2021/03/24

監視報告 No.30

  監視報告 No.30  2021年3月23日


§ 第8回労働党大会以後も、北朝鮮の非核化政策や対米交渉の姿勢は変わっていない

ある側面から見れば、オバマ政権発足時とバイデン政権発足時の米朝関係には類似性がある。オバマ政権のときは6か国協議が米国の拙速な検証要求で行き詰まって、それを打開する道を探ることが問われた。バイデン政権においては、米朝のシンガポール合意の履行が米国の拙速なビッグディール要求で行き詰まって、今後のアプローチが問われている。もちろん、トランプ・ファーストと言われた前大統領の利己的でパフォーマンス色の強い外交交渉のあり方からの転換が必要であること、ここ数年において朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核、ミサイル能力が長足の進歩を遂げていること、の2点において、両政権が発足時の局面の間には大きな違いがあることも事実であろう。

 この状況において、北朝鮮の対米政策の現状を整理しておくことが重要であろう。端的に言えば、1月の第8回朝鮮労働党大会において、①2018年米朝首脳共同声明で相互に合意した内容への評価に変化があったか、②共同声明の履行に関して、敵視政策から脱した「新しい計算法」を米国に求めていた2019年以後の対米要求に変化があったか、についての整理が求められている。

202115日~12日、朝鮮労働党大会が5年ぶりに開催された。報道されているように、金正恩総書記は演説で米国は「最大の敵」だと述べ、核開発の継続も宣言した。しかし、そのことをもって、北朝鮮に非核化の意思がないとか対米対決路線の復活とか結論づけるのは短絡すぎるだろう。党大会で打ち出された政策とメッセージを正確に理解することが必要である。

 

労働党大会の中心課題は経済

先ず押さえておきたいのは、党大会の中心課題は、前回の労働党大会で掲げた「国家経済発展5カ年戦略」(2016年)を総括し、社会主義建設を達成するための今後5年の経済計画を打ち出すことであった、という事実である。2020年において経済が、自然災害、新型コロナウィルス、経済制裁の三重苦によって困難を極めていたときから、今回の労働党大会は困難を新路線によって乗り超える新しい出発地点として位置づけられていた。

党大会の開会の辞において、金正恩は「国家経済発展5か年戦略は昨年までに終わりましたが、ほとんど全ての部門が掲げた目標をはなはだしく達成できませんでした」と失敗を述べた[1]。党大会で中心であった金正恩の9時間に及ぶ報告でも、後述するように社会主義建設を前進させるための経済戦略に重点が置かれた。大会最終日の結語においては、「社会主義経済建設は、今日、われわれが総力を集中すべき最も重要な革命課題です」と檄をとばした[2]。さらに党大会の締めくくりとなるスローガンは、「以民為天」「一心団結」「自力更生」となった[3]。これも自力更生によって人民生活の向上を目指すという経済建設の旗印といってよいだろう。このように、大会は最初から最後まで経済発展への挑戦という基調で貫かれていた。

金正恩の長い報告演説における経済に関する内容をもう少し詳しく見てみよう。

金正恩は経済発展が滞った外的要因として、「アメリカと敵対勢力が強行した最悪の野蛮な制裁・封鎖策動」や「毎年被ったひどい自然災害と昨年に発生した世界的な保健危機の長期化」を上げている。しかし、経済の失敗への反省ないし批判の目を党内部に向けた。「客観的条件にかこつければ何事もできず、主体の作用と役割が不要になり、不利な外的要因がなくならない限り、革命闘争と建設事業を推し進めることができないという結論に達することになる」と指摘し、党中央委員会が「国家経済発展5カ年戦略が科学的な見積もりと根拠に基づいて明確に作成されず、科学技術が実際に国の経済活動を牽引する役割を果たさず、不合理な経済活動体系と秩序を整備、補強するための活動がまともに推進されなかった」と政治の責任を主体的要因として掲げた。

しかし、この教訓から導かれる改革についての「科学的な」具体性は必ずしも明らかにされていない。今後5年間の経済計画においては、内閣が経済管理を「画期的に改善」し、科学技術で生産力を近代化し、原料・資材の国産化を積極的に推進するよう指示している。「経済発展のキーポイントに力を集中して人民経済の全般を活性化し、人民の生活を向上させうる強固な土台を築く」ことを目的に上程された5か年計画の説明では、「自力更生」と「自給自足」をテーマに、金属工業部門、化学工業部門、農業部門、軽工業部門など各経済分野での課題や戦略を提示した。

 

