§ 軍事演習を巡って不要な緊張を生むべきではない。軍事的信頼醸成には段階的な前進が必要だ。
韓国と北朝鮮は2018年の板門店宣言と9月平壌宣言を基礎にして、軍事的な緊張緩和と信頼醸成のために、さまざまな措置をとってきた。米国も米韓の大規模軍事合同演習の中止などを通して、この南北の動きに同調してきた。しかし、米韓軍事同盟が積み上げてきた今も引き継いでいる遺産は決して軽いものではない。朝鮮半島の平和・非核化合意の履行の成功のためには、軍事問題に関する課題解決には時間をかける必要がある、一歩一歩の前進を必要としている。
南北は軍事的信頼醸成のための第一歩として、緊張の最前線にあったDMZ(非武装地帯)における緊張緩和に取り組んだ。それは象徴の意味においても実質の意味においても、極めて重要な一歩であった。軍事分野の課題について具体的に履行内容に合意した2018年9月19日の「歴史的な板門店宣言履行のための軍事分野合意書」[注1](以下「軍事合意書」)は極めて重要な文書である。
軍事合意書に従って、南北はまず板門店の共同警備区域(JSA)の武装解除作業に取り組み、2018年10月25日に終了した。次に、11月1日から地上、海上、空中での敵対行為を中止し、「陸海空緩衝区域」を設置する合意を実行した。陸上では軍事境界線(MDL)から5キロ以内の区域での砲兵射撃訓練や一定規模を超える野外機動訓練を中止した。海上では、西海(ソヘ)(黄海)においては韓国側の徳積島(トクチョクト)から北朝鮮側の椒島(チョド)までの約135km、東海(トンへ)(日本海)においては韓国側束草(ソクチョ)から北朝鮮側通川(トンチョン)まで約80km[注2]に設けられた緩衝区域で砲射撃訓練と艦艇の機動訓練を中止した。空中ではMDLから西部地域は20km、東部地域は40km内で偵察機、戦闘機など固定翼機の飛行を中止し、回転翼機はMDLから10km以内、無人機は西部で10km以内、東部で15km以内において飛行を中止した。
軍事合意書は非武装地帯内における朝鮮戦争戦死者の南北共同の試験的遺骨発掘についても合意したが、韓国国防部は2018年11月22日、朝鮮半島中部の江原道鉄原(カンウォンド・チョルウォン)のDMZにおいて、そのために使う道路を連結したと報告した[注3]。同様に、軍事合意書に基づき、2018年12月、DMZ内の監視所のうち試験的に各10か所、南北で計20か所を撤去した。(南北は保存価値のある監視所を武装解除した上で各1か所残すことで合意)。撤去を2018年末までに完了するという合意目標は達成された[注4]。
米国もこれまでのところ朝鮮半島の緊張緩和のために軍事分野における抑制を続けている。上記の非武装地帯における緊張緩和措置には朝鮮国連軍の理解や協力が必要であった。なかでも、JSAの非武装化やその後の運営については、南北の軍事当局に国連軍が参加した三者協議体が設けられて協議が行われた。朝鮮国連軍の司令官は米韓合同司令部司令官である在韓米軍司令官が兼務している。南北が合意した軍事的緊張緩和措置について、一部、在韓米軍からの異論が伝えられたが、これまでのところ概ね在韓米軍は協力的であった。
冒頭に述べたように、米韓の大規模共同軍事演習の中止、または規模の縮小も行われてきた。米韓は2018年、米韓海兵隊合同演習の実施回数を減らした。2017年10月から2018年9月の間に19回実施する予定であったが、11回を実施し終えた2018年6月に演習の中止を発表したため、7月から9月に行われる予定であった8回の演習が中止となり、全体の回数を11回に減らした[注5]。また、韓国軍当局関係者が2018年11月27日に明らかにしたところによると、米軍爆撃機は約1年間朝鮮半島に展開していない[注6]。米軍発表によると、これは韓国政府の要請によって行われた[注7]。さらに、当時のマチス米国防長官は2018年11月21日(ワシントン)の記者会見で、毎年3月か4月に行われる米韓合同大規模機動演習である「フォール・イーグル」の2019年春の実施について、「外交に害のない水準に保つよう少し再編成されている」と規模縮小を検討していることを示した[注8]。また、2018年10月19日、米韓の国防長官の会談において、毎年12月に実施してきた米韓大規模共同航空演習「ビジラント・エース」を2018年は行わないことに合意した。ダナ・ホワイト米国防総省報道官によると「外交プロセスが継続するようすべての機会を与えるため」というのが中止の理由であった[注9]。
このように、米国防総省は、これまでのところ、外交プロセス優先の姿勢で南北の融和努力に協力し、DPRKへの悪影響を避けてきた。しかし、米朝協議が停滞する状態が継続したとき、米軍の協力姿勢がどこまで続くかを予想することは難しい。2018年10月31日にワシントンで開催された第50回米韓安保協議の共同コミュニケ[注10]は、南北の軍事的信頼醸成の努力と米韓安保体制の現状とを調和させるためには、相当な関係国の努力が必要であることを物語っている。
米韓安保協議共同コミュニケは、南北の軍事合意書の履行について、「履行過程の間、(米韓)合同の準備態勢を確保し、米韓の国防当局間の緊密な調整を維持し続けるという約束を守りつつ、緊張緩和と平和建設に十分に貢献するような方法において履行されるべきである」と述べている。つまり米韓合同軍の臨戦能力を維持すると合意しているのである。それどころか、米韓両国とも北朝鮮に対して非核化を求め、「朝鮮半島の非核化」を目指しているさなかであるにもかかわらず、米国は「韓国に対して、核兵器、通常兵器、ミサイル防衛能力を含む全種類の軍事能力を用いた拡大抑止力を提供するとの誓約」を再確認している。つまり、米国の「核の傘」の継続を明記しているのである。これは、北朝鮮が「引き続いて核抑止力を維持する」と言うに等しいことを米、韓が言ったことを意味する。このように、軍事分野において信頼醸成が前進するには、まだまだ残されている課題は大きい。
