2020/09/09

監視報告 No.25

 監視報告 No.25  2020年9月8日

§ 日本政府は、敵基地攻撃能力の保有に走るのでなく、市民社会に蓄積されてきた北東アジア非核兵器地帯への支持を活用すべきときだ

2020624日、日本政府は、国家安全保障会議(NSC)において、山口・秋田両県への地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」配備計画の断念を決定した。これを受け、イージス・アショアの代替策として「敵基地攻撃能力の保有を求める」議論が自民党内に沸き起こっている。
84日、自民党政務調査会は、「国民を守るための抑止力向上に関する提言」[1]をまとめ、安倍首相に提出した。提言は、弾道ミサイルによる攻撃を防ぐため、「相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上させるための新たな取り組みが必要である」とし、敵基地攻撃能力という言葉こそ使っていないが、敵基地の攻撃を含む能力の保有を検討すべきだとしている。
ただ、この議論は今に始まった話ではない。20173月、自民党政務調査会は、「弾道ミサイル防衛の迅速かつ抜本的な強化に関する提言」[2]で「北朝鮮の脅威が新たな段階に突入した今、……巡航ミサイルをはじめ、我が国としての『敵基地反撃能力』を保有すべく、政府において直ちに検討を開始すること」と述べていた。その後、2018年防衛計画大綱とともに策定された中期防衛力整備計画には、相手の脅威が及ぶ距離の外から対処できるスタンド・オフ・ミサイルの導入が盛り込まれた。具体的には空自戦闘機F-35Aに搭載するJSMF-15等に搭載するLRASMおよびJASSM3]が想定されていた。これらのミサイルを搭載した戦闘機は、装備としては敵基地攻撃能力を持つことになる。これらのミサイルは、2019年から購入が始まっている。しかし2018年防衛計画大綱では、スタンド・オフ・ミサイルの使用目的について、日本の島嶼部などへの侵攻を試みる艦艇や上陸部隊等に対しての使用を述べるに留まり、敵基地攻撃については述べていない。
それに対して、今回の自民党提言は、攻撃対象を敵国領域内のミサイルに関連する固定施設とするなどの方針を明確にしようとしている。提言は「憲法の範囲内で、国際法を遵守しつつ、専守防衛の考え方の下」としてはいるが、装備のみならず、政策や教義、運用において専守防衛を切り崩す意図が働いている。8月の提言を受け政府は、年内にもミサイル防衛体制の強化などを含む国家安全保障戦略の改定をもくろんでいる。
 
 自民党および日本政府によるこれらの動きは、2016年から17年にかけて北朝鮮がミサイル・核実験を繰り返したことを理由としていた。2017年の自民党提言は、「北朝鮮による核実験及びミサイル発射は深刻な脅威であり、昨年の2度の核実験及び23発の弾道ミサイル発射……等、北朝鮮の挑発行為は我が国が到底看過できないレベルに達している」と述べている。その上で、それへの対処として以下の3点の検討を求めた。
1. 弾道ミサイル防衛能力強化のための新規アセットの導入
2. わが国独自の敵基地反撃能力の保有
3. 排他的経済水域に飛来する弾道ミサイルへの対処
要求された1項の中心が、言うまでもなくイージス・アショアの導入によるミサイル迎撃体制の強化であった。したがって、それを断念した以上、代替として2項の「敵基地反撃能力の保有」論が強力に押し出されることは、ある意味で必然の経過と言ってよい。実際には、提言に「中国等の更なる国力の伸長等によるパワーバランスの変化が加速化・複雑化し、既存の秩序をめぐる不確実性が増している」と触れているように、中国を念頭においた軍事力強化の一環であることも否定できない。
 
 このような自民党提言に根本的に欠けているのは、2018年に始まった朝鮮半島をめぐる大きな情勢の変化への視点である。南北、米朝首脳会談を通じて朝鮮半島の非核化と平和を、外交により実現しようとする歴史的な動きが始まっている。残念ながら動きに膠着状態が続いているが、その停滞を打開して米朝協議を再び動かすために、新しい政治的なモメンタムを作ることが求められている。そのなかで日本の役割は何か、と考えることこそ、日本の地域安全保障政策でなければならない。
このようなときに日本が敵基地攻撃能力の保有に走ることは、2018年に始まったプロセスから日本を一層遠ざける政策に他ならない。さらに、それは日朝の対話の機会をいっそう困難にすることになるであろう。むしろ、この機に必要なことは、非核三原則や専守防衛という戦後日本に定着してきた平和理念を基礎に、朝鮮半島の非核化と平和の動きに合流する姿勢を示すことであろう。
そう考えると、具体的には、北東アジア全域の非核兵器地帯化という構想が、日本政府にとって現実味を帯びた政策案として浮上するはずである。
これまでにこの地域の政府が同地帯を提唱したことはないが、冷戦終結後、多くの研究者やNGOがさまざまな構想を提案してきた[4]。最近では、長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)の積極的なイニシャチブが存在している[5]。また、梅林宏道が「スリー・プラス・スリー」構想――日本、韓国および朝鮮民主主義人民共和国(DPRK、北朝鮮)が非核兵器地帯を形成し、これに対し周辺の核兵器国である米国、中国、ロシアが消極的安全保証を供与するような6か国条約を作るという構想――を提案したが[6]、それが分かりやすい構想として、広く知られている。これも含めて、以下に述べるように、日本の市民社会には北東アジア非核兵器地帯の設立を支持する広範な世論が培われてきた。
 
