2024/07/19

監視報告 No.37

  監視報告 No.37  2024年7月19日


§NPTと北朝鮮:日韓両政府は、条約会議を非難ではなく問題解決の場として活用すべきである
 
 2024年7-8月、第11回核不拡散条約(NPT)再検討会議(2026年)に向けた第2回準備委員会がジュネーブで開催される予定である。ほぼ1年前にはウィーンで第1回準備委員会が開催された。このように定期的に開催されるNPT関連会議は、適切に活用されるならば、幅広い参加国のもとで地域的な核問題を議論することができる貴重な場となる。
 朝鮮民主主義人民共和国(DPRK。以下、北朝鮮)はNPTから脱退したと表明しており、これらの締約国会議(以下、再検討会議とその準備委員会を合わせて条約会議と呼ぶ)に出席していない。したがって条約会議は北朝鮮問題と疎遠になった会議であると考えられがちであるが、実際にはそうではない。いまなお、条約会議は必要な時間を割いて北朝鮮の核問題を論じている。すなわち、北朝鮮問題は、第1にNPT条約第X条に規定された締約国の脱退に関する問題として、第2に主要な地域的な不拡散問題の一つとして議論の対象となっている。
 本論では、最近の条約会議における北朝鮮問題の取り上げられ方を論じ、その問題点を指摘する。そして、隣接する非核兵器国である日本と韓国が果たしうる建設的な役割について考察する。

