2021/10/22

監視報告 No.33

監視報告 No.33  2021年10月18日

§ バイデン政権が呼びかける前提条件なしの米朝対話は提案にはならない。経過を踏まえた踏み込んだ提案が必要だ

 9月21日、バイデン大統領は国連総会の演説において「朝鮮半島の完全な非核化を目指して真剣で持続的な外交を追求する」、また「朝鮮半島及び地域の安定性を高め、DPRK(朝鮮民主主義人民共和国、北朝鮮)人民の生活改善をもたらすような具体的な約束をともなう計画」を追求すると述べた[注1]。そこには計画の具体性を示すそれ以上のメッセージは含まれていなかった。にもかかわらず、それ以後のバイデン政権のDPRKに関するコメントに小さな変化が現れた。それまでの「いつでも、どこでも北朝鮮と会う準備ができている」という常套句に加えて、「具体的な提案を行っている」という文言が付け加わったのである。

「いつでも、どこでも」というフレーズは、米国のソン・キム北朝鮮担当特使が就任後最初に韓国を訪問したときに、北朝鮮への対話への復帰を呼びかけたときの言葉である。6月21日、次のように述べた[注2]。

「われわれは、DPRKが、どこでも、いつでも、前提条件なしに会うというわれわれの呼びかけと申し入れに対して、肯定的に応えてくれるよう期待を持ち続けている。」

この言葉は、後述するように、ハノイ会談以後の米朝交渉の経緯を考えると不適切であったにもかかわらず、ほぼ2か月後に韓国を訪れたときにも、ソン・キム特使は同じセリフを繰り返した[注3]。さらには、米大統領府においても、米国務省においても、そのフレーズが繰り返された。ネッド・プライス国務省報道官は7月1日に「われわれは、いつでも、どこでもDPRK代表と会う意思があるというわれわれの明確な意思を述べてきた」と述べ、9月24日にも、「述べてきたように、前提条件なしにDPRKと会う準備がある」と述べた[注4]。ジェン・サキ大統領府報道官も、8月31日、「われわれは、ドアを開けてきたし、はっきりとわれわれのチャンネルを通して接触を続けてきた。…われわれの申し入れは変わらず、いつでも、どこでも、前提無しに会うということだ。」[注5]
 ところが、バイデン大統領の国連演説以後、米政府の発言に「具体的な提案」という文言が付け加わるようになった。たとえば、10月1日、サキ報道官は「われわれは北朝鮮と協議するため具体的な提案をした。しかし、今日まで反応はない」[注6]と述べ、10月7日、プライス報道官は、「どこでも、いつでも、前提無しに」のフレーズを繰り返したのち、「われわれはメッセージの中で、北朝鮮に対して協議するための具体的な提案をした。われわれは我々の呼びかけに彼らが肯定的に応えることを希望している」[注7]と述べた。

 現在、具体的な提案が何を意味するのか、また、実体があるのかどうかさえも、明らかではないが[注8]、このような経過から、日本や欧米では多くの市民には米朝交渉のボールが北朝鮮側にあるかのように思われている。