 一般論としてのアジア、あるいはアジア太平洋における非核兵器地帯構想ではなく、具体的スキームを含む北東アジア非核兵器地帯の構想が、日本のメディアに登場したのは、おそらく19956月の『朝日新聞』によるエンディコット・グループの研究を紹介する記事[7]が最初であろう。そこには、朝鮮半島と日本列島をカバーする円形や楕円形の地帯案が紹介されていた。それ以後、日本のメディアには、梅林の「スリー・プラス・スリー」案や金子熊夫・外務省初代原子力課長の別の円形案などの提案を含め、北東アジア非核兵器地帯設立を促す記事や論説が、数多く、また繰り返し登場した。日本におけるほとんどの全国日刊紙と主要な地方紙において、このテーマに関する大紙面を割いた企画記事が掲載されてきたと言っても過言ではないであろう。
記事のみならず、たとえば朝日新聞社は、20058月、国際シンポジウム「核なき世界をめざして――北東アジアにおける日本の役割」を主催し、北東アジアの非核化につき政治討論を喚起した。シンポジストであった与党の加藤紘一・自民党議員(元幹事長)は「日本は、アジアの政治に大きな影響力を持っているから、核を持つのは絶対にやめるべきだ。核の傘を抜けてもいいような北東アジアの非核スキームを考えていく」こともありうるとの見解を述べ、野党の岡田克也民主党代表(当時)は、日本と韓国、北朝鮮の3か国が非核地帯となり、米国などが核の先制不使用を約束する「北東アジア非核兵器地帯構想」を提唱した。
2018年以後の朝鮮半島情勢が好転した時期においても、メディアの的確な関心は持続している。2018823日、『朝日新聞』は、社説において「朝鮮半島の対立構造を変える方策が論じられている今、北東アジアの非核化を目標に据えるのは十分、理にかなう」とした上で、次のように書いている。
「4月の南北首脳による『板門店宣言』は、『核のない朝鮮半島を実現する共通の目標』を確認した。6月の米朝首脳の共同声明は、それを再確認した。『非核化された朝鮮半島』に、非核三原則を持つ日本が加われば、北東アジア非核地帯へ発展する地平は開ける。北東アジアの秩序に変化が生まれる可能性がある以上、日本は率先して非核地帯づくりの発信をすべき時だ。」
 
 メディアの関心と相補う形で、日本の地方自治体においても、北東アジア非核兵器地帯の設立を支持する声が幅広く存在し、持続している。
日本には、長崎市長が会長を務める日本非核宣言自治体協議会(以下、非核協)[8]が存在するが、非核協は2009年に北東アジア非核兵器地帯を支持するキャンペーンを開始した。キャンペーンにおいて、非核協は「北東アジア非核兵器地帯の創設に向けて」と題するA48ページのパンフレットを作成し、自治体職員や市民への啓蒙活動に取り組んだ。そんな中で、非核協と平和市長会議の協力によって、ピースデポなど市民団体が呼びかけた「北東アジアの非核兵器地帯化を支持します」という声明に、日本の自治体首長の546名が署名するにいたった(2016年末現在)。
毎年86日と9日に出される広島、長崎市長による平和宣言は、日本政府に対して、北東アジア非核兵器地帯の設立を検討するようしばしば要請してきた。とりわけ、長崎市長は、2018年の平和宣言において、米朝協議が始まったという新たな情勢を受けて、以下のように訴えている。
「南北首脳による『板門店宣言』や初めての米朝首脳会談を起点として、粘り強い外交によって、後戻りすることのない非核化が実現することを、被爆地は大きな期待を持って見守っています。日本政府には、この絶好の機会を生かし、日本と朝鮮半島全体を非核化する『北東アジア非核兵器地帯』の実現に向けた努力を求めます。」
先に紹介した『朝日新聞』の社説は、この訴えに呼応して書かれている。
宗教者の間に広がっている支持の動きも記録しておくべきであろう。20162月、4人の宗派横断的な宗教指導者が呼びかけ人となり、「私たち日本の宗教者は、日本が『核の傘』依存を止め、北東アジア非核兵器地帯の設立に向かうことを求めます」と題する声明[9]を発表し、宗教者の間での支持の拡大を図るとともに、日本政府に政策検討を要請した。
 