DPRKの条約上の地位
 よく知られているように、北朝鮮は2度にわたってNPTからの脱退を表明した。
 北朝鮮は、1985年12月12日にNPTに加盟し、条約に定められたIAEAとの保障措置協定が、規定よりも大幅に遅れて1992年4月10日に発効した[注1]。協定による初期申告が同年5月4日に提出されたが、その内容を検証するための査察をめぐりIAEAと北朝鮮は対立した。  
 IAEAの決定に米国が提供する情報が強く作用したこと、冷戦後の緊張緩和のなかで中止されていた米韓合同軍事演習チームスピリットが93年になって再開されたこと、などが背景となって、1993年3月12日、北朝鮮はNPT第X条の脱退要件である「異常な事態」「国家至高の利益の危険」を理由に条約からの脱退を宣言した。この時、北朝鮮は、脱退通告を国連安保理にはしたが、全NPT加盟国へはしておらず、第X条に規定された手続きに完全には則っていなかった。
 脱退は、通知以後3か月後に有効になるが、脱退を思い止まらせるために緊急の米朝協議が繰り返され、期限ぎりぎりの1993年6月11日、「米国はDPRKに対して核兵器を含む武力による威嚇や行使を行わないと保証する」という安全の保証を含む3項目の原則に合意した。それをもって北朝鮮は「脱退が発効することを自主的に停止」し、脱退はひとまず避けられた。[注2]
 しかし、1994年の米朝枠組み合意、それに基づく朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)の実施の過程における米国の意図的な履行放棄によって、北朝鮮は、2003年1月10日、「1993年に一時的に停止していたNPT脱退を即時に発効させる」と主張し2度目の脱退宣言を行った。
 これを条約加盟国はどのように受け取ったのであろうか?
 2度目の宣言から数か月後の2003年4月28日、2005年NPT再検討会議に向けた第2回準備委員会が開催された。その冒頭に議長であったモルナー大使(Molnar、ハンガリー)は、会議におけるDPRKの扱いについて次のように発言した。
 「私は(会議の準備のために条約締約国と)協議を行ったが、NPTにおけるDPRKの地位について見解が分かれていることが明らかになった。この問題について討論することは、この準備委員会の目的にとって利するものは何もないと私は確信する。…
 議長自身の責任において、この問題に関する討論を行わず、当該国(訳者注:DPRKのこと)の名札を議長が管理する、というのが議長の意向である。これによって、議長はこの準備委員会の会期中、名札を会議室に保持するよう事務局に依頼した。…」[注3]
 これを準備委員会は了承した。会議の最終報告書に「議長の事実要約」が添付されているが、そこにはDPRKの条約上の扱いについて、上記の議長の冒頭発言が受け容れられたことを、次のように記述している。
 「準備委員会は、DPRKの条約上の地位に関する締約国の見解に関して、最初の会合における議長発言に留意した。」[注4]
 つまり、DPRKの条約における地位の問題は、実りのない議論を生むと判断をして、締約国は棚上げにすることにしたのである。
 翌年(2004年)の第3回準備委員会においても、議長になったパルノハジニングラット大使(Parnohadiningrat、インドネシア)が、前年と同じ説明を行ってDPRKの条約上の地位を論じないことを決定し、それを2005年再検討会議に報告した[注5]
 2005年再検討会義は、準備委員会の議論を記録として残すとともに、ドゥアルテ議長(Duarte、ブラジル)が改めて議長判断によって棚上げを再確認した[注6]。このときには同時に、DPRKの地位問題とは別に脱退問題を規定した条約第X条に関する一般的議論として脱退問題を議題とすることに同意した。
 それ以後の条約会議においては、もはやDPRKの条約上の地位を議論することはなくなった。2005年再検討会議の次に開催された条約会議は、2007年4-5月に開催された2010年再検討会議に向けた第1回準備委員会であるが、その間に北朝鮮の問題はNPT会議を超えて国連安保理の扱う重要問題へと移っていた。北朝鮮はこの間に最初の核実験を行い(2006年10月9日)、安保理は北朝鮮に対して最初の制裁を課した(2006年10月14日)からである。
 とはいえ、条約上の地位問題が解決したわけではない。2度目の脱退宣言から20年以上が経過しているが、現時点においても条約会議の財政分担表にはDPRKの名前が締約国として掲載され続けており、欄外に「DPRKの地位は不明確である」と注記されている[注7]。また、条約の事務局を務める国連軍縮局のウェブサイトは次のように記述している。
 「2003年1月10日、DPRKは公的な声明において条約からの脱退を表明した。条約締約国(複数)は、条約におけるDPRKの地位について今日においてもさまざまな異なる見解を表明し続けている。」[注8]
 つまり、今日においても、条約上の地位は定まっていない。
 一方で、北朝鮮自身は、2003年1月10日の脱退通告により条約から脱退したと認識している。
 崔善姫外相は、2023年4月のG7外相コミュニケが北朝鮮について触れた内容に反論する声明の中で、「この機会を利用して、G7外相たちに改めて丁重にリマインドしておきたい。DPRKは、NPT第X条に定められた脱退手続きに従って適法に脱退したときをもって、いかなるNPT上の義務も負っていない」[注9]と述べている。さらに、同年8月には、第11回NPT再検討会議への第1回準備委員会の会期中において、DPRK国連ウィーン代表部は、「DPRKのNPT上の立場は明白である。条約に規定されている加盟国の権利にしたがって20年前に合法的にNPTから脱退し、条約が直面している大きな課題の解決の糸口を見つけるために努力を集中している…」[注10]と述べ、「NPT加盟国はその正当な主権行使(筆者注:DPRKの核兵器開発政策のこと)に関してDPRK問題を取り上げるべきではない」と述べている。

