する貨物検査等に関する特別措置法」(貨物検査法)が制定され(2010年)、経済制裁関連法を補った。

こうした法制度を根拠に発動される制裁は、以下に述べるようにヒト、モノ、カネ、フネの4つの流れを制限・遮断することによって実施されている[3]    

 

(1)人的往来(ヒト)規制

人的往来の規制は「出入国管理及び難民認定法」(入管法)によって実施されている。同法は第3条で入国審査官から上陸許可を受けない者の入国を禁止し、第5条で上陸拒否の事由を列挙している。同法によって、たとえば「我が国の利益又は公安を害するおそれがあるため上陸を認めることが好ましくない者」を入国拒否にすることができる。

(2)貿易(モノ)規制

貿易の規制は、外為法を法的根拠として実施されている。2004年に同法第10条が改定され、日本の平和と安全の維持のために必要があるときは、閣議決定により制裁措置を発動できるようになった。同法を根拠に輸出(第48条)および輸入(第52条)を規制することができる。

(3)金融(カネ)規制

 金融の規制も貿易と同様に外為法に基づいて実施されている。同法を根拠に、国境を越えた送金(第16条)、紙幣・小切手・証券など支払い手段の輸出入(第19条)、資産凍結・投資制限などの資本取引(第21条)、対外直接投資(第23条)、輸出入決済のための金銭貸借などの特定資本取引(第24条)、金融に関わる役務取引(第25条)等を規制することができる。

(4)輸送(フネ)規制

輸送手段の規制は航空機と海運を対象としているが、航空機に対する規制は航空法によって、海運に対する規制は入港禁止法と貨物検査法によって実施されている。入港禁止法は、日本の平和と安全のため必要があると認めるときは、閣議決定によって、特定の外国船籍の船舶等について、日本の港への入港禁止を可能にするものである。貨物検査法は、北朝鮮の2度目の核実験(2009525日)を受けて採択された安保理決議1874を実施するための特別措置法である。

このように日本の制裁は、入管法、外為法、航空法、入港禁止法、貨物検査法を根拠にヒト、モノ、カネ、フネの流れを制限・遮断することによって実施されている。

    

日本の北朝鮮制裁の特異性

すでに述べた通り、日本政府は北朝鮮に対する独自制裁を念頭において2004年に経済制裁関連法を成立させた。そうした背景からか、日本の北朝鮮に対する独自制裁には以下のような特徴がある。

第一に、制裁を科す際に拉致問題に言及している点である。日本の独自制裁は20067月に始まるが、その最初のものを除いて、必ず「拉致、核、ミサイル」に言及している。制裁のすべては、北朝鮮が行った核実験やミサイル発射という安全保障上の行為に対して行われているにもかかわらず、筋違いともいえる拉致への言及がある。

第二に、日本の独自制裁は、個別の制裁理由となる行為への対応の側面よりも、北朝鮮という国家あるいは国家体制への強い反発、あるいは敵視の表現形態という側面が強い。国連安保理による制裁は、核・ミサイル計画関連の活動やそれを推進する北朝鮮指導部にターゲットを絞った制裁から出発をして、2016年までは北朝鮮の一般民衆への影響を最小限にとどめるよう慎重に発動されていった。ところが、日本の制裁は早い時期から北朝鮮の一般の人々の生活に大きな影響が及びかねない貿易規制に踏み込んだ。こうした容赦のない日本の姿勢は、国連安保理の姿勢とは異質のもので、北朝鮮敵視政策を反映したものといえるだろう。

以下では、こうした特徴を持った日本の独自制裁の具体的な推移を概観する。

    

日本の北朝鮮制裁の推移

(1)核実験・ミサイル発射を契機とする制裁(20067月~20147月)

