2018/12/25

監視報告 No.3

監視報告 No.3  2018年12月25日

§ <朝鮮半島と周辺>の平和構築のために日本の役割を見出そうとする日本政府の姿勢が見えない

 朝鮮半島非核化合意の履行に不安要素が目立ち始めている。

 11月2日の朝鮮中央通信に掲載された「米国はいつになったら愚かな貪欲と妄想から目を覚ますのか」と題するDPRK外務省米国研究所クォン・ジョングン所長の論評([注1]。日本語全訳を本報告のために準備した)は、米国の対北交渉の姿勢に対するDPRKの批判が一段階レベルアップしたことを示唆した。10月に登場した諸論評には登場しなかったDPRKの路線変更の可能性について、留保を伴いながらではあるが、初めて言及したのである。

 論評は、トランプ大統領への直接的な批判を控え、「ホワイトハウスや米政権の高官たち」を標的にしながら、米国に米朝関係を改善しようという姿勢が見られないことを強く批判した。クォン所長は、シンガポールにおける首脳会談について、「DPRKと米国のトップリーダーが6月の歴史的なシンガポール会談において手を握りながら約束したことは、米朝間の世紀をまたぐ敵対関係を終わらせ、関係改善の新しい歴史を作ることだ」と述べ、世界が歓迎した会談の核心は、米朝関係を改善する新しい歴史を作ることに両首脳が合意したことだと強調した。そして、北朝鮮への制裁と圧力を強調するのみの米国の現状について、「関係改善と制裁は相いれない」「『友好』は『圧力』と矛盾する」と批判した。さらに「DPRKの核問題が、本当に朝鮮半島の緊張と悪化した米朝関係を含む全ての複雑な問題を引き起こす病根だろうか」と根本的な問いを投げかけた。そして、そもそも核問題が発生した歴史的経過を踏まえれば、「米朝交渉は相互利益と対等性に基づいた、同時進行的で段階的な方法で行われるべきだ」と主張した。この考えに立つとき、「(北朝鮮が)率先した善意ある措置によって、米国に対して可能な全てのことを過分なほどに行った今、残されているのは米国による相応の対応だ」として、DPRKは米国の行動を要求し、「何の対応もなければ、DPRKはどんなにコストが大きかろうと、1ミリであっても動かない」と述べた。

 前述したようにクォン所長の論評の注目点は、言葉を慎重に選びながら、DPRKの忍耐が限界に近いことを示唆している点であろう。すなわち、論評は、米国の姿勢に改善が見られない場合は、4月の朝鮮労働党中央委員会全体会議において国家の全エネルギーを経済建設に注入すると決定した国家路線に「『並進』(経済建設と核戦力強化を同時に進めること)という言葉が再び登場し、路線変更が真剣に再考される」可能性があると述べている。

 本監視プロジェクトは朝鮮半島の非核化合意が脱線せずに実行されることを願って活動している。

 その立場から、我々が現在の情勢を検討するとき、①南北両政府が、首脳合意に従った関係修復の努力を続けそれが順調に進んでいること、そして、②米韓の関係が良好に維持されていることが、この局面において米朝関係のいっそうの悪化を防ぐ役割を果たしていることを先ず指摘したい。米国、韓国、日本の市民社会は、この状況を正確に認識し、南北両政府の努力、とりわけ両方の外交プロセスに関与している韓国政府の果たしている役割を正当に評価し、激励することが重要である。

 それに加えて、日本政府が居るべき舞台にまだ登場していない事実にも市民社会は目を注ぐ必要がある。もし日本政府が積極的に北東アジアの平和建設に関与する意欲をもって舞台に登場していたならば、現在のような困難な局面を打開するために活用することができる、もう一つの変数を我々は手にしている可能性があるからである。

 しかし、残念ながら日本政府の現実は、そのような期待から程遠いところに位置している。

 監視報告No.1に記したように、10月24日の臨時国会冒頭における所信表明演説において、安倍首相は言葉の上では、現在起こっている朝鮮半島の変化に注目し、「次は、私自身が金正恩委員長と向き合わなければならない」と意欲を示し「相互不信の殻を破り、拉致、核、ミサイルの問題を解決し、不幸な過去を清算して、北朝鮮との国交正常化を目指します」と述べた。

 しかし、その後の日本の政治には、この言葉を具体化する努力をほとんど見ることが出来ない。安倍政権のみならず、国会の議論全体において、朝鮮半島情勢に関する議論は低調であった。河野太郎外務大臣は、参議院の外交防衛委員会の冒頭発言において、次のように述べたが、具体的な方針として表明されている内容は安保理決議の完全な履行のみであった。

