監視報告 No.26 2020年10月5日
はじめに
2020年9月16日、長年にわたり北朝鮮敵視政策を続けてきた安倍晋三政権が幕を閉じ、菅義偉新政権が発足した。新政権の発足は常に政策転換の機会である。
安倍政権がとり続けてきた制裁ありきの北朝鮮敵視政策は見直すべきであろう。拉致、核、ミサイルに関する交渉は続くであろうが、あからさまな敵視政策を継続する姿勢では実りある交渉のきっかけはつかめない。対話再開のきっかけとして、日本が北朝鮮に科してきた独自の経済制裁の段階的解除を検討するべきではないか。独自制裁の一部解除が敵視政策転換のシグナルとして対話の道を開くかもしれない。そのような問題意識から日本の北朝鮮への独自制裁の推移を整理し、制裁解除の可能性について考察した。
日本の独自制裁の種類としくみ
日本の独自制裁実施への動きは、2002年9月に開かれた日朝首脳会談において北朝鮮が日本人拉致を初めて認め、謝罪したことに端を発している。その後、一部の拉致被害者家族は日本に帰国したものの、生存の可能性がある拉致被害者の調査に対して北朝鮮が消極的であることなどに日本の世論の反発は高まり、拉致問題解決のためには経済制裁によって北朝鮮に圧力をかけなければならないという意見が日本政府内で強まった[注1]。
ところが、当時の日本の法制度の下で政府が経済制裁を発動するには国連安保理などの決議が必要であった。こうした状況の中、2002年12月、菅義偉、河野太郎ら6人の議員が「対北朝鮮外交カードを考える会」を結成した。必ずしも拉致問題のみに対する外交カードとして独自制裁を考えていたわけではなかったであろうが、同会が中心となり、日本が独自に経済制裁を発動できるように議員立法を進めた。その結果、2004年2月、「外国為替及び外国貿易法」(外為法)が改定され、「特定船舶の入港の禁止に関する特別措置法」(入港禁止法)が制定された。この2つの法律は経済制裁関連法とも呼ばれている[注2]。その後、「国際連合安全保障理事会決議第1874号等を踏まえ我が国が実施する貨物検査等に関する特別措置法」(貨物検査法)が制定され(2010年)、経済制裁関連法を補った。
こうした法制度を根拠に発動される制裁は、以下に述べるようにヒト、モノ、カネ、フネの4つの流れを制限・遮断することによって実施されている[注3]。
(1)人的往来(ヒト)規制
人的往来の規制は「出入国管理及び難民認定法」(入管法)によって実施されている。同法は第3条で入国審査官から上陸許可を受けない者の入国を禁止し、第5条で上陸拒否の事由を列挙している。同法によって、たとえば「我が国の利益又は公安を害するおそれがあるため上陸を認めることが好ましくない者」を入国拒否にすることができる。
(2)貿易(モノ)規制
貿易の規制は、外為法を法的根拠として実施されている。2004年に同法第10条が改定され、日本の平和と安全の維持のために必要があるときは、閣議決定により制裁措置を発動できるようになった。同法を根拠に輸出(第48条)および輸入(第52条)を規制することができる。
(3)金融(カネ)規制
金融の規制も貿易と同様に外為法に基づいて実施されている。同法を根拠に、国境を越えた送金(第16条)、紙幣・小切手・証券など支払い手段の輸出入(第19条)、資産凍結・投資制限などの資本取引(第21条)、対外直接投資(第23条)、輸出入決済のための金銭貸借などの特定資本取引(第24条)、金融に関わる役務取引(第25条)等を規制することができる。
(4)輸送(フネ)規制
輸送手段の規制は航空機と海運を対象としているが、航空機に対する規制は航空法によって、海運に対する規制は入港禁止法と貨物検査法によって実施されている。入港禁止法は、日本の平和と安全のため必要があると認めるときは、閣議決定によって、特定の外国船籍の船舶等について、日本の港への入港禁止を可能にするものである。貨物検査法は、北朝鮮の2度目の核実験(2009年5月25日)を受けて採択された安保理決議1874を実施するための特別措置法である。