日本政府による最初の独自制裁は、小泉純一郎政権下で行われた。200675日、北朝鮮による7発のミサイルが発射されたその日に、日本政府は独自に北朝鮮に対して輸送規制措置(万景峰(マンギョンボン)92号の入港禁止、北朝鮮からの航空チャーター便の日本乗り入れ禁止)および人的往来規制措置(北朝鮮当局職員の入国原則禁止、北朝鮮籍船舶の乗員の上陸原則禁止、在日北朝鮮当局職員が北朝鮮に渡航した場合の再入国原則禁止、日本の国家公務員の北朝鮮への渡航原則禁止、日本から北朝鮮への渡航の自粛要請)を発動した[4]。一方、国連安保理はその10日後(715日)に制裁措置(安保理決議1695)を採択した。その内容は核兵器などの大量破壊兵器と弾道ミサイルの開発に関与した北朝鮮の15団体・1個人の資産を凍結するという内容であった[5]。これは焦点を絞った限定的な制裁と言える。

 

2006109日、北朝鮮は初の核実験を実施した。これ対して1011日、当時の第一次安倍政権は「我が国安全保障に対する脅威が倍加」し「北朝鮮が拉致問題に対しても何ら誠意ある対応を見せていない」ことなどを理由に北朝鮮に対して強硬な措置をとることを決定した。具体的には、輸送規制(入港禁止の対象を北朝鮮籍の全船舶に拡大)、人的往来規制(入国原則禁止の対象をすべての北朝鮮籍の者に拡大)、貿易規制(北朝鮮からの輸入を人道目的の場合を除いて全面的に禁止)をそれぞれ強化した(1013日閣議決定)。ただ、輸出に関しては1014日に採択された安保理決議の実施にとどまった[6]

この時点で日本政府はいきなり北朝鮮民衆の生活に影響が及びかねない全船舶の入港禁止および輸入全面禁止という容赦のない措置をとった。

一方で、1014日に成立した国連安保理決議1718は、武器・大量破壊兵器等の関連物資および贅沢品の北朝鮮への輸出を禁じるのみであった[7]。この時点における国連制裁は、北朝鮮指導部と核・ミサイル開発に関わったとみなされる個人と組織をターゲットとしたもので、北朝鮮民衆に多大な影響が及びかねない貿易規制は回避した。こうした国連制裁の傾向は201616日に北朝鮮が4度目の核実験を実施する前まで継続する。日本政府はその10年近くも前から北朝鮮民衆の生活に大きな影響を与えかねない輸入全面禁止措置をとってきたのである。

 

こうした日本の容赦ない姿勢はその後も続く。2009410日、麻生太郎政権は北朝鮮が45日にミサイルを発射したことを受けて金融規制を強化した(日本から北朝鮮に自由に持参できる資金額の上限を100万円から30万円に、北朝鮮に住所を有する者に対して許可なく支払いができる上限を3000万円から1000万円に引き下げた)。国連安保理はこの時のミサイル発射に対しては新たな制裁決議は採択せず、北朝鮮制裁委員会が新たに3団体を資産凍結対象に加えたのみであった。[8]

    

2009525日、北朝鮮は2度目の核実験を実施した。それに対して国連安保理は612日に決議1874を採択し、加盟国に北朝鮮の大量破壊兵器と弾道ミサイルに関する計画や活動に寄与し得る資産の移転防止と、そうした活動に関わる専門教育・訓練の防止を義務付けた。この時点でも、国連制裁は核・ミサイル開発に関わる活動の規制を目的としたものにすぎなかった。ところが、616日、麻生政権下の日本はさらなる制裁を発表し、北朝鮮向けの輸出を全面的に禁止(人道目的を除く)するとともに、制裁の対象を外国人にまで拡大した(北朝鮮制裁に違反した外国人船員の日本入国を禁止し、制裁措置に違反した在日外国人が北朝鮮に渡航した場合の日本再入国を不許可とした)[9]

日本はこの20096月の時点で、核・ミサイル開発とは直接に関係のない民生品を含めた輸出入を北朝鮮との間で全面的に禁止するという国連制裁を大幅に超えた措置をとったことになる。

 

その後も日本の独自制裁は続き、北朝鮮の魚雷攻撃によるものと見られる(北朝鮮は否定)韓国哨戒艦天安号沈没事件(2010326日)[10]、および北朝鮮による3度目の核実験(2013212日)を受けて、日本は北朝鮮に対して国連制裁を超える独自制裁を加えた[11]

    

(2)日朝ストックホルム合意と制裁緩和(20147月~20162月)

