2022/12/26

監視報告 No.36

 監視報告 No.36  2022年12月26日


§米韓合同軍事演習の中止表明が緊張緩和への第一歩となる
 
 朝鮮半島の緊張緩和が求められている。
 米韓合同演習は在日米軍・自衛隊を巻き込んでエスカレートし、朝鮮人民民主主義共和国(DPRK、北朝鮮)は核戦力政策法を制定し、記録的なミサイル発射を繰り返している。国際社会の傍観は許されない。朝鮮半島情勢の改善に向けた方策について、具体的な知恵を絞る必要がある。

2022年8月下旬以降、朝鮮半島情勢は緊迫の度を高めた。米韓両軍は822日から91日にかけて大規模な合同軍事演習「ウルチ・フリーダム・シールド」を実施した。同演習では、指揮所演習に加え、北朝鮮に攻め込むことを想定した演習を含む大規模な野外機動演習が4年ぶりに行われた。その背景には20225月に対北朝鮮強硬派の尹錫悦が韓国大統領に就任したことがある。
 一方で、北朝鮮では、98日、先制核攻撃を容認する「核戦力政策に関する法令」が公布された[1]。それに対し、米韓両国は外務・国防次官級による「拡大抑止戦略協議体」会合(916日)を開催。北朝鮮による同法令制定に「深刻な懸念」を表明するとともに、北朝鮮の核攻撃には「圧倒的かつ断固とした対応」をとるとした。その一週間後(923日)、日本の横須賀を母港とする米原子力空母ロナルド・レーガンが釜山に寄港し、約5年ぶりに米韓海軍合同演習(926日~29日)に参加した。北朝鮮は、おそらく同演習に対抗して、戦術核運用部隊の発射訓練(925日~109日)を実施した。その後も北朝鮮と日米韓、とりわけ、米韓との間で言葉の応酬と軍事的応酬が続いている[2]
 また、1113日には日米韓首脳がプノンペンで5年ぶりとなる共同声明を発した[3]。それが示すように、日韓2国間の軍事協力に対する歴史的な障壁は尹政権のもとで崩れつつあり、この地域における3か国の軍事協力が顕在化していることも、見逃してはならない新しい傾向である。日本の関与の深まりに対して北朝鮮は警戒を強めている[4]
 こうした軍事的緊張が続けば、誤認や誤算による武力衝突が起こりかねない。核兵器使用へのエスカレーションも排除できない。そうした危険を防ぐために、いま何が必要なのであろうか。

