2020/04/24

監視報告 No.22


監視報告 No.22  2020年4月24日

§国内産業の自立発展が「正面突破戦」の実態であり、非核化の焦点が米国の敵視政策の撤回であることに変わりはない

 金正恩委員長が昨年末の朝鮮労働党中央委員会総会(第7期第5回)で「正面突破戦」を宣言し[1]、その後の動向が注目された朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)。先月から北朝鮮はミサイル訓練や実験などを繰り返しているが、朝鮮半島の非核化を平和的に実現できるかどうかが米国政府の行動にかかっているという状況に変わりはない。

昨年末の朝鮮労働党中央委員会総会について、日本では金正恩が演説で「北朝鮮が保有することになる新しい戦略兵器を世界は遠からず目撃することになる」[2]と述べたことが注目されたが[3]、「正面突破戦」を宣言した金正恩の演説の要旨は、米国政府が北朝鮮に対する敵視政策を撤回することは当面ないとの前提で、「自力更生」や「自給自足」によって国際社会による厳しい制裁を「正面突破」し、社会主義を発展させようということであり、演説はその実現ために各産業部門が取り組むべき課題に力点が置かれている。
具体的には、金正恩は、
「核問題がなくても、米国は別の問題で我々に難癖をつけ、米国の軍事的・政治的威嚇が終わることはないでしょう」、
「敵対勢力の制裁と圧力を無力化して社会主義建設の新たな道を切り開くために、正面突破戦を開始しなければなりません」
と述べ、「今日の正面突破戦における基本戦線は経済部門」であり、なかでも「農業部門は正面突破戦を成功させるための主要攻略部門である」と明言している[4]。金正恩が総会の終わりに述べた次の言葉が、「正面突破戦」が意味するところを最も明確に示しているだろう。
「第7期第5回朝鮮労働党中央委員会総会の基本思想、基本精神は、情勢が好転することを座して待つのではなく、正面突破戦を展開すべきであるということです。
 言い換えれば、平穏に暮らそうとする我々に米国と敵対勢力が干渉してこないなどとは夢にも思ってはならず、社会主義建設の行く手を阻む困難を乗り切るために、自力更生の力で正面突破すべきであるということです」[5]。

 実際、国営通信社である朝鮮中央通信を読むと、経済司令部と位置付けられている内閣の(キム)(ジェ)(リョン)総理が頻繁に産業施設などの視察に訪れていることや[6]、北朝鮮の労働者が「正面突破戦」の宣言を受けて「奮闘」したり「革新を起こしている」様子をうかがい知ることができる。
例えば、
「朝鮮労働党中央委員会第7期第5回総会で提示された綱領的課題を体して、(サン)(ウォン)セメント連合企業所の活動家と労働者がより多くのセメントを生産するために奮闘している」[7]、
金正淑(キムジョンスク)平壌紡織工場の労働者たちが正面突破戦の最先頭に立って疾走するという熱意を抱いて織物の生産において革新を起こしている」8
等々。
また「正面突破戦」の「主要攻略部門」である農業部門では、「正面突破戦の初年である今年に朝鮮労働党が提示した新しい穀物生産目標を達成するための課題と方途」についての討議が「農業部門総括会議」で行われたことや[9]、新しいリン酸肥料工場の建設や干拓地の建設が精力的に進められていること[10]などを同紙は伝えている。リン酸工場については、とくに重点が置かれているようで、金才龍だけでなく複数の北朝鮮政府高官が視察に訪れている[11]。
演説の中で述べられた軍事的な面は、あくまでこうした産業の強化を外国からの侵略によって妨害されないよう保証する必要性を説いたものに過ぎない。朝鮮中央通信[12]は、金正恩が演説で、
「前代未聞の厳しい挑戦と困難に立ち向かうための正面突破戦で確かな勝利を治めるためには、強力な政治的、外交的、軍事的保証がなければなりません」
と述べたと伝えている。
 北朝鮮が繰り返しているミサイル訓練や試射についても、それに対する「深い懸念」を国連安保理の会合の後に表明したヨーロッパの5か国に対する北朝鮮政府の反論からわかるように、朝鮮戦争開戦以来、未だに北朝鮮に対して向けられている米軍と韓国軍に対する自衛のためだというのが北朝鮮政府の立場だ。ヨーロッパ5か国の声明に対して北朝鮮外務省の報道官は次のような談話を発表した。
「ロケット砲兵の通常的な訓練までも糾弾の対象であり、何らかの『決議違反』になるのなら、われわれに目前にある米国と南朝鮮の軍事力は何でけん制し、わが国家はどのように守れと言うのか。
……現在のように無鉄砲にわれわれの自衛的行動を問題視すれば結局、われわれに自国の防衛を放棄しろと言うことと同じである」[13]。
 自主・自立・自衛を掲げる「チュチェ思想」に基づいて軍の近代化を図る北朝鮮の軍事政策は、米国の「核の傘」の下で米軍との連携を一層深め、憲法に違反して敵地攻撃能力の増強を図る日本や覇権主義国家の米国と比較して、その規模においても意図においても控えめだが、米国との戦争状態が依然として続いている以上、北朝鮮としてもそれに対応し得る軍事的措置を取らざるを得ないだろう。
北朝鮮が米国との交渉に関心を示さず、自力更生・自給自足の道を明確にして行動に移しているからといって、米朝両政府が朝鮮半島の平和と非核化を約束した2018年のシンガポール合意実現への道が完全に閉ざされたと考えるべきではない。
 金正恩は演説の中で次のようにも述べている。
「米国が北朝鮮に対する敵視政策を続けるなら、朝鮮半島の非核化は永遠にありえません。そして米国の敵視政策が撤回され、朝鮮半島に永続的で持続性のある平和体制が構築されるまで、北朝鮮は国家の安全のために必要かつ必須の戦略兵器の開発を着実に続けていくことになります」、
「我々の抑止力強化の幅と深さは、北朝鮮に対する米国の態度によって適切に調整されることになります」[14]。
 米国政府が北朝鮮に対する敵視政策を撤回して北朝鮮との信頼関係を構築する姿勢を行動で示すなら、交渉による平和的な朝鮮半島の非核化への道は再び開かれると見るべきだろう。(前川(はじめ)