201112月、北朝鮮では指導者が金正日から金正恩に交代し、201212月、日本では第2次安倍内閣が誕生した。

そうした中で2014529日、日本と北朝鮮は拉致問題を話し合うためにストックホルムで会合を開いた。その会合で、北朝鮮は拉致被害者や行方不明者の調査を約束し、その調査を開始する時点で日本側が独自制裁を一部解除することで合意した[12]。この合意に基づいて、74日、日本は独自制裁を緩和した。

この時に日本が解除した制裁は、北朝鮮経済に大きな好影響を及ぼすものではなかったが、在日朝鮮人との関係においては少なからぬ意味があった。具体的には、人的往来規制の緩和(北朝鮮籍者の入国の原則禁止の解除、在日の北朝鮮当局職員が北朝鮮に渡航した場合の再入国原則禁止措置の解除、日本人に対する北朝鮮への渡航自粛要請措置等の解除)、金融規制の緩和(日本から北朝鮮に自由に持参できる金額の上限を10万円から100万円に、北朝鮮に住所を有する者に対して許可なく支払いができる上限を300万円から3000万円に引き上げ)、輸送規制の緩和(人道目的の場合は北朝鮮船舶の日本入港を許可)を行った[13]。しかし、北朝鮮との輸出入の全面禁止および北朝鮮船舶の全面入港禁止(人道目的の場合を除く)は依然として維持されたままであった。

ストックホルム合意における制裁緩和は、日本の独自制裁が、いずれも核・ミサイル開発に関して科せられたにも関わらず、拉致問題に関連して緩和が行われた。日本政府とっては、前述のように北朝鮮への制裁は国家体制への敵視の表現であり、核・ミサイルと拉致との間に境界がないことを示している。

    

(3)制裁の再強化(20162月~現在) 

ストックホルム合意による拉致問題の解決に進展がないまま、約1年半後の201616日、北朝鮮は4度目の核実験を実施し、27日にはミサイル発射実験を行った。それに対して安倍政権下の日本は210日「我が国は、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決するために何が最も有効な手段かという観点から真剣に検討してきた結果、以下の独自措置を実施する」と表明し[14]、国連安保理による制裁決議2270の採択(32日)を待たずに北朝鮮に制裁を加えた。

その内容は、おおむねストックホルム合意で緩和したものを復活させたもので、それにプラスして北朝鮮を渡航先とした場合の再入国不許可対象に在日外国人の核・ミサイル技術者を加え、入港禁止対象を北朝鮮に寄港した第三国籍船に拡大し、資産凍結対象に1団体、10個人を追加した[15]

一方、国連安保理もこの時期を境に制裁内容を大きく拡大し始める。安保理決議22702016年)には、北朝鮮指導部や軍事活動を主なターゲットとした制裁(法律に違反した北朝鮮外交官の国外追放、すべての武器・関連物資の北朝鮮への輸出禁止、航空燃料の原則輸出禁止)に加えて、北朝鮮経済に打撃を与えることを意図した制裁(金、チタン鉱石、バナジウム鉱石、レアアースの北朝鮮からの輸入禁止、石炭、鉄、鉄鉱石の輸入規制、北朝鮮に出入りするすべての貨物検査、その他の金融規制)が含まれた[16]

国連が一般民衆への多大な悪影響が出かねないこの種の制裁を北朝鮮に加えたのはこの時が初めてであった。一方日本は、すでに述べた通り、2006年よりこの種の制裁を開始し、2009年の時点で北朝鮮との貿易を全面的に禁止していたため、この時点では貿易面でこれ以上制裁を強化する余地は残されていなかった。

 

201699日、北朝鮮は5度目の核実験を行った。それを受けて1130日、国連安保理は決議23212016年)を採択し、主に北朝鮮経済へのダメージを狙った制裁(銅、ニッケル、亜鉛、銀の北朝鮮からの輸入禁止、北朝鮮産石炭の輸出上限の設定、北朝鮮の船の登録抹消、北朝鮮外交使節の金融機関口座の制限など)を決議した。それに対して日本は貿易面での制裁強化の余地は残されていなかったため、それ以外の手段でさらなる独自制裁を発動した(122日)。具体的には、人的往来規制(北朝鮮を渡航先とした場合の再入国不許可対象者を拡大)、輸送規制(北朝鮮に寄港した全ての船舶の入港禁止)、金融規制(資産凍結対象に6団体、9個人を追加)をそれぞれ強化した。これらは国連安保理が決議した内容を超えた制裁である。