経済の「正面突破戦」の継続

これらの立論から明らかなように、敵対勢力による経済制裁が経済戦略を達成できなかった要因の一つに挙げることが、外部環境を改善させるために米国を中心とした「国際社会」の圧力に屈して核兵器を放棄するという考えにつながることはない。それとは逆に、経済制裁の継続を前提とした自力更生路線がより一層強調されることになる。この考え方は、基本的には、米国の敵視政策は終わらないという前提で経済発展を成し遂げようとして、2020年一年を通して行われてきた「正面突破戦」の継続であると言えるであろう[4]。

金正恩は報告の中で、状況の改善を、屈服ではなく外交戦に勝つことによって達成すると述べている。そして、外交戦略においては米国に打ち勝つことを強調しつつ、「反帝自主勢力」との連帯を打ち出していることが注目される。米国と独立した勢力との経済協力に活路を見出しているように読み取ることができる。

「われわれの自主権を侵奪しようとする敵対勢力の策動を粉砕し、わが国家の正常的な発展権を守るための外交戦を攻勢的に展開しなければならない。対外政治活動を朝鮮革命発展の主な障害、最大の主敵であるアメリカを制圧し、屈服させることに焦点を合わせ、志向させていかなければならない。」「アメリカで誰が権力の座についてもアメリカという実体と対朝鮮政策の本心は絶対に変わらない。」「対外活動部門で対米戦略を策略的に樹立し、反帝自主勢力との連帯を引き続き拡大していく…」[5]。

 

経済発展に集中するための前提となる「戦争抑止力」

8回労働党大会における核兵器開発に関する言及は多くはないが、米国と韓国の戦力強化に関する指摘と北朝鮮の新戦力の細部にわたる反復記述が特徴となっている。労働党大会において表明されたこのような北朝鮮の核兵器開発に関する報告について2つの側面を読み取ることができる。

一つは、経済への集中を担保するための戦争抑止力という考え方が踏襲されているという側面である。これは、2017年の核戦力完成から経済飛躍への論理[6]、2018年の核戦力完成を踏まえての経済専念の論理[7]として述べられてきたものであり、昨年の「正面突破戦」の演説[8]や、秋の国連総会での金星・国連大使の演説[9]でも語られている。今回の報告でも「現実は、国家防衛力を瞬時も停滞させることなく強化してこそ、アメリカの軍事的脅威を抑止して朝鮮半島の平和と繁栄をもたらすことができるということを示している」[10]と述べている。

これを補強する論理として、金正恩は敵対勢力の軍事力増強の現実を強調し、それに見合った自国の戦争抑止力の増強の必要性を訴えた。「わが国家を狙った敵の先端兵器が増えているのを目の前で見ながらも、自分の力を絶えず培わず、平穏無事に過ごすことより愚かで危険極まりないことはない」「アメリカと敵対勢力の無分別な軍備増強によって国際的な力のバランスが破壊されている」と述べるとともに、韓国に対しては「ハイテク軍事装備の搬入とアメリカとの合同軍事演習は中止すべきだ」と主張した[11]。

もう一つの側面として、軍事力の増強を具体的に印象づけて交渉力を高める意図をみることができる。北朝鮮の核戦力の強化が放置できない脅威であることを、とりわけ米国の世論に印象づけることが、新政権に対して交渉を促すことになるとの読みがあると思われる。

金正恩は大会報告において、2017年までに完了した水爆の保有と大陸間弾道ミサイル「火星15号」の試射成功を「大事変」と評価し、「わが国を名実ともに世界的な核強国、軍事強国に浮上させ、諸大国がわが国家と民族の利益をほしいままに駆け引きしようとしていた時代を永遠に終わらせた」と自賛した。さらに過去5年間における核兵器の開発実績として、多弾頭個別誘導(MIRV)技術の開発が最終段階にあること、長距離弾道ミサイルの極超音速滑空飛行弾頭など新型弾頭が試作段階にあること、原子力潜水艦の設計・研究が最終審査段階に入ったこと、など細部にわたる成果を誇った[12]。そして、今後の核戦力強化の方向性について、「朝鮮半島地域での軍事的脅威は必然的に核の脅威に直結する」[13]という分析に立って、戦術核兵器の開発強化と超大型核弾頭の生産の持続と命中精度の向上という戦術、戦略の両面を打ち出した。そして開発途上にあった上記の諸技術の推進を改めて列記するとともに、人工衛星や無人偵察機による「偵察情報収集能力」の確保に言及し、軍事力全体のハイテク化の方針を説明した。