このように日本の制裁は、入管法、外為法、航空法、入港禁止法、貨物検査法を根拠にヒト、モノ、カネ、フネの流れを制限・遮断することによって実施されている。
日本の北朝鮮制裁の特異性
すでに述べた通り、日本政府は北朝鮮に対する独自制裁を念頭において2004年に経済制裁関連法を成立させた。そうした背景からか、日本の北朝鮮に対する独自制裁には以下のような特徴がある。
第一に、制裁を科す際に拉致問題に言及している点である。日本の独自制裁は2006年7月に始まるが、その最初のものを除いて、必ず「拉致、核、ミサイル」に言及している。制裁のすべては、北朝鮮が行った核実験やミサイル発射という安全保障上の行為に対して行われているにもかかわらず、筋違いともいえる拉致への言及がある。
第二に、日本の独自制裁は、個別の制裁理由となる行為への対応の側面よりも、北朝鮮という国家あるいは国家体制への強い反発、あるいは敵視の表現形態という側面が強い。国連安保理による制裁は、核・ミサイル計画関連の活動やそれを推進する北朝鮮指導部にターゲットを絞った制裁から出発をして、2016年までは北朝鮮の一般民衆への影響を最小限にとどめるよう慎重に発動されていった。ところが、日本の制裁は早い時期から北朝鮮の一般の人々の生活に大きな影響が及びかねない貿易規制に踏み込んだ。こうした容赦のない日本の姿勢は、国連安保理の姿勢とは異質のもので、北朝鮮敵視政策を反映したものといえるだろう。
以下では、こうした特徴を持った日本の独自制裁の具体的な推移を概観する。
日本の北朝鮮制裁の推移
(1)核実験・ミサイル発射を契機とする制裁(2006年7月~2014年7月)
日本政府による最初の独自制裁は、小泉純一郎政権下で行われた。2006年7月5日、北朝鮮による7発のミサイルが発射されたその日に、日本政府は独自に北朝鮮に対して輸送規制措置(万景峰(マンギョンボン)92号の入港禁止、北朝鮮からの航空チャーター便の日本乗り入れ禁止)および人的往来規制措置(北朝鮮当局職員の入国原則禁止、北朝鮮籍船舶の乗員の上陸原則禁止、在日北朝鮮当局職員が北朝鮮に渡航した場合の再入国原則禁止、日本の国家公務員の北朝鮮への渡航原則禁止、日本から北朝鮮への渡航の自粛要請)を発動した[注4]。一方、国連安保理はその10日後(7月15日)に制裁措置(安保理決議1695)を採択した。その内容は核兵器などの大量破壊兵器と弾道ミサイルの開発に関与した北朝鮮の15団体・1個人の資産を凍結するという内容であった[注5]。これは焦点を絞った限定的な制裁と言える。
2006年10月9日、北朝鮮は初の核実験を実施した。これ対して10月11日、当時の第一次安倍政権は「我が国安全保障に対する脅威が倍加」し「北朝鮮が拉致問題に対しても何ら誠意ある対応を見せていない」ことなどを理由に北朝鮮に対して強硬な措置をとることを決定した。具体的には、輸送規制(入港禁止の対象を北朝鮮籍の全船舶に拡大)、人的往来規制(入国原則禁止の対象をすべての北朝鮮籍の者に拡大)、貿易規制(北朝鮮からの輸入を人道目的の場合を除いて全面的に禁止)をそれぞれ強化した(10月13日閣議決定)。ただ、輸出に関しては10月14日に採択された安保理決議の実施にとどまった[注6]。
この時点で日本政府はいきなり北朝鮮民衆の生活に影響が及びかねない全船舶の入港禁止および輸入全面禁止という容赦のない措置をとった。
一方で、10月14日に成立した国連安保理決議1718は、武器・大量破壊兵器等の関連物資および贅沢品の北朝鮮への輸出を禁じるのみであった[注7]。この時点における国連制裁は、北朝鮮指導部と核・ミサイル開発に関わったとみなされる個人と組織をターゲットとしたもので、北朝鮮民衆に多大な影響が及びかねない貿易規制は回避した。こうした国連制裁の傾向は2016年1月6日に北朝鮮が4度目の核実験を実施する前まで継続する。日本政府はその10年近くも前から北朝鮮民衆の生活に大きな影響を与えかねない輸入全面禁止措置をとってきたのである。