201793日に北朝鮮が6度目の核実験を行い、1129日に大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射した際、制裁の厳しさが史上最強と言われる国連安保理決議23972017年)を採択した(1222日)。このとき日本がなしえたのは資産凍結や入港禁止船舶の対象を拡大することくらいであった。日本の北朝鮮に対する独自制裁は20171215日に資産凍結の対象を北朝鮮に本社を置く19団体に拡大したのが最後となっている[17]

 

日本の独自制裁の代表例

以上に述べたように、現在、日本が北朝鮮に科している国連制裁を超えた独自制裁の代表的なものには以下のようなものがある。

 

・在日朝鮮人で北朝鮮当局の職員と見なされる者などは渡航すると再入国できない。また、北朝鮮の国民は原則的に日本に入国できない。

・国連が輸入制裁対象としていない、北朝鮮の特産品であるマツタケ、電子部品、電力用ケーブルといった品目など、人道目的以外のすべての物品の輸入が禁じられている。

・国連が輸出制裁対象としていない、北朝鮮の民生活動に必要な民生トラック、バス、冷蔵庫、クーラーといった品目など、人道目的以外のすべての物品の輸出が禁じられている。

・北朝鮮への渡航が許されても、10万円以上の金額を自由に持ち込むことができない。

・在日朝鮮人が北朝鮮に住む親族や友人に送金するなど国連制裁と無関係の送金も、すべて禁止されている。

・国連は59隻の船舶を特定して入港禁止しているが、日本は人道目的を含むすべての北朝鮮籍のみならず、北朝鮮に寄港した船舶すべての入港を禁止している。

 

これらは北朝鮮の経済や在日朝鮮人の生活に多大な悪影響を生み出しているであろう。これらを解除することは、国連安保理決議の不履行とはならず、日本が独自の判断で解除することが可能である。

 

敵視政策からの転換を示す第一歩

上述のように、日本は国連制裁に先んじて北朝鮮に容赦ない独自制裁を科し続けてきた。しかし、核、ミサイル、拉致のいずれに関しても、制裁が効果をうんでいないことは誰しも認めざるを得ないところであろう。

幸い、2018年に南北と米朝の対話が始まった。現在は行き詰まっているとはいえ、対話の窓は閉じられてはいない。北朝鮮は、米国に北朝鮮敵視政策を撤回し、シンガポール合意の相互的、段階的な履行の道を積み重ねて、相互に信頼を取り戻すように、米国に呼びかけている。

日本政府もまた、制裁ありきの敵視政策を見直し、対話と交流による信頼醸成のアプローチに転換すべきである。そのためには、北朝鮮が自然災害とCOVID-19によって直面している困難への人道支援を趣旨として、独自制裁の解除についてまず検討すべきであろう。それによって、人と物の交流を再開することがすべての前提となる第一歩となる。それは敵視政策からの転換を北朝鮮に示す最初のシグナルとなる。例えば、日本政府が201474日に一度解除した独自制裁措置を再び自発的に解除をするのも一案であろう。こうした措置は安保理決議に抵触しないうえ、かつ一度経験した解除措置であるための利点も考えられる。日本政府は、韓国はもちろんのこと、米国や欧州連合にも事前の説明をしたうえで、これらの制裁解除を検討し段階的な実施を目指すべきである。政権交代は、政策転換にとって活用できる機会となるはずである。(渡辺洋介、梅林宏道)

 

1 高英起「検証:日本人拉致問題を振り返る」(2014715日)

https://news.yahoo.co.jp/byline/kohyoungki/20140725-00037690/

2 財団法人安全保障貿易情報センター(CISTEC 「最近の経済制裁措置」(2019419日最終更新)

https://www.cistec.or.jp/export/keizaiseisai/saikin_keizaiseisai/index.html#1_kokusaikyouchou