脱退条項に関する協議
 すでに述べたように、北朝鮮の脱退表明を受けて2005年再検討会議から、脱退を規定する第X条の運用に関する新しい議論が始まった。
 多くの締約国は、第X条に書かれている「自国の至高の利益を危うくする」異常な事態における脱退の権利や、全締約国と国連安保理に対する3か月前の通知―異常な事態に関する説明を含む―の義務に関して、当然のことであるが、その重要性を再確認した。その上で、脱退が条約違反を免罪する手段にならないための措置や、脱退によって発生する国際的安全保障への影響に関する対処法などについて議論が行われた。
 全会一致ルールで議事運営がなされるNPT条約会議において、2005年以後に採択された実質的課題に関する合意文書は、2010年再検討会議の最終文書[注11]のみである。しかし、新型コロナ・ウィルス・パンデミックで延期され2022年に開催された第10回再検討会議の最終文書案は、ウクライナに関連する記述についてのロシアの異論がなければ採択されたと想定される文書[注12]である。したがって、第X条に関する締約国の見解については、この2つの全会一致の合意が存在していると考えてよいであろう。
 これらの合意において、締約国の脱退の権利が改めて強く主張されたことは注目に値する[注13]。そこには核兵器国を含む大国の支配的影響力の大きさに対する、その他の多数の締約国の警戒と牽制の意図を汲みとることができる。また、一方では、脱退国が脱退することによって得る利益を減じるための法的議論も行われた。すなわち、締約国であった脱退前の時期にNPT条約の履行として締約国間で取り決められた権利、義務、法的関係(IAEA保障措置など)は脱退後も有効であると確認し、条約下で交わされた不拡散のための縛りは脱退後も続くことを確認した[注14]
 脱退の意思表明があったときの対処方法としては、多数国の意見として、直ちに締約国の協議を開始すること、地域国家の外交的取り組みを始めることなどが述べられた。とりわけ、多くの国は、第X条は脱退問題の処理について安保理に重要な責任を託しているという理解を再確認した[注15]
 ここで述べられている外交的協議や安保理の取り組みのもっとも大切な役割は、脱退を表明した国が脱退せざるを得なくなった理由の原因を除去するために努力することであろう。
 多くの締約国もこのことを認識している。第10回再検討会議の最終文書(案)は、今後の取り組みを列記した第187節において、以下のように、脱退問題が関係国の安全保障上の懸念と不可分であることを考慮しつつ脱退問題に取り組むことを勧告している。
 「102. 会議は、すべての締約国に対し、直接に関係する締約国の安全保障上の正当な必要性に対処しながら、脱退しようとしている国にその決定を再考するよう説得するために協議を行い、あらゆる外交努力を行うことを奨励する。」[注16]
 2023年に開かれた最新の条約会議の脱退問題を論じたセッションにおいて、日本の小笠原大使はこのことをさらに敷衍して次のように述べている。
 「…日本は、締約国が条約に留まり続けるインセンティブを与えることが重要であると考える。そのためには、2010年の行動計画など過去のNPTにおける義務や約束の履行が目に見えて前進していることが必要である。」[注17]
 つまり、脱退問題においてはNPT条約の履行の成果全体が問われているという認識である。確かに、NPTにおける主要な取り引き、とりわけ核軍縮、不拡散、消極的安全保証など安全保障における主要な過去の合意の履行こそが、脱退問題で問われるべき根本問題であろう。

北東アジアの地域問題の論じられ方
 脱退問題で論じられているこのような基本的議論は、当然のことながら、脱退した国の再加盟や未加盟国の加盟を促す「条約の普遍化」の問題においてもまた基本的な課題である。この考え方に立つとき、北朝鮮の脱退問題に直接的に関係する非核の締約国である日本と韓国は、NPT条約会議で北東アジアの地域的不拡散問題について、必要な議論と行動を喚起する役割を果たすべきであるにもかかわらず、果たしていない。
 条約会議における北朝鮮の核兵器問題に関する最近の議論は、第10回再検討会議の最終文書(案)第173~177節に要約されている[注18]。すなわち、「朝鮮半島の完全で検証可能、かつ不可逆的な非核化(CVID)の支持と安保理決議の完全履行の重要性の強調」(第173節)、「DPRKによる核実験への非難と新たな実験の禁止」(第174節)、「DPRKが非核兵器国としてNPTに復帰するとの要求」(第175節)、「核兵器計画の即時中止と核兵器廃棄に向かう具体的措置の要求」(176節)、そして「交渉と外交による問題解決の奨励、そして関係国の対話再開と緊張緩和の要請」(177節)などの要求や主張である。これらの合意とは別に、条約会議においては毎回のように「北朝鮮の核の挑戦に対処する」に類するタイトルで50を超える有志国家が共同声明を出し、より強いトーンのDPRKの核・ミサイル計画と安保理決議違反への非難や安保理決議による制裁履行の強化を訴え続けている[注19]。全体として、北東アジアの地域問題について、条約会議は問題の解決策を論じるのではなく、DPRKへの原則的な要求と非難、安保理制裁の厳密な履行要求を繰り返すだけの場になっていると言っても過言ではない。
 一方で条約会議の外では、日本も韓国も過去のNPT合意に反する行動を繰り返している。たとえば、2010年の再検討会議では、「すべての締約国はNPT及び核兵器のない世界という目的に完全に合致した政策を追求する」「核兵器国は…軍事及び安全保障上の概念、ドクトリン、政策における核兵器の役割と重要性をいっそう低減させる」と合意している。にもかかわらず、韓国と米国は「核弾道ミサイル潜水艦を韓国に寄港させるなど、戦略アセットの朝鮮半島での可視化を強化する」[注20]と宣言した。とりわけ韓国の尹政権は核兵器使用のプロセスに踏み込んだ具体的な米韓核協力態勢の構築に走っている([注21]。また、日、韓、米の首脳は、米国の核を含む軍事能力のすべてを用いた拡大抑止力によって日本と韓国を守ると約束したうえで、第2次大戦後タブーであった日米韓の軍事演習を、初めて、毎年定期的に実施することに合意した[注22]。これらは、いずれも地域における安全保障協力において、核兵器の役割と重要性を強化するものであり、過去のNPT合意に反している。
 日本と韓国は、NPT会議に深くコミットしながら、合意に反する行動をとらざるを得ないとすれば、地域の不拡散問題について取り組む政策の在り方に問題があると考えるべきであろう。

