2019/02/25

監視報告 No.6

監視報告 No.6  2019年2月25日

§ マスメディアは「北朝鮮の非核化」ばかりに注目するが、今後の米朝交渉の焦点は米国の「平和体制構築」への姿勢だ

2回目の米朝首脳会談が間もなく開催される。日本では「北朝鮮の非核化」ばかりに注目が集まるが、昨年6月の米朝首脳会談の共同声明やその後の経緯を振り返れば、焦点は、米国のドナルド・トランプ大統領が合意を守り、「新しい米朝関係」や朝鮮半島の「平和体制構築」に向けた交渉に応じるかどうかに当てられるべきだ。

 日本で朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の非核化にばかりに注目が集まるのは無理もない。これまでほとんどのマスメディアは朝鮮半島の平和と非核化に関する米朝間の交渉について、北朝鮮の非核化にだけ焦点を当て、合意の破綻や交渉停滞の責任を全て北朝鮮側に押し付けるなど、一方的な見方を伝えてきた。それらのマスメディアにとって、朝鮮半島の平和と非核化に関する米朝のこれまでの全ての約束は「北朝鮮の非核化」についての約束であり、過去の合意が破綻したのは「北朝鮮が約束を破った」からだった。

昨年の首脳会談以降の報道を振り返っても、マスメディアが問題にしてきたのは北朝鮮が非核化に向けた措置をとるかどうかであり、その他の合意についてはほとんど無視するか歪曲して伝えている。例えば今回の米朝首脳会談について伝えるニュースでは、「焦点は、北朝鮮の非核化につなげられるのか。そして北朝鮮が見返りとして求める経済制裁の緩和への対応です」などと伝えたり[1]、昨年の首脳会談のあと交渉が停滞している理由を「核関連施設の全リスト提出」を求める米国と「制裁緩和など『相応の見返り』がなければ非核化を進められない」とする北朝鮮が対立しているからだと述べるなど[2]、米朝間の交渉が「北朝鮮の非核化」と米国側の「見返り」としての「制裁緩和」の話になっている。また昨年7月に北朝鮮が合意に従い米兵の遺骨を返還した際には、「体制保証などの見返りを求める戦術の一環ではないか」[3]と約束を守る北朝鮮の動機を悪意をもって描いたり、あるいは北朝鮮が原子炉の稼働を続けているという情報機関の報告について偏った伝え方をするなど[4]、北朝鮮に非核化の意志がないかのような印象を与えてきた。その一方で米国側の合意に反する行動については批判を避け、逆にトランプ政権が制裁緩和や朝鮮戦争の終戦宣言に応じるような姿勢を示すと、「譲歩」とか「見返り」という言葉を使って、トランプの「安易な妥協」によって「北朝鮮の非核化」が実現しないのではないかなどと懸念している。[5]

 このようなマスメディアの見方は間違っている。

まず昨年の米朝首脳会談の合意内容を確認しておくと、ドナルド・トランプ大統領は「北朝鮮に対する安全の保証を与えることを約束」し、金正恩委員長は「朝鮮半島の完全な非核化への確固とした揺るぎのない決意を再確認」した。そして両首脳は、以下の4つの表明を行っている。[6]

「両国は、平和と繁栄を望む両国民の意思に従い、新たな米朝関係を確立すると約束する」
「両国は、朝鮮半島における持続的で安定した平和体制構築のために共に努力する」
「北朝鮮は、2018427日の板門店(パンムンジョム)宣言を再確認し、朝鮮半島の完全な非核化に向けて努力することを約束する」
「両国は、戦時捕虜・行方不明兵(POW /MIA)の遺骨の回収に取り組む。身元確認済み遺骨の即時返還を行う」

米朝両政府は、「非核化」だけではなく朝鮮半島の「平和体制構築」でも合意したのであり、「非核化」とは「北朝鮮の核」だけでなく「朝鮮半島」、すなわち在韓米軍を含む韓国の核も対象になる。「北朝鮮の非核化」だけに注目するのは、間違いだ。そして「新しい米朝関係」や「平和体制構築」とは、朝鮮戦争の終戦宣言や平和協定の交渉開始が不可欠の要素だと考えるのが妥当だ。北朝鮮とすれば、戦争が終結して侵略される危険がなくなるから非核化するのであり、米国側が侵略の意図を止めないなら非核化に応じることはできないだろう。

