2019/08/02

監視報告 No.13

監視報告 No.13  2019年8月2日

§ 軍事的な出来事を契機とした事態悪化を防ぐため、南北共同軍事委員会を活用する国際的な支援が必要である

本監視プロジェクトは、日本にも深く関係する問題として、朝鮮半島の平和・非核化プロセスが、個別の軍事的行為や出来事を契機として悪化するリスクに懸念を抱いてきた[1]。5月の短距離ミサイル発射のときに引き起こされた国際社会の反応に引き続いて、最近の米韓合同演習「同盟19-2」の開催を巡る動きや朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の新型誘導兵器の発射をめぐる情勢は、このようなリスクが継続していることを示している。


5月のミサイル発射
 今年5月に行われた北朝鮮のミサイル発射事件のことを簡単に振り返っておこう。北朝鮮は54日に大口径の長距離多連装ロケット砲と戦術誘導兵器の運用能力を試すことを目的として「火力打撃訓練」を実施した2]。さらに59日には、複数の短距離ミサイルを日本海(東海)に向けて発射した。北朝鮮は、いずれの発射も「経常的で自衛的な軍事訓練」であるとし、これを大げさに論じる勢力に抗議した[3]。

 このときの各国のメディアの反応は大きかった。主要メディアは、国連安保理の制裁決議の対象になるとか、短距離の発射がやがて長距離ミサイル発射へと繋がってゆき北朝鮮の昔ながらの瀬戸際外交が始まる第一歩である、などといった論調の専門家のコメントが載った大見出し記事で覆われた。このような論調に対して、ボルトン米大統領補佐官のような強硬派は別として、米国と韓国の政府当局者は問題の鎮静化に努めた。例えば、ロバート・エイブラムス在韓米軍司令官は、522日、陸軍太平洋シンポ(ハワイ)での講演[4]で、5月の北朝鮮によるミサイル発射を含む訓練は、北朝鮮の通常の軍事活動の一部であり、朝鮮半島における緊張緩和の状態に特に悪影響を及ぼすものではないと述べた。また、トランプ大統領は、525日、ツイッターに「北朝鮮が何発か小さな兵器を発射した。私の閣僚やらの中には気にしている者もいるが、私は気にしない。金委員長は、私との約束を守ると信じていると投稿した5]。韓国政府は、発射されたものは短距離ミサイルであるとしながら、国連制裁決議の対象になる弾道ミサイルであるかどうかの判断を最後まで留保した[6]。

 このように、5月のミサイル発射事件は、国際的な反響が大きく、多くは北朝鮮が再び約束を破ろうとしているといった世論を炎上させた。それは、朝鮮半島の非核化交渉に否定的な影響を及ぼす可能性をはらんでいた。しかし、米国と韓国の政府中枢は事件の鎮静化に努めた。


韓国空軍のF35を破壊するミサイルの示威発射
725日早朝に発射された北朝鮮の2発の短距離ミサイルについて、朝鮮中央通信は「新型戦術誘導兵器の示威発射」であり、金正恩の指示による「韓国軍部の好戦者(ミリタリー・ウォーモンガー)への正式の警告を発する威力展示の一部である」と報じた[7]。今回の発射は、韓国をターゲットにした行為であったことに顕著な特徴がある。

今回の発射の直接の契機は2つあった。そのいずれもが米韓相互防衛協定下で長く続いてきた韓国の安保政策に由来する。1つは韓国空軍が米国から購入した最新鋭F35Aステルス戦闘機の追加の2機が715日に到着したことである[8]。もう1つは米韓合同軍事演習「同盟19-2」が8月にも開かれようとしていることである。2つの契機の両方について、北朝鮮は南北首脳9月平壌宣言の付属文書「軍事分野合意書」に違反すると述べた。

多くの日本のメディアによるミサイル発射報道は、後者の合同軍事演習の問題のみを伝えた。7月中旬と言われていた米朝実務者交渉の開催の遅れが注目される状況の中で、北朝鮮が米韓合同軍事演習の再開に強く抗議していたことが、後者がクローズアップされた理由であろう。しかし、実際には前者の問題の方が、北朝鮮の安全にとっても、あるいは今後の朝鮮半島の平和・非核化プロセスにとっても困難な問題を私たちに示している。事実、北朝鮮が今回の新型ミサイル発射直前に、F35Aを地上で破壊するための兵器を開発・発射テストを行うと予告していたことに注目すべきである。