こうした日本の容赦ない姿勢はその後も続く。2009年4月10日、麻生太郎政権は北朝鮮が4月5日にミサイルを発射したことを受けて金融規制を強化した(日本から北朝鮮に自由に持参できる資金額の上限を100万円から30万円に、北朝鮮に住所を有する者に対して許可なく支払いができる上限を3000万円から1000万円に引き下げた)。国連安保理はこの時のミサイル発射に対しては新たな制裁決議は採択せず、北朝鮮制裁委員会が新たに3団体を資産凍結対象に加えたのみであった。[注8]。
2009年5月25日、北朝鮮は2度目の核実験を実施した。それに対して国連安保理は6月12日に決議1874を採択し、加盟国に北朝鮮の大量破壊兵器と弾道ミサイルに関する計画や活動に寄与し得る資産の移転防止と、そうした活動に関わる専門教育・訓練の防止を義務付けた。この時点でも、国連制裁は核・ミサイル開発に関わる活動の規制を目的としたものにすぎなかった。ところが、6月16日、麻生政権下の日本はさらなる制裁を発表し、北朝鮮向けの輸出を全面的に禁止(人道目的を除く)するとともに、制裁の対象を外国人にまで拡大した(北朝鮮制裁に違反した外国人船員の日本入国を禁止し、制裁措置に違反した在日外国人が北朝鮮に渡航した場合の日本再入国を不許可とした)[注9]。
日本はこの2009年6月の時点で、核・ミサイル開発とは直接に関係のない民生品を含めた輸出入を北朝鮮との間で全面的に禁止するという国連制裁を大幅に超えた措置をとったことになる。
その後も日本の独自制裁は続き、北朝鮮の魚雷攻撃によるものと見られる(北朝鮮は否定)韓国哨戒艦天安号沈没事件(2010年3月26日)[注10]、および北朝鮮による3度目の核実験(2013年2月12日)を受けて、日本は北朝鮮に対して国連制裁を超える独自制裁を加えた[注11]。
(2)日朝ストックホルム合意と制裁緩和(2014年7月~2016年2月)
2011年12月、北朝鮮では指導者が金正日から金正恩に交代し、2012年12月、日本では第2次安倍内閣が誕生した。
そうした中で2014年5月29日、日本と北朝鮮は拉致問題を話し合うためにストックホルムで会合を開いた。その会合で、北朝鮮は拉致被害者や行方不明者の調査を約束し、その調査を開始する時点で日本側が独自制裁を一部解除することで合意した[注12]。この合意に基づいて、7月4日、日本は独自制裁を緩和した。
この時に日本が解除した制裁は、北朝鮮経済に大きな好影響を及ぼすものではなかったが、在日朝鮮人との関係においては少なからぬ意味があった。具体的には、人的往来規制の緩和(北朝鮮籍者の入国の原則禁止の解除、在日の北朝鮮当局職員が北朝鮮に渡航した場合の再入国原則禁止措置の解除、日本人に対する北朝鮮への渡航自粛要請措置等の解除)、金融規制の緩和(日本から北朝鮮に自由に持参できる金額の上限を10万円から100万円に、北朝鮮に住所を有する者に対して許可なく支払いができる上限を300万円から3000万円に引き上げ)、輸送規制の緩和(人道目的の場合は北朝鮮船舶の日本入港を許可)を行った[注13]。しかし、北朝鮮との輸出入の全面禁止および北朝鮮船舶の全面入港禁止(人道目的の場合を除く)は依然として維持されたままであった。
ストックホルム合意における制裁緩和は、日本の独自制裁が、いずれも核・ミサイル開発に関して科せられたにも関わらず、拉致問題に関連して緩和が行われた。日本政府とっては、前述のように北朝鮮への制裁は国家体制への敵視の表現であり、核・ミサイルと拉致との間に境界がないことを示している。
(3)制裁の再強化(2016年2月~現在)
ストックホルム合意による拉致問題の解決に進展がないまま、約1年半後の2016年1月6日、北朝鮮は4度目の核実験を実施し、2月7日にはミサイル発射実験を行った。それに対して安倍政権下の日本は2月10日「我が国は、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決するために何が最も有効な手段かという観点から真剣に検討してきた結果、以下の独自措置を実施する」と表明し[注14]、国連安保理による制裁決議2270の採択(3月2日)を待たずに北朝鮮に制裁を加えた。