また、合意を実行するにあたって駆け引きはあるだろうが、トランプが朝鮮戦争の終戦宣言に応じたり、平和協定締結に向けた交渉を受け入れたなら、それは既に合意した約束を履行するのであって、「譲歩」したとか「見返り」を与えたというマスメディアの表現は読者を誤った認識に導く不適切な表現だ。

 次に、首脳会談後の米朝双方の行動を振り返ると、北朝鮮側は一部のミサイル施設の解体を行い、米兵の遺骨の一部を返還するなど、合意を着実に履行している。また北東部豊渓里(プンゲリ)にある核実験場については首脳会談前に既に廃棄しており、さらに米国の相応の措置があればとりうる次の措置についても、具体的な提案をしている。一方、米国側は韓国軍との合同軍事演習を一時的に中止するなど外交プロセスを優先する姿勢を示し、「新たな米朝関係」の確立に向けた努力も見せてはいるが、朝鮮半島の平和体制構築にとって核心的に重要な朝鮮戦争の終戦宣言や平和協定締結に向けた交渉を拒み、昨年の7月と9月に日本海で核搭載可能な爆撃機を参加させた共同軍事訓練を日本の自衛隊と行ったり[7]、昨年10月の米韓安保協議の共同声明で韓国に対する「核の傘」の提供を再確認するなど[8]、合意を無視した行動を取ってきた。マスメディアは合意を履行している北朝鮮ではなく、合意を無視する行動を取ってきた米国側を批判すべきだ。

北朝鮮が原子炉を稼働させているという報告もあるが、米国のスティーブ・ビーガン対北朝鮮特別代表は、北朝鮮が核開発を諦めていないと指摘する米国情報機関責任者の発言とそれを取り上げたメディアの報道の仕方について「情報機関の情報を政策と完全に切り離すことはできない。情報機関の情報は政策の基礎として重要だが、政策は脅威に対処するためにある」と事実情報の評価の仕方に不満を述べて、問題を解決するために今まさに外交を行っているのだと強調している。[9]

金正恩は米国の脅威がなくなれば核兵器を持つ理由がないと述べ、米国が「相応の措置」──共同声明の履行に他ならない──を取れば、さらなる非核化の措置を取ると表明している。北朝鮮にとって、核兵器は米国による侵略を抑止するためのものであり、そのことを疑う識者はいないだろう。米国の脅威がなくなれば北朝鮮は核兵器を持つ理由はないという金正恩の発言は、真剣にとらえるべきだ。また南北間の動きに目を向けると、北朝鮮と韓国は昨年9月の首脳会談で事実上の終戦宣言を行っている。朝鮮戦争の当事国である北朝鮮と韓国は、もう戦争を望んでいない。米国が平和体制構築のための交渉に応じることが朝鮮半島の非核化につながると考えるのが、合理的な判断ではないだろうか。

最後に、「北朝鮮は今まで約束を破ってきた」という、これまでマスメディアが喧伝してきた誤った認識が、このような合理的な判断をすることを妨げていると考えられるので、朝鮮半島の平和と非核化に関する過去の合意について簡単に振り返っておきたい。

マスメディアが「北朝鮮が約束を破った」と言うとき、たいてい言及されるのが1994年の米朝枠組み合意と2005年の6か国協議による共同声明の破綻だ。北朝鮮はこの2つの合意を一方的に破ったと一般には信じられているが、実際には北朝鮮だけに合意の破綻の責任を押し付けることはできない。