 しかし、非核化をテーマとする米朝交渉に関する北朝鮮の立場は明白であろう。
 北朝鮮にとって、戦争状態にある米国への抑止力として開発した核兵器を放棄するには、安全の保証が必要になる。監視報告でも繰り返し述べてきたが[注9]、北朝鮮は、核兵器あるいは核開発の放棄を国際社会と約束する際、必ず相手側には北朝鮮が侵略されないという安全の保証や、関係改善などに向けた取り組みを約束させてきた。繰り返すまでもないことであるが、ドナルド・トランプ前大統領とシンガポールで臨んだ史上初の米朝首脳会談でも、金正恩国務委員長(当時)が「朝鮮半島の完全な非核化」に向けた責務を再確認するのと同時に、トランプに「北朝鮮の安全の保証」を確約させ、その上で「新しい米朝関係の構築」、「朝鮮半島の永続的かつ安定的な平和体制の構築」、「朝鮮半島の完全な非核化」、「米兵の遺骨回収と返還」に向けて共に取り組むことで合意した[注10]。
 2019年2月にハノイで行われた2回目の米朝首脳会談では、安全の保証の第一歩として北朝鮮は制裁解除を求めたのに対して米国が北朝鮮に全ての核兵器と核施設の廃棄を要求したため、首脳会談は何の成果も残すことができなかった。北朝鮮側が米国の要求に応じられなかったのは、米国が約束した安全の保証や関係改善に向けた米国の姿勢について、全幅の信頼を置くことができなかったからだ。北朝鮮としては、当時の米国との信頼関係の度合いの中で取ることができる「最大の非核化措置」として、「寧辺(ニョンビョン)地区のプルトニウムとウランを含む全ての核物質の生産施設を、米国専門家の立会いのもとで、両国技術者の共同作業として永久に、完全に廃棄」し、「核実験と長距離ロケット発射実験を永久に中止する」ことを文書で「確約」するという「現実的」な提案を行い、「民需経済」や「人民生活に支障を与える項目」の制裁解除を米国に求めた[注11]。それに対して米国政府は「オール・オア・ナッシング」の立場で合意を拒否した。

 それ以降、北朝鮮は米国に関係改善の意思はなく、米国の敵視政策が続くという判断に立つようになった。そして、経済制裁の解除を求めるのではなく、経済制裁の継続を前提とした経済建設に取り組む路線をとった。ちなみに、金与正朝鮮労働党中央委員会副部長によると、2019年6月に行われた板門店(パンムンジョム)における3回目の米朝首脳会談で金正恩がトランプに伝えたのは、このような北朝鮮の立場だった[注12]。2019年末の朝鮮労働党中央委員会総会において、金正恩は米国の対北朝鮮敵視政策が終わることはないと判断し、自力で経済発展を目指す「正面突破戦」を宣言するなど、国家の安全を核による抑止力で担保し人民の生活を向上させることに集中する方針を打ち出した。
 このように、北朝鮮は自衛力の担保、すなわち北朝鮮の主張に立てば、米国の脅威に見合った戦争抑止力の強化を維持しつつ、経済建設に集中するというのが、現在の北朝鮮の立場である。したがって、北朝鮮にとって米朝交渉に第一義的な関心はない、と言えるであろう。

 とはいえ、COVID19パンデミックと気候変動下の自然災害の増加の中で経済建設に集中しようとする北朝鮮にとって、侵略の憂いのない安定した朝鮮半島の国際環境の必要性はその前提条件となるであろう。2016年の「国家経済発展5か年戦略」の失敗を自認したうえで、2021年1月の党大会で立てられた「国家経済発展5か年計画」の成功は、金正恩体制にとって至上命令となる課題である。そのための前提となる、緊張が緩和した国際環境を整えることは、北朝鮮にとっても望むところであるに違いない。ここに米国が積極的に取り組むべき外交の糸口がある。

 北朝鮮は朝鮮半島の平和と非核化に向けた米国との交渉についても道は閉ざしていない。2021年1月の第8回労働党大会において、金正恩が「新しい朝米関係樹立のキーポイントは、アメリカが対朝鮮敵視政策を撤回するところにある」「今後も力には力、善意には善意の原則に基づいてアメリカに対するであろう」[注13]と述べたことはよく知られている。