「先般の米朝首脳共同声明に明記された朝鮮半島の完全な非核化に向けた北朝鮮のコミットメントを含む両首脳間の合意が、完全かつ迅速に履行されることが重要であり、各国による安保理決議の完全な履行を確保することが不可欠です。」[注2

 衆議院外務委員会においても、北朝鮮に対する現状認識を問われた河野外務大臣は、北朝鮮の脅威はこれまでと変わらないと述べ、国連安保理決議の履行の重要性を強調した。
「シンガポールの米朝首脳会談以降、核実験あるいはミサイルの発射ということは行われておりませんが、依然としてノドンミサイルを多数持っている、あるいは核兵器の開発は相当進んでいる、この状況に何ら変化はございません。

 引き続き、北朝鮮、国際社会への脅威である、この認識には変わりはございませんので、国際社会が一致して、北朝鮮の核、ミサイルのCVIDに向けて国連の安保理の決議を完全に履行する、この国際社会の足並みをそろえた状況を今後とも維持してまいりたいと思っております。」[注3

 現在明らかになっている日本政府の方針は、歴史的なサミットが開催された以前からの、国連安保理決議による対北朝鮮制裁の厳格な履行のみであるといっても過言ではない。

 とりわけ、日本政府は、北朝鮮船舶の瀬取りによる違法な制裁逃れの摘発に熱心に取り組んでいる。外務省は11月に瀬取りに関する報道発表を行ったが、そこには次のような外務省の認識が述べられている。

「我が国としては,北朝鮮の完全な,検証可能な,かつ,不可逆的な方法での全ての大量破壊兵器及びあらゆる射程の弾道ミサイルの廃棄の実現に向け,国際社会が一致団結して国連安保理決議を完全に履行する必要があると考えており,これに資する関係国による取組を歓迎し,高く評価しています。我が国は,引き続き,全ての関係国と緊密に協力し,国連安保理決議の実効性を確保する取組を実施していく考えです。」[注4

 残念ながら、日本の外務省が朝鮮半島の非核化に関して市民に積極的に発信をしている内容は、国連決議の履行についてのこのような北朝鮮への圧力行使の取り組みのみである。11月下旬、東京で開催されたあるNGO主催のシンポジウムにおいて、筆者の一人が外務省不拡散部門の中堅職員と同席する機会があったが、そのときに聴衆に対して説明された北朝鮮の核問題に関する外務省の見解も、「国連安保理決議の履行を迫ることが何よりも大切である」という内容であった。

 日本の外務省は、米朝首脳会談で合意された内容が、北朝鮮による「完全な非核化の約束」だけではなくて、米国による「北朝鮮に対する安全の保証の約束」も同じように含んでいる

という認識を持っているのだろうか?首脳会談の合意が実現するためには両者の約束の履行がともに進展する必要があると、日本の外務省は考えているのだろうか?

 国会での議論が行われない中で、この疑問に対する明確な回答を得ることが、日本の市民はもちろん、世界の関心ある市民にとって極めて重要であろう。幸い、本プロジェクトを発足するにあたって、ピースデポは外務省のこの問題の担当部署であるアジア大洋州局のナンバーツーとなる高官と面会し、意見交換する機会を持つことが出来た。高官によるこの点に関する回答は明快であった。「両方の約束があることを認識している。内容は言えないが、そのような認識の下で米国と緊密に連絡をとっている」というのが回答内容であった。これは、市民にとって最低限ではあるが朗報に違いない。(森山拓也、梅林宏道)

注2 河野太郎、参議院外交防衛委員会における発言、2018年11月13日。
注3 河野太郎、衆議院外務委員会における答弁、2018年11月14日。
注4 外務省報道発表「国連安保理決議により禁止された北朝鮮籍船舶の『瀬取り』を含む違法な海上活動に対する関係国による警戒監視活動」、2018年11月6日。

2018/12/10

監視報告 No.2

監視報告 No.2 2018年12月10日

§ 米韓作業部会の真価は、韓国のリードと北朝鮮との意思疎通の確保によって高められる

 2018年11月20日、ワシントンDCにおいて、朝鮮半島非核化交渉の米韓の実務者による作業部会の第1回目の会議が開かれた。韓国側代表は、李度勲(イ・ドフン) 外交部朝鮮半島平和交渉本部長であり、鄭然斗(チョン・ヨンドゥ)北朝鮮核外交企画団長らが参加した。米国側代表は、スティーブン・ビーガン国務省対北朝鮮政策特別代表であるが、その他にアレックス・ウォン国務次官補(東アジア太平洋担当)、マーク・ランバート北朝鮮担当副次官補代行、アリソン・フッカー国家安全保障会議朝鮮半島担当補佐官らの参加が予定されていた。代表以外の実際の参加者名は確認できていない [注1]。両代表が共同議長を務めた。

