§ 日本の政策:強い制裁維持と信頼醸成は矛盾する
金正恩委員長の施政演説
4月12日、金正恩朝鮮労働党委員長が、朝鮮最高人民会議第14期第1回会議で施政演説[注1]を行った。「国の全ての力を経済建設に集中」することを中心とする施政方針を述べたが、その中で、南北関係、米朝関係についても重要なメッセージを発した。
南北関係については、「全民族は歴史的な板門店宣言と9月平壌共同宣言が忠実に履行されて朝鮮半島の平和的雰囲気が持続し、北南関係が絶えず改善されていくことを切に願っている」と述べた。米朝関係については「6・12朝米共同声明は、世紀を継いで敵対関係にあった朝米両国が新しい関係の歴史をつづっていくことを世界に告げた歴史的な宣言である」と改めて米朝首脳共同声明を評価した。一方で、ハノイ会談時の米国の交渉方針を厳しく批判し、「ハノイ朝米首脳会談のような首脳会談が再現されるのはうれしいことではなく、それを行う意欲もありません」、「制裁緩和の問題のためにのどが渇いてアメリカとの首脳会談に執着する必要はない」と述べた。その上で「今年の末までは忍耐強く(われわれと共有できる方法論を見出す)アメリカの勇断を待つつもり」であると、当面の方針を明らかにした。
3月15日の会見において、崔善姫外務次官が近いうちに金正恩が方針を明らかにすると述べていたが[注2]、これがその方針であろう。方針を要約すれば、「DPRKは制裁緩和を求めることに執着せず、自力更生で経済を支えつつ、米朝および南北の首脳合意を基本として交渉を続ける」との姿勢を示したことになる。
情勢に鈍感な日本外交
金正恩の施政方針は、結論的には、冷静な方針に落ち着いているとはいえ、北朝鮮が制裁継続を「敵視政策」として厳しく捉えていることは明らかである。同じ施政演説において、金委員長は、経済制裁は北朝鮮を「先武装解除、後体制転覆」する手段であるとの厳しい分析を述べている。にもかかわらず、あるいは、だからこそ、金委員長は制裁解除を懇願するのではなく、別の手段で経済発展を達成しようと国民に呼びかけた。
このように制裁問題は、その扱いを誤ると、今後の朝鮮半島の非核化と平和に関する交渉に決定的な悪影響を生む可能性をはらんでいる。にもかかわらず、日本の政治におけるこの問題に関する関心のあり方は、旧態依然たる状態が続いている。
国会審議を見ると、まず、北朝鮮の非核化・平和に関する関心が低いことが指摘できる。
進行中の第198通常国会における衆議院外務委員会は2019年3月6日に始まったが、本報告の発行日(4月23日)まで8回開催され、議員と政府間の質疑応答が19時間23分行われた。しかし、この中で、朝鮮半島問題を取り上げたのは、外務委員30人(与党自民党18人+公明党2人、野党10人)中7人に過ぎず、質疑応答に費やされたのは1時間41分に過ぎなかった。全体の質疑応答時間の8.7%に当たる。
しかも、国会議員も外務省も、北朝鮮に対する国連安保理決議による経済制裁に関する認識は、概ね「強い制裁の維持」という点において一致していた。実際には、政府の朝鮮半島政策について議論を深める入り口がこの制裁問題にあったが、この入り口を活かす議論がこれまでのところ現れていない。
3月8日、シンガポール共同声明を基礎とした米朝交渉に関して行われた穀田恵二)議員(共産党)と河野外務大臣との質疑応答は、その意味で核心を突いたものであり、今後の議論の材料となる政府答弁を引き出している。
穀田議員 「…大臣の所信表明でもありましたように、米朝プロセスを後押しする立場を表明されているけれども、米朝両国が非核化と平和体制構築に向けたプロセスを前進させる上で何が重要だと認識されているか…」