 いま米国が示すべきものは、「いつでも、どこでも、前提条件なしに」というような呼びかけではない。2018年以来の米朝交渉の経過を踏まえた、信頼醸成のための一方的措置を含む具体的提案である。一方的措置の必要性の理由については監視報告32で述べたので繰り返さないが、北朝鮮がすでにとって現在も継続している措置に応えることが理にかなっている。
 本論では、米国に求められる具体的提案に関連して、米国が考慮すべき2つの点を指摘したい。1つは米韓合同演習中止に関係する提案であり、もう1つは経済制裁緩和に関係する提案である。最近、金正恩総書記は「米国はしばしば我が国を敵視していないとシグナルを送っているが、それを信ずるに足る行動は何も示していない」(2021年10月11日、国防発展展覧会での演説[注14])と述べたが、この2点は、米国の敵視政策について、金正恩の主張の根拠を払拭するために欠かせないものであろう。
 北朝鮮は米国と韓国に対して合同軍事演習を中止するよう繰り返し求めている。8月10日から2段階で行われた合同軍事演習も、北朝鮮政府が警告する中で行われた[注15]。規模を縮小させたとしても、北朝鮮にとって、外部勢力である米国の軍隊が朝鮮半島で演習を行う限り、それは米韓が北朝鮮を侵略するための予行演習とみなさざるを得ないであろう。朝鮮戦争が正式に終わっていない現在においては、なおさらのことである。朝鮮国連軍との関係および米韓相互防衛条約との関係における米韓合同演習の必要性とその在り方について、「敵視政策の撤回」をふまえた変更が正式に検討されるべきである。この問題は、南北で結ばれた2018年「9月平壌宣言」の「軍事分野における合意書」に謳われた南北の緊張緩和と将来の段階的軍縮に関する合意の持続と発展のためにも、避けることのできない米韓共同の課題である。具体的な変更の形についての結論に時間を要するのであれば、検討の開始を公式に表明して、検討期間における合同演習のモラトリアムを表明するべきであろう。
 米国がもはや北朝鮮に対して敵視政策をとっていないことを示しうるもう1つの現実的な手掛かりは、金星(キムソン)DPRK国連代表が、開催中の国連総会において行った一般演説の中に述べられている[注16]。けっして新しい主張ではないが、彼は国連の公平と公正を強く要求した。現在の国連安保理においては、たとえば、多くの国において行われている短距離ミサイルの発射実験について、北朝鮮が行った場合のみが「平和に対する脅威」として非難され、場合によってはさらなる経済制裁の強化を招く状況が存在している。2006年から2017年にかけて行われた北朝鮮の核実験、ミサイル実験に対して採択された安保理制裁決議の是非をめぐる議論は、ここではさておく。問題は、2018年4月に北朝鮮が核実験と長距離ミサイル実験の中止を自主的に決定し、今日まで3年半にわたってそれを守っている現実がある。のみならず、朝鮮半島の一方の当事国である韓国がSLBM実験の成功を誇示する[注17]という新しい情勢も現れている。そんな中で現行の対北朝鮮制裁決議の妥当性が再検討されるべき時期を迎えていることは、世界の多くの良識が認めるところであろう。
 この問題については、ロシアと中国がすでに安保理で非公式に提起していると伝えられているが[注18]、バイデン政権が、制裁緩和に向かう、より積極的な具体案を提案するリーダーシップをとることができるはずである。それは、米国の敵視政策からの転換を示す極めて適切な行動となるであろう。幸い、米国を含む多国間協議の合意文である「CTBT25周年記念宣言」(2021年9月22日)は、北朝鮮に安保理決議の順守とCTBTへの署名と批准を求めるに当たって、安保理決議に含まれている「見直し条項」を指摘している[注19]。すなわち、「DPRKの行動を継続的に監視しつつ、DPRKの順守状況に照らして必要であれば措置の強化、変更、中止、あるいは解除を行う用意がある…」という条項である。米国は国際社会がこの条項に注目している機会を活用して積極的な行動をとるべきである。(前川大、梅林宏道)

注1 バイデン大統領の第76回国連総会における演説。2021年9月21日。

Remarks by President Biden Before the 76th Session of the United Nations General Assembly | The White House

注2 “New U.S. envoy for North Korea looks forward to ‘positive response’ on dialogue”、『ロイター通信』、2021年6月21日。

https://www.reuters.com/world/asia-pacific/new-us-envoy-north-korea-huddle-with-skoreans-japanese-2021-06-20/

