2018/12/25

監視報告 No.3

監視報告 No.3  2018年12月25日

§ <朝鮮半島と周辺>の平和構築のために日本の役割を見出そうとする日本政府の姿勢が見えない

 朝鮮半島非核化合意の履行に不安要素が目立ち始めている。

 11月2日の朝鮮中央通信に掲載された「米国はいつになったら愚かな貪欲と妄想から目を覚ますのか」と題するDPRK外務省米国研究所クォン・ジョングン所長の論評([注1]。日本語全訳を本報告のために準備した)は、米国の対北交渉の姿勢に対するDPRKの批判が一段階レベルアップしたことを示唆した。10月に登場した諸論評には登場しなかったDPRKの路線変更の可能性について、留保を伴いながらではあるが、初めて言及したのである。

 論評は、トランプ大統領への直接的な批判を控え、「ホワイトハウスや米政権の高官たち」を標的にしながら、米国に米朝関係を改善しようという姿勢が見られないことを強く批判した。クォン所長は、シンガポールにおける首脳会談について、「DPRKと米国のトップリーダーが6月の歴史的なシンガポール会談において手を握りながら約束したことは、米朝間の世紀をまたぐ敵対関係を終わらせ、関係改善の新しい歴史を作ることだ」と述べ、世界が歓迎した会談の核心は、米朝関係を改善する新しい歴史を作ることに両首脳が合意したことだと強調した。そして、北朝鮮への制裁と圧力を強調するのみの米国の現状について、「関係改善と制裁は相いれない」「『友好』は『圧力』と矛盾する」と批判した。さらに「DPRKの核問題が、本当に朝鮮半島の緊張と悪化した米朝関係を含む全ての複雑な問題を引き起こす病根だろうか」と根本的な問いを投げかけた。そして、そもそも核問題が発生した歴史的経過を踏まえれば、「米朝交渉は相互利益と対等性に基づいた、同時進行的で段階的な方法で行われるべきだ」と主張した。この考えに立つとき、「(北朝鮮が)率先した善意ある措置によって、米国に対して可能な全てのことを過分なほどに行った今、残されているのは米国による相応の対応だ」として、DPRKは米国の行動を要求し、「何の対応もなければ、DPRKはどんなにコストが大きかろうと、1ミリであっても動かない」と述べた。

 前述したようにクォン所長の論評の注目点は、言葉を慎重に選びながら、DPRKの忍耐が限界に近いことを示唆している点であろう。すなわち、論評は、米国の姿勢に改善が見られない場合は、4月の朝鮮労働党中央委員会全体会議において国家の全エネルギーを経済建設に注入すると決定した国家路線に「『並進』(経済建設と核戦力強化を同時に進めること)という言葉が再び登場し、路線変更が真剣に再考される」可能性があると述べている。

 本監視プロジェクトは朝鮮半島の非核化合意が脱線せずに実行されることを願って活動している。

 その立場から、我々が現在の情勢を検討するとき、①南北両政府が、首脳合意に従った関係修復の努力を続けそれが順調に進んでいること、そして、②米韓の関係が良好に維持されていることが、この局面において米朝関係のいっそうの悪化を防ぐ役割を果たしていることを先ず指摘したい。米国、韓国、日本の市民社会は、この状況を正確に認識し、南北両政府の努力、とりわけ両方の外交プロセスに関与している韓国政府の果たしている役割を正当に評価し、激励することが重要である。

 それに加えて、日本政府が居るべき舞台にまだ登場していない事実にも市民社会は目を注ぐ必要がある。もし日本政府が積極的に北東アジアの平和建設に関与する意欲をもって舞台に登場していたならば、現在のような困難な局面を打開するために活用することができる、もう一つの変数を我々は手にしている可能性があるからである。

 しかし、残念ながら日本政府の現実は、そのような期待から程遠いところに位置している。

 監視報告No.1に記したように、10月24日の臨時国会冒頭における所信表明演説において、安倍首相は言葉の上では、現在起こっている朝鮮半島の変化に注目し、「次は、私自身が金正恩委員長と向き合わなければならない」と意欲を示し「相互不信の殻を破り、拉致、核、ミサイルの問題を解決し、不幸な過去を清算して、北朝鮮との国交正常化を目指します」と述べた。

 しかし、その後の日本の政治には、この言葉を具体化する努力をほとんど見ることが出来ない。安倍政権のみならず、国会の議論全体において、朝鮮半島情勢に関する議論は低調であった。河野太郎外務大臣は、参議院の外交防衛委員会の冒頭発言において、次のように述べたが、具体的な方針として表明されている内容は安保理決議の完全な履行のみであった。