このような市民社会における関心の高まりと持続が、日本政府の政策にほとんど反映されないことは、日本の民主主義の深刻な欠点として、しばしば指摘されてきた。しかし、少なくとも日本の外務省の政策検討プロセスにおいて、北東アジア非核兵器地帯に関する認識に変化をもたらしてきたことを確認しておくべきであろう。
日本の外務省は、2002年から「日本の軍縮・不拡散外交」というある種の外交白書を数年ごとに刊行している。2008年発行の第4版までは、世界に存在する非核兵器地帯に触れながらも北東アジア非核兵器地帯の構想については一言も触れていなかった。それが、2011年発行の第5版になり、ようやく初めて北東アジア非核兵器地帯について言及した。「日本を含む北東アジア非核兵器地帯を設立する計画については、……北朝鮮の核問題を解決するための努力が最初になされるべきと考えている」と述べ、否定的ではあるが構想の存在を認めたのである[10]。次の2013年の第6版ではさらに変化が現れた。「近年、日本、韓国及び北朝鮮が非核兵器地帯となり、これに米国、中国、ロシアが消極的安全保証を供与する33構想が、一定の注目を集めている」と初めて「33」構想に言及した[11]。とはいえ、「(北東アジア地域においては)非核兵器地帯構想の実現のための現実的な環境はいまだ整っているとは言えない。まずは北朝鮮の核放棄の実現に向け、努力する必要がある」と従来と同じ時期尚早との認識を示した。この内容は、2016年の第7版においても引き継がれている[12]。
 
このように、外務省は、「実現のための現実的な環境はいまだ整っているとは言えない」と述べて、北東アジア非核兵器地帯構想に否定的な態度をとってきた。しかし、2018年にその「現実的な環境」が大きく変わった。日本政府が環境をよりよい方向に動かす役割を担う余地が、新しく生まれている。
 この時期に、「敵地攻撃能力の保有」を持ち出すことは政治的な大きな誤りであろう。冒頭で述べたように、敵地攻撃論は、北朝鮮の核・ミサイル開発に対する対抗構想として登場し、論じられてきた。米朝交渉が行き詰まる中で、20195月以来、北朝鮮の短距離ミサイルの実験が繰り返され、日本にとって脅威の状況は変わっていないという議論があるかも知れない。しかし、米朝、南北の対話の再開があれば、日朝をとりまく環境だけが悪いまま不変であるという議論は成り立たない。むしろ、現在は行き詰まっている対話の再開について、日本が果たすべき役割を検討することが、ミサイルの脅威を減じる現実的な道である。そのことによって拉致問題を含め、日朝間に存在する諸懸案の解決に向かって、新しい展望も開けると考えられる。
このような観点から、前述した2018年の長崎市平和宣言や『朝日新聞』の社説の指摘には傾聴すべきものがある。日本政府は、市民社会に蓄積されている北東アジア非核兵器地帯の設立を支持する世論を、今こそ行き詰まり打開のために活かすべきである。
(湯浅一郎、梅林宏道)

 

1 自由民主党政務調査会「国民を守るための抑止力向上に関する提言」(202084日)。 
2 自由民主党政務調査会「弾道ミサイル防衛の迅速かつ抜本的な強化に関する提言」(2017331日)。 
3 JSM=Joint Strike Missileの略称。対艦/対地/巡航ミサイル。JASSMJoint Air-to-Surface Standoff Missileの略称。長距離空対地巡航ミサイル。LRASM=Long Range Anti-Ship Missileの略称。長距離対艦巡航ミサイル。
4 長崎大学核兵器廃絶研究センター「提言:北東アジア非核兵器地帯設立への包括的アプローチ」所収ボックス3「北東アジア非核兵器地帯への諸提案」参照。
5 長崎大学核兵器廃絶研究センター「北東アジア非核兵器地帯設立への包括的アプローチ」。
6 Hiromichi Umebayashi: A Northeast Asia NWFZ: A Realistic and Attainable Goal, INESAP (International Network of Engineers and Scientists Against Proliferation) Conference, Gothenburg, Sweden, May 30-June 2,1996
なお、北東アジア非核兵器地帯に関する包括的な解説として、梅林宏道「非核兵器地帯」(岩波書店、2011年)がある。
7 『朝日新聞』1995613日。 
8 非核宣言自治体が宣言実現のための自治体間協力を目的として1984年に設立した。20204月現在、342地方自治体で構成。
9 4人の呼びかけ人は、小橋孝一(日本キリスト教協議会議長)、杉谷義純(元天台宗宗務総長、世界宗教者平和会議軍縮安全保障常設委員会委員長)、高見三明(カトリック長崎大司教区大司教)、山崎龍明(浄土真宗本願寺派僧侶)。肩書はいずれも当時のもの。
10 外務省「日本の軍縮・不拡散外交」(第5版)(20113月)、p.71
11 外務省「日本の軍縮・不拡散外交」(第6版)(20133月)、p.42
12 外務省「日本の軍縮・不拡散外交」(第7版)(20163月)、p.59