および、水野けんいち「新版・北朝鮮経済制裁法案とは何か (外為法篇)」(2003614日)「けんいちブログ」

https://mizunokenichi.com/新版・北朝鮮経済制裁法案とは何か-(外為法篇)/ 

3 この分類の仕方は以下の議論を参照した。山田卓平「日本による北朝鮮への独自措置―日本の国際義務に適合するか―」『龍谷法学』第51巻第3号(20192月)、pp.1541-1626 https://irdb.nii.ac.jp/01036/0003986931

4 衆議院調査局北朝鮮による拉致問題等に関する特別調査室『北朝鮮による拉致問題等に関する参考資料集』2020年、p.198

5 同特別調査室『北朝鮮による拉致問題等に関する基礎資料』2018年、p.94

6 注4と同じ、p.203

7 注5と同じ、p.93p.100

8 注4と同じ、p.213

9 注5と同じ、p.94p.101

10 2010528日、日本は独自制裁として北朝鮮に自由に持ち込める資金の上限を30万円から10万円に、北朝鮮に住所を有する者に対して許可なく支払いができる上限を1000万円から300万円に引き下げた。天安号事件に関して国連安保理は制裁決議を採択していない。参照:注4と同じ、p.218

11 2013212日、日本は独自制裁として、北朝鮮を渡航先とした場合の再入国不許可の対象を在日の北朝鮮当局職員の活動を補佐する者にまで拡大した。一方で、国連安保理は37日に決議2094を採択し、さらなる制裁として資産凍結対象に2団体、3個人を追加した。その後、日本は独自に資産凍結対象を拡大し、国連制裁を超えて10団体、6個人の資産を凍結した(45日および830日)。参照:注5と同じ、p.94pp.101-102

12 外務省「日朝政府間協議(概要)合意事項」

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000044432.pdf 

13 注4と同じ、p.228

14 注4と同じ、p.231

15 注4と同じ、pp.231-233

16 注5と同じ、pp.93-99

17 注5と同じ、pp.92-94p.102。および、同書2020年版、pp. 108-109

 

2020/09/09

監視報告 No.25

 監視報告 No.25  2020年9月8日

§ 日本政府は、敵基地攻撃能力の保有に走るのでなく、市民社会に蓄積されてきた北東アジア非核兵器地帯への支持を活用すべきときだ

2020624日、日本政府は、国家安全保障会議(NSC)において、山口・秋田両県への地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」配備計画の断念を決定した。これを受け、イージス・アショアの代替策として「敵基地攻撃能力の保有を求める」議論が自民党内に沸き起こっている。
84日、自民党政務調査会は、「国民を守るための抑止力向上に関する提言」[1]をまとめ、安倍首相に提出した。提言は、弾道ミサイルによる攻撃を防ぐため、「相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上させるための新たな取り組みが必要である」とし、敵基地攻撃能力という言葉こそ使っていないが、敵基地の攻撃を含む能力の保有を検討すべきだとしている。
ただ、この議論は今に始まった話ではない。20173月、自民党政務調査会は、「弾道ミサイル防衛の迅速かつ抜本的な強化に関する提言」[2]で「北朝鮮の脅威が新たな段階に突入した今、……巡航ミサイルをはじめ、我が国としての『敵基地反撃能力』を保有すべく、政府において直ちに検討を開始すること」と述べていた。その後、2018年防衛計画大綱とともに策定された中期防衛力整備計画には、相手の脅威が及ぶ距離の外から対処できるスタンド・オフ・ミサイルの導入が盛り込まれた。具体的には空自戦闘機F-35Aに搭載するJSMF-15等に搭載するLRASMおよびJASSM3]が想定されていた。これらのミサイルを搭載した戦闘機は、装備としては敵基地攻撃能力を持つことになる。これらのミサイルは、2019年から購入が始まっている。しかし2018年防衛計画大綱では、スタンド・オフ・ミサイルの使用目的について、日本の島嶼部などへの侵攻を試みる艦艇や上陸部隊等に対しての使用を述べるに留まり、敵基地攻撃については述べていない。
それに対して、今回の自民党提言は、攻撃対象を敵国領域内のミサイルに関連する固定施設とするなどの方針を明確にしようとしている。提言は「憲法の範囲内で、国際法を遵守しつつ、専守防衛の考え方の下」としてはいるが、装備のみならず、政策や教義、運用において専守防衛を切り崩す意図が働いている。8月の提言を受け政府は、年内にもミサイル防衛体制の強化などを含む国家安全保障戦略の改定をもくろんでいる。
 