「先般の米朝首脳共同声明に明記された朝鮮半島の完全な非核化に向けた北朝鮮のコミットメントを含む両首脳間の合意が、完全かつ迅速に履行されることが重要であり、各国による安保理決議の完全な履行を確保することが不可欠です。」[注2

 衆議院外務委員会においても、北朝鮮に対する現状認識を問われた河野外務大臣は、北朝鮮の脅威はこれまでと変わらないと述べ、国連安保理決議の履行の重要性を強調した。
「シンガポールの米朝首脳会談以降、核実験あるいはミサイルの発射ということは行われておりませんが、依然としてノドンミサイルを多数持っている、あるいは核兵器の開発は相当進んでいる、この状況に何ら変化はございません。

 引き続き、北朝鮮、国際社会への脅威である、この認識には変わりはございませんので、国際社会が一致して、北朝鮮の核、ミサイルのCVIDに向けて国連の安保理の決議を完全に履行する、この国際社会の足並みをそろえた状況を今後とも維持してまいりたいと思っております。」[注3

 現在明らかになっている日本政府の方針は、歴史的なサミットが開催された以前からの、国連安保理決議による対北朝鮮制裁の厳格な履行のみであるといっても過言ではない。

 とりわけ、日本政府は、北朝鮮船舶の瀬取りによる違法な制裁逃れの摘発に熱心に取り組んでいる。外務省は11月に瀬取りに関する報道発表を行ったが、そこには次のような外務省の認識が述べられている。

「我が国としては,北朝鮮の完全な,検証可能な,かつ,不可逆的な方法での全ての大量破壊兵器及びあらゆる射程の弾道ミサイルの廃棄の実現に向け,国際社会が一致団結して国連安保理決議を完全に履行する必要があると考えており,これに資する関係国による取組を歓迎し,高く評価しています。我が国は,引き続き,全ての関係国と緊密に協力し,国連安保理決議の実効性を確保する取組を実施していく考えです。」[注4

 残念ながら、日本の外務省が朝鮮半島の非核化に関して市民に積極的に発信をしている内容は、国連決議の履行についてのこのような北朝鮮への圧力行使の取り組みのみである。11月下旬、東京で開催されたあるNGO主催のシンポジウムにおいて、筆者の一人が外務省不拡散部門の中堅職員と同席する機会があったが、そのときに聴衆に対して説明された北朝鮮の核問題に関する外務省の見解も、「国連安保理決議の履行を迫ることが何よりも大切である」という内容であった。

 日本の外務省は、米朝首脳会談で合意された内容が、北朝鮮による「完全な非核化の約束」だけではなくて、米国による「北朝鮮に対する安全の保証の約束」も同じように含んでいる

という認識を持っているのだろうか?首脳会談の合意が実現するためには両者の約束の履行がともに進展する必要があると、日本の外務省は考えているのだろうか?

 国会での議論が行われない中で、この疑問に対する明確な回答を得ることが、日本の市民はもちろん、世界の関心ある市民にとって極めて重要であろう。幸い、本プロジェクトを発足するにあたって、ピースデポは外務省のこの問題の担当部署であるアジア大洋州局のナンバーツーとなる高官と面会し、意見交換する機会を持つことが出来た。高官によるこの点に関する回答は明快であった。「両方の約束があることを認識している。内容は言えないが、そのような認識の下で米国と緊密に連絡をとっている」というのが回答内容であった。これは、市民にとって最低限ではあるが朗報に違いない。(森山拓也、梅林宏道)

注2 河野太郎、参議院外交防衛委員会における発言、2018年11月13日。
注3 河野太郎、衆議院外務委員会における答弁、2018年11月14日。
注4 外務省報道発表「国連安保理決議により禁止された北朝鮮籍船舶の『瀬取り』を含む違法な海上活動に対する関係国による警戒監視活動」、2018年11月6日。

2018/12/10

監視報告 No.2

監視報告 No.2 2018年12月10日

§ 米韓作業部会の真価は、韓国のリードと北朝鮮との意思疎通の確保によって高められる

 2018年11月20日、ワシントンDCにおいて、朝鮮半島非核化交渉の米韓の実務者による作業部会の第1回目の会議が開かれた。韓国側代表は、李度勲(イ・ドフン) 外交部朝鮮半島平和交渉本部長であり、鄭然斗(チョン・ヨンドゥ)北朝鮮核外交企画団長らが参加した。米国側代表は、スティーブン・ビーガン国務省対北朝鮮政策特別代表であるが、その他にアレックス・ウォン国務次官補(東アジア太平洋担当)、マーク・ランバート北朝鮮担当副次官補代行、アリソン・フッカー国家安全保障会議朝鮮半島担当補佐官らの参加が予定されていた。代表以外の実際の参加者名は確認できていない [注1]。両代表が共同議長を務めた。