河野大臣 「2つあると思っておりまして、1つは、やはり国際社会がこれまでのようにきちんと一致して安保理決議を履行していくということ、それからもう1つは、米朝間でお互いに信頼関係をしっかりと醸成していくということなんだろうと思います。特に、北朝鮮に核、ミサイルの放棄を求めているわけですから、その後の体制の安全の保証というのがしっかりと得られるという確信が北朝鮮側になければなかなかCVIDにはつながらないということから、米朝間の信頼醸成が大事であります…」[注3]
この河野大臣の答弁における「安保理決議を履行」という言葉の意味は、これまでと同様に、厳しく制裁を継続するというニュアンスのものである。それは、1か月余り後の4月19日、日米安全保障協議委員会(いわゆる「2+2」会議)がワシントンで開かれた際の記者会見での河野発言によっても窺い知ることができる。このとき、河野大臣は「北朝鮮が,全ての大量破壊兵器及び全ての射程の弾道ミサイルのCVIDを行うまで、安保理決議を履行する必要がある」と述べ、さらに「瀬取りの問題に対処する必要があり、瀬取り阻止のために他のパートナー国と協力する必要がある」[注4]と記者に説明をした。
つまり、河野大臣の答弁は米朝プロセスの推進のために、「安保理決議の厳密な履行」と「北朝鮮との信頼の醸成」の2つが必要だと述べた。信頼醸成の重要性に関する指摘は正しい指摘だ。
しかし、この2つは両立するのだろうか?この問いこそが、日本における北朝鮮問題についての外交議論を深める手がかりとなる問題である。国会議論はこれまでのところ、この点に至っていない。
安保理決議による強力な制裁が北朝鮮を対話の場に連れ出したという議論には賛否両論があるだろう。しかし、その後、情勢は動いた。現在は制裁の直接の引き金となった核実験やミサイル発射実験が中止されて17か月が経過し、対話が始まって約1年が経過している。前述したように、北朝鮮は、制裁緩和を今も拒否する勢力の姿勢は、北朝鮮に対する敵視政策の表れであると考えている。現状において「安保理決議の厳密な履行」を言い続けることは、「信頼の醸成」とは真逆のメッセージを出すことになる。
本プロジェクトを主催するピースデポは、4月10日、日本外務省を訪れ、外務大臣への要請書をもって朝鮮半島問題を担当するアジア大洋州局ナンバー2である石川浩司(ヒロシ)審議官と面談する機会をもった。要請の第1項目は「北朝鮮の核・ミサイル開発に対する経済制裁の強化・維持を止め、段階的緩和のメリットを検討し、その必要性を訴えてください」であった。[注5]ここで「訴えて下さい」と要請した訴える先は、国連安保理をはじめとする国際社会を念頭においたものである。監視報告8で指摘されているように、安保理の制裁決議が「安保理は、DPRKの遵守状況に照らして、必要に応じて(制裁)措置を強化したり、修正したり、留保したり、解除する準備がある」[注6]と繰り返し述べていることを指摘して、ピースデポは政府の行動を促した。要請の内容は現在の政府方針と正反対のものであり、面談の中では議論に進展はなかった。ピースデポは国会議員への働きかけを強めている。(湯浅一郎、梅林宏道)
注1 「朝鮮中央通信」、2019年4月14日。
http://kcna.kp/kcna.user.home.retrieveHomeInfoList.kcmsf「最高指導者の活動」から、日付で施政演説を探すことができる。
注2 韓国インターネット・メディアNEWSISの記事(韓国語)、2019年3月25日。
崔善姫発言は「在日本朝鮮人総聯合会中央本部」国際・統一局通信No.766(2019年3月26日)に日本語訳されている。
注3 衆議院外務委員会議事録、2019年3月8日
注4 「米・日2+2閣僚会議の共同記者会見におけるパトリック・シャナハン米国防長官代行、河野太郎日本外務大臣、岩屋毅日本防衛大臣と同席したポンペオ国務長官の発言」、米国務省、2019年4月19日。
注5 ピースデポ「朝鮮半島の非核化とNPT再検討会議:日本の核抑止依存政策の根本的再検討を求める要請書」(2019年4月10日)。
注6 例えば安保理決議S/RES/2397(2017)主文28節