範例としての中東問題
 地域の核問題を、非難に終始するのではなく問題解決の場としてNPT条約会議を活用した先例がある。中東におけるエジプトの取り組みである。エジプトと中東諸国は、NPT条約会議を地域の不拡散問題を解決する場として利用した。
 エジプトは1968年7月1日、NPTに署名したが、イスラエルがNPT加盟を拒否したため、批准はしなかったとされる[注23]。その後、1974年にイランが提唱した中東地域における非核兵器地帯の設立に関する提案を支持し、1974年12月9日に最初の国連総会決議「中東地域における非核兵器地帯の設立」[注24]を成立させた。それ以後、毎年繰り返して決議をあげることによって地域的な不拡散の基盤を固めつつ、エジプトは1981年2月26日、NPTの批准を果たした。13年の年月をかけて批准の条件を整えたと理解することができる。1990年以来、ムバラク大統領は中東非核兵器地帯を中東非大量破壊兵器地帯へと概念を拡大させたが、それを実現する努力は、1995年のNPT再検討延長会議における中東決議の採択へと結実していった。
 1995年NPT再検討・延長会議においてエジプトは2つのワーキングペーパーを提出している。一つは「第7条―非核兵器地帯」[注25]で中東非大量破壊兵器地帯の設立を求めるものである。もう一つは「非核兵器国への安全の保証」[注26]であり、その中で中東における非大量破壊兵器地帯の設立は、地域及び国際の平和と安全に対する脅威の除去に向けて重要な貢献となるとしている。これらのことに表れているように、エジプトの意図は、イスラエルという核兵器保有の疑惑国を抱えた中東地域の安全保障を非核兵器地帯の設立を通じて実現しようとするものであり、しかもそれをNPTという世界の大多数の国が参加する普遍性の高い条約の枠を通して実現しようとした点に優れた政策的洞察を見ることができる。
 これらの努力は、1995年再検討・延長会議において、米英ロに「中東に関する決議」を提案させ、決議が条約の無期限延長の決定とセットになった強力な合意文書として採択される成果を生んだ。決議は「中東和平プロセスの目的及び目標を支持するとともに、この点における努力が、他の努力とともに、とりわけ中東非核・非大量破壊兵器地帯に貢献することを認識する」と、地域の平和プロセスと非核地帯化の努力が一体のものであることを述べるとともに、核兵器国を含むすべてのNPT締約国に対して「地域諸国による中東非核・非大量破壊兵器及び非運搬システム地帯の早期設立に向けた最大限の努力」を求めている。
 中東決議を受けて、2019年11月に第1回が開かれた中東非核・非大量破壊兵器地帯をめざす会議は、今日では国連が主催する会議として毎年開催されることになっている。イスラエルの参加が得られていない状況が続くものの、中東地域の非核化と平和を追求する国際的な公認の枠組みが存在していることの意味は極めて大きい。
 NPT条約会議を活用した中東の取り組みは、北東アジアの包括的な平和と非核化のための努力について多くの教訓を含んでいる。エジプトの果たしたリーダーシップは、日本や韓国が学ぶべき貴重な範例といえる。
 北朝鮮のNPT脱退は、北東アジアの地域的非核化と包括的な安全保障の問題を、NPT条約会議のテーマにする手掛かりを与えていると捉えるべきであろう。すでにアカデミーや市民社会においては、北東アジア非核兵器地帯を中心に含む包括的な安全保障の枠組みに関するさまざまな研究や提言が発表されている[注27]。日本政府や韓国政府が、NPT条約会議の場をこのことを追求する場として活用する条件は十分に整っていると言えるであろう。(湯浅一郎、梅林宏道)

