2019/08/29

監視報告 No.14

監視報告 No.14  2019年8月28日

§ 英独仏が開催を呼びかけた国連安保理は、北朝鮮への制裁ではなくシンガポール米朝合意の履行促進を協議すべきであった

 630日、板門店における米朝首脳会談において、米朝は7月中旬の実務者協議に合意したが、米側から「新しい計算法」に基づく提案が出てこないため、未だに実現していない。

 この2か月間は、米韓合同軍事演習の実施を巡り、米朝、南北の対立が表面化した。朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)は、米韓合同演習は、北朝鮮を敵視するものであり、米朝シンガポール合意や南北板門店宣言に反するとして、演習の中止を強く求め続けた。米韓は、演習に「同盟19-2」のように呼称を付けるのを止め、前半を「危機管理参謀訓練」(85日~8日)、後半を「米韓合同指揮所訓練」(811日~20日)と名称を変更するなどしたものの[1]、予定通りの軍事演習を実施した。これに対し、北朝鮮は、米韓合同演習を前後して、725日以来現在まで、7回(725日,31日,82日、6日、10日、16日、そして24日)の短距離弾道ミサイルなどの発射実験を繰り返した。

 北朝鮮の短距離ミサイル発射に対して英独仏は安保理の開催を要求し、81日に非公開会議が開かれた。3か国は、会議終了後、記者会見を行い[2]、北朝鮮の短距離弾道ミサイル発射を非難する短い共同声明を発した[3]。声明は、過去数日間の北朝鮮による弾道ミサイル発射は、「国連安保理決議に違反するものとして繰り返し非難する」と述べ、「北朝鮮の核および弾道ミサイル計画が解体されるまで、国際的制裁はそのまま維持され、完全に執行されなければならない」と、制裁執行の継続を強く主張した。

これに対し、北朝鮮は、「朝鮮中央通信」を通じて、即座に英独仏の動きを強く批判する外務省報道官の談話を発表した[4]。それによると、英独仏は、「韓国での戦争演習と先端攻撃兵器の韓国への輸送」を問題にしないまま、「飛翔体の射程ではなく、弾道ミサイル技術に基づく発射自体を問題」にしようとしており、これは、主権国家の自衛権を完全に放棄するよう迫るに等しい行為であると反発している。そして3か国の無分別な言動は、朝鮮半島情勢の緊張を抑制するのでなく、むしろ悪化させることになると警告した。ここでの「先端攻撃兵器の韓国への輸送」というのは、韓国が米国から購入したステルス戦闘機F35Aが韓国空軍基地に最近到着したことを指している。無人偵察機グローバルホークも到着する予定である。

81日の安保理会議では、安保理としての声明などは出されなかった。会議での議論の詳細は伝えられていないが、これは当然の結果であろう。安保理で発言力のある米国が、米朝間のシンガポール合意の枠組みを重視し、短距離弾道ミサイル発射を安保理決議違反として問題にする意思がなかったからである。トランプ大統領はツイートで、「ミサイル発射は国連では問題かもしれないが、シンガポールの約束に違反していない」と主張し[5]、仮に弾道ミサイルであったとしても短距離であれば問題にしないことを表明している。

今回の安保理会議で表面化したもっとも深刻な問題は、英独仏の情勢認識の古さと偏りである。これらヨーロッパ3か国は、米国とは少し離れた位置から朝鮮半島の平和・非核化プロセスに関して、将来的には国際的な調停的役割を果たし得る国々であり、それだけに問題はより深刻である。

81日の共同声明を読む限り、英独仏3か国は朝鮮半島の非核化が具体的に前進するのは米朝間の協議によってであるという認識はもっているようである。しかし、7月中旬とされた実務者協議がなぜいまだに実現していないのか、今後の米朝協議の前進のためには現情勢下で何が求められるのか、といった核心の問題について、共同声明には3か国の認識がまったく述べられていない。のみならず、3か国は「北朝鮮に対して、完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)に向けて具体的な行動を取るよう要求する」「…北朝鮮の真剣な努力が朝鮮半島の安全と安定を保証する最善の道である」と述べるなど、北朝鮮への上から目線からの要求のみを掲げた、初歩的な主張を繰り返している。これは、現段階で安保理が果たすべき役割ではない。

 本監視報告No.10でも指摘されているが、国連安保理は、20061014日の決議1718以来、2017年まで10回にわたり北朝鮮に対し、「核実験」と「弾道ミサイル技術を用いたすべての発射」を禁止し、核兵器及びすべての大量破壊兵器(WMD)とそれらの計画、および弾道ミサイル計画を廃絶することを要求する安保理決議を採択してきた。しかし、安保理の経済制裁決議による11年以上にわたる状況改善の努力は効を奏することができなかった。この状況を打破したのは、2018年からの米朝首脳会談の実現であり、米朝シンガポール共同声明という成果物である。この共同声明の合意の履行によって、安保理決議が制裁によって達しようとした目標についても実現に向けて重要な一歩前進をはかる条件が生まれたのである。

3か国を含めた安保理の関係国は、今こそ、米朝シンガポール合意の順調な履行を支援するために安保理がどのような役割を果たし得るかを議論すべきである。状況にそぐわない「弾道ミサイル技術を用いたすべての発射」云々という安保理決議を根拠にした北朝鮮への制裁を自己目的化した議論は、非核化への情勢改善に貢献しない。

 そもそも北朝鮮に対する一連の安保理決議は、「弾道ミサイル技術を用いたあらゆる発射を禁じる」という、例のないミサイル制限を加えたために、かえって身動きできなくなっていることにも、安保理は冷静な目を注ぐ必要がある。 (湯浅一郎、梅林宏道)

追伸:本報告を書き終えた直後の827日、英独仏の要請によって2度目の同趣旨の国連安保理が開催され、3か国は81日とほとんど同内容の共同声明[注6]を発表した。本報告の趣旨はますます重要性を増している。

1 「韓米きょうから合同指揮所演習 北の武力示威にも警戒」(『聯合ニュース』、2019811日)。
3 「北朝鮮に関する国連安保理協議後の英独仏の共同声明」
4 「北朝鮮外務省報道官、国連安保理の非公開会議を糾弾」(『朝鮮中央通信』英語版、201982日)。http://www.kcna.co.jp/index-e.htmから日付で検索。
5 トランプ大統領ツイッター(201982)

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