米朝枠組み合意とは、①北朝鮮がプルトニウムを生産できる黒鉛炉と建設中の同型炉を凍結し解体すること、②米国が代わりに比較的プルトニウムを抽出しにくい軽水炉2基を提供すること、③軽水炉の完成まで米国が代替エネルギーとして年間 50tの重油を供給すること、④両国が政治的・経済的関係の完全な正常化に向けて行動すること、⑤米国は核兵器を北朝鮮に対して使用せず、使用の威嚇もしないこと、⑥北朝鮮は核不拡散条約(NPT)にとどまり保障措置協定を遵守すること、などを約束した合意で、この過程で、両政府は200010月に「相互に敵意を持たない」ことを宣言する共同声明を発表するまでに至った。北朝鮮問題の専門家として著名なレオン・V・シーガル氏[10]によれば、北朝鮮側は合意の結果「2003年までいかなる核分裂性物質も作らなかった」[11]が、2001年に発足した共和党のブッシュ政権は、その年の12月に議会に提出した「核態勢の見直し(NPR)」で、北朝鮮が「大量破壊兵器及びミサイル計画を活発に進めている」と糾弾して核攻撃の対象であることを示唆し、20021月のブッシュ大統領の年頭教書演説では北朝鮮をイラク、イランとともに「悪の枢軸」と呼んで、「相互に敵意を持たない」と宣言した共同声明を踏みにじった。さらにブッシュ政権は、北朝鮮のウラン濃縮計画の存在を理由に北朝鮮に対する重油の供給を停止し、枠組み合意を一方的に破棄した。米国がウラン濃縮計画についてどの程度の情報を入手していたかについては未だに明らかになっていない。米国側は、当時北朝鮮の責任者だった姜錫柱第1事務次官の「話し合っていこう」という趣旨の言葉を、ウラン濃縮計画の存在を認めたものと解釈したが、北朝鮮側はウラン濃縮計画の存在を明確に認めたことはない。[12]

2005年の6か国協議による共同声明とは、「平和的な方法による、朝鮮半島の検証可能な非核化」を目標として発足した米国・北朝鮮・日本・韓国・中国・ロシアの6か国による協議において到達した共同声明である。声明には6か国すべてに関係する義務が含まれているが、米朝に関するものに限って言うと、①北朝鮮の核兵器及び核計画の放棄、②米国の朝鮮半島での核兵器の配備、北朝鮮に対する核あるいは通常兵器による攻撃や威嚇をしないこと、③北朝鮮に対する5カ国による経済支援やエネルギー支援、④米朝の関係正常化、などが盛り込まれた。しかし、その直後に米国政府が偽ドル流通疑惑やマネーロンダリング(資金洗浄)疑惑を理由に北朝鮮に経済制裁を課したため、北朝鮮側は合意に反すると反発して核開発を再開し、翌2006年に最初の核実験を行った。

その後6か国協議は再開され、2005年の共同声明を実施するための措置について合意した(2007年)。北朝鮮はこの合意に従って核実験と原子炉の運転を停止したが、北朝鮮の核放棄の検証方法を巡って協議は行き詰まり、6か国協議での合意は事実上破綻した。

このように、北朝鮮が今まで約束を破ってきたと一方的に言うことはできない。むしろ米国側が先に約束を破ったという方に明確な史実がある。そして、ここでさらに重要なことは、米朝双方が合意を誠実に履行していれば、朝鮮半島の平和と非核化を実現するチャンスが過去にも存在したということだ。トランプ大統領が合意を守って偉業を成し遂げるのか、あるいはこれまでの大統領と同じように朝鮮半島の平和と非核化の実現のチャンスを無駄にするのか。今回の首脳会談を含む今後の米朝交渉で我々はそこに注目すべきだ。

幸いなことに、トランプ大統領は朝鮮戦争を終結させる心積りのようだ。パリ協定やイラン核合意からの離脱、移民・難民政策など、他の政策では問題の多いトランプ大統領だが、史上初の米朝首脳会談を行うなど朝鮮半島の非核化と恒久的な平和の流れを作るために一役を担ってきたことについては評価できる。

但し、トランプが約束を実行することは容易ではないだろう。朝鮮戦争終結や北朝鮮との平和協定締結に反対する勢力はトランプ政権内や与党共和党にも少なくない。そこで、トランプに約束を守らせるためには世論の力が必要になる。朝鮮半島の平和と非核化──それは東アジア全体の平和に直結する──を求めるなら、この地域に住む我々市民は、トランプが約束を守れるように後押ししなければならない。マスメディアにはそうした世論形成に役立つような誠実な報道を求めたい。そしてマスメディアがその責任を果たさないなら、市民は抗議の声を上げることも必要だ。(前川(はじめ)