 その日の会議後の米国務省の発表によれば、「米韓作業部会は最終的かつ完全に検証された北朝鮮の非核化という共有の目標を達成するために米韓協力をさらに強化する」とされ、「参加者は、朝鮮半島の完全な非核化と恒久的な平和、また国連安全保障理事会決議の履行と南北協力について協議した」[注2] 。

 この米韓実務者作業部会の発足は、首脳会談やハイレベル会議をフォローアップする単なる実務レベルのすり合わせの場が正式に生まれたということだけではなく、それ以上の重要な意味を持つ。

 現在、南北間の板門店宣言と米朝間のシンガポール共同首脳宣言という独立ではあるが不可分の関係にある2つの共同宣言を履行するための歴史的プロセスが進行している。その過程で南北の協議による履行には進展が見られるが、米朝間の協議は具体的な進展が見られない。DPRK(北朝鮮)が中間的な措置を一方的にとってきたのに対して、米国はそれに見合った中間的措置をとらないばかりか、相互に中間的措置を積み重ねるという方法論そのものに関して明確な賛否の意思を表明していない。もし米朝間の協議に進展がない状態が続くならば、やがて南北間の協議も行き詰まることになるであろう。なぜならば、韓国は米韓同盟のもとで米国の意向を無視できない事項―とりわけ軍事協力や経済制裁の問題に関する事項―に直面することになると予想され、そのことが南北の合意形成を困難にすると考えられるからである。

 韓国がこの手詰まり状態を打開したいと考えたとき、韓国政府は次の2つの考え方の間で調整を迫られることになる。

 ①良好な南北関係の前進、とりわけそれに伴う南北間の経済協力の発展の可能性が北朝鮮の非核化のインセンティブを強化する。また、南北の相互依存経済関係の発展は平和構築の重要な柱であり、朝鮮半島非核化の重要な条件でもある。これは基本的に韓国の文在寅政権の考え方である。

 ②一方で、南北経済協力が北朝鮮の非核化の前進なしに進むことは、国際的制裁によって生まれていた北朝鮮の非核化への圧力効果を弱めることになる。圧力効果を維持しつつ米朝の合意形成を目指す米国の方針を考慮しないペースで南北関係が進展することは好ましくない。これは、トランプ大統領の考え方であろう。

 このどちらの考え方にとっても、作業部会の設置は必要なことであったと考えられる。実際の設立の経過は次のようなものであった。

 米韓の間で作業部会の設置が合意されたのは、10月28日から30日にビーガン特別代表が訪韓したときであった。韓国大統領府は、10月31日に定例ブリーフィングで「朝鮮半島の非核化と平和のプロセス全般に対して韓米間の一層緊密な議論のための機関」として作業部会が設置されると説明した[注3]。ビーガンからの提案であるとすれば、米国が②の考えから、南北対話の進展スピードが早すぎる現状を危惧し、抑制するための機関として作業部会の設置を要求したとの憶測が成り立つ。しかし、韓国外交部の高位の当局者はこの憶測を否定した。10月31日「私たち(韓国外交部)が提案し、数カ月前から議論してきたこと」と高位当局者は述べている[注4]。同時期(米国ワシントンDC時間10月30日)、米国務省での記者会見で記者から「南北関係の進展スピードが速すぎるとは思わないか」と質問されたとき、ロバート・パラディーノ米国務省副報道官は「米韓は、政府のあらゆるレベルで毎日のように調整している」と回答している [注5]。進展のスピードについて直接の回答をしなかったが、作業部会の発足を待たずとも、米韓のあいだに危惧されるような齟齬は生まれていないという趣旨の回答である。しかし、一方で、ポンペオ国務長官は作業部会第1回会議当日の朝、「我々は朝鮮半島の平和と北朝鮮の非核化が南北関係の進展に遅れていないことを確実にしたいと韓国に明確に伝えた」「(この2つを)我々は一緒に走る2頭立ての馬車と考えている。2つは重要な並行プロセスであり、作業部会はその並行プロセスが確実に続いていくように作られた」[注6]と説明した。総合すれば、作業部会は、韓国が①の考えから計画し、②の考えに立つ米国の必要性とも合致して公式の場となったと言えるであろう。

