2019/07/17

監視報告 No.12

監視報告 No.12  2019年7月17日

§ 再開される米朝協議は、ビッグディールではなくスモールディールで

 630日、米国のドナルド・トランプ大統領と朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の金正恩委員長が、南北の軍事境界線上の板門店で3回目の首脳会談を電撃的に行って世界を驚かせた。非核化と制裁解除の手順で折り合いがつかなかったベトナム・ハノイでの会談から4カ月。米朝間の溝は依然として埋まっていない。再開される協議では、大統領選を控えるトランプが一気に北朝鮮の完全非核化を求める「ビッグディール」を諦め、「スモールディール」で妥協して北朝鮮の現状を容認するのではないかと懸念する声も少なからずあるようだ。しかしそのスモールディールの積み重ねこそが、今後の朝鮮半島の完全な非核化に向けた交渉の鍵になる。

 板門店での首脳会談の前後から、北朝鮮に対する米国側の柔軟な姿勢を示すトランプ政権内の声が伝えられている。例えば、スティーブン・ビーガン北朝鮮問題特別代表は628日に韓国外務省の李度勲(イ・ドフン)朝鮮半島平和交渉本部長との会談で、「シンガポールでの共同声明の約束を同時的・並行的に進展させるために北朝鮮側と建設的な議論をする準備ができている」と語った[1]。また米国政府が交渉を進めるために、まず北朝鮮側が「大量破壊兵器開発計画の完全な凍結」し、その見返りとして北朝鮮への人道支援や米朝間の人的交流などを行う案を検討していることを、ビーガンが非公表を条件に米国メディアに語ったことも伝えられた[2]。他にもNHKは、トランプ政権内の「少数派」の意見として「膠着状態が続く中、(トランプ)政権内部では打開策の1つとして、時間を区切って一時的に制裁の一部を緩和し、その間に北朝鮮の行動を見極めるという案」も出ていると伝えている[3]。

 こうしたトランプ政権の柔軟姿勢に対して、北朝鮮の非核化が置き去りになるのではないかと危惧する声も出ている。例えば日本では、NHKの主要ニュース番組のキャスターが「(トランプが)大統領選挙を前に、小さな成果、スモールディールで妥協してしまうんじゃないか」と懸念を示した[4]。

 しかしハノイ会談以降膠着している状況を打開するには、ビーガンが述べているように、「柔軟なアプローチが必要だ」[5]。金正恩も412日の施政方針演説で「双方が一方的な要求条件を取り下げ、各自の利害に合致した」解決策を見出すことを訴えた[6]。米国側の実務責任者であるビーガンがそのことを理解し、少なくとも公式にシンガポールでの合意(新しい米朝関係の構築、朝鮮半島の永続的かつ安定的な平和体制の構築、朝鮮半島の完全な非核化、米兵の遺骨回収と返還)を「同時的・並行的」に進める用意が米国側にあると述べて柔軟姿勢を示していることは、それとして評価できる。問題は、北朝鮮が相互的・段階的な履行を求めていることから、今後の交渉で具体的で双方が受け入れ可能な妥協点を見出すことができるかどうかだ。

 その上で重要なことは、北朝鮮が抱いている米国の脅威を如何に取り除くかということだろう。その重要性は、北朝鮮への不可侵や米朝の関係改善など北朝鮮の安全の保証(単なる「体制保証」ではない)を意図した約束が、シンガポール合意だけではなく、米朝枠組み合意(1994年)や6か国協議での共同声明(2005年)など、朝鮮半島の核に関する主要合意に含まれていることからも明らかだ。朝鮮戦争が終結しておらず米朝間の信頼関係もないなかで、米国の侵略に対する抑止力として核兵器を開発してきた北朝鮮が、脅威の除去より先に核を放棄することは、常識的に考えてあり得ない。米国の北朝鮮に対する「敵視政策」が北朝鮮側の非核化に向けた行動を妨げる最大の要因になっているのであり、朝鮮半島の非核化の問題は米国が敵視政策を止めるか否かという問題に大部分は帰結できる。

 その点を踏まえた上で、ハノイ会談で事前に用意されていながら署名には至らなかった「幻のハノイ合意」を出発点に、今後の交渉のポイントを整理してみたい。

 監視報告No.7では、この「幻のハノイ合意」に注目し、今後の交渉過程で妥結を目指すべきと考えられる以下の6つの中間的措置を提案した[7]。

①戦争終結宣言あるいは平和宣言
②平壌への米連絡事務所の設置
③不安要因となりうる今後の米韓合同演習の規模や性格に関する暫定的な合意
④経済制裁の緩和についての北朝鮮の5件の要求よりも低いレベルの緩和措置
⑤南北の経済協力に付随して必要な範囲に限定した制裁緩和
⑥平和利用の担保を条件にした北朝鮮の宇宙や原子力開発に関する制限の緩和と核・ミサイル施設の公開の拡大