1 「非核化〝見返り〟」(NHKニュース7 201922日)
2 「トランプ氏譲歩の可能性――米朝会談 2728日ベトナムで」(『朝日新聞』、201927日)
3 「米兵遺骨返還 北朝鮮の非核化に直結しない」(『読売新聞』、社説、2018729日)
4 例えば、NHKニュース72019213日。報告書は、北朝鮮の非核化の意志を疑う文脈ではなく、「交渉不在では驚くことではないが、北朝鮮は核分裂物質を生産し続け、ミサイル基地を維持、あるいはある場合には、強化している」と書き、当然の結果だと現状を伝えているにもかかわらず、ニュース7は「北朝鮮が去年、核兵器57発分に相当する核物質を生産した可能性があるという報告書をアメリカの専門家が発表しました」とのみ伝えた。後半部分で「報告書では、去年の米朝首脳会談による緊張緩和などで、北朝鮮の脅威は大きく低下したと分析」していることも伝えてはいるが、「核兵器57発分の核物質生産か 北朝鮮の核問題 米専門家が報告書」という字幕とともに、ニュースを伝えており、視聴者に北朝鮮の非核化に対する意志を疑わせる伝え方になっている。
5 例えば、NHKニュース7201922日や、『毎日新聞』、社説、201929日。
 ニュース7は、スティーブ・ビーガンが「北朝鮮が求めている見返りを巡る協議に応じる考え」を示したと伝えた後、「トランプ大統領が妥協して、核の放棄ではなく、アメリカに直接影響のあるICBM大陸間弾道ミサイルの廃棄だけで、北朝鮮に経済制裁の緩和などの見返りを与える可能性」があると指摘して、そうなると「中距離弾道ミサイルも核兵器も保持したまま」だと警鐘を鳴らす元国務次官補代理のエバンス・リビアの見解を伝えている。毎日新聞もトランプが「米国の直接的脅威となる大陸間弾道ミサイル(ICBM)の廃棄で折り合うこと」を心配し、「米国が安易な妥協」をしないよう、「北朝鮮のすべての核・ミサイルの廃棄が北東アジアの平和と安定に不可欠だとトランプ氏に懸命に働きかけなければならない」と述べている。
6
7 航空自衛隊報道発表資料(2018728日、および2018928日)
8 "Joint Communiqué of the 50th U.S.-ROK Security Consultative Meeting," U.S. Department of Defense, October 31, 2018.
9 U.S. Department of State, "Remarks on DPRK at Stanford University," January 31, 2019
10 社会科学評議会・北東アジア協力的安全保障プロジェクト代表(ニューヨーク)。
11 Tim Shorrock, “Diplomacy With North Korea Has Worked Before, and Can Work Again,The Nation, September 5, 2017
12 梅林宏道「朝鮮半島において国連憲章を具現せよ」(『世界』、20184月号)

2019/02/12

監視報告 No.5

監視報告 No.5  2019年2月12日

§ 金正恩「年頭の辞」が流れを作り、米国には同時並行の段階的措置をとる変化が現れた。

 溜まり水が流れ始めた。その背後には金正恩の「年頭の辞」の効果が大きかったと、我々は分析している。

 25日、米議会での一般教書演説で、トランプ大統領は227日、28日にベトナムにおいて2度目の米朝首脳会談を行うと発表した。3日後の28日には、大統領は開催地がベトナムのハノイであるとツイートした。

 昨年6月のシンガポールにおける初めての首脳会談における合意以後、米朝間の合意履行に関する交渉は停滞してきた。その停滞をうち破り履行を前進させるための具体的な合意を生むのでない限り、第2回首脳会談の開催に意味がないことは、衆目の一致するところであった。したがって、米朝、とりわけ米国は今、意味のある合意を生む可能性があると判断しているということだ。

 ここに至る過程を理解する上で、2つの演説を注意深く読むことが重要である。1つは金正恩朝鮮労働党委員長の「年頭の辞」[1]であり、もう1つは131日に行われたビーガン米国務省北朝鮮問題特別代表のスタンフォード大学における演説[2]である。