その内容は、おおむねストックホルム合意で緩和したものを復活させたもので、それにプラスして北朝鮮を渡航先とした場合の再入国不許可対象に在日外国人の核・ミサイル技術者を加え、入港禁止対象を北朝鮮に寄港した第三国籍船に拡大し、資産凍結対象に1団体、10個人を追加した[注15]。
一方、国連安保理もこの時期を境に制裁内容を大きく拡大し始める。安保理決議2270(2016年)には、北朝鮮指導部や軍事活動を主なターゲットとした制裁(法律に違反した北朝鮮外交官の国外追放、すべての武器・関連物資の北朝鮮への輸出禁止、航空燃料の原則輸出禁止)に加えて、北朝鮮経済に打撃を与えることを意図した制裁(金、チタン鉱石、バナジウム鉱石、レアアースの北朝鮮からの輸入禁止、石炭、鉄、鉄鉱石の輸入規制、北朝鮮に出入りするすべての貨物検査、その他の金融規制)が含まれた[注16]。
国連が一般民衆への多大な悪影響が出かねないこの種の制裁を北朝鮮に加えたのはこの時が初めてであった。一方日本は、すでに述べた通り、2006年よりこの種の制裁を開始し、2009年の時点で北朝鮮との貿易を全面的に禁止していたため、この時点では貿易面でこれ以上制裁を強化する余地は残されていなかった。
2016年9月9日、北朝鮮は5度目の核実験を行った。それを受けて11月30日、国連安保理は決議2321(2016年)を採択し、主に北朝鮮経済へのダメージを狙った制裁(銅、ニッケル、亜鉛、銀の北朝鮮からの輸入禁止、北朝鮮産石炭の輸出上限の設定、北朝鮮の船の登録抹消、北朝鮮外交使節の金融機関口座の制限など)を決議した。それに対して日本は貿易面での制裁強化の余地は残されていなかったため、それ以外の手段でさらなる独自制裁を発動した(12月2日)。具体的には、人的往来規制(北朝鮮を渡航先とした場合の再入国不許可対象者を拡大)、輸送規制(北朝鮮に寄港した全ての船舶の入港禁止)、金融規制(資産凍結対象に6団体、9個人を追加)をそれぞれ強化した。これらは国連安保理が決議した内容を超えた制裁である。
2017年9月3日に北朝鮮が6度目の核実験を行い、11月29日に大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射した際、制裁の厳しさが史上最強と言われる国連安保理決議2397(2017年)を採択した(12月22日)。このとき日本がなしえたのは資産凍結や入港禁止船舶の対象を拡大することくらいであった。日本の北朝鮮に対する独自制裁は2017年12月15日に資産凍結の対象を北朝鮮に本社を置く19団体に拡大したのが最後となっている[注17]。
日本の独自制裁の代表例
以上に述べたように、現在、日本が北朝鮮に科している国連制裁を超えた独自制裁の代表的なものには以下のようなものがある。
・在日朝鮮人で北朝鮮当局の職員と見なされる者などは渡航すると再入国できない。また、北朝鮮の国民は原則的に日本に入国できない。
・国連が輸入制裁対象としていない、北朝鮮の特産品であるマツタケ、電子部品、電力用ケーブルといった品目など、人道目的以外のすべての物品の輸入が禁じられている。
・国連が輸出制裁対象としていない、北朝鮮の民生活動に必要な民生トラック、バス、冷蔵庫、クーラーといった品目など、人道目的以外のすべての物品の輸出が禁じられている。
・北朝鮮への渡航が許されても、10万円以上の金額を自由に持ち込むことができない。
・在日朝鮮人が北朝鮮に住む親族や友人に送金するなど国連制裁と無関係の送金も、すべて禁止されている。
・国連は59隻の船舶を特定して入港禁止しているが、日本は人道目的を含むすべての北朝鮮籍のみならず、北朝鮮に寄港した船舶すべての入港を禁止している。
これらは北朝鮮の経済や在日朝鮮人の生活に多大な悪影響を生み出しているであろう。これらを解除することは、国連安保理決議の不履行とはならず、日本が独自の判断で解除することが可能である。
敵視政策からの転換を示す第一歩
上述のように、日本は国連制裁に先んじて北朝鮮に容赦ない独自制裁を科し続けてきた。しかし、核、ミサイル、拉致のいずれに関しても、制裁が効果をうんでいないことは誰しも認めざるを得ないところであろう。