2020/08/13

監視報告 No.24

 監視報告 No.24  2020年8月13日(8月28日、一部訂正)

§ボルトンのトランプ評にかかわらず、シンガポール合意は朝鮮半島の非核化と平和への基礎となる文書だ

米国のドナルド・トランプ大統領の資質を疑うジョン・ボルトン前大統領補佐官の回顧録「それが起きた部屋(The room where it happened)」が世界的な注目を浴びている。トランプ政権の外交の内幕を暴露した著書には、トランプが「国益」より大統領の「再選」や「宣伝」を優先していたことを示すエピソードが数多く示されており、対北朝鮮政策に関しても例外ではなかった。
2018年6月にシンガポールで行われた史上初の米朝首脳会談について、ボルトンは、トランプが直前の打ち合わせで「これは宣伝の練習問題のようなものだ」と言っていたことを紹介し、「彼が首脳会談全体をどう見ていたかを示している」と述べるとともに、「中身がなくてもコミュニケに署名し、勝利宣言の記者会見を開き、そして町を出る」と述べていたとも記している[注1]。また、米韓合同軍事演習の縮小を求める北朝鮮の金正恩委員長に対して、トランプがいつもの調子で「演習は挑発的で時間とお金の無駄だ」と同意し、「金正恩が米国にたくさんのお金を節約させてくれた」と述べて金正恩の大きな笑いを誘ったエピソードなどが記されている[注2]。2019年2月のハノイ会談についても、ワシントンで行われるマイケル・コーエン元顧問弁護士の、トランプの「ロシア疑惑」に関する証言の影響を薄めるために、会談の「退席」と「合意」のどちらを取るかを選んでいた様子を詳しく述べている。その有様を、ボルトンは「個人的な問題の出血が国家安全保障のなかに流れ込んでいる」と表現した[注3]。また、一方で、ボルトンは自身の分析として、シンガポール会談について、「(会談は)韓国の創造物であって、金正恩や我々の真剣な戦略よりも韓国の『南北統一』の課題に関連していた」と主張した[注4]。

このように、ボルトンは、米朝会談をトランプの資質や取り組みの姿勢からも、その全体的な枠組みからも、歴史のあだ花であるかのように印象付けている。トランプの資質に関する記述が多くの読者の共感を誘う部分があることは事実であるが、そのことによって私たちの多くが米朝会談に関する判断を誤ることがあってはならないであろう。

そのためには、ボルトンがそもそも2018年以降の米朝交渉をどう考えているのかを知る必要がある。
著書の中でも随所に述べているように、ボルトンは北朝鮮が屈服するまで経済制裁と軍事圧力を続け、体制崩壊に導くのが唯一の正しい道であるという、強硬な主張の持ち主である。たとえば、米朝会談の場所がシンガポールに決まるまでの時期に、彼は会談について「私の希望は全てが潰れればいいということだった」と述べており[注5]、その後も同僚のマイク・ポンペオ国務長官や日本政府と協力して、トランプが大幅な「譲歩」や朝鮮戦争終戦宣言を行わないよう奔走したことを記している。ベトナム・ハノイでの首脳会談についても、北朝鮮の段階的な非核化という方針を事実上容認していたスティーブン・ビーガン北朝鮮担当特別代表(当時)の作成した共同声明案を「阻止」することができたのは、事前に繰り返し「合意なしで退席」という選択肢をトランプに叩き込んだブリーフィングの成果だと述べている。「2度目のブリーフィングも上首尾であった。ハノイでは安売りをしないという正しい思考の枠にトランプを閉じ込めるのに、できそうなことが全部できた。」[注6]。

日本社会では、米朝首脳会談において北朝鮮にのみに非核化を要求するボルトンの強硬姿勢や、朝鮮戦争終戦宣言や段階的非核化の合意を阻止したボルトンの行動が肯定的に受け止められる傾向がある。しかし我々は本当に、ボルトンのおかげで、大統領再選を狙うトランプが北朝鮮と安易な合意をしなくてよかったと安堵すべきなのだろうか。

ボルトンは大国主義、軍事主義の外交政策で有名な人物だ。ボルトンの主導した政策の結果、世界各地でたくさんの人々が苦しめられている。最近では、米国がイラン核合意から離脱しイランへの制裁を再開させたが、その結果、イラン人は医薬品の不足や物価の高騰などに苦しめられている。またボルトンは、ニューヨークタイムス[注7]に寄稿した「イランの爆弾を止めるためにはイランを爆撃せよと」と題する記事の中でオバマ政権の対イラン政策を批判し、「軍事攻撃だけがイランの核開発を阻止できる」と主張していたが、実際に2019年に大統領補佐官としてトランプにイランへの軍事攻撃を進言している。他にもベネズエラの政権転覆の企てやロシアとの中距離核戦力(INF)全廃条約破棄など、ボルトンはいくつもの国を破壊したり世界の平和を脅かす政策を主唱してきた。