 その日の会議後の米国務省の発表によれば、「米韓作業部会は最終的かつ完全に検証された北朝鮮の非核化という共有の目標を達成するために米韓協力をさらに強化する」とされ、「参加者は、朝鮮半島の完全な非核化と恒久的な平和、また国連安全保障理事会決議の履行と南北協力について協議した」[注2] 。

 この米韓実務者作業部会の発足は、首脳会談やハイレベル会議をフォローアップする単なる実務レベルのすり合わせの場が正式に生まれたということだけではなく、それ以上の重要な意味を持つ。

 現在、南北間の板門店宣言と米朝間のシンガポール共同首脳宣言という独立ではあるが不可分の関係にある2つの共同宣言を履行するための歴史的プロセスが進行している。その過程で南北の協議による履行には進展が見られるが、米朝間の協議は具体的な進展が見られない。DPRK(北朝鮮)が中間的な措置を一方的にとってきたのに対して、米国はそれに見合った中間的措置をとらないばかりか、相互に中間的措置を積み重ねるという方法論そのものに関して明確な賛否の意思を表明していない。もし米朝間の協議に進展がない状態が続くならば、やがて南北間の協議も行き詰まることになるであろう。なぜならば、韓国は米韓同盟のもとで米国の意向を無視できない事項―とりわけ軍事協力や経済制裁の問題に関する事項―に直面することになると予想され、そのことが南北の合意形成を困難にすると考えられるからである。

 韓国がこの手詰まり状態を打開したいと考えたとき、韓国政府は次の2つの考え方の間で調整を迫られることになる。

 ①良好な南北関係の前進、とりわけそれに伴う南北間の経済協力の発展の可能性が北朝鮮の非核化のインセンティブを強化する。また、南北の相互依存経済関係の発展は平和構築の重要な柱であり、朝鮮半島非核化の重要な条件でもある。これは基本的に韓国の文在寅政権の考え方である。

 ②一方で、南北経済協力が北朝鮮の非核化の前進なしに進むことは、国際的制裁によって生まれていた北朝鮮の非核化への圧力効果を弱めることになる。圧力効果を維持しつつ米朝の合意形成を目指す米国の方針を考慮しないペースで南北関係が進展することは好ましくない。これは、トランプ大統領の考え方であろう。

 このどちらの考え方にとっても、作業部会の設置は必要なことであったと考えられる。実際の設立の経過は次のようなものであった。

 米韓の間で作業部会の設置が合意されたのは、10月28日から30日にビーガン特別代表が訪韓したときであった。韓国大統領府は、10月31日に定例ブリーフィングで「朝鮮半島の非核化と平和のプロセス全般に対して韓米間の一層緊密な議論のための機関」として作業部会が設置されると説明した[注3]。ビーガンからの提案であるとすれば、米国が②の考えから、南北対話の進展スピードが早すぎる現状を危惧し、抑制するための機関として作業部会の設置を要求したとの憶測が成り立つ。しかし、韓国外交部の高位の当局者はこの憶測を否定した。10月31日「私たち(韓国外交部)が提案し、数カ月前から議論してきたこと」と高位当局者は述べている[注4]。同時期(米国ワシントンDC時間10月30日)、米国務省での記者会見で記者から「南北関係の進展スピードが速すぎるとは思わないか」と質問されたとき、ロバート・パラディーノ米国務省副報道官は「米韓は、政府のあらゆるレベルで毎日のように調整している」と回答している [注5]。進展のスピードについて直接の回答をしなかったが、作業部会の発足を待たずとも、米韓のあいだに危惧されるような齟齬は生まれていないという趣旨の回答である。しかし、一方で、ポンペオ国務長官は作業部会第1回会議当日の朝、「我々は朝鮮半島の平和と北朝鮮の非核化が南北関係の進展に遅れていないことを確実にしたいと韓国に明確に伝えた」「(この2つを)我々は一緒に走る2頭立ての馬車と考えている。2つは重要な並行プロセスであり、作業部会はその並行プロセスが確実に続いていくように作られた」[注6]と説明した。総合すれば、作業部会は、韓国が①の考えから計画し、②の考えに立つ米国の必要性とも合致して公式の場となったと言えるであろう。

