2020/12/01

監視報告 No.27

  監視報告 No.27  2020年11月30日


§市民の力で動けぬ政府を動かし、まずは朝鮮戦争を終結させよう

「終戦宣言こそが、朝鮮半島の完全な非核化と恒久的平和体制の扉を開くでしょう」
韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は今年の国連総会の一般討論演説[注1]でこのように述べ、朝鮮戦争の終結を宣言することによって韓国と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が「和解と繁栄の時代」に向けた一歩を踏み出すことができるよう、国連と国際社会に支持を求めた。
韓国と北朝鮮は、アジア・太平洋戦争での日本の敗戦によって日本の植民地支配から解放されたのも束の間、大国の思惑によって2つの国家に分断され、その後すぐに始まった朝鮮戦争は現在に至るまで終結していない。米国の政権交代で対北朝鮮政策がどのように変わるのか注目されるが、「朝鮮戦争の終結宣言が扉を開く」という、この極めて単純な道理を、我々は改めて確認する必要がある。
疑いようのないことだが、北朝鮮は米国の侵略に対する抑止力として核兵器を開発した。そして金星(キム・ソン)北朝鮮国連大使が今年の国連総会の一般討論演説[注2]で述べたように、北朝鮮は、自国に対する米国の脅威は今も続いていると認識している。

 「公然と行われているあらゆる種類の敵対的な行為と共に、北朝鮮に対する核の脅威は衰えることなく続いています。
 ステルス戦闘機を含む最先端の軍事兵器が朝鮮半島に導入され続け、あらゆる種類の核攻撃手段がまさに北朝鮮に対して向けられていることは、現在の否定できない現実です」

金星は名指ししていないが、北朝鮮に対する「敵対的な行為」や「核の脅威」が米国によるものであると認識していることは言うまでもない。米韓同盟によって韓国が選択している軍事力強化についても、北朝鮮は米国が元凶であるとみている。
また、2018年以来の北朝鮮の核政策は、核兵器による戦争抑止力が社会主義経済の建設に注力するための前提条件をつくるという考え方を明確に述べてきた[注3]。金星の演説はそのことを次のように述べている。

「私たちが導いた結論は、平和は一方の願いだけでは決して訪れず、他の誰かによって与えられるものでもないということです。
強さに基づく横暴がはびこる現在の世界では、真の平和は戦争を防ぐ絶対的な強さを保有している時にだけ守ることができます。
我々は財布の紐を締めることによって、自衛のための信頼できる効果的な戦争抑止力を獲得したので、朝鮮半島と地域の平和と安全は、今はしっかりと守られています。
議長。
国家と人民の安全を守るための信頼できる保証に基づいて、北朝鮮は安心して全ての努力を経済建設に注いでいます。」

このように、自衛と経済発展のための戦争抑止力として核兵器の保有を正当化する北朝鮮だが、その当然の帰結として、米国の脅威がなくなることを条件に核兵器を放棄する用意があることを、北朝鮮政府はこれまで繰り返し表明してきた。
金正恩委員長は2018年3月に韓国政府の特使団に対して「軍事的な脅威が解消されるならば、核を保有する理由がない」と述べているし、同年6月の米朝首脳会談で金正恩が約束した「朝鮮半島の完全な非核化」も、ドナルド・トランプ大統領の「北朝鮮の安全の保証」の確約や、「新しい米朝関係の構築」「平和体制の構築」などと合わせて合意したものだ[注4]。
したがって核兵器のない朝鮮半島を実現するためには、米国の脅威や敵視政策の撤回が不可欠の条件となる。

「朝鮮戦争の終結宣言」の意義がここにある。
米国の脅威や敵視政策の撤回のためには、米朝間で70年間続いている戦争状態をまず終結させようというのは、誰が考えても第一歩となるべき道理である。戦争が完全に終結せず、米国の敵視政策が続く中で、北朝鮮が米国に対する抑止力として絶対的な信頼を置いている核兵器を放棄するなどということはあり得ないことだろう。「終戦宣言こそが、朝鮮半島の完全な非核化と恒久的平和体制の扉を開く」と述べた文在寅は、まさに正論を言っている。

朝鮮戦争の当事国は米国だけではない。しかし、朝鮮戦争の終結宣言の実現は、ひとえに米国政府の意思にかかっていると言って過言ではない。朝鮮戦争は1953年に米国・北朝鮮・中国の間で休戦協定が成立して以来、停戦状態が続いているが、この間、米国と韓国は中国との国交を樹立し、正常化した。また韓国と北朝鮮は2018年4月に板門店宣言を行い、2018年中の終戦宣言に合意した(実現しなかった)。そのうえ、同年9月の南北首脳会談で平壌宣言の付属文書として「軍事分野合意書」に署名し、地上・海上・空中など「全ての空間」における「一切の敵対行為を全面中止する」ことなどで合意しており[注5]、事実上の両国間の終戦宣言を行っている。残るは米国と北朝鮮の関係だが、北朝鮮が朝鮮戦争の終結と平和協定締結に向けた交渉をこれまでに幾度か提案しているのに対し、米国政府はこれを拒否してきた。
米国が終戦宣言に踏み込むことができない理由は何重にも存在している。韓国、日本、中国に関係する米国の安全保障政策のみならず、米国の世界戦略にかかわる諸要素が絡んでいる。さらに、韓国、日本といった米国の同盟国の事情も関係する。これらの国においては、米国との同盟関係のあり方についての世論の分岐が、数10年にわたり続いている。それが、韓国や日本が米国政府にこの問題についての政策選択を迫る力を弱めている。