 作業部会の将来の役割を考えた場合、北朝鮮が韓国との意思疎通を保ちながら、上記のような冷静な見方に立ってこの会議の挙動を評価できるかどうかが重要な鍵を握る。北朝鮮メディア「わが民族同士」は、この作業部会は米国が改善と発展の道をたどっている南北関係に干渉し、この南北関係の流れを妨害するためのものだと批判し[注7]、韓国に対して、民族自主の原則で南北共同宣言を徹底履行するよう要求した[注8]。北朝鮮においてこのような議論が起こる事情は十分に理解できる。南北の協議に悪影響を生まないためには、南北の政権レベルでの善意の意思疎通が緊密に保たれる必要がある。

 その意味では、作業部会の初会議は歓迎すべき結果を生み出した。会議直後、ワシントンにおいて、韓国の李度勲代表は韓国からの特派員に「米国側が南北鉄道共同調査事業に対し、全面的支持、強い支持を確認すると明らかにした」と伝えたのである[注9]。韓国政府からの米国に対する説明によって、米国が南北間の懸案についてゴーサインを出したことを意味する。

 11月20日の米韓作業部会会議における南北鉄道共同調査に関する制裁免除についての協議を経ることによって、国連安全保障理事会の北朝鮮制裁決議のみならず米国の対北制裁の例外として、韓国から北朝鮮へ、共同調査に必要な物資の搬入が承認されることになった[注10][注11]。このうち国連安保理に関しては11月23日、北朝鮮制裁委員会が共同調査について制裁の例外措置を決定した。

 韓国とDPRKの両国は、この共同調査を8月末に実施する計画であった。しかし、朝鮮国連軍司令部から南北軍事境界線(MDL)の通過の許可が下りず、南北の計画通りに調査を進めることができなかった[注12]。今回、南北の鉄道連結に向けた北朝鮮区間の共同調査が11月30日から12月17日まで、18日間にわたって実施されることになった。韓国調査団を乗せた列車は、制裁を免除された軽油5万5000リットル[注13]を積み、11月30日に北朝鮮へ出発した。(平井夏苗、梅林宏道)

注1 ファン・ジュンボム「米国、南北鉄道調査を「全面支持」…北朝鮮と対話も「日程調整中」(『ハンギョレ』、2018年11月22日)
http://japan.hani.co.kr/arti/international/32175.html
注2 US Department of State Media Note, “U.S.-ROK Working Group”, November 20, 2018
https://www.state.gov/r/pa/prs/ps/2018/11/287492.htm
注3 キム・ボヒョプ「ビーガン代表、大統領府秘書室長に続きユン・ゴニョン室長とも面談…その背景は?」(『ハンギョレ』、2018年10月31日)
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/31991.html
注4 ノ・ジウォン、ファン・ジュンボム「非核化・南北協力・制裁を議論する韓米ワーキンググループが11月発足」(『ハンギョレ』、2018年10月31日)
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/31992.html
注5 U.S. Department of State, “Department Press Briefing - October 30, 2018,” October 30, 2018
https://www.state.gov/r/pa/prs/dpb/2018/10/287016.htm
注6 Michael R. Pompeo, “Remarks to the Press,” November 20, 2018
https://www.state.gov/secretary/remarks/2018/11/287487.htm
注7 『わが民族同士』(電子版)、2018年11月11日 http://www.uriminzokkiri.com/index.php?ptype=ugisa1&no=1161875&pagenum=1(朝鮮語)
注8 『わが民族同士』(電子版)、2018年11月9日http://www.uriminzokkiri.com/index.php?ptype=ugisa1&no=1161811&pagenum=8(朝鮮語)
注9 注1と同じ。
注10 「北朝鮮での南北鉄道共同調査「問題なし」 米制裁の例外に」(『聯合ニュース』、2018年11月25日)
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20181125000600882?section=search
注11 Choe Sang-Hun, “North and South Korea Get U.N.’s Go-Ahead to Study Joint Rail Project,” The New York Times, Nov. 24, 2018
注12 「韓国列車が10年ぶりに北朝鮮区間走行へ 30日から南北共同調査」(『聯合ニュース』、2018年11月28日)
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20181128003100882?section=nk/index
注13 「韓国の列車が北朝鮮に出発 鉄道共同調査実施へ」(『聯合ニュース』、2018年11月30日)
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20181130001200882?section=search

監視報告 No.36

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