 作業部会の将来の役割を考えた場合、北朝鮮が韓国との意思疎通を保ちながら、上記のような冷静な見方に立ってこの会議の挙動を評価できるかどうかが重要な鍵を握る。北朝鮮メディア「わが民族同士」は、この作業部会は米国が改善と発展の道をたどっている南北関係に干渉し、この南北関係の流れを妨害するためのものだと批判し[注7]、韓国に対して、民族自主の原則で南北共同宣言を徹底履行するよう要求した[注8]。北朝鮮においてこのような議論が起こる事情は十分に理解できる。南北の協議に悪影響を生まないためには、南北の政権レベルでの善意の意思疎通が緊密に保たれる必要がある。

 その意味では、作業部会の初会議は歓迎すべき結果を生み出した。会議直後、ワシントンにおいて、韓国の李度勲代表は韓国からの特派員に「米国側が南北鉄道共同調査事業に対し、全面的支持、強い支持を確認すると明らかにした」と伝えたのである[注9]。韓国政府からの米国に対する説明によって、米国が南北間の懸案についてゴーサインを出したことを意味する。

 11月20日の米韓作業部会会議における南北鉄道共同調査に関する制裁免除についての協議を経ることによって、国連安全保障理事会の北朝鮮制裁決議のみならず米国の対北制裁の例外として、韓国から北朝鮮へ、共同調査に必要な物資の搬入が承認されることになった[注10][注11]。このうち国連安保理に関しては11月23日、北朝鮮制裁委員会が共同調査について制裁の例外措置を決定した。

 韓国とDPRKの両国は、この共同調査を8月末に実施する計画であった。しかし、朝鮮国連軍司令部から南北軍事境界線(MDL)の通過の許可が下りず、南北の計画通りに調査を進めることができなかった[注12]。今回、南北の鉄道連結に向けた北朝鮮区間の共同調査が11月30日から12月17日まで、18日間にわたって実施されることになった。韓国調査団を乗せた列車は、制裁を免除された軽油5万5000リットル[注13]を積み、11月30日に北朝鮮へ出発した。(平井夏苗、梅林宏道)

注1 ファン・ジュンボム「米国、南北鉄道調査を「全面支持」…北朝鮮と対話も「日程調整中」(『ハンギョレ』、2018年11月22日)
http://japan.hani.co.kr/arti/international/32175.html
注2 US Department of State Media Note, “U.S.-ROK Working Group”, November 20, 2018
https://www.state.gov/r/pa/prs/ps/2018/11/287492.htm
注3 キム・ボヒョプ「ビーガン代表、大統領府秘書室長に続きユン・ゴニョン室長とも面談…その背景は?」(『ハンギョレ』、2018年10月31日)
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/31991.html
注4 ノ・ジウォン、ファン・ジュンボム「非核化・南北協力・制裁を議論する韓米ワーキンググループが11月発足」(『ハンギョレ』、2018年10月31日)
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/31992.html
注5 U.S. Department of State, “Department Press Briefing - October 30, 2018,” October 30, 2018
https://www.state.gov/r/pa/prs/dpb/2018/10/287016.htm
注6 Michael R. Pompeo, “Remarks to the Press,” November 20, 2018
https://www.state.gov/secretary/remarks/2018/11/287487.htm
注7 『わが民族同士』(電子版)、2018年11月11日 http://www.uriminzokkiri.com/index.php?ptype=ugisa1&no=1161875&pagenum=1(朝鮮語)
注8 『わが民族同士』(電子版)、2018年11月9日http://www.uriminzokkiri.com/index.php?ptype=ugisa1&no=1161811&pagenum=8(朝鮮語)
注9 注1と同じ。
注10 「北朝鮮での南北鉄道共同調査「問題なし」 米制裁の例外に」(『聯合ニュース』、2018年11月25日)
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20181125000600882?section=search
注11 Choe Sang-Hun, “North and South Korea Get U.N.’s Go-Ahead to Study Joint Rail Project,” The New York Times, Nov. 24, 2018
注12 「韓国列車が10年ぶりに北朝鮮区間走行へ 30日から南北共同調査」(『聯合ニュース』、2018年11月28日)
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20181128003100882?section=nk/index
注13 「韓国の列車が北朝鮮に出発 鉄道共同調査実施へ」(『聯合ニュース』、2018年11月30日)
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20181130001200882?section=search

2018/11/14

監視報告 No.1

監視報告 No.1

§ はじめに
 この「監視報告」は、NPO法人ピースデポによるプロジェクト「北東アジア非核兵器地帯へ:朝鮮半島非核化合意の公正な履行に関する市民の監視活動」(略称:非核化合意履行・監視プロジェクト)が発行する不定期刊行物である。概ね3週間に1回発行される。予約者にメールマガジンとして発信されると同時に、下記ウェブサイトに掲載される。
 https://nonukes-northeast-asia-peacedepot.blogspot.com/