米国政府としては、世界各地に存在する他の米軍の海外基地と同様に、米国の軍事的・経済的覇権を支える上で重要な役割を果たしている韓国や日本に駐留する米軍の縮小・撤退につながりかねない終戦宣言には応じたくないというのが本音だろう。朝鮮戦争終結となれば朝鮮国連軍の任務が終わり、在韓米軍の位置づけについても新しい議論が始まらざるを得ないであろう。とくに米国が軍事・経済両面で台頭する中国を包囲し束縛しようとしている現在の状況では、東アジアでの米国の軍事力の低下につながるようなことは避けたいはずだ。さらに、東アジアに火種を残しておくことで利益を得ている軍需産業や政治家の存在もある。あるいは、非核化より先に北朝鮮が要求する終戦宣言などに応じれば「安易な譲歩」だとか「弱腰」だと受け取る世論もあるだろう。シンガポールでの米朝首脳会談で朝鮮戦争の終結に前向きな姿勢を示していたトランプに対して、メディアは「歴史的な成果」の「演出」を狙っているとか[注6]、「中間選挙」に向けた「実績」作りだ[注7]などと批判的な報道を繰り返していた。トランプは結局、終戦宣言をすることなくホワイトハウスを去ることになりそうだ。
また、韓国や日本にも地域の平和と安定のために米軍の存在が必要だと考えている人は少なくない。文在寅大統領の熱意にもかかわらず、韓国政府が「朝鮮戦争の終結宣言」を米国に強く要請するには、米韓同盟のあり方に関してクリアすべき多くの国内の課題がある。すでに購入を決定した米国製新鋭兵器の購入、北朝鮮ミサイルを口実に設置したミサイル防衛サードTHAAD部隊と装備の処遇、北の脅威を理由に急増した国防費の削減への合意形成など、課題は多い。
日本政府もまた、北朝鮮の脅威を口実にして軍備増強を続けて来た。また、日本にも朝鮮国連軍の後方司令部が存在しており、米軍以外の外国軍の訪問の受け入れや自衛隊との共同演習を容易にする既存の仕組みの一つになっている。

しかし、米国内や関係国の事情がいかなるものであれ、朝鮮戦争の終結を拒む正当な理由は存在しない。米国の覇権や既得権益のために、また、韓国と日本に存在する同調者のために、理由のない戦争状態を継続させるという身勝手は許されない。
政府が正当な道理を実行できないとき、障害を乗り越えて実行を迫る力は、市民社会から生まれる他に道がない。国境を越えて協力する市民社会の声が、文在寅の呼びかけに応え朝鮮戦争終結を決断するよう米国政府、必要であれば他の関係国政府にも、届くことが求められている。核兵器廃絶や地球温暖化対策を求める運動のように地球規模で力強い運動が必要だ。
 現在、韓国の350以上の市民団体などが「朝鮮半島平和宣言」を発表[注8]し、同宣言への署名を求める「朝鮮戦争を終わらせる世界1億人署名運動」を行っている。このイニシャチブを心から支持したい。この運動は、次の4つのスローガンを掲げている。
・朝鮮戦争を終わらせ、平和協定を締結しましょう
・核兵器も核の脅威もない朝鮮半島と世界をつくりましょう
・制裁と圧力ではなく、対話と協力で紛争を解決しましょう
・軍備競争の悪循環をやめ、人間の安全保障と持続可能な環境のために投資しましょう
こうした運動をさらに広げ、世界的世論を形成する必要がある。
                                   (前川大)

注1 文在寅の一般討論演説
注2 金星の一般討論演説
注3 例えば、「金正恩党委員長の新年の辞」(“Kim Jong Un Makes New Year Address”、『朝鮮中央通信』英語版、2018年1月1日)や、朝鮮労働党中央委員会総会での金正恩の報告(“Report on 5th Plenary Meeting of 7th C.C., WPK”、同、2020年1月1日)など。いずれも、http://www.kcna.co.jp/index-e.htmから日付で検索。
注4 シンガポール米朝首脳共同声明(2018年6月12日)。
日本語訳:ピースデポ・アルマナック刊行委員会『ピース・アルマナック2020』(緑風出版、2020年7月10日)、138ページ 
注5 「軍事分野合意書」の朝鮮語テキスト
同文書の英文テキスト
日本語訳:ピースデポ・アルマナック刊行委員会『ピース・アルマナック2020』(緑風出版、2020年7月10日)、142ページ。
注6 「『朝鮮戦争終結』踏み込む トランプ氏、米朝会談で『署名あり得る』 『歴史的』演出狙う」、『朝日新聞』、2018年6月9日。
注7 「米朝首脳 歴史的会談 米、中間選挙前に『実績』 朝、『完成した核』後ろ盾」、『毎日新聞』、2018年6月8日。
注8 「朝鮮戦争を終わらせる世界1億人署名運動」ウエブサイト(日本語版)

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