2019/04/24

監視報告 No.9

監視報告 No.9  2019年4月23日

§ 日本の政策:強い制裁維持と信頼醸成は矛盾する

金正恩委員長の施政演説
412日、金正恩朝鮮労働党委員長が、朝鮮最高人民会議第14期第1回会議で施政演説[1]を行った。「国の全ての力を経済建設に集中」することを中心とする施政方針を述べたが、その中で、南北関係、米朝関係についても重要なメッセージを発した。

南北関係については、「全民族は歴史的な板門店宣言と9月平壌共同宣言が忠実に履行されて朝鮮半島の平和的雰囲気が持続し、北南関係が絶えず改善されていくことを切に願っている」と述べた。米朝関係については「612朝米共同声明は、世紀を継いで敵対関係にあった朝米両国が新しい関係の歴史をつづっていくことを世界に告げた歴史的な宣言である」と改めて米朝首脳共同声明を評価した。一方で、ハノイ会談時の米国の交渉方針を厳しく批判し、「ハノイ朝米首脳会談のような首脳会談が再現されるのはうれしいことではなく、それを行う意欲もありません」、「制裁緩和の問題のためにのどが渇いてアメリカとの首脳会談に執着する必要はない」と述べた。その上で「今年の末までは忍耐強く(われわれと共有できる方法論を見出す)アメリカの勇断を待つつもり」であると、当面の方針を明らかにした。

315日の会見において、(チェ)(ヨン)()外務次官が近いうちに金正恩が方針を明らかにすると述べていたが[2]、これがその方針であろう。方針を要約すれば、「DPRKは制裁緩和を求めることに執着せず、自力更生で経済を支えつつ、米朝および南北の首脳合意を基本として交渉を続ける」との姿勢を示したことになる。

情勢に鈍感な日本外交
 金正恩の施政方針は、結論的には、冷静な方針に落ち着いているとはいえ、北朝鮮が制裁継続を「敵視政策」として厳しく捉えていることは明らかである。同じ施政演説において、金委員長は、経済制裁は北朝鮮を「先武装解除、後体制転覆」する手段であるとの厳しい分析を述べている。にもかかわらず、あるいは、だからこそ、金委員長は制裁解除を懇願するのではなく、別の手段で経済発展を達成しようと国民に呼びかけた。

 このように制裁問題は、その扱いを誤ると、今後の朝鮮半島の非核化と平和に関する交渉に決定的な悪影響を生む可能性をはらんでいる。にもかかわらず、日本の政治におけるこの問題に関する関心のあり方は、旧態依然たる状態が続いている。

国会審議を見ると、まず、北朝鮮の非核化・平和に関する関心が低いことが指摘できる。

進行中の第198通常国会における衆議院外務委員会は201936日に始まったが、本報告の発行日(423日)まで8回開催され、議員と政府間の質疑応答が19時間23分行われた。しかし、この中で、朝鮮半島問題を取り上げたのは、外務委員30人(与党自民党18人+公明党2人、野党10人)中7人に過ぎず、質疑応答に費やされたのは1時間41分に過ぎなかった。全体の質疑応答時間の8.7%に当たる。

 しかも、国会議員も外務省も、北朝鮮に対する国連安保理決議による経済制裁に関する認識は、概ね「強い制裁の維持」という点において一致していた。実際には、政府の朝鮮半島政策について議論を深める入り口がこの制裁問題にあったが、この入り口を活かす議論がこれまでのところ現れていない。

38日、シンガポール共同声明を基礎とした米朝交渉に関して行われた(コク)()(ケイ)()議員(共産党)と河野外務大臣との質疑応答は、その意味で核心を突いたものであり、今後の議論の材料となる政府答弁を引き出している。

穀田議員 「…大臣の所信表明でもありましたように、米朝プロセスを後押しする立場を表明されているけれども、米朝両国が非核化と平和体制構築に向けたプロセスを前進させる上で何が重要だと認識されているか…」

河野大臣 「2つあると思っておりまして、1つは、やはり国際社会がこれまでのようにきちんと一致して安保理決議を履行していくということ、それからもう1つは、米朝間でお互いに信頼関係をしっかりと醸成していくということなんだろうと思います。特に、北朝鮮に核、ミサイルの放棄を求めているわけですから、その後の体制の安全の保証というのがしっかりと得られるという確信が北朝鮮側になければなかなかCVIDにはつながらないということから、米朝間の信頼醸成が大事であります…」[3