 現在、2つの首脳合意、すなわち、韓国と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)首脳による板門店宣言(2018年4月27日)[注1]と米朝首脳によるシンガポール共同声明(同年6月12日)[注2]によって、朝鮮半島において大きな変化が起こりつつある。南北は朝鮮半島の軍事的緊張を緩和し、戦争の危険を除去し、非核化を含む恒久的平和体制を確立するために歩み始めた。11月1日には、朝鮮国連軍司令部も協力して、板門店の共同警備区域(JSA)おける非武装警備体制が始まった。いっぽう、米朝両国は、平和と繁栄のための新しい関係を築き、朝鮮半島に永続的で安定した平和体制を建設するという共通目標に合意した。そして、米国は北朝鮮に安全の保証を約束し、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化を約束した。

 南北、米朝の間で同時に進行しているこのような変化は、かつてなかったことであり、まさに歴史的な変化である。北東アジアには、第2次世界大戦の終戦と冷戦の終結という大きな歴史の変化をくぐった今も、過去に作られた異常な関係が続いてきた。70年を超えて日本の植民地支配が公的に清算されず、65年を超えて朝鮮戦争が正式に終結していない。この歴史を克服する千載一遇のチャンスが、今訪れている。この地域に住む人々にとって、この機会は何とかして活かしたいチャンスであろう。そのためには、長年の不信を克服しながら、2つの首脳合意が誠実に履行されるよう、忍耐強い関係国の外交努力が求められる。

 この努力の過程において、とりわけ日本、韓国、米国の市民社会の果たすべき役割が極めて大きい。外交努力の進展を注意深く監視しつつ、民主主義国の政府に対して、このチャンスの重要性を訴え、過去の朝鮮半島非核化交渉に関する正しい理解とそこから得られる教訓を生かすことを求める必要がある。同時に、市民社会への発信も重要である。日本においては、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)過程や6か国協議の過程など、朝鮮半島の非核化に関する過去の国際努力の失敗は、すべて北朝鮮の約束違反に起因するといった誤った情報が広く市民社会に流布している。これらの情識に基づく知識は、長い非正常な歴史の間で培われ市民社会に根を張っている北朝鮮への一方的な偏見と結合して存在している。したがって、日本においては、市民社会に存在するこのようなマイナスの状況を是正する努力も追求されなければならない。

 本監視プロジェクトは、このような二重の目的をもって行われる。
 プロジェクト・チームは以下の構成で発足する。梅林宏道(チーム・リーダー)、森山拓也(サブ・リーダー)、平井夏苗(コーディネーター)、前川大、湯浅一郎、金マリア(韓国語エディター)、パティ・ウィリス(英語エディター)、ほかボランティア多数。

§ 日本政府の対北朝鮮政策:強硬姿勢から日和見姿勢に
 南北首脳による板門店宣言(2018年4月27日)とシンガポールにおいて出された米朝首脳共同声明(2018年6月12日)以後、安倍政権の対北朝鮮政策が、従来の敵視と思われるほど強硬な姿勢から、軟化しつつあることは事実である。しかし、明確に対話の姿勢に転じているとは言い難い。日和見姿勢という表現が現在の安倍政権の姿勢を表す言葉としてもっとも近いであろう。

 昨年9月20日の国連総会演説における安倍首相の強硬姿勢は際立っていた。彼は演説のほぼすべてを北朝鮮批判に費やした。「対話とは、北朝鮮にとって、我々を欺き、時間を稼ぐため、むしろ最良の手段だった」「必要なのは、対話ではない。圧力なのです」と述べた。2018年1月22日、通常国会冒頭の施政方針演説で、安倍首相は北朝鮮の脅威を強調し、違憲論争を巻き起こしながらも強硬に成立させた2015年9月の安保法制の正当性を強調するために、この脅威を利用した。「北朝鮮の核・ミサイル開発は、これまでにない重大かつ差し迫った脅威であり、我が国を取り巻く安全保障環境は、戦後、最も厳しい」と述べ、「3年前、私たちは平和安全法制を成立させました。北朝鮮情勢が緊迫する中、自衛隊は初めて米艦艇と航空機の防護の任務にあたりました」と、2015年安保法制が北朝鮮に対抗するために役立っていると指摘した。