注3 “U.S. envoy says no hostile intent toward North Korea, calls for talks”、『ロイター通信』、2021年8月23日。

https://www.reuters.com/world/asia-pacific/us-skorea-envoys-discuss-jumpstarting-talks-with-north-korea-2021-08-23/

注4 米国務省プライス報道官の記者会見。2021年7月1日および2021年9月24日。

https://www.state.gov/briefings/department-press-briefing-july-1-2021/#NorthKorea

https://www.state.gov/briefings/department-press-briefing-september-24-2021-2/

注5 米大統領府サキ報道官の記者会見。2021年8月31日。

https://www.whitehouse.gov/briefing-room/press-briefings/2021/08/31/press-briefing-by-press-secretary-jen-psaki-august-31-2021/

注6 米大統領府サキ報道官の記者会見。2021年10月1日。

https://www.whitehouse.gov/briefing-room/press-briefings/2021/10/01/press-briefing-by-press-secretary-jen-psaki-october-1-2021/

注7 米国務省プライス報道官の記者会見。2021年10月7日

https://www.state.gov/briefings/department-press-briefing-october-7-2021/

注8 2021年10月15日、「具体的な提案」の中味を尋ねた記者の質問に対するプライ報道官の回答は曖昧を極めた。

https://www.state.gov/briefings/department-press-briefing-october-15-2021/#post-284428-NorthKorea2

注9 監視報告No.12、監視報告No.32。

それぞれ、https://nonukes-northeast-asia-peacedepot.blogspot.com/2019/07/no.html

https://nonukes-northeast-asia-peacedepot.blogspot.com/2021/06/no32.html

注10 シンガポール米朝首脳共同声明(2018年6月12日)。

https://trumpwhitehouse.archives.gov/briefings-statements/joint-statement-president-donald-j-trump-united-states-america-chairman-kim-jong-un-democratic-peoples-republic-korea-singapore-summit/

注11 李容浩外相の記者発表。『ハンギョレ』に全文(韓国語)。2019年3月1日。

http://www.hani.co.kr/arti/international/international_general/884116.html

『核兵器・核実験モニター』565号に日本語訳。

http://www.peacedepot.org/wp-content/uploads/2019/04/nmtr565.pdf

注12 “Press Statement by Kim Yo Jong, First Vice Department Director of Central Committee of Workers' Party of Korea”、『朝鮮中央通信』英語版、2020年7月10日。

http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付で検索。

注13 「朝鮮労働党第8回大会で行った金正恩委員長の報告について」、第3章「祖国の自主統一と対外関係の発展のために」『朝鮮中央通信』英語版、2021年1月10日。

http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。

注14  KCNA、2021年10月12日。http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。

注15 “Vice Department Director of WPK Central Committee Kim Yo Jong Releases Press Statement” 、『朝鮮中央通信』英語版、2021年8月1日。

http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付で検索。

注16 Kim Song, “Statement by Head ofthe DPRK Delegation H.E. Ambassador Kim Song, Permanent Representative of the Democratic People’s Republic of Korea to the United Nations at the General Debate of the 75 th Session of the UN General Assembly,”

https://estatements.unmeetings.org/estatements/10.0010/20200929/azzQgcBAMYqv/WaUGJrE2AJvT_en.pdf

注17 「文大統領『ミサイル増強、北挑発への確実な抑止力』 SLBM発射実験を視察」、『聯合ニュース』、2021年9月15日。

https://jp.yna.co.kr/view/AJP20210915004900882

注18 「国連安保理、中ロ提案の北朝鮮制裁緩和巡り30日に非公式協議」、『ロイター通信』、2019年12月30日。

https://jp.reuters.com/article/northkorea-usa-un-idJPKBN1YY01Q

注19 「CTBT25周年記念宣言」第8節。CTBT-Art.XIV/2021/WP.1

https://www.ctbto.org/fileadmin/user_upload/Art_14_2021/CTBT-Art.XIV-2021-WP.1.pdf

監視報告 No.36

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