 北朝鮮の「核戦力政策に関する法令」
 まず、202298日にDPRK最高人民会議が採択し、同日に公布された「核戦力政策に関する法令」(「核戦力政策法」あるいは「新法」)の危険性を具体的にみておこう。
 この法律は、201341日に公布された「自衛のための核兵器国地位確立法」(以下、旧法)にとって代わるものである[5]。旧法は、核兵器を米国の敵視政策と核の脅威に対する「防衛手段」(第1項)と明記し、侵略の抑止と攻撃の撃退に使用する(第2項、第4項)と述べるに留まっており、核兵器を実際に使用する条件を法制化する段階には至っていなかった。それに対して新法は、核兵器の基本的使命を戦争の抑止と抑止が破れたときの撃退であるとする点は変わっていないものの、核兵器を実際に使用するに至る判断に関する原則や具体的条件を定めている。その部分に多くのリスクが存在する。
 まず、核兵器に対する核兵器の使用に関する基本原則については、修辞的な違いを削いでしまえば、米国などの使用原則と本質的には違わない。核兵器国(米国が念頭にある)が、通常兵器であっても北朝鮮に対して重大な侵略と攻撃を行った場合、「最後の手段」として核兵器を使用する。また、核兵器国(米国)と結託した非核国(韓国や日本)の攻撃も核兵器使用の対象となることが述べられている。いわゆる、核兵器の先行使用についての躊躇は見受けられない。
 次に新法第6項は核兵器の使用条件を列挙している。これを読むと、北朝鮮は核兵器の「先行使用」のみならず、核兵器によって戦局を決定的に変えようとする「先制使用」[6]を許容していることがわかる。「戦争の拡大や長期化を防ぎ、戦争の主導権を掌握するための作戦上」の使用(第64)という考え方がそれである。
 また、新法においては、使用条件に基づいて核兵器の使用を決定するプロセスにおいても重大なリスクを孕んでいる。新法の第62は、「国家指導部と国家核戦力指揮機構に対する核および非核攻撃が強行されたり差し迫ったと判断される場合」には核兵器を使用することができるとしているが、指揮統制システムが「危機に瀕する場合、事前に決まった作戦方案にしたがって…核打撃が自動的に、即時に断行される」(新法、第33)と定めている。すなわち、金正恩自身あるいは彼が使用する指揮統制システムに危害がおよび、最高権力者の指揮統制が不能になったときには、事前に定められた核攻撃計画が自動的に即時に実行されるというのである。この危機事態の到来を発射実行部隊の司令官はどのように知るのか、後述するように多数の核ミサイル部隊が存在すると考えられる中で、上級司令官から末端司令官への命令伝達チェーンの合理的な自動化とは何か、またどのように可能か、それが戦時に正しく働くことがいかに保証されるか、などの疑問が生じる。このような疑問に応えるための情報はまだない。しかし、一人に絶対的な権力が集中した北朝鮮のような国家における戦略的のみならず戦術的核兵器発射の指揮統制には、このような避けがたいリスクが伴うであろうことは十分に予想される。
 「核戦力政策法」が公布されてから約2週間後に行われた北朝鮮の核兵器部隊の実戦訓練は、このようなリスクの存在を裏書きするものであった。

 戦術核部隊の実戦的発射訓練
 20221010日の朝鮮中央通信(KCNA[7]によると、朝鮮労働党中央軍事委員会(委員長:金正恩)は925日から109日にかけて、「戦術核作戦部隊の発射訓練」を行った。KCNAはその期間に行った7回の戦術核ミサイル発射の訓練目的や内容を説明した。因みにKCNA報道と発射の度に出された韓国軍などの情報を重ねると、この間に発射した核弾頭搭載可能な弾道ミサイルは12発であり、飛行距離300360kmの近接距離弾道ミサイル[8]9発、600km800kmの短距離弾道ミサイル[9]が各1発、4600kmの中距離弾道ミサイル[10](日本列島越え)1発であった。
 KCNAは、戦術核作戦部隊の発射訓練は「戦争抑止力と核反撃能力を点検し、それをもって敵への厳しい警告とするため」であり、「さまざまなレベルで実際の戦争のシミュレーションのもとで」行ったと述べている[11]。しかし、記事を読むと、すべての発射訓練がすでに作戦配備されている核兵器を扱う部隊の訓練とは言い難い。例えば、驚きをもって受け止められた貯水池からの水中発射については「貯水池下の計画されているサイロ建設の方向性が確認された」[12]と説明されていることから推察すると、実戦的フィージビリティ・テストの性格をもつ発射であったと考えられる。また104日の日本列島越えの「新型中距離弾道ミサイル」の発射は、戦術的訓練と呼ぶよりも日本やグアムを標的にした戦略的攻撃能力を誇示する「(敵への)より強力で明確な警告」[13]という政治的意図をもった発射であった。
 他の戦術核発射の部隊訓練に関しても、1010日のKCNAの報道は、北朝鮮がすでに戦術核を実戦配備し、使用の準備ができていることを米・韓・日に誇示するための、戦争抑止目的の側面が強いことを印象づける。(さらに言えば、前述した「核戦力政策法」の公布という行為自体にも、そのような対外的な戦争抑止の狙いを読み取ることができる。)
 核部隊訓練の性格に関してこのような留保を前提とした上で、それでも訓練内容には北朝鮮の核兵器使用に関して見逃すことのできないリスクを指摘することができる。
 1010日のKCNA報道を分析すると、訓練内容は多岐にわたっている。訓練内容には、核弾頭の弾薬庫からの取り出しと運搬、核弾頭のミサイル本体への装着、標的の選定と核爆発様態(空中爆発、直接攻撃、牽制攻撃など)の決定、決定内容にしたがった発射部隊の特定と命令の伝達、発射台の移動、発射手順の確認と実行、ミサイルの動作と威力の評価などが含まれている。
 さらに、韓国軍の発表では、7回の発射は少なくとも6か所の異なる地点―泰川テチョン順安スナン三石サムソク順川スンチョン舞坪里ムピョンリ文川ムンチョンから発射された。異なる地点からの発射は異なる部隊による発射であると考えられるので、戦術核発射部隊の数は相当数に上るであろう。複雑な発射手順を伴う指揮・統制の体制、とりわけ最高司令官を含む体制の一部に事故があったときに体制が正しく機能しないリスクは極めて高い。北朝鮮の戦術核発射ミサイルの多くは、戦時において圧倒的多数の通常弾頭を発射するミサイルと両用のミサイルであることを考えると、戦時における誤発射のリスクはさらに高まる。
 KCNA報道は、訓練において想定された核攻撃の標的についてもいくつかの具体例を示した。600㎞(韓国軍報道)を飛行した短距離弾道ミサイルの標的を、日本海(東海)の特定の高度の上空に設定した925日の発射は、当時繰り返し展開した米原子力空母を空中核爆発で破壊するシナリオであった可能性が高い[14]。作戦地域内にある韓国の空港を近接距離弾道ミサイルで核攻撃する発射訓練を、爆発様態を変えて数回行っている。また、近接距離および短距離弾道ミサイルを用いて敵の主要軍事司令部を想定した発射訓練を行った。このときの短距離ミサイルの一つは800㎞を飛行したとされる(韓国軍)が、この距離は佐世保、岩国などの在日米軍基地に達しうる距離である。さらに敵の主要港湾を想定した近接距離ミサイルの発射訓練も報告されている。北朝鮮自身が「実際の戦争のシミュレーション」と述べているように、これらの標的設定は極めて実際的であり、実行可能なものである。