1 「Fifth Plenary Meeting of Seventh Central Committee of Workers' Party of Korea Held」(『朝鮮中央通信』英語版、202011日)。
http://kcna.kp/kcna.user.home.retrieveHomeInfoList.kcmsf から「English」を選択後、「Fifth Plenary」で検索。
2 注1と同じ。
3 例えば、「『世界は新たな戦略兵器を目撃する』 北朝鮮、4日間の総会閉会」(『朝日新聞』、202013日)、「正恩氏『世界が新兵器見る』 米を威嚇『遠からず』 党中央委」(『毎日新聞』、202013日)など。
4 注1と同じ。
5 注1と同じ。
6 例えば、「金才龍総理が人民経済の複数の部門を視察」(『朝鮮中央通信』日本語版、2020121日)、「金才龍総理が北倉(プクチャン)火力発電連合企業所、長山(チャンサン)鉱山、(スン)(チョン)燐酸肥料工場建設場などを視察」(同、2020216日)など。
http://kcna.kp/kcna.user.home.retrieveHomeInfoList.kcmsf から「日本語」を選択後、それぞれ「人民経済の複数の部門」、「北倉火力」で検索し、該当する日付を参照。
7 「沸き返る屈指のセメント生産拠点」(『朝鮮中央通信』日本語版、202019日)。
http://kcna.kp/kcna.user.home.retrieveHomeInfoList.kcmsf から「日本語」を選択後、「沸き返る屈指」で検索。
8 「織物の生産において革新」(『朝鮮中央通信』日本語版、2020220日)。
http://kcna.kp/kcna.user.home.retrieveHomeInfoList.kcmsf から「日本語」を選択後、「織物の生産」で検索。
9 「2019年農業部門総括会議が開会」(『朝鮮中央通信』日本語版、2020118日)。
http://kcna.kp/kcna.user.home.retrieveHomeInfoList.kcmsf から「日本語」を選択後、「農業部門総括会議」で検索し、該当する日付を参照。
10 リン酸肥料工場については、「順川燐酸肥料工場の建設が総建築工事量の90%界線を突破」 (『朝鮮中央通信』日本語版、2020222日)、「完工の日を早めるために」 (『朝鮮中央通信』日本語版、202042)など。干拓地建設については、「干拓地の建設を本格的に推進」(『朝鮮中央通信』日本語版、202047日)。
http://kcna.kp/kcna.user.home.retrieveHomeInfoList.kcmsf から「日本語」を選択後、それぞれ「順川燐酸肥料工場」、「完工の日を早める」、「干拓地の建設を本格的」で検索し、該当する日付を参照。
11 「金才龍総理が人民経済の複数の部門を視察」(『朝鮮中央通信』日本語版、2020121日)、「朴奉(パクポン)(ジュ)党副委員長が複数の単位を視察 」(『朝鮮中央通信』日本語版、202023日)、「(チェ)(リョン)()委員長が順川燐酸肥料工場の建設場を視察 」(『朝鮮中央通信』日本語版、202025日)など。
http://kcna.kp/kcna.user.home.retrieveHomeInfoList.kcmsf から「日本語」を選択後、それぞれ「人民経済の複数の部門」、「朴奉珠党副委員長」、「崔龍海委員長」で検索し、該当する日付を参照。
12 注1と同じ。
13 「朝鮮外務省代弁人 われわれの通常的な訓練を非難する一部の国々の無分別な行為を糾弾」(『朝鮮中央通信』日本語版、202037日)。
http://kcna.kp/kcna.user.home.retrieveHomeInfoList.kcmsf から「日本語」を選択後、「無分別な行為を糾弾」で検索し、該当する日付を参照。
14 注1と同じ。



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