このように危ういバランスの中で、韓国統合参謀本部は2018年12月3日、韓国空軍単独の「戦闘準備態勢総合訓練」を12月3日から7日まで実施すると発表した[注11]。この訓練は「ビジラント・エース」米韓合同演習が行われない中で、戦闘態勢を維持するための訓練と位置付けられている。上記の共同コミュニケの趣旨においても、また、軍の能力を維持しなければならないという一般的な軍の論理においても、現状においては予想せざるを得ない行事と言うことができる。
しかし、DPRKの国営メディア「朝鮮中央通信(KCNA)」は2018年12月4日、韓国空軍の独自訓練実施を批判する記事を発表した[注12]。12月4日のUPIの報道によれば、KCNAは「これは南北の信頼醸成措置と和解の状況を覆す危険な軍事行動だ」とし、「韓国統合参謀本部が空軍訓練は軍の即応性を維持し、パイロットの任務遂行能力を向上させるためだと公に宣言した」と訓練目的を指摘したうえで、韓国は「紛争を引き起こす可能性のあるすべての戦争演習を中止するべきだ」と主張した[注13]。
別の北朝鮮メディア「メアリ(こだま)」は2018年12月2日、「フォール・イーグル」が規模を縮小して実施されるという発表について、「大小様々な形の韓米合同演習も中止すべきだ」という記事を出した[注14]。
北朝鮮におけるこのようなメディアの批判的反応は、指導部の方針となって行き過ぎることがなければ、当然のこととして理解できる。北朝鮮においては、兵士は必要に応じて農業や漁業に従事することもあるであろうが、多くの国において兵士は平時においては訓練と演習以外に仕事はない。これらの国においては緊張緩和があっても、残念ながら軍縮は徐々に進まざるを得ない。しかし、速度は遅くても軍縮に向かうという意思と目に見える変化を示すことによって、信頼醸成は前進することができる。朝鮮半島における緊張緩和と関連して、米統合参謀本部のダンフォード議長は、2018年11月5日、米デューク大学のフォーラムにおいて次のような含蓄に富む発言をしている[注15]。「我々(米国)は外交交渉で成功すればするほど、軍事分野において居心地が悪くなる。」「時間が経てば、交渉の結果によって我々は朝鮮半島における軍事態勢に何らかの変更を加え始めなければならないだろう。そして、我々はポンペオ長官を支えてそうする準備は出来ている。」
軍事分野における緊張の緩和と軍縮の速度について関係国がお互いに理解を深めることは、信頼醸成にとって極めて重要な課題である。これは、南北朝鮮と米国にとってのみならず、地域の軍事情勢と密接に関係している日本と中国にとっても同様であろう。(平井夏苗、梅林宏道)
注1 「軍事合意書」の朝鮮語テキスト
同文書の英文テキスト
日本語訳(一部省略)を本ブログの以下のサイトに掲載した。
注2 尹相虎「南北の陸海空緩衝区域1日から施行、一切の軍事訓練中止」(『東亜日報』、2018年11月1日)http://japanese.donga.com/Home/3/all/27/1525310/1
注3 牧野愛博「韓国と北朝鮮、遺骨発掘用道路を連結 非武装地帯で」(『朝日新聞』、2018年11月22日)
注4 「非武装地帯の北朝鮮側監視所 完全破壊を確認=韓国軍」(聯合ニュース、2018年12月17日)
注5 「韓国と米国 海兵隊合同演習再開へ=約6カ月ぶり」(聯合ニュース、2018年11月4日)。同記事は、2019会計年度での再開も報じており、この種の演習の今後の動向は不明である。
注6 「韓国軍『米爆撃機の朝鮮半島展開なし』、昨年11月の北ミサイル発射以降」(聯合ニュース、2018年11月27日)
注7 「米軍、朝鮮半島に爆撃機飛来させず 韓国の要請で」(AFP、2018年11月27日)
注8 “Media Availability with Secretary Mattis,”
U.S. Department of Defense, November 21, 2018
注9 Robert, BURNS. “US
and South Korea again call off a major military exercise,” AP, October 20, 2018. https://www.apnews.com/7c4c40989a98451493664fb11f27f861
注10 "Joint
Communiqué of the 50th U.S.-ROK Security Consultative Meeting," U.S.
Department of Defense, October 31, 2018.
注11 「韓米連合空中訓練の代わりに韓国空軍単独訓練、今日から実施」(『中央日報』、2018年12月3日)
注12 「남조선공군 전투준비태세유지 위한 종합훈련 시작」(『朝鮮中央通信』、2018年12月4日)
http://www.kcna.co.jp/index-k.htm から日付検索できる。(朝鮮語)
注13 Elizabeth, Shim. “North Korea condemns
South's air force exercises,” UPI, December 4, 2018
注14 ユ・ガンムン「韓米合同演習の代わりに空軍戦闘態勢訓練」(『ハンギョレ』、2018年12月4日)http://japan.hani.co.kr/arti/politics/32267.html
注15 Idrees Ali and Phil
Stewart, “U.S.-North Korea talks could affect U.S. military posture in Korea:
Dunford,” Reuters, November 6, 2018.