§ <朝鮮半島と周辺>の平和構築のために日本の役割を見出そうとする日本政府の姿勢が見えない
朝鮮半島非核化合意の履行に不安要素が目立ち始めている。
11月2日の朝鮮中央通信に掲載された「米国はいつになったら愚かな貪欲と妄想から目を覚ますのか」と題するDPRK外務省米国研究所クォン・ジョングン所長の論評([注1]。日本語全訳を本報告のために準備した)は、米国の対北交渉の姿勢に対するDPRKの批判が一段階レベルアップしたことを示唆した。10月に登場した諸論評には登場しなかったDPRKの路線変更の可能性について、留保を伴いながらではあるが、初めて言及したのである。
論評は、トランプ大統領への直接的な批判を控え、「ホワイトハウスや米政権の高官たち」を標的にしながら、米国に米朝関係を改善しようという姿勢が見られないことを強く批判した。クォン所長は、シンガポールにおける首脳会談について、「DPRKと米国のトップリーダーが6月の歴史的なシンガポール会談において手を握りながら約束したことは、米朝間の世紀をまたぐ敵対関係を終わらせ、関係改善の新しい歴史を作ることだ」と述べ、世界が歓迎した会談の核心は、米朝関係を改善する新しい歴史を作ることに両首脳が合意したことだと強調した。そして、北朝鮮への制裁と圧力を強調するのみの米国の現状について、「関係改善と制裁は相いれない」「『友好』は『圧力』と矛盾する」と批判した。さらに「DPRKの核問題が、本当に朝鮮半島の緊張と悪化した米朝関係を含む全ての複雑な問題を引き起こす病根だろうか」と根本的な問いを投げかけた。そして、そもそも核問題が発生した歴史的経過を踏まえれば、「米朝交渉は相互利益と対等性に基づいた、同時進行的で段階的な方法で行われるべきだ」と主張した。この考えに立つとき、「(北朝鮮が)率先した善意ある措置によって、米国に対して可能な全てのことを過分なほどに行った今、残されているのは米国による相応の対応だ」として、DPRKは米国の行動を要求し、「何の対応もなければ、DPRKはどんなにコストが大きかろうと、1ミリであっても動かない」と述べた。
前述したようにクォン所長の論評の注目点は、言葉を慎重に選びながら、DPRKの忍耐が限界に近いことを示唆している点であろう。すなわち、論評は、米国の姿勢に改善が見られない場合は、4月の朝鮮労働党中央委員会全体会議において国家の全エネルギーを経済建設に注入すると決定した国家路線に「『並進』(経済建設と核戦力強化を同時に進めること)という言葉が再び登場し、路線変更が真剣に再考される」可能性があると述べている。
本監視プロジェクトは朝鮮半島の非核化合意が脱線せずに実行されることを願って活動している。
その立場から、我々が現在の情勢を検討するとき、①南北両政府が、首脳合意に従った関係修復の努力を続けそれが順調に進んでいること、そして、②米韓の関係が良好に維持されていることが、この局面において米朝関係のいっそうの悪化を防ぐ役割を果たしていることを先ず指摘したい。米国、韓国、日本の市民社会は、この状況を正確に認識し、南北両政府の努力、とりわけ両方の外交プロセスに関与している韓国政府の果たしている役割を正当に評価し、激励することが重要である。
それに加えて、日本政府が居るべき舞台にまだ登場していない事実にも市民社会は目を注ぐ必要がある。もし日本政府が積極的に北東アジアの平和建設に関与する意欲をもって舞台に登場していたならば、現在のような困難な局面を打開するために活用することができる、もう一つの変数を我々は手にしている可能性があるからである。
しかし、残念ながら日本政府の現実は、そのような期待から程遠いところに位置している。
監視報告No.1に記したように、10月24日の臨時国会冒頭における所信表明演説において、安倍首相は言葉の上では、現在起こっている朝鮮半島の変化に注目し、「次は、私自身が金正恩委員長と向き合わなければならない」と意欲を示し「相互不信の殻を破り、拉致、核、ミサイルの問題を解決し、不幸な過去を清算して、北朝鮮との国交正常化を目指します」と述べた。