 今年の国連総会における安倍首相の演説(9月25日)は、北朝鮮問題に数行を費やしただけであった。さすがに北朝鮮への強硬姿勢は示さなかったが、上から目線の姿勢を崩さなかった。「北朝鮮の変化に最大の関心を抱いています」と述べ「いまや、北朝鮮は、歴史的好機を、つかめるか、否かの岐路にある」と述べた。そして、「拉致、核・ミサイル問題の先に、不幸な過去を清算し、国交正常化を目指す日本の方針は変わりません」と明言し、拉致、核・ミサイル問題の解決が先行しなければ、国交正常化の話は始まらないという、従来の姿勢を崩さなかった。

 しかし、朝鮮半島情勢の変化に日本が取り残されつつあることが、多くの国民の目にも明らかになりつつある。その結果、安倍首相は国連演説から約1か月後の10月24日、内閣改造後の臨時国会における所信表明演説では、演説のトーンを変化させた。
 「6月の歴史的な米朝首脳会談によって、北朝鮮をめぐる情勢は、大きく動き出しています。この流れに更なる弾みをつけ、日米、日米韓の結束の下、国際社会と連携しながら、朝鮮半島の完全な非核化を目指します。
 次は、私自身が金正恩(キムジョンウン)委員長と向き合わなければならない。最重要課題である拉致問題について、ご家族もご高齢となる中、一日も早い解決に向け、あらゆるチャンスを逃さないとの決意で臨みます。相互不信の殻を破り、拉致、核、ミサイルの問題を解決し、不幸な過去を清算して、北朝鮮との国交正常化を目指します。」
このように、安倍首相は金正恩との首脳会談に臨みたい希望を表明するとともに、相互不信の殻を破るとの決意を述べた。そして、前後の順序の注文を付けずに、拉致、核、ミサイルの問題、過去の清算、国交正常化を列記した。これは、従来の硬直した姿勢から変化の兆しを見せたことを意味するだろう。

 しかし、一方では、安倍政権は、北朝鮮への異常な攻撃姿勢を国際的な場で継続している。
 2018年11月2日、国連総会第1委員会では、日本がリードしている核軍縮に関する総会決議案「核兵器の全面的廃棄へむけた新たな決意のもとでの結束した行動」(A/C.1/73/L.54)[注3]が採択された。1994年以来、毎年継続して提出しているものである。決議文案の提出日は10月19日であり、その時点までにおける日本政府の見解を反映していると考えられる。
 決議文は、前文において両首脳会談に言及してそれらを歓迎した。その後、主文において、まず、「(南北首脳会談や米朝首脳会談においてなされた)最終的な、完全に検証された非核化という誓約を履行するようDPRKに要求」(主文27節)した。そして、次のような厳しい言葉で北朝鮮を非難した。「(国連総会は)DPRK――核不拡散条約によって核兵器国の地位をもち得ない国であるが――によるすべての核実験及び弾道ミサイル技術を用いた発射、またその他の核及び弾道ミサイル技術の開発を進める活動を最も強い言葉で非難する。…」(主文28節)
 昨年の同じ決議が総会で採択されたのが12月12日であったから、北朝鮮は今年の決議が対象とする過去1年に一度も核実験も弾道ミサイル実験も行っていない。のみならず、北朝鮮は今後も行わないことを誓っており、国際社会がこの好ましい情勢の変化を歓迎しているなかで、日本の外務省は「もっとも強い言葉」で北朝鮮を非難する決議文を作って各国の支持を得ようとしたことになる。北朝鮮はこのやり方に対して安倍政権の真意を読み取ったとしても不思議ではないであろう。

 北朝鮮の米国、韓国に対する言葉は柔軟になっているが、日本に対しては厳しい言葉が続いていると、日本国内のみならず国際的にも一般的に受け取られている。拉致問題についての日本の強い姿勢がそうさせていると理解されがちであるが、実際には安倍政権の上述のような偏った姿勢によるところが大きいであろう。
(梅林宏道)

§ 米朝交渉の方法論にどこまでの一致があるか?方法論の透明性を上げることが、非核化プロセスの安定性を向上させる。
 現在の米朝交渉につきまとう大きな不安要素の一つは、6月12日のシンガポール合意を履行する方法論について、米朝間がどこまで合意しているのかが極めて不明確なことであろう。このことに起因して、最近の米朝交渉の先行きは不透明さを増している。
 方法論に関する北朝鮮の主張は首脳会談以前から明確であった。首脳会談の翌日である6月13日の朝鮮中央通信は、「金正恩とトランプは、朝鮮半島の平和と安定と非核化を達成する際に、段階的かつ同時行動の原則を守ることが重要であるとの趣旨における認識を共有した」と記した[注4]。この記事から、北朝鮮がかねてからの主張である「段階的かつ同時行動の原則」を主張したことは間違いなく確認できる。しかし、この「趣旨における認識」を米国と共有したと書かれている点は、希望的観察を述べることによって、米国から同意を引き出す意図が込められたものと考えられる。トランプ大統領はシンガポール会談直後に長い記者会見を行ったが、その中に北朝鮮と同じ趣旨の認識をしたことを示唆する内容を見出すことはできない。当時のポンペオ国務長官の発言においても同様である。