 この河野大臣の答弁における「安保理決議を履行」という言葉の意味は、これまでと同様に、厳しく制裁を継続するというニュアンスのものである。それは、1か月余り後の419日、日米安全保障協議委員会(いわゆる「2+2」会議)がワシントンで開かれた際の記者会見での河野発言によっても窺い知ることができる。このとき、河野大臣は「北朝鮮が,全ての大量破壊兵器及び全ての射程の弾道ミサイルのCVIDを行うまで、安保理決議を履行する必要がある」と述べ、さらに「瀬取りの問題に対処する必要があり、瀬取り阻止のために他のパートナー国と協力する必要がある」[4]と記者に説明をした。

 つまり、河野大臣の答弁は米朝プロセスの推進のために、「安保理決議の厳密な履行」と「北朝鮮との信頼の醸成」の2つが必要だと述べた。信頼醸成の重要性に関する指摘は正しい指摘だ。

 しかし、この2つは両立するのだろうか?この問いこそが、日本における北朝鮮問題についての外交議論を深める手がかりとなる問題である。国会議論はこれまでのところ、この点に至っていない。


 安保理決議による強力な制裁が北朝鮮を対話の場に連れ出したという議論には賛否両論があるだろう。しかし、その後、情勢は動いた。現在は制裁の直接の引き金となった核実験やミサイル発射実験が中止されて17か月が経過し、対話が始まって約1年が経過している。前述したように、北朝鮮は、制裁緩和を今も拒否する勢力の姿勢は、北朝鮮に対する敵視政策の表れであると考えている。現状において「安保理決議の厳密な履行」を言い続けることは、「信頼の醸成」とは真逆のメッセージを出すことになる。

 本プロジェクトを主催するピースデポは、4月10日、日本外務省を訪れ、外務大臣への要請書をもって朝鮮半島問題を担当するアジア大洋州局ナンバー2である石川浩司(ヒロシ)審議官と面談する機会をもった。要請の第1項目は「北朝鮮の核・ミサイル開発に対する経済制裁の強化・維持を止め、段階的緩和のメリットを検討し、その必要性を訴えてください」であった。[注5]ここで「訴えて下さい」と要請した訴える先は、国連安保理をはじめとする国際社会を念頭においたものである。監視報告8で指摘されているように、安保理の制裁決議が「安保理は、DPRKの遵守状況に照らして、必要に応じて(制裁)措置を強化したり、修正したり、留保したり、解除する準備がある」[注6]と繰り返し述べていることを指摘して、ピースデポは政府の行動を促した。要請の内容は現在の政府方針と正反対のものであり、面談の中では議論に進展はなかった。ピースデポは国会議員への働きかけを強めている。(湯浅一郎、梅林宏道)



1 「朝鮮中央通信」、2019414日。
http://kcna.kp/kcna.user.home.retrieveHomeInfoList.kcmsf「最高指導者の活動」から、日付で施政演説を探すことができる。
2  韓国インターネット・メディアNEWSISの記事(韓国語)、2019325日。
 崔善姫発言は「在日本朝鮮人総聯合会中央本部」国際・統一局通信No.7662019326日)に日本語訳されている。
3 衆議院外務委員会議事録、201938
4 「米・日2+2閣僚会議の共同記者会見におけるパトリック・シャナハン米国防長官代行、河野太郎日本外務大臣、岩屋毅日本防衛大臣と同席したポンペオ国務長官の発言」、米国務省、2019419日。
5 ピースデポ「朝鮮半島の非核化とNPT再検討会議:日本の核抑止依存政策の根本的再検討を求める要請書」(2019410日)。
6 例えば安保理決議S/RES/2397(2017)主文28

2019/04/19

監視プロジェクトのチラシができました。

監視プロジェクトのチラシが出来ましたのでご紹介します。
裏面の「バックナンバー」は今後、更新されていきます。

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2019/04/01

監視報告 No.8

監視報告 No.8  2019年4月1日

§ 米の強硬路線への回帰は誤りであり、経済制裁の段階的緩和を追求する方向へ方針転換すべきである。

 227-28日にハノイで開催された2回目の米朝首脳会談が不調に終わって以来、朝鮮半島をめぐる情勢に悪化の兆しが見えている。

 米国の外交方針において、強硬路線の復活がみられる。会談から一週間後の37日に米国務省で開かれた特別ブリーフィングにおいて、国務省高官は次のように段階的非核化を否定する方針を明確にした。[1