幸い、2018年に南北と米朝の対話が始まった。現在は行き詰まっているとはいえ、対話の窓は閉じられてはいない。北朝鮮は、米国に北朝鮮敵視政策を撤回し、シンガポール合意の相互的、段階的な履行の道を積み重ねて、相互に信頼を取り戻すように、米国に呼びかけている。
日本政府もまた、制裁ありきの敵視政策を見直し、対話と交流による信頼醸成のアプローチに転換すべきである。そのためには、北朝鮮が自然災害とCOVID-19によって直面している困難への人道支援を趣旨として、独自制裁の解除についてまず検討すべきであろう。それによって、人と物の交流を再開することがすべての前提となる第一歩となる。それは敵視政策からの転換を北朝鮮に示す最初のシグナルとなる。例えば、日本政府が2014年7月4日に一度解除した独自制裁措置を再び自発的に解除をするのも一案であろう。こうした措置は安保理決議に抵触しないうえ、かつ一度経験した解除措置であるための利点も考えられる。日本政府は、韓国はもちろんのこと、米国や欧州連合にも事前の説明をしたうえで、これらの制裁解除を検討し段階的な実施を目指すべきである。政権交代は、政策転換にとって活用できる機会となるはずである。(渡辺洋介、梅林宏道)
注1 高英起「検証:日本人拉致問題を振り返る」(2014年7月15日)
https://news.yahoo.co.jp/byline/kohyoungki/20140725-00037690/
注2 財団法人安全保障貿易情報センター(CISTEC) 「最近の経済制裁措置」(2019年4月19日最終更新)
https://www.cistec.or.jp/export/keizaiseisai/saikin_keizaiseisai/index.html#1_kokusaikyouchou
および、水野けんいち「新版・北朝鮮経済制裁法案とは何か (外為法篇)」(2003年6月14日)「けんいちブログ」
https://mizunokenichi.com/新版・北朝鮮経済制裁法案とは何か-(外為法篇)/
注3 この分類の仕方は以下の議論を参照した。山田卓平「日本による北朝鮮への独自措置―日本の国際義務に適合するか―」『龍谷法学』第51巻第3号(2019年2月)、pp.1541-1626。 https://irdb.nii.ac.jp/01036/0003986931
注4 衆議院調査局北朝鮮による拉致問題等に関する特別調査室『北朝鮮による拉致問題等に関する参考資料集』2020年、p.198。
注5 同特別調査室『北朝鮮による拉致問題等に関する基礎資料』2018年、p.94。
注6 注4と同じ、p.203。
注7 注5と同じ、p.93、p.100。
注8 注4と同じ、p.213。
注9 注5と同じ、p.94、p.101。
注10 2010年5月28日、日本は独自制裁として北朝鮮に自由に持ち込める資金の上限を30万円から10万円に、北朝鮮に住所を有する者に対して許可なく支払いができる上限を1000万円から300万円に引き下げた。天安号事件に関して国連安保理は制裁決議を採択していない。参照:注4と同じ、p.218。
注11 2013年2月12日、日本は独自制裁として、北朝鮮を渡航先とした場合の再入国不許可の対象を在日の北朝鮮当局職員の活動を補佐する者にまで拡大した。一方で、国連安保理は3月7日に決議2094を採択し、さらなる制裁として資産凍結対象に2団体、3個人を追加した。その後、日本は独自に資産凍結対象を拡大し、国連制裁を超えて10団体、6個人の資産を凍結した(4月5日および8月30日)。参照:注5と同じ、p.94、pp.101-102。
注12 外務省「日朝政府間協議(概要)合意事項」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000044432.pdf
注13 注4と同じ、p.228。
注14 注4と同じ、p.231。
注15 注4と同じ、pp.231-233。
注16 注5と同じ、pp.93-99。
注17 注5と同じ、pp.92-94、p.102。および、同書2020年版、pp.
108-109。