当面の至上命題:緊張緩和と武力衝突回避
 以上で説明してきたように、北朝鮮の「核戦力政策法」や「戦術核作戦部隊の訓練」は、朝鮮半島における核兵器使用に関するリスクは、意図的にも事故や偶発的にも高まっていることを示している。
 加えて、リスクを高める重要な要因として、北朝鮮の「核戦力政策法」や「戦術核作戦部隊の訓練」の報告における表現や言説に見られる際立った特徴を指摘したい。それは、使用に関する言説が極めて直截的であり、核兵器使用がもたらすであろう国際人道法上の諸問題への配慮や躊躇がほとんど見られず、使用決定への敷居が極めて低い点である。断っておくが、これをもってDPRKやその指導者が非人道的であるとするような主張に筆者は与しない。DPRKが国連憲章の差別なき公平な適用を国連総会においても安保理においても繰り返し求めていることが示すように、私たちが考えるべき本質的な問題は別のところにある。
 北朝鮮の核兵器言説の特異さは、北朝鮮が巨大な力の差のある軍事強国と70年近く体制維持のために戦ってきた歴史から生まれている。米国、韓国、日本を合わせると、3か国は北朝鮮の500倍以上の軍事費を費やしている軍事同盟である。この絶望的な不均衡の中から核兵器の破壊力を絶対視する北朝鮮の政策が生まれている。
 この敵対関係を平和的に解消することが国際社会の目指すべき課題であるが、そのためには、まず現にある核兵器使用のリスクを軽減する必要がある。そして、その軽減努力が次の外交的ステップへのドアを開くような道筋を構想する必要がある。
 このような理由から、現局面における国際社会の優先的課題は朝鮮半島における武力衝突の可能性を無くすることであろう。武力衝突は核兵器使用局面に至る入口にあるリスクである。そのために、米国と韓国は朝鮮半島および周辺における合同軍事演習を当面の間中止することを表明すべきである。同時に米国、韓国、日本は朝鮮半島の軍事的緊張を高める言説を止め、緊張緩和に努めるべきであろう。
 北朝鮮の5か年計画にそった軍事力強化は続くであろう。好ましいことではないが、軍事圧力と経済制裁の繰り返しでそれを止めることができないことは、すでに繰り返し経験したことである。
 北朝鮮が外交に復帰する意思がないという懸念は、当面は当たっているであろうが、決定的なものではない。金正恩は98日の演説で「先に核兵器を放棄したり非核化するようなことは絶対にあり得ない」[15]と述べた。しかし、たとえば金正恩は、2017年に「いかなる場合にも、核兵器と弾道ミサイルは交渉のテーブルには乗せず、自ら選択した核戦力強化の道を一歩も譲ることはない」と主張していたが、それは「米国のDPRKへの敵視政策と核の脅威が明確に終了しない限り」[16]という条件の下においてであった。事実、翌年、南北の板門店宣言、またシンガポールでの米朝首脳声明で、その条件を満たすことと引き換えに、朝鮮半島の完全な非核化に合意した。
 北朝鮮は一貫して米韓合同軍事演習の中止を求めてきた。軍事的衝突と核兵器使用リスクを回避し、緊張を緩和し、次の外交ステップへの入り口を作るために、米韓はまず合同軍事演習のモラトリアムを表明すべきである。来年の米韓合同野外演習のスケールを拡大するという最近の韓国国防部の発表[17]は、まったく逆の方向を示すものであり、強く再考を求めたい。(渡辺洋介、梅林宏道)