 その曖昧さは、とりわけ経済制裁の段階的解除について両者の認識の隔たりとして最近表面化している。同じ6月13日の朝鮮中央通信は、金正恩国務委員長がサミットで「(トランプは)北朝鮮に対する経済制裁を、対話と交渉を通して相互の関係の改善が進むとともに解除するつもりである」と理解したと述べている[注5]。しかし、会談後の記者会談でトランプ大統領は、「核がもはや問題でなくなったら解除する」「今は続ける」「実際には、ある時点になると解除したいと思っている」などと極めてあいまいな言葉で回答した。実際には、金委員長との不一致を知ったうえで、それを表面化させない言葉遣いを選んだというのが真実であろう。

 経済制裁の解除に関する米国の立場は、その後、「段階的解除を示唆しない」という点において一貫している。しかし、段階的解除を否定する発言もしてない。9月25日、トランプ米大統領は国連総会演説において「私は、やるべきことは、まだたくさん残っているが、金委員長の勇気とこれまでの措置について彼に感謝したい。非核化が達成されるまでは、制裁は継続されるだろう」と述べた[注6]。このように、「非核化が達成されるまで制裁が続く」というのが、米国のこの件に関する典型的な表現である。しかし、「非核化の達成」という言葉も「制裁が続く」という言葉も曖昧である。ある段階の非核化が達成したときに一部の制裁が解除されるが、完全な非核化が達成するまでは制裁が完全に解除されることはない、という方針とこの言葉は矛盾しない。しかし、この言葉によって制裁解除のハードルを高くすることができる。

 このような術策を弄することは、交渉全体に悪影響を生むリスクが大きい。米国もDPRKも交渉の視界をよくするための努力をするのが賢明であろう。NGOピースデポは以下のような5段階のベンチマークを設定することによって交渉プロセスの予見可能性を高めることを提案している。ピースデポは、11月8日、日本政府がこのような考え方を検討して関係国に働きかけるよう、外務省の高官に面会して要請した。要請は多岐にわたるが、その部分を以下に引用しておく[注7]。

 「今後の朝鮮半島の非核化交渉の進め方について、相互不信を一歩一歩乗り超えながら前進するために、それぞれの国が達成すべき大枠のベンチマークを確認したうえで、段階的かつ同時行動をとるという方法論を主導するよう、日本政府に要請します。
 報道によると、米国は朝鮮戦争の終結宣言と引き換えに、北朝鮮の核兵器計画の包括的リストの申告を要求していると伝えられます。これは現在の相互不信の関係の中では非現実的な要求であると考えられます。ひとたび申告がなされたときには直ちにその信憑性が問題となり、それ以後、真偽の検証という、強い相互不信のなかでは極めて困難で成果の乏しい過程に突入すると予想せざるを得ません。このアプローチよりは、例えば、次のようなベンチマークを設定することに先ず合意し、そのベンチマークごとに各国が具体的な措置を相互にとる方法論がより適切であると考えます。
 ①北朝鮮:存在が知られている核兵器・中長距離ミサイルと関連施設の凍結。
  米韓:朝鮮戦争の終結宣言と大型米韓合同演習の中止の継続。
 ②北朝鮮:凍結施設の無能力化と査察の受け入れ。
  米韓:韓国の核関連施設と米軍基地への査察受け入れと経済制裁の一部解除。
 ③北朝鮮:保有核兵器とプルトニウム・濃縮ウランの保有量の申告、ワシントン北朝鮮連絡事務所の設置。
  米韓:平和・不可侵協定交渉開始、平壌米国連絡事務所の設置、経済制裁のさらなる一部解除。
 ④北朝鮮:核兵器計画の包括的リストの提出と要求個所への査察受け入れ。
  米韓:平和協定の締結、経済制裁のさらなる解除。
 ⑤北朝鮮:国際的監視下の核兵器・中長距離ミサイル・兵器用核物質生産施設の解体の開始、ワシントン北朝鮮大使館設置。
  米韓:平壌米大使館設置、経済制裁の完全解除。
 これはあくまでも一例であり、かつ米国、韓国、北朝鮮を関係国として限定したものです。実際には、「安全の保証」問題は3か国を越えた関係国を必要とするし、次項で述べるように、北東アジア非核兵器地帯という枠組みでの議論に発展する可能性があります。」
(梅林宏道)