注1 IAEA「北朝鮮の核保障措置に関するファクトシート」。
https://www.iaea.org/newscenter/focus/dprk/fact-sheet-on-dprk-nuclear-safeguards
注2 この経緯については梅林宏道「北朝鮮の核兵器―世界を映す鏡」(高文研、2021年)pp53-58、また、Joel S. Wit, Daniel B. Poneman, and Robert L. Gallucci, “Going Critical – The First North Korean Nuclear Crisis,” (Brookings Institution Press, 2004) に詳しい。
注3  NPT/CONF.2005/PC.II/SR.1、第9節。
注4  NPT/CONF.2005/PC.II/50、Annex II、第28節。
注5  NPT/CONF.2005/PC.III/SR.1、第9節。
注6  NPT/CONF.2005/1、第11節。また、NPT CONF.2005/57(Part III)、9ページ、第38節。
注7 最新の例としてNPT/CONF.2026/PC.I/5
注8 「NPT条約に関する申告、声明、保留、注記」、国連軍縮局ウェブサイト。
https://treaties.unoda.org/t/npt/declarations/PRK_moscow_ACC
(2024年2月12日アクセス)
注9 “Press Statement of DPRK Foreign Minister,” KCNA, April 21, 2023
http://www.kcna.co.jp/index-e.htmから日付により検索。
注10 “Press Release by DPRK Mission to UN Office and Int’l Organizations in Vienna,” KCNA, August 5, 2023.
http://www.kcna.co.jp/index-e.htmから日付により検索。
注11 第8回NPT再検討会議最終文書第1巻第1部 NPT/CONF.2010/50 (Vol. I)(2010年5月28日)。
注12 第10回NPT再検討会議最終文書に関する議長の作業文書。NPT/CONF.2020/WP.77(2022年8月26日)。
注13 注12と同じ。第186節。
注14 注11と同じ。第119節。また、注5と同じ。第186節。
注15 注11と同じ。第120節。
注16 注12と同じ。第187節、第102項。
注17 「2026年再検討会議第1回準備委員会における軍縮会議日本代表部特別全権大使小笠原一郎の意見表明――原子力平和利用とその他の条項」、2023年8月9日。
注18 注12と同じ。
注19 たとえば、NPT/CONF.2026/PC.I/WP.36 (2023年)、NPT/CONF.2020/60 (2022年)、NPT/CONF.2020/PC.III/13(2019年)、NPT/CONF.2020/PC.II/9(2018年)、NPT/CONF.2020/PC.I/13 (2017年)。
注20 ワシントン宣言、2023年4月26日。
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2023/04/26/washington-declaration-2/
注21 米韓首脳共同声明:「朝鮮半島における核抑止と核作戦のための米朝ガイドライン」(2024年7月11日)。
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2024/07/11/joint-statement-by-president-joseph-r-biden-of-the-united-states-of-america-and-president-yoon-suk-yeol-of-the-republic-of-korea-on-u-s-rok-guidelines-for-nuclear-deterrence-and-nuclear-operations-o/
注22 キャンプ・デービッド精神:日米韓共同声明、2023年8月18日。
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2023/08/18/the-spirit-of-camp-david-joint-statement-of-japan-the-republic-of-korea-and-the-united-states/
注23 エジプト代表団カレム氏の演説。
NPT/CONF.1995/32(PartⅢ)。253ページ。
https://digitallibrary.un.org/record/221469
注24  A/RES/3263(XXIX)
注25 エジプトによるワーキングペーパー:NPT/CONF.1995/MC.Ⅱ/WP.13、1995年4月27日。
NPT/CONF.1995/32(PartⅡ)、359ページ。
https://www.nonproliferation.org/wp-content/uploads/2016/07/1995_FD_Part_II.pdf
注26 エジプトによるワーキングペーパー:NPT/CONF.1995/MC.Ⅰ/WP.4、1995年4月28日。
NPT/CONF.1995/32(PartⅡ)、289ページ。
https://www.nonproliferation.org/wp-content/uploads/2016/07/1995_FD_Part_II.pdf
注27 例えば、Michael Hamel-Green, “Nuclear Deadlock, Stalled Diplomacy: The the Northeast Asia Nuclear Weapon Free Zone Alternative - Proposals, Pathways, Prospects,” Journal for Peace and Nuclear Disarmament, Vol.4, NO.51, 2021, pp201-233.
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/25751654.2021.1875285
また、梅林宏道、鈴木達治郎、中村桂子、広瀬訓「提言:北東アジア非核兵器地帯設立への包括的アプローチ」(長崎大学核兵器廃絶研究センター、2015年3月)。

