2021/06/12

監視報告 No.32

監視報告 No.32  2021年6月12日


§ 米朝交渉再開のためには、米国がまず信頼醸成の行動をおこす番だ、しかも一日も早く。


 本日、6月12日はシンガポールにおける2018年米朝首脳共同声明から3年目の記念日にあたる。米国にバイデン政権が発足して初めての記念日でもある。
 そのバイデン政権の対北朝鮮政策が4月末に固まった。詳細は公表されていないが、「調節された現実的アプローチ」で朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)との外交を模索し、「朝鮮半島の完全な非核化」を目指すのだと言う[注1]。政策見直し作業完了後の5月21日に行われた米韓首脳会談では、両首脳は「板門店(パンムンジョム)宣言やシンガポール共同声明など、南北朝鮮間や米朝間での約束に基づく外交と対話が、朝鮮半島の完全な非核化の達成と朝鮮半島の恒久的な平和構築に不可欠であることを再確認した」[注2]。バイデン政権が、北朝鮮が非核化を誓うとともに米国も北朝鮮の安全の保証を約束し、さらに両国が新しい米朝関係を構築することを約束した過去の合意を尊重する姿勢を示したことは、出発点として高く評価できる。
 しかし米朝双方には、相手に対する不信感が積み重なっており、朝鮮半島の非核化と平和に向けて具体的に動き出すためには、如何にしてお互いの不信感を払拭するかが重要になる。2018年以来の経過からすると、米朝の信頼関係構築のための行動は、米国政府が先に取る必要がある。最初の行動が遅れれば遅れるだけ、不信の悪循環が再発するリスクが増すと考えられ、一日も早い米国の行動が求められる。

 5月21日の米韓首脳共同声明が言及した板門店宣言[注3]は、2018年4月に韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩委員長(当時)が署名した共同宣言であり、「朝鮮半島の完全な非核化」に向けた努力と共に、休戦状態にある朝鮮戦争を終結させて戦争当事国による「恒久的な平和構築」に向けた協議を推進すること、敵対行為の全面的な中止、相互不可侵の再確認などで合意した。また、シンガポール共同声明[注4]は、史上初の米朝首脳会談で米国のドナルド・トランプ大統領(当時)と金正恩が合意に達した文書であり、まず、トランプが「北朝鮮の安全の保証」を約束し、金正恩が「朝鮮半島の完全な非核化」に向けた責務を再確認するとの前提を述べた。次に両首脳は、「新たな米朝関係の確立が、朝鮮半島と世界の平和と繁栄に寄与すると確信し、相互の信頼醸成によって朝鮮半島の非核化を促進できることを認識し」と述べて信頼醸成の重要性を指摘した。そのうえで、次の4項目の合意を行った。すなわち、「新しい米朝関係の構築」、「朝鮮半島の永続的かつ安定的な平和体制の構築」、「朝鮮半島の完全な非核化」、「米兵の遺骨回収と返還」の4つである。
 米朝枠組み合意(1994年)や6か国共同声明(2005年)など、これまで北朝鮮が合意した朝鮮半島の核に関する主な合意にも共通することだが、北朝鮮政府は、米朝の関係改善や北朝鮮への不可侵、朝鮮半島の平和体制構築など、北朝鮮の安全が担保されることを条件に、核開発や核兵器の放棄に合意してきた。
 ベトナム・ハノイで行われた2回目の米朝首脳会談(2019年2月)の失敗以降、北朝鮮政府は米国との交渉を頑なに拒んでいる。その場合でも、北朝鮮は米国政府が敵視政策をやめれば協議に応じる用意があることを繰り返し示唆してきた[注5]。バイデン政権が米朝の関係改善や朝鮮半島の平和体制の構築を約束した過去の合意を尊重するということは、米国政府が対北朝鮮敵視政策を撤回するということにもつながる。このことが明確になれば、ハノイ以来停滞している米朝交渉が再開される可能性は高い。
 ただし、これまで70年以上の長い歴史において敵対してきた米朝間において、朝鮮半島の非核化と平和をめぐる過去の交渉過程においても、お互いが不信感をいっそう強めてきている。シンガポール共同声明でも謳われているように、「相互の信頼醸成」が交渉促進の鍵であるとすれば、先ず、シンガポール共同声明が生まれた2018年以後の歴史を踏まえて、不信のもつれを解いて行く姿勢が必要であろう。以下に述べるように、その経過を冷静に分析するならば、米国がまず行動を起こすべき順番にある。