しかし、その後の日本の政治には、この言葉を具体化する努力をほとんど見ることが出来ない。安倍政権のみならず、国会の議論全体において、朝鮮半島情勢に関する議論は低調であった。河野太郎外務大臣は、参議院の外交防衛委員会の冒頭発言において、次のように述べたが、具体的な方針として表明されている内容は安保理決議の完全な履行のみであった。
「先般の米朝首脳共同声明に明記された朝鮮半島の完全な非核化に向けた北朝鮮のコミットメントを含む両首脳間の合意が、完全かつ迅速に履行されることが重要であり、各国による安保理決議の完全な履行を確保することが不可欠です。」[注2]
衆議院外務委員会においても、北朝鮮に対する現状認識を問われた河野外務大臣は、北朝鮮の脅威はこれまでと変わらないと述べ、国連安保理決議の履行の重要性を強調した。
「シンガポールの米朝首脳会談以降、核実験あるいはミサイルの発射ということは行われておりませんが、依然としてノドンミサイルを多数持っている、あるいは核兵器の開発は相当進んでいる、この状況に何ら変化はございません。
引き続き、北朝鮮、国際社会への脅威である、この認識には変わりはございませんので、国際社会が一致して、北朝鮮の核、ミサイルのCVIDに向けて国連の安保理の決議を完全に履行する、この国際社会の足並みをそろえた状況を今後とも維持してまいりたいと思っております。」[注3]
現在明らかになっている日本政府の方針は、歴史的なサミットが開催された以前からの、国連安保理決議による対北朝鮮制裁の厳格な履行のみであるといっても過言ではない。
とりわけ、日本政府は、北朝鮮船舶の瀬取りによる違法な制裁逃れの摘発に熱心に取り組んでいる。外務省は11月に瀬取りに関する報道発表を行ったが、そこには次のような外務省の認識が述べられている。
「我が国としては,北朝鮮の完全な,検証可能な,かつ,不可逆的な方法での全ての大量破壊兵器及びあらゆる射程の弾道ミサイルの廃棄の実現に向け,国際社会が一致団結して国連安保理決議を完全に履行する必要があると考えており,これに資する関係国による取組を歓迎し,高く評価しています。我が国は,引き続き,全ての関係国と緊密に協力し,国連安保理決議の実効性を確保する取組を実施していく考えです。」[注4]
残念ながら、日本の外務省が朝鮮半島の非核化に関して市民に積極的に発信をしている内容は、国連決議の履行についてのこのような北朝鮮への圧力行使の取り組みのみである。11月下旬、東京で開催されたあるNGO主催のシンポジウムにおいて、筆者の一人が外務省不拡散部門の中堅職員と同席する機会があったが、そのときに聴衆に対して説明された北朝鮮の核問題に関する外務省の見解も、「国連安保理決議の履行を迫ることが何よりも大切である」という内容であった。
日本の外務省は、米朝首脳会談で合意された内容が、北朝鮮による「完全な非核化の約束」だけではなくて、米国による「北朝鮮に対する安全の保証の約束」も同じように含んでいる
という認識を持っているのだろうか?首脳会談の合意が実現するためには両者の約束の履行がともに進展する必要があると、日本の外務省は考えているのだろうか?
国会での議論が行われない中で、この疑問に対する明確な回答を得ることが、日本の市民はもちろん、世界の関心ある市民にとって極めて重要であろう。幸い、本プロジェクトを発足するにあたって、ピースデポは外務省のこの問題の担当部署であるアジア大洋州局のナンバーツーとなる高官と面会し、意見交換する機会を持つことが出来た。高官によるこの点に関する回答は明快であった。「両方の約束があることを認識している。内容は言えないが、そのような認識の下で米国と緊密に連絡をとっている」というのが回答内容であった。これは、市民にとって最低限ではあるが朗報に違いない。(森山拓也、梅林宏道)
日本語全訳:https://nonukes-northeast-asia-peacedepot.blogspot.com/p/dprk-2018-11-2-dprk-11-2-dprk-2-9-dprk.html
注2 河野太郎、参議院外交防衛委員会における発言、2018年11月13日。
注3 河野太郎、衆議院外務委員会における答弁、2018年11月14日。
注4 外務省報道発表「国連安保理決議により禁止された北朝鮮籍船舶の『瀬取り』を含む違法な海上活動に対する関係国による警戒監視活動」、2018年11月6日。