記者の質問:北朝鮮交渉に関するトランプ大統領の顧問団にはいろいろなメンバーがいますが、大統領がハノイで最終的にとったオール・オア・ナッシング戦略に全員が同意していたと自信をもって言えますか?というのは、サミットに至る数週間の間に顧問団の中の他の人たちが主張していたようなステップ・バイ・ステップのアプローチをとらないという大統領の決定について、ボルトン氏がもっとも大きな影響力を持ったのではないかと、私には思えるからです。
国務省高官:政権内にはステップ・バイ・ステップのアプローチを主張する者は一人もいません。どの場合にも、目指すものは、他の全てのステップがとられるための条件としての北朝鮮の完全な非核化です。長期間にわたる段階的なアプローチをとるというのは過去の交渉の大きな特徴でした。正直言って、これまでの場合、それは双方が少なくとも表面上約束した結果を生むのに失敗してきました。1994年枠組み条約の交渉も6か国協議もそうでしょう。したがって我々は別のやり方をしようとしています。大統領は、もし北朝鮮がすべての大量破壊兵器と運搬手段を放棄するなら、北朝鮮をこの方向にもってゆくよう個人的に力を注ぐことを金委員長に十分に明確にしてきました。

 このようにして、トランプ政権が一致して段階的アプローチはとらないという方針が明確にされた。しかも、その理由として過去の交渉の失敗は段階的アプローチをとったせいであるという、根拠のない理由を掲げた。この方針は、監視報告5で紹介したスチーブン・ビーガン米北朝鮮問題特別代表のスタンフォードにおける演説の論調と異なる。

 しかし、ビーガン自身、311日、カーネギー国際平和財団主催の核政策会議に登場して、この国務省高官の発言を再確認した。ビーガンとの対話のファシリテーターであったニューヨークタイムズのヘレン・クーパー国防総省特派員が、ビーガン自身のスタンフォードにおける発言と、上記の国務長官の発言の両方を対比しながら引用して、「どちらなのですか?」と質問した。ビーガンは「私には、(2つの発言の間の)意味の違いが分からない」と応えつつ、次のように結論した。[2

「我々は、非核化を段階的に進めるつもりはない。大統領はこのことをはっきりしてきたし、これは米国政府の一致した立場だ。…我々の立場は、北朝鮮の大量破壊兵器計画の全体に対して北朝鮮に課せられている経済的な圧力を、すべて解除するだろうというものだ。」
「トランプ政権は、大統領から部下に至るまで、これらの制裁を北朝鮮が非核化プロセスを完了するまで解除しないということを明確にしてきた。」

 この日のビーガンの説明によると、現在のトランプ政権の対北朝鮮外交方針は次のように要約できる。シンガポール首脳会談で米朝は4つの合意をした。(1)新しい米朝関係の構築、(2)永続的、安定的な平和体制の構築、(3)朝鮮半島の完全な非核化、(4)遺骨回収の努力、の4つである。これらは相互にリンクしているので、同時並行的に進める用意がある。しかし、非核化がすべての基礎になる。非核化を一気に行えば他のことも一気に進むことを北朝鮮に説得している。「部分的な非核化に対して、経済制裁の一部解除の可能性はあるのか」という質問があったが、それにはビーガンの明確な回答はなかった。完全に否定した訳でもなかった。

 330日にロイター通信は、トランプ大統領が金正恩委員長に手渡したという、米国の非核化要求の内容を書いた一枚の紙を入手し、独占記事を書いた。[3]そこには北朝鮮の核兵器の核物質のすべて米国に引き渡すなどの要求が書かれていたという。それは、ボルトン米大統領特別補佐官(国家安全保障担当)が主張していたいわゆるリビア方式と呼ばれたものを想起させる内容である。考えにくいが、トランプ政権が一気に進めたいとする非核化の内容がこのようなものであったことも否定できない。