2018年以降を振り返ろう。
 まず、4月20日、北朝鮮は南北首脳会談、米朝首脳会談に臨む国内措置として大きな行動を行った。信頼醸成を狙った一方的な第一歩と言っていいだろう。北朝鮮の統治機構の中では実質的最高の決定機関ともいうべき党中央委員会総会(第7期第3回総会)において、「全党および国家のすべてのエネルギーを社会主義経済の建設に集中する」という新しい方向性を打ち出したうえで、金正恩は翌日(4月21日)からの核実験の中止、ICBM発射実験の中止、さらに、核実験中止を裏付けるための核実験場の解体を決定した。核実験場の解体はCNNなどの海外メディアを招待して5月24日に3坑道を爆破することによって実行した。爆破の実態について専門家の検証が行われていないことについては、シンガポール会談後の10月7日のポンペオ国務長官の平壌訪問の際に、金正恩は専門家を核実験場に招待して現地検証させることを提案した(その後の米朝交渉の行詰りで実現していない)。
 シンガポール会談においては、金正恩はトランプにICBM発射テストの再開をしない措置の証として東倉里(トンチャンリ)ミサイル・エンジンテスト施設を解体する意向を示した。その意向は9月19日の南北の9月平壌共同宣言の中に「東倉里エンジン試験場とロケット発射台を関係国専門家の参観のもとで永久的に廃棄する」と明記して再確認されている[注6]。また、シンガポール共同声明で約束した「米兵の遺骨回収と返還」に関しては、北朝鮮は7月27日の停戦協定25周年の日に、すでに回収されている遺骨55柱を返還した。
 さらに9月平壌共同宣言において、北朝鮮は「米国が米朝共同声明の精神に沿い、相応の措置を取れば、寧(ニョン)辺(ビョン)の核施設を永久廃棄するなど追加措置を講じてゆく用意がある」と、米国側の意思があれば信頼醸成措置の追加に応じる意思があることも明記した。   
 このように、北朝鮮は積極的に信頼醸成のための努力を続けた。言葉だけではなく実際行動を起こしたのみならず、継続的な追加措置を相互にとりながら信頼を積み重ねる提案も行ってきた。
 それに対して、米国が信頼醸成のために何をしてきただろうか?米国がとった行動は、トランプが約束した大型の米韓合同軍事演習の延期と縮小のみであった。このような経過を踏まえるならば、バイデン政権がシンガポール共同声明を基礎にして新しい米朝関係を築くためには、米国がまず北朝鮮の行動に見合う信頼醸成の行動を起こす番であることは、誰の目にも明らかであろう。
 
 ハノイ会談で米国がオール・オア・ナッシングの姿勢を示し、会談が失敗に終わったのち、北朝鮮は米国の北朝鮮敵視政策の撤回がない限り米朝交渉が実りあるものにならないとの判断を示すようになった。相手に信頼醸成を積み重ねる意思がないのは、北朝鮮への敵視政策に変更がないからであろう、との判断である。北朝鮮のこの「見限り状態」が現在も続いていると考えられる。アメリカが信頼醸成の回復の第一歩として今とるべき行動を考えるために、この経過を振り返っておく。

 ハノイ会談ののち北朝鮮は、2019年中に「新しい計算法」による提案をもって交渉に臨むよう期限を設けて米国からの回答を待った。そして米国からの回答がない状態で、年末に4日間をかけた第7期中央委員会第5回総会を開催した。そこにおいて北朝鮮は、米国を次のように評価した[注7]。
 「アメリカの本心は、対話と協商の看板を掲げて、のらりくらりして自分の政治外交的利益をはかると同時に、制裁を引き続き維持して、われわれの力を次第に消耗、弱化させることである」
 「核問題でなくても、米国は他の何かを標的にして、我々に手出しするであろうし、アメリカの軍事的・政治的威嚇が終わることはないでしょう」
 このように述べたうえで、敵視政策の撤回についての次のように述べた。
 「アメリカが対北朝鮮敵視政策をあくまで追求するならば朝鮮半島の非核化は永遠にありえない…、アメリカの対北朝鮮敵視が撤回され、朝鮮半島に恒久的で、かつ揺るぎない平和体制が構築されるまで、国家の安全のための必須かつ必要不可欠な戦略兵器の開発を中断することなく開発を続ける…」
 つまり、非核化の要件として米国の敵視政策の撤回が強調されている。約1年後の今年1月に開かれた第8回朝鮮労働党大会においても、アメリカの敵視政策の継続が批判されたが、そのときはその撤回を「新しい朝米関係のキーポイント」と指摘した[注8]。
 「アメリカで誰が権力の座についてもアメリカという実体と対朝鮮政策の本心は絶対に変わらない」
 「新しい朝米関係樹立のキーポイントは、アメリカが対朝鮮敵視政策を撤回するところにあるとし、今後も力対力、善意対善意の原則に基づいてアメリカに対するであろう」
 バイデン政権が北朝鮮政府との接触を試みたことに対して、2021年3月17日、北朝鮮の崔(チェ)善(ソン)姫(ヒ)第1外務次官は「米国の対朝鮮敵視政策が撤回されない限り、いかなる朝米接触や対話も行われないという立場」を改めて表明し、「力には力、善意には善意の原則に基づいて米国に対する」という北朝鮮の方針を再確認している[注9]。