注1 “Law on DPRK's Policy on Nuclear Forces Promulgated,” KCNA, September 9, 2022.
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。
2 例えば、111日、朝鮮労働党中央委員会のパク正天ジョンチョン書記は、米韓が北朝鮮侵略を意図した軍事的挑発を続けるなら、史上最もぞっとする代償を払うことになると発言した。それを意識してか、米国のオースティン国防長官は、113日に発出した米韓定例安保協議共同声明で、北朝鮮による米国と同盟国への核兵器の使用は受け入れられず、そうなれば金正恩体制の終焉を意味するだろうと述べた。
3 「インド太平洋における3か国パートナーシップに関するプノンペン声明」
https://www.mofa.go.jp/files/100421321.pdf
4 “KCNA Commentary Slashes Japan’s Moves against DPRK and Chongryon,” KCNA, November 16, 2022. “Press Statement of DPRK FM,” KCNA, November 17. 2022.
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。
5 “Law on Consolidating Position of Nuclear Weapons State Adopted,” KCNA, April 1, 2013.
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。日本語訳は、梅林宏道『北朝鮮の核兵器世界を映す鏡』(高文研、2021年)の232-233頁を参照。
6 多くのメディア報道では、「先行使用あるいは第一使用」(first use)」を「先制使用」(preemptive use)と述べている。しかし、この2つは異なる概念であり、明確に区別して使用すべきである。
7 “Respected Comrade Kim Jong Un Guides Military Drills of KPA Units for Operation of Tactical Nukes,” KCNA, October 10, 2022.
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。
8 米国防総省の定義では射程0500㎞の弾道ミサイル。
"United States Government Compendium of Interagency and Associated Terms"
https://www.jcs.mil/Portals/36/Documents/Doctrine/dictionary/repository/usg_compendium.pdf?ver=2019-11-04-174229-423
9 射程5001100㎞の弾道ミサイル。同上。
10 射程27005500㎞の弾道ミサイル。同上。
11 注7と同じ。
12 同上。
13 同上。
14 「北朝鮮 日本の上空通過は『新型の中距離弾道ミサイル』」、NHK20221010日。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221010/k10013854001000.html
15 “Respected Comrade Kim Jong Un Makes Policy Speech at Seventh Session of the 14th SPA of DPRK,” KCNA, September 10. 2022.
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。
16 “Kim Jong Un Supervises Test-launch of Inter-continental Ballistic Rocket Hwasong-14,” KCNA, July 5, 2017.
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm  から日付により検索。
17 “S. Korea, U.S. to develop 'realistic' training scenarios on N.K. nuke, missile threats,” YONHAP NEWS, December 21, 2022.
https://en.yna.co.kr/view/AEN20221221004700325?section=news

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