 自民党および日本政府によるこれらの動きは、2016年から17年にかけて北朝鮮がミサイル・核実験を繰り返したことを理由としていた。2017年の自民党提言は、「北朝鮮による核実験及びミサイル発射は深刻な脅威であり、昨年の2度の核実験及び23発の弾道ミサイル発射……等、北朝鮮の挑発行為は我が国が到底看過できないレベルに達している」と述べている。その上で、それへの対処として以下の3点の検討を求めた。
1. 弾道ミサイル防衛能力強化のための新規アセットの導入
2. わが国独自の敵基地反撃能力の保有
3. 排他的経済水域に飛来する弾道ミサイルへの対処
要求された1項の中心が、言うまでもなくイージス・アショアの導入によるミサイル迎撃体制の強化であった。したがって、それを断念した以上、代替として2項の「敵基地反撃能力の保有」論が強力に押し出されることは、ある意味で必然の経過と言ってよい。実際には、提言に「中国等の更なる国力の伸長等によるパワーバランスの変化が加速化・複雑化し、既存の秩序をめぐる不確実性が増している」と触れているように、中国を念頭においた軍事力強化の一環であることも否定できない。
 
 このような自民党提言に根本的に欠けているのは、2018年に始まった朝鮮半島をめぐる大きな情勢の変化への視点である。南北、米朝首脳会談を通じて朝鮮半島の非核化と平和を、外交により実現しようとする歴史的な動きが始まっている。残念ながら動きに膠着状態が続いているが、その停滞を打開して米朝協議を再び動かすために、新しい政治的なモメンタムを作ることが求められている。そのなかで日本の役割は何か、と考えることこそ、日本の地域安全保障政策でなければならない。
このようなときに日本が敵基地攻撃能力の保有に走ることは、2018年に始まったプロセスから日本を一層遠ざける政策に他ならない。さらに、それは日朝の対話の機会をいっそう困難にすることになるであろう。むしろ、この機に必要なことは、非核三原則や専守防衛という戦後日本に定着してきた平和理念を基礎に、朝鮮半島の非核化と平和の動きに合流する姿勢を示すことであろう。
そう考えると、具体的には、北東アジア全域の非核兵器地帯化という構想が、日本政府にとって現実味を帯びた政策案として浮上するはずである。
これまでにこの地域の政府が同地帯を提唱したことはないが、冷戦終結後、多くの研究者やNGOがさまざまな構想を提案してきた[4]。最近では、長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)の積極的なイニシャチブが存在している[5]。また、梅林宏道が「スリー・プラス・スリー」構想――日本、韓国および朝鮮民主主義人民共和国(DPRK、北朝鮮)が非核兵器地帯を形成し、これに対し周辺の核兵器国である米国、中国、ロシアが消極的安全保証を供与するような6か国条約を作るという構想――を提案したが[6]、それが分かりやすい構想として、広く知られている。これも含めて、以下に述べるように、日本の市民社会には北東アジア非核兵器地帯の設立を支持する広範な世論が培われてきた。
 