細か過ぎると思われるほど列記した戦争抑止力強化の報告は、上述したような米国に対する外交的メッセージと考えてよいであろう。

 

シンガポール合意の継承

このように公然と核戦力強化が進行するとすれば、金正恩が朝鮮半島の非核化を約束したシンガポール合意は無効になったのではないか、という疑問が当然にも投げかけられるであろう。

 その疑問を考える前提として、戦争抑止力の強化は常に外交を念頭においたものであるという金正恩の基本的な考え方にまず注目しておく。金正恩は次のように述べている。「強力な国家防衛力は決して外交を排除するのではなく、正しい方向へ進ませ、その成果を保証する威力ある手段になる」[14。彼の頭には常に外交があるということであり、その意味するところは大きい。

労働党大会において、金正恩はシンガポール米朝共同声明を肯定的に評価している。「敵対的な朝米関係史上、初めて開かれた両国首脳の直接会談で党中央は、強い独立の原則をもって、新しい朝米関係の確立を確約する共同宣言を成立させた」[15]。ここで使われている「新しい朝米関係の確立」という文言は、シンガポール共同声明と同じ用語である。続く言葉で超大国に対等にわたりあって戦略的地位を世界に誇示したと自慢しているが、そのことよりも、米朝の新しい関係の樹立という共同声明の内容を成果として述べていることのもつ意味の重要さを強調しておきたい。

金正恩の報告では、非核化などの内容に直接には触れていない。非核化に触れるためには、2019年~2020年に米国に要求し続けてきた「敵視政策の撤回」と、そこから導かれる共同宣言履行のための「新しい計算法」の提示が、米国から示されないまま今日に至っている経過を述べなければならない。それは北朝鮮にとっては飽き飽きするような繰り返しの説明になってしまう。このように考えると、共同声明の非核化問題に触れない理由はよく理解できる。そして、核問題に触れずとも共同宣言の他の重要な合意を高く評価していることから、北朝鮮が共同宣言を今も交渉の出発点として放棄していないと考えて間違いないであろう。

一方で、南北間で合意した2018年の板門店宣言や9月平壌宣言については、韓国に対してその不履行を非難し、繰り返し南北宣言の履行の必要性を述べている。2つの南北宣言には「朝鮮半島の非核化」が含まれていることを考えると、ここでも北朝鮮の非核化の意思は維持されていることを確認することができる。金正恩の報告の中には次のような一文がある。「北南関係においては根本的な問題から解決しようとする立場と姿勢を持たなければならず、相手に対する敵対行為を一切中止し、北南宣言を慎重に受け止め、誠実に履行しなければならない」[16]。

 

 以上述べたように、第8回朝鮮労働党大会を経た後においても、シンガポール米朝首脳共同声明を履行する北朝鮮の意思に変化はないと考えるべきである。共同声明に謳われた米朝関係の正常化や朝鮮半島の平和機構の確立とともに朝鮮半島の非核化について米国に交渉の意思があれば道は開かれているのである。金正恩の報告でも次の一節がある。

「新しい朝米関係樹立のキーポイントは、アメリカが対朝鮮敵視政策を撤回するところにある」「今後も力には力、善意には善意の原則に基づいてアメリカに対するであろう」[17]。(梅林宏道、前川大)

 

1 「金正恩同志が朝鮮労働党第8回大会で行った開会の辞」(『朝鮮中央通信』英語版、202116日)。

http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。

2 「金正恩総書記が第8回党大会で述べた結語」(『朝鮮中央通信』英語版、2021113日)。

http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。

3 注2と同じ。

4 「朝鮮労働党中央委員会第7期第5回総会が行われる」(『朝鮮中央通信』英語版、202011日)。

http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。

5 「朝鮮労働党第8回大会で行った金正恩委員長の報告について」、第3章「祖国の自主統一と対外関係の発展のために」(『朝鮮中央通信』英語版、2021110日)。

http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。

6 「金正恩党委員長の新年の辞」(『朝鮮中央通信』英語版、201811日)。

http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。

7 「朝鮮労働党第7期中央委員会第3回会議が、

http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。

8 注4と同じ。

9 金星の一般討論演説

https://estatements.unmeetings.org/estatements/10.0010/20200929/azzQgcBAMYqv/WaUGJrE2AJvT_en.pdf

10 注5と同じ、第2章「社会主義建設の画期的前進のために」

11 注10と同じ。

12 注5と同じ、第1章「総括機関に収められた成果」

13 注10と同じ。

14 注10と同じ。

15 注12と同じ。

16 注5と同じ。

17 注5と同じ。

 

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