米国の対北朝鮮政策でも、ボルトンの強硬路線は、東アジアの平和や安全に反する結果を招いている。クリントン政権の時代に合意された「米朝枠組み合意」を快く思っていなかったボルトンは、合意が北朝鮮のプルトニウム生産活動を完全に止めていたにもかかわらず、根拠の乏しい北朝鮮のウラン濃縮疑惑を口実にブッシュ政権下で合意の破棄を主導した。その結果、北朝鮮は核開発を再開し現在の核保有につながっている。
また、前述のように、ボルトンはハノイ会談でトランプがシンガポール合意の履行のために段階的な非核化で北朝鮮と合意しようとしたビーガンらの動きを阻止するために奔走したが、その結果が、現在の米朝交渉の膠着状態につながった。ハノイ会談の約半月後に外国メディア向けの記者会見を行った崔姫(チェ・ソンヒ)外務次官は、「会談でわれわれが現実的な提案を提示したところ、トランプ大統領は合意文に『制裁を解除しても、朝鮮が核活動を再開する場合には制裁は可逆的である』という内容を含めるならば、合意が可能かもしれないという伸縮性のある立場」をとっていたにもかかわらず、ボルトンとポンペオが「敵対感と不信の感情で、両首脳間の建設的な交渉努力」を妨害したために合意に至ることができなかったと述べて米国政府に対する不信感をあらわにし、将来について「今回のような交渉に臨む意欲も計画もありません」と結論するに至った[注8]。崔善姫の言う「現実的な提案」については、李浩(リ・ヨンホ)外相がハノイ会談直後の緊急記者会見で、米国側が「民需経済と人民生活に支障を与える制裁」を解除することを条件に、北朝鮮が「寧辺地区のプルトニウムとウランを含む全ての核物質の生産施設を、米国専門家の立会いのもとで、両国技術者の共同作業として永久に、完全に廃棄」し、「核実験と長距離ロケット発射実験を永久に中止する」ことを文書で「確約」することだったと説明している[注9]。ニューヨークタイムスはハノイ会談でボルトンとポンペオが、北朝鮮側が受け入れないことを承知でトランプに全ての核施設の廃棄を要求するよう進言していたと伝えていたが[注10]、ボルトンの今回の著書は、上記の北朝鮮側の証言やニューヨークタイムスの報道を裏書きするものとなっている。

つまり、ボルトンたち強硬派は、イラン核合意やINF全廃条約と同じようにシンガポール合意そのものを葬ろうと画策しているのである。

シンガポール合意はトランプの公私混同の例ではない。トランプの最優先事項が大統領再選であろうとなかろうと、私たちにとって重要なことは、シンガポール合意によって米朝両首脳が何に合意したか、その合意が今後の米国と朝鮮半島、さらには北東アジアの人々の平和と安全にとって役に立つかどうか、である。
その点、ボルトンがどのように酷評しようとも、シンガポール合意は画期的な重要性をもっている。70年近く戦争状態にあった2つの国の首脳が初めて和解に向かって会談したという、会談自身がもつ歴史的な意味をまず指摘しなければならない。とりわけ、秘密に閉ざされた国の、外交デビューを果たしたばかりの若い指導者が、世界注視のなかでテレビに登場し、普通の人間としてその表情を見せたことは、その後の変化の可能性を示唆した。
合意された共同声明の内容は、期待にふさわしい要点を押さえたものとなった。両国は、将来に向かって2つの基本的な合意をした。「平和と繁栄をめざす新しい米朝関係を構築すること」「朝鮮半島に永続的、かつ安定的な平和体制を構築すること」である。出発点として、「トランプは北朝鮮に安全の保証を与えることを誓約し、金正恩は朝鮮半島の完全な非核化に向けた強く揺るぎない誓約を行った」[注11]。シンガポール共同首脳宣言のこれらの内容は、米朝関係の改善をめざす限り、どの政権にとっても基礎になるものであり、その具体化に努力すべきものになるであろう。米国においては、クリントン政権の達成した合意を次のブッシュ政権が破棄したような愚行を、11月の選挙で勝利した次の政権が犯すようなことがあってはならない。

ハノイ会談が失敗して以後、北朝鮮は2019年末を期限として、米国の北朝鮮への敵視政策の転換を待った。また、経済制裁が続くことを前提として経済の自力更生をめざすという厳しい道をとる方針を明らかにした。新型コロナウィルスの中で、人々の生活は苦しさを増しているであろう。しかし、現在のままの米国との交渉を拒みつつも、北朝鮮は非核化交渉の窓は閉じていない。金正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党第一副部長は、7月10日、年内の米朝首脳会談の可能性はないとしつつ、次のように述べている[注12]。「われわれは決して、非核化をしないということではなく、今はできないのだということをはっきりさせておく。朝鮮半島の非核化を実現するには、われわれの行動と並行して相手側の大きな変化、すなわち、不可逆的な重大措置が同時に必要であることを、米国は忘れてはならない。」(前川大、梅林宏道)