 いずれにしても、「段階的でない非核化」方針は現実性のない空想に近い。米国と北朝鮮の間に容易には拭えない相互不信の長い歴史がある。そんな中で、北朝鮮が米国への唯一の戦争抑止力と考えて保有した核兵器を一気に放棄させることは、不可能であろう。このような方針にトランプ政権がこだわっているとすると、米朝交渉は歴史的な機会を失ってしまう危険がある。

 315日、平壌においてDPRK(チェ)(ソン)()外務次官が駐在外交官や海外記者を集めて会見を行った。このような危険に対する警告を発するための会見であった。AP通信、タス通信が外国記者として出席していたことが確認されている。325日には、韓国のインターネットメディアNEWSISが、崔次官のその時の冒頭発言のテキスト全文を入手し公表した。AP通信の記事[4]から伝わるよりも、NEWSISのテキスト全文[5]から伝わるものの方が、より冷静であり、その分だけ今後の交渉に余地があることを感じさせる。

 崔次官の冒頭発言でもっとも重要な部分は次の一節であろう。

「(ハノイの)会談でわれわれが現実的な提案を提示したところ、トランプ大統領は合意文に『制裁を解除しても、DPRKが核活動を再開する場合には再び制裁が課せられる』という内容を含めるならば、合意が可能かも知れないという、伸縮性ある立場を取りましたが、米国務長官のポンペオやホワイトハウス国家安保補佐官のボルトンは既存の敵対感と不信の感情で、両首脳間の建設的な交渉努力に障害がもたらし、結局、今回の首脳会談では意味ある結果が出ませんでした。」

 これによると、トランプ大統領は制裁の部分的解除に柔軟な姿勢を示したが、ポンペオ国務長官とボルトン特別補佐官が反対した、ということになる。

 本監視報告において「米朝交渉において段階的制裁緩和」が鍵となることを繰り返して強調してきた。そのことが現実になってきた。北朝鮮は、そもそも安保理決議による北朝鮮制裁は不当であり、これを認めない立場をとってきた。これについては、さまざまな賛否の意見があるであろう。しかし、崔発言の中には「われわれがこの15か月間、核実験と大陸間弾道ミサイルの試験発射を中止している状況のもとで、このような制裁が残り続ける何の名分もありません。それについては国連安保理が一層明確に答えることができると思います」という発言がある。この部分は、ほとんどの人々の市民感覚からして違和感のない主張であろう。強い制裁が北朝鮮を対話に導いたとする主張に一理がありうるにしても、北朝鮮がすでに対話を始めており、対話を継続する意思がある現段階において、強い制裁の維持にどのような合理性があるだろうか。今は、制裁が対話の継続を壊そうとしているのである。

 国連安保理が北朝鮮に加えてきた制裁決議の中には、ほとんど共通して次の文言がある。

「安保理は、DPRKの行動を連続した再検討の下に置き続け、DPRKの遵守状況に照らして、必要に応じて(制裁)措置を強化したり、修正したり、留保したり、解除する準備がある。」(例えば、最新の制裁決議S/RES/23972017)においては主文28節[6]。その前の制裁決議S/RES/23952017)においては主文327

 つまり、安保理の制裁決議は、北朝鮮の遵守状況に応じて制裁を強化したり緩和したりすることを前提として決議されている。だからこそ、これまで安保理は北朝鮮の核実験やミサイル発射のたびに段階的に制裁を強化してきた。同じように、現在の状況において、段階的に制裁緩和を議論するのが安保理の当然の務めである。

 市民社会が声をあげて、米国のみならず自国政府や国連安保理に行動を促すべきであろう。(梅林宏道、平井夏苗)

1 北朝鮮に関する米国務省高官の特別ブリーフィング(201937日)
2 「米特別代表スチーブ・ビーガンとの会話」(カーネギー国際平和財団・2019年核政策国際会議、2019311日)
3 「独占記事:一枚の紙でトランプは金に核兵器を差し出せと要求」、ロイター通信、2019330
4 エリック・マルマッジ「北朝鮮公職:金は米国との対話と発射モラトリアムを再考している」(AP通信。2019316日)
5 NEWSISの記事(韓国語)。2019325
 崔善姫冒頭発言の全文は「在日本朝鮮人総聯合会中央本部」国際・統一局通信No.7662019326日)に日本語訳されている。
7  https://undocs.org/S/RES/2375(2017)

監視報告 No.37

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