F35Aの追加2機が清州(チョンジュ)韓国空軍基地に到着する4日前の711日、追加配備の情報を得た北朝鮮は、外務省アメリカ研究所政策研究部長の名において、このステルス戦闘機を「見えない致死兵器」と呼び、その追加配備を「隣国への軍事的優位を確保し、朝鮮半島有事に北朝鮮侵略への突破口を開く目的をもっている」と主張した。そして、「我々としては、韓国で増強される致死兵器を完全に破壊するための特殊兵器を開発しテストする以外に選択の道がない」と警告した[9]。今回の発射テストはまさにここで言う特殊兵器であったと考えられる。726日付「朝鮮中央通信」の記事によると、発射テストされた新型誘導兵器の性能は「低高度で滑空し急上昇する飛行軌道をもち、迎撃が困難である特徴」があると述べている[10]。韓国に配備されている弾道ミサイル防衛システムによる迎撃を回避し、地上ターゲット(空軍基地にあるF35A)を叩く能力を備えたミサイルの「威力展示発射」を行ったのである。

 したがって、米国は新しい脅威ではないと静観の姿勢を示したのに対して、韓国軍は北朝鮮の新しい軍事能力への脅威認識を隠さなかった[11]。しかし、米韓両政府とも、これを米朝協議に悪影響を及ぼす事態にはしないという抑制した姿勢を維持する点においては、5月と変わらなかった。


米韓軍事合同演習「同盟19-2」への強い非難
 北朝鮮の7月のミサイル発射は、韓国軍の新兵器導入と現代化に対して、南北首脳宣言の履行と軍事的対抗の両側面から北朝鮮が反応したものと解釈できる。

 その反面、北朝鮮は「同盟19-2」実施問題については米国に照準を合わせ、米朝実務者協議とリンクさせた強い非難メッセージを送った。これは、実務者協議の再開に関する水面下の交渉において、北朝鮮が望む、従来とは異なる「新しい計算法」[12]に基づく提案が米国から出ていない現状を反映したものであろう。「新しい計算法」を引き出すために、北朝鮮は米韓合同演習を中止するというシンガポールにおける米国の約束がもっていた意味を、米国に想起させようとしている。

 北朝鮮外務省報道官は、716日、この演習は規模においても意図においても従来の米韓合同演習とは異なるという米韓の説明に抗して、次のように反論した[13]。「(演習は)緊急時における封じ込めと反撃を装った、急襲と大量の増派部隊の急派によって我が共和国を軍事制圧することを狙った実地訓練と戦争リハーサルであることは明々白々である。」また、北朝鮮が核実験とICBM発射実験を中止したことと米国が合同軍事演習を中止したことを並置したうえで、これは文章化されていなくても「2国間関係を改善するために交わされた誓約」であると述べた。にもかかわらず、北朝鮮のみが約束を守り、米国が約束を破ろうとしていると現状を述べ、次のように警告した。「米国が一方的に約束を破るにつれて、我々もまた、米国との約束を忠実に守る理由がなくなりつつある。」この北朝鮮の文節を捉えて、多くのメディアは、「米韓合同軍事演習が実施されるならば、北朝鮮は核実験やICBM発射実験を再開する」と、北朝鮮が示唆したと報じた。

 この外務省報道官の声明は、声明の中で「実務者協議」という言葉こそ使っていないが、その前提となるシンガポール首脳共同声明に言及しており、共同声明を実現するための米朝協議の継続そのものが危機にあると警告している。

 北朝鮮の米韓合同演習への反発は、「同盟19-2」以前から強い調子で続いている。34日~12日に従来の合同演習「キー・リゾルブ」に代わる合同演習「同盟19-1」(当時は単に「同盟」と呼ばれた)が行われた時にも、これに対し、「『北の全面的な南侵状況』を想定した戦時作戦計画をコンピューター・シミュレーションを通じて点検し、戦争遂行能力を引き上げるところにその目的がある」とし、「南朝鮮軍当局と米国の尋常でない動きは、敵対関係の解消と軍事的緊張緩和を確約した朝米共同声明と北南宣言に対する乱暴な違反であり、朝鮮半島の平和と安定を願う全同胞と国際社会の志向と念願に対する正面切っての挑戦である」と批判した[14]。

 米韓合同軍事演習に対する北朝鮮の批判論調は、3月以来、ほとんど変わっていない。米韓両国が、口頭で規模の縮小や趣旨の変更の説明を繰り返しても、合同演習の実施が北朝鮮の反発の原因となる状況は、何らかのリスク管理の方法が考案されなければ変わらないであろう。それは、米朝間の平和・非核化協議を困難に陥れる時限爆弾であり続けることになる。