注1 John Bolton. The Room Where It Happened. Simon & Schuster、2020. 106ページ。
注2 注1と同じ、110ページ。
注3 注1と同じ、324ページ。
注4 注1と同じ、78ページ。
注5 注1と同じ、79ページ。
注6 注1と同じ、322ページ。
注7 John Bolton, “To Stop Iran’s Bomb, Bomb Iran”,『ニューヨークタイムス』、2015年3月26日。
注8 崔善姫外務次官の発言(『NEWSIS』韓国語、2019年3月15日)。
崔善姫発言は「在日本朝鮮人総聯合会中央本部」国際・統一局通信No.766(2019年3月26日)に日本語訳されている。
注9 李容浩外相の記者発表。『ハンギョレ』に全文(韓国語)。2019年3月1日。
注10 David E. Sanger and Edward Wong, “How the Trump-Kim Summit Failed: Big Threats, Big Egos, Bad Bets,”『ニューヨークタイムス』(2019年3月2日電子版)。
注11 シンガポール米朝首脳共同声明(2018年6月12日)。
注12 『朝鮮中央通信』英語版、2020年7月10日。
http://www.kcna.co.jp/index-e.htmから日付で検索。

2020/07/01

監視報告 No.23


 監視報告 No.23  2020年6月30日

§朝鮮戦争が終結すれば、現在の朝鮮国連軍は解散するのが道理である。

20184月、韓国と朝鮮民主主義人民共和国(DPRK、北朝鮮)は板門店宣言で、朝鮮半島の軍事的緊張を緩和し、非核化を含む恒久的平和体制を確立するために協力し合うことに合意した。さらに米朝も同年6月のシンガポールにおける米朝首脳会談における共同声明において、平和と繁栄のための新しい米朝関係を築き朝鮮半島に永続的で安定した平和体制を建設するという共通目標に合意した。板門店宣言では、休戦状態にある朝鮮戦争の「終戦」を年内に宣言すると合意し、トランプ大統領もシンガポール首脳会談後の記者会見において、「朝鮮戦争はもうすぐ終結する」と述べた。この2018年の2つの歴史的会談をきっかけに、19506月に勃発し、19537月に休戦協定が成立してから今にいたる朝鮮戦争の終結が、改めて具体的な国際的アジェンダとなった。
朝鮮戦争の終結は北東アジアの平和をめぐる環境を好転させる可能性を持つが、そのためには朝鮮国連軍の今後について慎重な合意を形成する必要がある。
朝鮮国連軍は、朝鮮戦争が始まった1950年に国連安保理決議によって創設され、現在も韓国に駐留するが、日本にも後方司令部を置いている。朝鮮戦争の休戦状態が戦争終結宣言や平和協定によって新しい状況に移行すれば、当然にも本来の朝鮮国連軍の任務は終了し、組織は解体される運命にある。一方、戦争終結後の平和維持のために朝鮮国連軍を残そうという議論が、米軍内に生まれている。
本稿では、朝鮮国連軍の誕生の経緯を改めて振り返りながら、朝鮮戦争終結後の朝鮮国連軍が取るべき道について考える。

「国連軍」と「朝鮮国連軍」
1950年に勃発した朝鮮戦争では、朝鮮半島の武力統一を図った北朝鮮による侵攻に対し、韓国軍を「国連軍」の旗を掲げた米軍を主体とする多国籍軍が支援した。この「国連軍」は国連憲章で定められた本来の国連軍とは異なるため、一般的に「朝鮮国連軍」と区別して呼ばれている。まずは、朝鮮国連軍と本来の「国連軍」の違いを明確にしておく。
国連憲章第7章(第39条~51条)は、国際平和を破壊したり、侵略行為があった場合、紛争の抑止や平和回復のための武力行使を認めており、そのための軍隊が国連軍であるとされる。国連憲章第42条は、平和の破壊や侵略行為を止めるために同第41条が定める経済制裁などの非軍事的措置が不十分だと安保理が判断した場合、安全保障理事会は国際の平和及び安全の維持または回復のために軍事行動を行うとしている。そして続く第43条は、「国際の平和及び安全の維持に貢献するため、すべての国際連合加盟国は、安全保障理事会の要請に基きかつ1または2以上の特別協定に従って、国際の平和及び安全の維持に必要な兵力、援助及び便益を安全保障理事会に利用させることを約束する」と定めている。つまり、各国連加盟国は安全保障理事会の要請に応じて、自国の軍隊の一部を提供することになっている。こうして各国から提供され、安全保障理事会に指揮される軍隊が、本来の国連軍である。
しかし、正式な国連軍はこれまで一度も存在したことがない。国連軍を構成するための各国の軍隊の提供は、第43条で言及された「特別協定」に従って行われる。この特別協定は1946年から安保理の助言機関である軍事参謀委員会(常任理事国の参謀総長またはその代理で構成)で構想が検討された。だが米国とソ連をはじめ各国の意見が一致せず、1948年に検討打ち切りとなった。したがって安全保障理事会に兵力を提供する特別協定を結んでいる国は存在せず、国連軍が組織されたことは一度もない。
 一方、朝鮮国連軍は、1950年に採択された安保理決議第828384号に基づいて設立された。当時の国連安保理で「中国代表権」を握っていたのは中華民国(台湾政府)であり、代表権をめぐってソ連は安保理をボイコットしていた。決議はそのような不完全な安保理で採択された。以下は、各決議の要点である。