 201911日、DPRK(北朝鮮)の金正恩朝鮮労働党委員長は恒例の年頭の演説を行った。多くの人は、この「年頭の辞」が昨年来の朝鮮半島の緊張緩和の急速な動きや非核化への対話をどのように評価し、今年の方針をどう語るのか、に関心を注いだ。関心の背景には、情勢の好転を望む者にとっては北朝鮮の政策変更への不安があり、情勢の好転を苦々しく思う者には悪化への期待があった。なぜならば、昨年4月以来、南北関係は着実に好転の道を進んでいるのに対して米朝協議の進展は停滞しており、停滞の原因が米国の一方的な外交方針にあるとして、北朝鮮には不満が高まっていたからである。昨年末には、トランプ大統領への批判は避けつつも、北朝鮮の国営メディアが米国務長官を名指しして批判するまでに、批判のトーンが上がっていた[3]。したがって、金正恩委員長の「年頭の辞」が、米国に対する強硬方針や韓国への厳しい注文を含むものになる可能性を、誰も否定することができない状況があった。

 そのような中において、「年頭の辞」は金正恩委員長が昨年の変化を極めて肯定的に評価し、国民に対して経済建設優先の考えを述べるとともに、米朝関係の改善と非核化への方針を明確に伝えた。「年頭の辞」とは、基本的にDPRK国民へのメッセージであることを考えると、金正恩がシンガポールでの米朝首脳共同声明に言及して次のように述べたことの意味は極めて大きい。

「朝鮮半島に恒久的で、かつ強固な平和体制を構築し、完全な非核化へと進むというのは、わが党と共和国政府の不変の立場であり、私の確固たる意志です。
 そのため、われわれはすでに、これ以上核兵器の製造、実験、使用、拡散などをしないということを内外に宣布し、さまざまな実践的措置を講じてきました。…
 われわれは、いまわしい(米朝間の)過去史をひきつづき固執し抱えていく意思はなく、一日も早く過去にけりをつけ、両国人民の志向と時代の発展の要求に即して新しい関係樹立に向けて進む用意があります。」
 金正恩は国民に対して、対外的には表明していなかった「核兵器の製造をしない」という方針さえも表明した。昨年の「年頭の辞」においては、「核弾頭と弾道ミサイルを大量生産して実戦配備する」と号令したことを想起すれば、大きな方針転換を国民に告げたことになる。

 一方で、多くのメディアは「年頭の辞」の次の一文に注目した。北朝鮮から米国への警告のメッセージである。

 「ただし、アメリカが…約束を守らず、朝鮮人民の忍耐力を見誤り、何かを一方的に強要しようとして依然として共和国に対する制裁と圧迫を続けるならば、われわれとしてもやむをえず国の自主権と国家の最高利益を守り、朝鮮半島の平和と安定を実現するための新しい道を模索せざるを得なくなるかも知れません。」

 メディアがこの一文に関心を寄せる理由は理解できなくもない。しかし、「年頭の辞」から読み取るべき最も重要なメッセージはここにはない。重要なのは、昨年の変化が生み出したものを成果として肯定的に評価し、それを基礎に今年も米国との関係改善と非核化の道に進むという不動の方針を国民に示したことにある。

 このメッセージは、米政府に米朝関係を前に進めるための重要な根拠となったであろう。

 金正恩の親書を携えた金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長は、2019118日にワシントンを訪問しトランプ大統領と面会した。金英哲はこのとき、今後の新しい実務担当者となる金赫哲(キム・ヒョクチョル)元駐スペイン大使を同行した。北朝鮮ナンバーツーともいえる金英哲のワシントン訪問は、200010月に金正日国防委員長の代理でワシントンを訪問し、クリントン大統領と面会した趙明禄(チョ・ミョンロク)国防第一副委員長の歴史的な訪米を思い起こさせる。当時は、その後にオルブライト米国務長官の平壌訪問と金正日委員長との面会が実現した。

 金英哲・トランプ会談以後、米朝関係は急速に動き始めた。20188月にポンペオ長官がスティーブン・ビーガンを北朝鮮政策特別代表に任命していたにもかかわらず、一度も北朝鮮代表者との実務協議が実現していなかった。それが会談の翌日からストックホルムにおいて3日間の合宿実務協議が開催された。そして、冒頭に述べたような第2回米朝首脳会談の日程発表となった。

 118日以後に進んだこの変化を理解するためには、131日にスタンフォード大学で行われたビーガン特別代表の講演が極めて重要である。講演後、北朝鮮問題の老練の専門家でありクリントン政権下で国務省情報調査局北東アジア部長であったロバート・カーリンとの一問一答も行われた。カーリンの的確な質問によって、多くの貴重な論点がカバーされた。