 一般論としてのアジア、あるいはアジア太平洋における非核兵器地帯構想ではなく、具体的スキームを含む北東アジア非核兵器地帯の構想が、日本のメディアに登場したのは、おそらく19956月の『朝日新聞』によるエンディコット・グループの研究を紹介する記事[7]が最初であろう。そこには、朝鮮半島と日本列島をカバーする円形や楕円形の地帯案が紹介されていた。それ以後、日本のメディアには、梅林の「スリー・プラス・スリー」案や金子熊夫・外務省初代原子力課長の別の円形案などの提案を含め、北東アジア非核兵器地帯設立を促す記事や論説が、数多く、また繰り返し登場した。日本におけるほとんどの全国日刊紙と主要な地方紙において、このテーマに関する大紙面を割いた企画記事が掲載されてきたと言っても過言ではないであろう。
記事のみならず、たとえば朝日新聞社は、20058月、国際シンポジウム「核なき世界をめざして――北東アジアにおける日本の役割」を主催し、北東アジアの非核化につき政治討論を喚起した。シンポジストであった与党の加藤紘一・自民党議員(元幹事長)は「日本は、アジアの政治に大きな影響力を持っているから、核を持つのは絶対にやめるべきだ。核の傘を抜けてもいいような北東アジアの非核スキームを考えていく」こともありうるとの見解を述べ、野党の岡田克也民主党代表(当時)は、日本と韓国、北朝鮮の3か国が非核地帯となり、米国などが核の先制不使用を約束する「北東アジア非核兵器地帯構想」を提唱した。
2018年以後の朝鮮半島情勢が好転した時期においても、メディアの的確な関心は持続している。2018823日、『朝日新聞』は、社説において「朝鮮半島の対立構造を変える方策が論じられている今、北東アジアの非核化を目標に据えるのは十分、理にかなう」とした上で、次のように書いている。
「4月の南北首脳による『板門店宣言』は、『核のない朝鮮半島を実現する共通の目標』を確認した。6月の米朝首脳の共同声明は、それを再確認した。『非核化された朝鮮半島』に、非核三原則を持つ日本が加われば、北東アジア非核地帯へ発展する地平は開ける。北東アジアの秩序に変化が生まれる可能性がある以上、日本は率先して非核地帯づくりの発信をすべき時だ。」
 
 メディアの関心と相補う形で、日本の地方自治体においても、北東アジア非核兵器地帯の設立を支持する声が幅広く存在し、持続している。
日本には、長崎市長が会長を務める日本非核宣言自治体協議会(以下、非核協)[8]が存在するが、非核協は2009年に北東アジア非核兵器地帯を支持するキャンペーンを開始した。キャンペーンにおいて、非核協は「北東アジア非核兵器地帯の創設に向けて」と題するA48ページのパンフレットを作成し、自治体職員や市民への啓蒙活動に取り組んだ。そんな中で、非核協と平和市長会議の協力によって、ピースデポなど市民団体が呼びかけた「北東アジアの非核兵器地帯化を支持します」という声明に、日本の自治体首長の546名が署名するにいたった(2016年末現在)。
毎年86日と9日に出される広島、長崎市長による平和宣言は、日本政府に対して、北東アジア非核兵器地帯の設立を検討するようしばしば要請してきた。とりわけ、長崎市長は、2018年の平和宣言において、米朝協議が始まったという新たな情勢を受けて、以下のように訴えている。
「南北首脳による『板門店宣言』や初めての米朝首脳会談を起点として、粘り強い外交によって、後戻りすることのない非核化が実現することを、被爆地は大きな期待を持って見守っています。日本政府には、この絶好の機会を生かし、日本と朝鮮半島全体を非核化する『北東アジア非核兵器地帯』の実現に向けた努力を求めます。」
先に紹介した『朝日新聞』の社説は、この訴えに呼応して書かれている。
宗教者の間に広がっている支持の動きも記録しておくべきであろう。20162月、4人の宗派横断的な宗教指導者が呼びかけ人となり、「私たち日本の宗教者は、日本が『核の傘』依存を止め、北東アジア非核兵器地帯の設立に向かうことを求めます」と題する声明[9]を発表し、宗教者の間での支持の拡大を図るとともに、日本政府に政策検討を要請した。
 
このような市民社会における関心の高まりと持続が、日本政府の政策にほとんど反映されないことは、日本の民主主義の深刻な欠点として、しばしば指摘されてきた。しかし、少なくとも日本の外務省の政策検討プロセスにおいて、北東アジア非核兵器地帯に関する認識に変化をもたらしてきたことを確認しておくべきであろう。
日本の外務省は、2002年から「日本の軍縮・不拡散外交」というある種の外交白書を数年ごとに刊行している。2008年発行の第4版までは、世界に存在する非核兵器地帯に触れながらも北東アジア非核兵器地帯の構想については一言も触れていなかった。それが、2011年発行の第5版になり、ようやく初めて北東アジア非核兵器地帯について言及した。「日本を含む北東アジア非核兵器地帯を設立する計画については、……北朝鮮の核問題を解決するための努力が最初になされるべきと考えている」と述べ、否定的ではあるが構想の存在を認めたのである[10]。次の2013年の第6版ではさらに変化が現れた。「近年、日本、韓国及び北朝鮮が非核兵器地帯となり、これに米国、中国、ロシアが消極的安全保証を供与する33構想が、一定の注目を集めている」と初めて「33」構想に言及した[11]。とはいえ、「(北東アジア地域においては)非核兵器地帯構想の実現のための現実的な環境はいまだ整っているとは言えない。まずは北朝鮮の核放棄の実現に向け、努力する必要がある」と従来と同じ時期尚早との認識を示した。この内容は、2016年の第7版においても引き継がれている[12]。
 