注2
注4 http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付で検索できる。
注5 注4と同じ。
注6

2018/11/13

プロジェクトについて

NPO法人ピースデポ・プロジェクト
北東アジア非核兵器地帯へ:
朝鮮半島非核化合意の公正な履行に関する市民の監視活動
(略称:非核化合意履行・監視プロジェクト)

趣旨
韓国と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は、南北首脳会談における板門店宣言(2018年4月27日)において、朝鮮半島の軍事的緊張を緩和し、戦争の危険を除去し、非核化を含む恒久的平和体制を確立するために協力し合うことに合意した。米朝両国は、シンガポール首脳会談における共同声明(同年6月12日)において、平和と繁栄のための新しい米朝関係を築き朝鮮半島に永続的で安定した平和体制を建設するという共通目標を打ち立てた。そして、米国は北朝鮮に安全の保証を約束し、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化を約束した。

2つの首脳合意は、核戦争の瀬戸際にあった北東アジアの国際情勢を一変させた。いま、私たちは南北と米朝の間に対話の継続を目撃している。これは、歴史的な変化である。北東アジアには、第2次世界大戦の終戦と冷戦の終結という大きな歴史の変化をくぐった今も、過去に作られた異常な関係が続いてきた。70年を超えて日本の植民地支配が公的に清算されず、65年を超えて朝鮮戦争が正式に終結していない。

この歴史を克服する千載一遇のチャンスが、今訪れている。私たちはこの機会を何とかして活かしたい。そのためには、長年の不信を克服しながら、2つの首脳合意が誠実に履行されるよう、忍耐強い関係国の外交努力が必要だ。

この努力の過程において、とりわけ日本、韓国、米国の市民社会の果たすべき役割が極めて大きいと私たちは考える。外交努力の進展を注意深く監視しつつ、民主主義国の政府に対して、このチャンスの重要性を訴え、過去の朝鮮半島非核化交渉に関する正しい理解とそこから得られる教訓を生かすことを求める必要がある。また、長い非正常な歴史の間で培われ、市民社会に根を張っている不信感や誤った認識を克服することは、議会や自治体やメディアを含む市民社会全体に課せられた課題だ。

NPO法人ピースデポでは、このような趣旨から、首脳合意履行の外交過程を追跡する、この監視活動プロジェクトを立ち上げた。日、韓、米のNGOの共同プロジェクトとすることも考えたが、この監視プロジェクトに関しては、それぞれの国の置かれている政治状況の違い、市民社会を取り巻く歴史的背景の違いを考慮すると、それぞれの国の市民社会が、自国の政府や市民社会に対して訴え、そのうえで相互に緊密に連絡を取り合う形がより効果的であると考えられる。とりわけ、被爆国日本においては、朝鮮半島の非核化の課題は、日本自身の真の非核化、そして日本を含めた北東アジア非核兵器地帯の設立という課題と切り離なすことができない。そこで、同様な取り組みを行う韓国、米国のNGOと情報交換しつつ、それぞれが独立の取り組みを行う方法を選んだ。

活動
1.監視レポートの刊行
日本語版が先行し、続いて韓国語訳、英語訳を発行。
不定期。3週間に1回程度。A4数ページ
ブログと同時にメール・マガジーンで発信
2.日本政府をはじめ関係国への要請
3.市民セミナーの開催
4.米国及び韓国のNGOと協力した国際ワークショップやシンポジウムの開催

チームと人員
 プロジェクト・チーム 森山拓也、平井夏苗、梅林宏道*、湯浅一郎、前川大、浅野美帆、荒井摂子、金マリア(韓)、パティ・ウィリス(カナダ) (*当初のチームリーダー)
 協力 韓国:参与連帯(PSPD)
       平和ネットワーク
    米国:ピース・アクション
       西部諸州法律財団
 助言 北東アジアの平和と安全保障に関するパネル(PSNA)(共同議長:マイケル・ハメル-グリーン(豪)、ピーター・ヘイズ(米)、文正仁(韓)、朝長万左男(日))

財政
 初期はピースデポの財政で賄う。
 国内外で助成金の獲得を目指す。

監視報告 No.36

  監視報告 No.36   2022年12月26日 § 米韓合同軍事演習の中止表明が緊張緩和への第一歩となる    朝鮮半島の緊張緩和が求められている。  米韓合同演習は在日米軍・自衛隊を巻き込んでエスカレートし、朝鮮人民民主主義共和国( DPRK 、北朝鮮)は核戦力政策法を制...