 ビーガン演説によって明確に表明された重要な点は、米国が、北朝鮮が求めてきた同時的、並行的な段階的措置をとる準備がある、という点である。ビーガンは次のように述べた。

「我々は、同時に、また並行して、昨夏、シンガポールの共同声明において両首脳が行った約束の全てを追求する準備があることを、北朝鮮の相手に知らせた。」
「金委員長は、米国が相応の措置をとればプルトニウム施設やウラン濃縮施設に関する次の手段をとると述べた。これらの措置が何であるかは、これからの北朝鮮担当者との協議事項になる予定だ。我々としては、2国間の信頼醸成の助けになり、かつ両国関係の転換、朝鮮半島の恒久平和体制の確立、そして完全な非核化といったシンガポール・サミットの目的が並行して前進する助けになるような、さまざまな行動について協議する準備がある。」[2

 これは、米国の外交方針における大きな変化であり前進である。当初、メディアで騒がれた北朝鮮の核計画の包括的リスト提出に関する米国の要求は、後の段階の課題として後退した。

「非核化の過程が最終的になる前には、我々は北朝鮮の大量破壊兵器ミサイル計画の全範囲について完全に理解しなければならない。ある時点において、我々はそれを包括的な申告によって得ることになる。」[2

 さらに、中間的な措置の中に朝鮮戦争の終結問題が含まれていることをビーガン演説は強く示唆した。

「トランプ大統領はこの戦争を終わらせようとしている。…我々は北朝鮮の体制の転覆を求めていない。非核化の計画と同時に、我々は北朝鮮に明確なメッセージを送るような外交を進める必要がある。我々は新しい未来の準備をしている。非核化の基礎の上にあるものではあるが、それは非核化よりも大きいものだ。それは我々が手にしている機会であり、北朝鮮と協議しようとしているものだ。」[2

 もう一つの我々の関心事は、この新しい米国の方針と、これまで強調してきた制裁圧力路線との関係である。この点について、ビーガン特別代表は変化を示唆しながらもクリアなメッセージを発するには至らなかった。

「我々は圧力政策を維持する。同時に外交政策を前進させようとしている。したがって、この2つの間の正しいバランスを見出さなければならない。あなた(カーリン)が述べた文化交流や市民イニシャチブのような分野が、前進のために始めることのできる分かり易い分野のように思われる。」[2

 これに関係して、金英哲・トランプ会談後の急速な変化の中で、超強硬派のジョン・ボルトン国家安全保障担当・大統領補佐官の発言にも変化が現れていることに注目したい。125日、『ワシントン・タイムズ』との単独インタビューでボルトンは制裁について次のように述べた。

「我々が北朝鮮に求めるものは、核兵器を諦める戦略的な決定をしたという意味のある兆候である。その非核化を手にしたときに大統領は制裁の解除を開始することができる。」[4

 北朝鮮は、現時点においてすでに「核兵器を諦める」戦略的決定をして対米交渉に臨んでいるという解釈も可能であり、このような判断はトランプ政権の主観的判断に委ねられる。また、「制裁解除を始める」という表現は、制裁解除が段階的に進むことを意味しているであろう。(梅林宏道、平井夏苗)

1 日本語訳全文は以下で読むことができる。
2 U.S. Department of State, "Remarks on DPRK at Stanford University," January 31, 2019
https://www.state.gov/p/eap/rls/rm/2019/01/288702.htm (ここには、ビーガンの講演録とともに、ロバート・カーリンとの一問一答も記されている。)
3 たとえば朝鮮中央通信(KCNA)の記事「DPRK外務省アメリカ研究所政策研究部長の報道声明」(20181216日)。
 http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から、英文記事を日付で検索できる。
4 Tim Constantine, “John Bolton explains Trump's strategy on North Korea, China trade,” The Washington Times, January 25, 2019

監視報告 No.36

  監視報告 No.36   2022年12月26日 § 米韓合同軍事演習の中止表明が緊張緩和への第一歩となる    朝鮮半島の緊張緩和が求められている。  米韓合同演習は在日米軍・自衛隊を巻き込んでエスカレートし、朝鮮人民民主主義共和国( DPRK 、北朝鮮)は核戦力政策法を制...