南北共同軍事委員会への期待
 今回のミサイル発射に際して、北朝鮮は韓国指導部のダブル・スタンダードへの強い非難のメッセージを出した。韓国が、一方で朝鮮半島平和の旗手の顔をして北朝鮮と「平和の握手」をしながら、陰でF35A追加配備や米韓合同軍事演習「同盟19-2」の実施を行っているとの非難である。ここで問われている問題は、韓国が米国からステルス戦闘機40機や無人偵察機グローバルホーク4機を購入するという契約に象徴される既定の軍備増強計画や、存続している米韓合同司令部のもとで合同軍事演習が当面は継続されるという、過去からの負の遺産が、南北対話が進む情勢変化の中でどのように解決されてゆくかの問題である。この移行の過程は長期間続く可能性がある。この期間に発生する軍事問題に関わるトラブルの処理を誤ることのリスクを、朝鮮半島の平和・非核化プロセスの成功を望む国際社会は協力して克服しなければならない。

 この問題を考える際に、2018919日の南北平壌(ピョンヤン)宣言の付属合意書として採択された「板門店宣言履行のための軍事分野合意書」によって設立合意された「南北共同軍事委員会」の活用が出発点になる[15]。

 この合意書によって、南北は「地上と海上、空中をはじめとする全ての空間において、軍事的緊張と衝突の根源となる相手方に対する一切の敵対行為を全面的に中止する」と合意し、それを具体化する方策の一つとして、「南北軍事共同委員会」を通して、「相手方を狙った大規模な軍事訓練ならびに武力増強問題、多様な形態の封鎖、遮断や航海の妨害、相手方に対する偵察行為の中止などについて協議する」ことに合意している。

 2019626日、文在寅大統領は世界の通信社7社との合同書面インタビュー[16]に答えて南北共同軍事委員会への期待を次のように述べている。「軍事分野での南北間の合意が適切に実施されれば、南北共同軍事委員会を通じて適切な情報を交換し、軍事演習や訓練を参観することによって、軍事態勢の透明性をさらに高める段階に進むことができる。また、非核化の進展に伴い、首都ソウルを標的とした北朝鮮の長距離砲や南北が保有する短距離ミサイルなど、脅威となる兵器の武装解除に際して前進することが可能になる。」

残念ながら北朝鮮は、この共同軍事委員会を活用する姿勢を見せていない。その理由としては、実質的な米朝協議が進まない現段階では北朝鮮は米朝協議の進展に関心を集中し人的資源もそこに投入せざるを得ないということ、また、従来から米韓軍事同盟における韓国の独立性について疑問を抱いていること、などが考えられる。この状況を克服するためには、国際的な働きかけによる共同軍事委員会の活用について構想することが急務であろう。例えば米国を説得して、南北共同軍事委員会が同意できる国々の代表で構成される国際監視団を組織して米韓合同軍事演習をオブザーブするなどの試みが考えられる。そのような構想においては北朝鮮とも交流のあるASEAN諸国の役割が貴重であろう。(梅林宏道)
追伸:本報告は2019731日の北朝鮮によるミサイル発射以前に書かれたが、趣旨に変更はない。

1 例えば、監視報告No.4「軍事演習を巡って不要な緊張を生むべきではない。軍事的信頼醸成には段階的な前進が必要だ」(2019121日)。
2 「金正恩最高指導者が前線地域と東部戦線における国防打撃訓練を指導する」(『朝鮮中央通信』(英語版)、201955日)。
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。
3 「DPRK外務省報道官、経常的、自衛的軍事訓練を問題視しようとする勢力を批判」(『朝鮮中央通信』(英語版)、201958日)。
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。
4  ロバート・エイブラムス在韓米軍司令官の陸軍太平洋シンポ(ハワイ)での講演。
6 「韓米、北朝鮮の飛翔体は『短距離ミサイル』と結論」(「聯合ニュース」(日本語版)、201962日)
7 「金正恩最高指導者が新型戦術誘導兵器に示威発射を指導する」(『朝鮮中央通信』(英語版)、2019726日)。
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。
8 「2機の追加F35Aステルス戦闘機が韓国に到着」(「聯合ニュース」(英語版)、2019716日)
9 「韓国当局、激しく非難される」(『朝鮮中央通信』(英語版)、2019711日)。
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。
10 注7と同じ。
11 「弾道弾、米韓に温度差」(『朝日新聞』、2019727日)
12 金正恩は412日の施政演説において、米国が「新しい計算法」をもってアプローチするように要求していた。「朝鮮中央通信」、2019414日。
http://kcna.kp/kcna.user.home.retrieveHomeInfoList.kcmsf「最高指導者の活動」から、日付で施政演説を探すことができる。
13 「米国、DPRKに対する合同軍事演習実施を計画し、非難される」(『朝鮮中央通信』(英語版)、2019716日)。
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。
14 『朝鮮中央通信』(日本語版)、(201937日)
15 「軍事分野合意書」の朝鮮語テキスト
同文書の英文テキスト
日本語訳(一部省略)を本ブログの以下のサイトに掲載した。
16 「聯合ニュースおよび世界の通信社6社による文大統領の合同書面インタビュー」(英語版)

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