    決議821950625日)[1
 北朝鮮による韓国への武力攻撃は平和の破壊を構成するものであると認定し、敵対行為の即時停止、北朝鮮軍の38度線までの撤退を求め、すべての加盟国に対し、この決議の履行にあたって国連あらゆる援助を与えることを求める。
    決議831950627日)[2
 北朝鮮の武力攻撃を撃退し、朝鮮における国際の平和と安全を回復するために必要と思われる援助を韓国に与えるよう、加盟国に勧告する。
    決議84195077日)[3
 加盟国によって提供された兵力およびその他の援助を米国指揮下の統一司令部に提供することを勧告し、米国に統一司令官を任命するよう要請する。統一司令部が北朝鮮に対する作戦中に、国連旗を使用することを許可する。

 朝鮮戦争が始まった1950625日、安保理は決議82号により、北朝鮮の行為は平和の破壊であると認定し、北朝鮮軍に撤退を要請した。しかし北朝鮮が従わなかったため、安保理決議83では、北朝鮮軍を撃退するために必要な援助を与えるよう加盟国に勧告した。そして77日の決議84では、加盟国の提供した兵力を米国指揮下の統一司令部に置くことを勧告したほか、統一司令部には国連旗の使用が許可された。この決議に基づき、725日に朝鮮国連軍司令部が設置され、ダグラス・マッカーサー米国極東軍事最高司令官が統一司令官に任命された。

ここで、韓国の支援や米国による指揮権についての安保理決議8384は、「決定」ではなく国連憲章第39条[4]に基づく「勧告」として採択されていることに注意する必要がある。前述のように、国連軍を構成するために必要な特別協定のプロセスは行き詰まっており、国連として「決定」することはできず、「勧告」以上に強い決議を挙げることは不可能であった。したがって、朝鮮国連軍を構成したのは国連加盟国から特別協定に基づいて提供された兵力ではなく、米国と深い結びつきを持つ15か国(英国、タイ、カナダ、トルコ、豪州、フィリピン、ニュージーランド、エチオピア、ギリシャ、フランス、コロンビア、ベルギー、南アフリカ、オランダ、ルクセンブルク)の兵力と米軍であった[5]。つまり、朝鮮国連軍の実態は、あくまでも米軍を中心とした多国籍軍なのである。

国連における朝鮮国連軍の解散をめぐる議論
 以上のように、朝鮮国連軍はその存在の根拠があいまいである。朝鮮国連軍が韓国に存在し続けることの是非については、これまでも度々議論の対象となってきた。
 まず、19537月に板門店で署名された朝鮮戦争の休戦協定は、以下のように全外国軍の撤退に向け交渉するよう勧告している。
 
停戦協定第4条:朝鮮問題の平和的解決を確保するため、双方の軍司令官は、双方の関係国の政府に対して、休戦協定が署名され、効力を生じた後3カ月以内に、これらの国の政府がそれぞれ任命する代表により一層高級な政治会議を開催してすべての外国軍隊の朝鮮からの撤退、朝鮮問題の平和的解決その他の諸問題を交渉により解決するよう勧告する[6]。