このように、外務省は、「実現のための現実的な環境はいまだ整っているとは言えない」と述べて、北東アジア非核兵器地帯構想に否定的な態度をとってきた。しかし、2018年にその「現実的な環境」が大きく変わった。日本政府が環境をよりよい方向に動かす役割を担う余地が、新しく生まれている。
 この時期に、「敵地攻撃能力の保有」を持ち出すことは政治的な大きな誤りであろう。冒頭で述べたように、敵地攻撃論は、北朝鮮の核・ミサイル開発に対する対抗構想として登場し、論じられてきた。米朝交渉が行き詰まる中で、20195月以来、北朝鮮の短距離ミサイルの実験が繰り返され、日本にとって脅威の状況は変わっていないという議論があるかも知れない。しかし、米朝、南北の対話の再開があれば、日朝をとりまく環境だけが悪いまま不変であるという議論は成り立たない。むしろ、現在は行き詰まっている対話の再開について、日本が果たすべき役割を検討することが、ミサイルの脅威を減じる現実的な道である。そのことによって拉致問題を含め、日朝間に存在する諸懸案の解決に向かって、新しい展望も開けると考えられる。
このような観点から、前述した2018年の長崎市平和宣言や『朝日新聞』の社説の指摘には傾聴すべきものがある。日本政府は、市民社会に蓄積されている北東アジア非核兵器地帯の設立を支持する世論を、今こそ行き詰まり打開のために活かすべきである。
(湯浅一郎、梅林宏道)

 

1 自由民主党政務調査会「国民を守るための抑止力向上に関する提言」(202084日)。 
2 自由民主党政務調査会「弾道ミサイル防衛の迅速かつ抜本的な強化に関する提言」(2017331日)。 
3 JSM=Joint Strike Missileの略称。対艦/対地/巡航ミサイル。JASSMJoint Air-to-Surface Standoff Missileの略称。長距離空対地巡航ミサイル。LRASM=Long Range Anti-Ship Missileの略称。長距離対艦巡航ミサイル。
4 長崎大学核兵器廃絶研究センター「提言:北東アジア非核兵器地帯設立への包括的アプローチ」所収ボックス3「北東アジア非核兵器地帯への諸提案」参照。
5 長崎大学核兵器廃絶研究センター「北東アジア非核兵器地帯設立への包括的アプローチ」。
6 Hiromichi Umebayashi: A Northeast Asia NWFZ: A Realistic and Attainable Goal, INESAP (International Network of Engineers and Scientists Against Proliferation) Conference, Gothenburg, Sweden, May 30-June 2,1996
なお、北東アジア非核兵器地帯に関する包括的な解説として、梅林宏道「非核兵器地帯」(岩波書店、2011年)がある。
7 『朝日新聞』1995613日。 
8 非核宣言自治体が宣言実現のための自治体間協力を目的として1984年に設立した。20204月現在、342地方自治体で構成。
9 4人の呼びかけ人は、小橋孝一(日本キリスト教協議会議長)、杉谷義純(元天台宗宗務総長、世界宗教者平和会議軍縮安全保障常設委員会委員長)、高見三明(カトリック長崎大司教区大司教)、山崎龍明(浄土真宗本願寺派僧侶)。肩書はいずれも当時のもの。
10 外務省「日本の軍縮・不拡散外交」(第5版)(20113月)、p.71
11 外務省「日本の軍縮・不拡散外交」(第6版)(20133月)、p.42
12 外務省「日本の軍縮・不拡散外交」(第7版)(20163月)、p.59

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