①の戦争終結宣言については、今回の首脳会談でトランプと金正恩が軍事境界線上で握手を交わしたことで象徴的に示されたように、朝鮮半島が未だに戦争状態にあるということは、極めて不合理なことだ。北朝鮮と韓国は昨年9月の平壌宣言の付属文書として署名した「軍事分野合意書」で既に事実上の終戦宣言をしており、朝鮮半島に住む人々は戦争を望んでいない。敵同士である米国の大統領と北朝鮮の指導者が軍事境界線上で握手を交わした今、もはや戦争を続ける理由は見当たらない。在韓米軍を撤退させたくないと考えている一部の人間が終戦宣言を拒んでいるようだが、最近の書面インタビューで韓国の文在寅大統領が明言しているように、金正恩は「(朝鮮半島の)非核化を米韓同盟や在韓米軍撤退と関係づけたことは一度もない」[8]ことから、在韓米軍の問題は朝鮮戦争終結のための障害にはならない。

 ②の平壌への米連絡事務所の設置は、朝鮮戦争が終結したなら、比較的容易に実現できるだろう。現にビーガンが上記のオフレコの会話で言及している[9]。平壌に米国の施設や財産が存在することは、今後米国が北朝鮮を侵略しないという一つの保証になる。

 ③の米韓合同演習などに関する暫定的な軍事的合意について言えば、米韓と北朝鮮の間の相互信頼が不十分な現段階においては、先ず、いずれかの軍事演習や兵器開発が相手に不信を抱かせ、交渉全体の妨げになるような事態を避けるために、このような合意が必要である。また偶発的な衝突を防ぐためにも、南北間だけではなく米軍も含めた何らかの軍事的な合意が必要だ。

 ④の経済制裁の緩和については、ハノイ会談で北朝鮮側が部分的な制裁緩和として要求した国連制裁決議の民生関連の制裁緩和について、米国側は「事実上の全面緩和」と受け取っていることから、双方にとって受け入れ可能な中間点を探る必要があるだろう。まずは⑤のように、南北の経済協力に関する限定的な制裁緩和などが考えられる。韓国は南北間の経済協力を実行できることを心待ちにしているが、経済制裁が障害となって実現できておらず、そのことが原因で南北関係に悪影響を及ぼしている。南北間の経済協力に関する制裁解除は速やかに行われるべきだろう。監視報告で繰り返し指摘した通り(監視報告No.8No.9)、国連安保理の制裁決議にはほとんどの場合、北朝鮮の決議の遵守状況に応じて制裁を強化・修正・解除する用意があることを述べた条項が明記されている。制裁が朝鮮半島の非核化の妨げにならぬよう、国際社会にはそうした条項に従って制裁見直しの議論を行う必要があることを、再度指摘しておく。とりわけ、制裁が国連の援助活動などにも影響を与え、一般の朝鮮人に甚大な影響が出ている事実を国際社会は深刻に受け止めなければならない[10]。

 ⑥の北朝鮮による宇宙や原子力の平和的利用については、国際原子力機関(IAEA)や核拡散防止条約(NPT)などに復帰して必要な国際的査察の下に置かれたとき、当然の結果として北朝鮮にも宇宙や原子力の平和利用の権利が早期に認められなければならない。

 朝鮮半島の非核化に向けた中間的な措置は他にも考えられるだろう。いずれにしても、再開される実務者協議では具体的で実現可能な措置で合意を重ね、ひとつひとつ着実に実行することで、北朝鮮が主張する米国の脅威を取り除き、米朝間の信頼関係を構築して、北朝鮮が非核化できる環境を整えることが重要だ。

 このような段階的な非核化は、朝鮮半島の完全な非核化と矛盾しない。段階的な非核化は完全な非核化へ向けた第一歩なのであって、北朝鮮の核保有を容認することではない。ビーガンが非公表を条件に語った前述の「凍結」の案も、米国務省のモーガン・オルタガス報道官が後に記者会見で語ったように、非核化の「プロセスの始まり」に過ぎない[11]。

トランプ大統領が歴代の大統領と違うことを示すためには、敵視政策を止めて北朝鮮の安全を保証し、朝鮮半島の完全な非核化に道筋をつける必要がある。そのためには、政権内の強硬派やスモールディールを「妥協」と捉える世論があるが、トランプはこれらに打ち勝つ必要がある。道理に基づいた世論を形成して、トランプが作り出している機会を持続させ、生かすことが市民社会の活動として求められている。(前川大、梅林宏道)

1 「U.S. ready for talks with N.K. to make 'simultaneous and parallel' progress: nuke envoy」(聯合ニュース、2019628日)(英文)
2 「Scoop: Trump's negotiator signals flexibility in North Korea talks」(AXIOS201973日)(英文)
3 NHKワシントン支局長・油井秀樹、ニュースウオッチ92019628
4 キャスター・有馬嘉男、ニュースウオッチ9201971
5 「‘Door is Wide Open’ for Negotiations with North Korea, US Envoy Says」(Atlantic Council2019619日)
6 「朝鮮中央通信」、2019414日。
http://kcna.kp/kcna.user.home.retrieveHomeInfoList.kcmsf「最高指導者の活動」から、日付で施政演説を探すことができる。
8 文在寅の聯合ニュースなどとの書面インタビュー。2019626日発表。
9 注2と同じ。記者との非公開の会話の中で、ビーガンは北朝鮮の大量破壊兵器開発計画の凍結の見返りとして、お互いの首都に連絡事務所を設置することも提案している。
10 例えば、国連世界食糧計画「Democratic Peoples Republic Of Korea (DPRK) - FAO/WFP Joint Rapid Food Security Assessment」(20195月)、14p
11 米国務省「国務省プレス・ブリーフィング」(201979日)

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