 ハノイ会談以後、北朝鮮はこのように米国の敵視政策に照準を合わせて、対米関係を論じ、行動してきた。

 敵視政策とは何か、敵視政策の撤回とは何かを具体的に定義することは簡単ではない。しかし、これまで述べてきた最近の経過から明らかに言えることは、米国の「対朝鮮敵視政策」とは、米朝相互の不信を払拭し信頼醸成を積み重ねる努力を示さない米国の一方的政策全体をさす言葉なのである。しかがって、敵視政策の実体を一挙に撤回できるようなものではない。しかし、それと同時に、撤回へのシグナルは様々な方法によって発することが可能である。
 その意味で、行動をとるべき順番にある米国のバイデン政権は、まず「敵視しない意図と信頼醸成の積み重ねの必要性についての立場表明を行う」ことが重要であろう。それはそれほどハードルが高い話ではない。2000年10月、クリントン政権の時代に北朝鮮の趙(チョ)明録(ミョンロク)国防委第1副委員長(当時)が金正日国防委員長(当時)の特使としてワシントンを訪問した際、米朝両政府は互いに敵意を抱かないことなどを宣言した共同コミュニケを発表している。その内容を再確認すればよい。
 「…両国は2国間関係において新たな方針をとる準備ができていると宣言した。重要な第一歩として、両国は、いずれの側の政府も相手に対して敵対的意図をもたないと述べ、過去の敵意から自由になった新しい関係を築くために今後あらゆる努力を払うと誓約した。」[注10]。
 その上で、バイデン政権は、米韓合同軍事演習の中止、朝鮮戦争の終戦宣言、平壌への米連絡事務所の設置、制裁の緩和など、信頼関係構築のための具体的な提案をするべきである。

 このような米国の行動は、急がなければならない。現在は、米朝の相互不信と敵対関係が続く中で毎日が過ぎている。停戦が長らく維持されているとはいえ、朝鮮戦争は正式には終結せずに継続している。米韓の側も北朝鮮の側も、軍事演習、軍備の増強と近代化を正当化する理由に事欠かない。8月には米韓合同軍事演習が予定されている。とりわけ、米国と韓国においては議会における政権野党と国民世論への対応というリスクも抱えている。心配されるのは、朝鮮半島の緊張が再び高まることである。バイデン政権の行動が遅れれば遅れるだけ、不信の悪循環が再発するリスクが増すであろう。一日も早い米国の行動が求められており、バイデン政権の対応が急がれる。(前川大、梅林宏道)


注1 米大統領官邸(ホワイトハウス)、“Press Gaggle by Press Secretary Jen Psaki Aboard Air Force One En Route Philadelphia, PA”、2021年4月30日。

https://www.whitehouse.gov/briefing-room/press-briefings/2021/04/30/press-gaggle-by-press-secretary-jen-psaki-aboard-air-force-one-en-route-philadelphia-pa/

注2 米韓首脳共同声明(2021年5月21日)。

https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2021/05/21/u-s-rok-leaders-joint-statement/

注3 板門店宣言(2018年4月27日)。

https://english1.president.go.kr/BriefingSpeeches/Speeches/32(英文)

注4 シンガポール米朝首脳共同声明(2018年6月12日)。

https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/joint-statement-president-donald-j-trump-united-states-america-chairman-kim-jong-un-democratic-peoples-republic-korea-singapore-summit/

注5 例えば、「朝鮮労働党中央委員会第7期第5回総会が行われる」(“Report on 5th Plenary Meeting of 7th C.C., WPK”、『朝鮮中央通信』英語版、2020年1月1日)や、「金与正党第1副部長の談話」(“Press Statement by Kim Yo Jong, First Vice Department Director of Central Committee of Workers' Party of Korea”、『朝鮮中央通信』英語版、2020年7月10日)。

いずれも、http://www.kcna.co.jp/index-e.htmから日付で検索。

注6 9月平壌共同宣言(2018年9月19日)(英語)。

https://english1.president.go.kr/BriefingSpeeches/Briefings/322

日本語訳:ピースデポ・アルマナック刊行委員会『ピース・アルマナック2020』(緑風出版、2020年7月10日)、139ページ。

注7 「朝鮮労働党中央委員会第7期第5回総会が行われる」(“Report on 5th Plenary Meeting of 7th C.C. WPK”、『朝鮮中央通信』英語版、2020年1月1日)。

http://www.kcna.co.jp/index-e.htmから日付で検索。

注8 “Great Programme for Struggle Leading Korean-style Socialist Construction to Fresh Victory”、『朝鮮中央通信』英語版、2021年1月9日。

http://www.kcna.co.jp/index-e.htmから日付で検索。

注9 「崔善姫外務第1次官が談話を発表」(“Statement of First Vice Foreign Minister of DPRK”、『朝鮮中央通信』英語版、2021年3月18日)。 http://www.kcna.co.jp/index-e.htmから日付で検索。

注10 米朝共同コミュニケ(2000年10月12日)。

https://1997-2001.state.gov/regions/eap/001012_usdprk_jointcom.html


監視報告 No.36

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