 実際に南北双方は、19544月から7月にかけジュネーブで開催された国際会議において、外国軍の撤退について協議した。しかし、韓国は195310月に米韓相互防衛条約に署名して米軍の韓国駐留を認めていた。ジュネーブでの交渉で北朝鮮は全外国軍の撤退を要求したが、交渉は成果を得られず決裂し、外国軍の撤退問題は解決されないまま現在に至っている。
 一方、中国は休戦協定締結後の19549月に人民志願軍の撤退を発表し、1958年までに全軍の撤退を完了した。米国以外の朝鮮国連軍参加国も休戦協定後に逐次に韓国や日本から撤退を開始し、19726月までに連絡将校などを除き全兵力の撤退を完了させた。
1957年に朝鮮国連軍の司令部が東京からソウルに移るとともに、米韓相互防衛条約によって駐留する在韓米軍司令官が朝鮮国連軍の司令官が兼務した。一方で朝鮮国連軍は19507月の大田協定で韓国軍の作戦統制権も握り続けた。197811月に米韓連合司令部が設置されてからは、米韓連合司令部司令官が朝鮮国連軍司令官を兼務することにより、朝鮮国連軍司令官がもつ韓国軍の作戦統制権は、米韓連合司令部の司令官が継承した。
 朝鮮国連軍の解体を求める議論は1970年代以降も国連内で続いた。1971年、中国の国連代表権が台湾から中華人民共和国に移ると、中国は朝鮮国連軍の解体をしばしば要求するようになった。また、1975年には国連総会でソ連など東側諸国が提出した朝鮮国連軍の解散と全外国軍の撤退を要求する決議第3390B7]が採択された。しかしそれに反対する西側諸国による決議第3390A8]も同時に採択されたため、決議の効果は相殺された。1991年に韓国と北朝鮮が国連に同時加盟を果たしてからは、北朝鮮が90年代を通じて安保理に対して朝鮮国連軍の解体を繰り返し要求した。だが朝鮮国連軍の解体が現実性を持って検討されることはなかった。
しかし冒頭で述べたように、2018年の南北・米朝首脳会談をきっかけに、朝鮮戦争終結が再び議論されるようになり、それに伴って朝鮮国連軍の扱いについても再び議論が求められる状況が生まれた。

朝鮮国連軍の「再活性化」
 ここで、米国による朝鮮国連軍「再活性化」(韓国では「維新」と呼ばれる)の動きに触れておく必要がある。朝鮮国連軍の「再活性化」とは、朝鮮国連軍司令官である在韓米軍司令官が2015年頃に開始した動きで、朝鮮半島における緊張が高まる中において、休戦後に形骸化している朝鮮国連軍を建て直す試みであり、米国以外の参加国に積極的な貢献を求めようとしている。
具体的な動きとして、20187月、朝鮮国連軍司令部は創設以降初めて、米軍ではなくカナダ陸軍のエア中将を副司令官に任命した。さらに、20197月にはオーストラリア海軍のメイヤー中将が副司令官となり、2代続けて米軍以外の将官が副司令官を務めることになった。副司令官以外にも、米軍は在韓米軍と朝鮮国連軍の兼職者を減らすとともに、英、豪、加などを中心に米国以外の朝鮮国連軍参加国の要員を増やしている。
米国が朝鮮国連軍の再活性化を目指す背景の一つには、韓国が米韓連合軍の戦時作戦統制権の返還を求めていることがある。米韓は2012年に米韓連合軍の戦時作戦統制権を韓国に返還することで合意したが、その実現は延期され続けている。文在寅大統領は、自身の任期である2023年までに戦時作戦統制権の韓国への移管を目指している。
米国は朝鮮国連軍を「国連軍」らしく他国の関与を強めることで、作戦統制権を韓国に返還した後も「朝鮮国連軍」司令官として朝鮮半島における軍事活動の主導権を握ろうとしているのではないかと考えられる。
このように朝鮮国連軍の再活性化を目指す米国やその同盟国には、朝鮮戦争の終結の後にも、朝鮮国連軍を存続させ、その大義名分を通じて米軍の影響力の維持を図かる意図があるとみて良いであろう。20192月、朝鮮国連軍のエア副司令官は、朝鮮日報のインタビューに対し、朝鮮戦争終戦後も「国連軍は恒久的平和体制が定着するまで継続的な支援の役割を果たす」「終戦宣言後も国連軍司令部は維持され、勤務要員は2倍から3倍に増える」と述べ、終戦後も朝鮮国連軍の役割は失われないと強調した[9]。

 以上で見てきた通り、朝鮮国連軍は本来の国連軍とは異なる存在であり、その成立の根拠は非常にあいまいである。ましてや、幸いにも朝鮮戦争が当事国の合意によって終結宣言に至ることになれば、その時点において朝鮮国連軍の役割もまた、いったん終了する、というのが、自然な論理的帰結であろう。
 朝鮮戦争の終結宣言のあとにも、平和維持のために何らかの国連が関与した部隊があることが望ましいという議論があることは承知している。その議論に反対ではない。しかし、戦争の当事国、とりわけ朝鮮半島の主人公である南北の当事国が、そのような部隊の存続を希望することが大前提となる。また、そのような部隊は「朝鮮国連軍」とはまったく異なる使命と役割と仕組みをもつものになるはずである。
 
 本稿は監視プロジェクトの討論を経ながら作成された。(森山拓也)
 
4 国連憲章第39条:安全保障理事会は、平和に対する脅威、平和の破壊又は侵略行為の存在を決定し、並びに、国際の平和及び安全を維持し又は回復するために、勧告をし、又は第41条及び第42条に従っていかなる措置をとるかを決定する。
5 当時国連非加盟国だった韓国は、1950715日の大田協定により、作戦指揮権を朝鮮国連軍に委ねた。
日本語訳は次の資料を参照。大沼久夫編[2006]『朝鮮戦争と日本』p.342.
9『朝鮮日報』201928日(韓国語)http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2019/02/08/2019020800321.html# 

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