2022/12/26

監視報告 No.36

 監視報告 No.36  2022年12月26日


§米韓合同軍事演習の中止表明が緊張緩和への第一歩となる
 
 朝鮮半島の緊張緩和が求められている。
 米韓合同演習は在日米軍・自衛隊を巻き込んでエスカレートし、朝鮮人民民主主義共和国(DPRK、北朝鮮)は核戦力政策法を制定し、記録的なミサイル発射を繰り返している。国際社会の傍観は許されない。朝鮮半島情勢の改善に向けた方策について、具体的な知恵を絞る必要がある。

2022年8月下旬以降、朝鮮半島情勢は緊迫の度を高めた。米韓両軍は822日から91日にかけて大規模な合同軍事演習「ウルチ・フリーダム・シールド」を実施した。同演習では、指揮所演習に加え、北朝鮮に攻め込むことを想定した演習を含む大規模な野外機動演習が4年ぶりに行われた。その背景には20225月に対北朝鮮強硬派の尹錫悦が韓国大統領に就任したことがある。
 一方で、北朝鮮では、98日、先制核攻撃を容認する「核戦力政策に関する法令」が公布された[1]。それに対し、米韓両国は外務・国防次官級による「拡大抑止戦略協議体」会合(916日)を開催。北朝鮮による同法令制定に「深刻な懸念」を表明するとともに、北朝鮮の核攻撃には「圧倒的かつ断固とした対応」をとるとした。その一週間後(923日)、日本の横須賀を母港とする米原子力空母ロナルド・レーガンが釜山に寄港し、約5年ぶりに米韓海軍合同演習(926日~29日)に参加した。北朝鮮は、おそらく同演習に対抗して、戦術核運用部隊の発射訓練(925日~109日)を実施した。その後も北朝鮮と日米韓、とりわけ、米韓との間で言葉の応酬と軍事的応酬が続いている[2]
 また、1113日には日米韓首脳がプノンペンで5年ぶりとなる共同声明を発した[3]。それが示すように、日韓2国間の軍事協力に対する歴史的な障壁は尹政権のもとで崩れつつあり、この地域における3か国の軍事協力が顕在化していることも、見逃してはならない新しい傾向である。日本の関与の深まりに対して北朝鮮は警戒を強めている[4]
 こうした軍事的緊張が続けば、誤認や誤算による武力衝突が起こりかねない。核兵器使用へのエスカレーションも排除できない。そうした危険を防ぐために、いま何が必要なのであろうか。

 北朝鮮の「核戦力政策に関する法令」
 まず、202298日にDPRK最高人民会議が採択し、同日に公布された「核戦力政策に関する法令」(「核戦力政策法」あるいは「新法」)の危険性を具体的にみておこう。
 この法律は、201341日に公布された「自衛のための核兵器国地位確立法」(以下、旧法)にとって代わるものである[5]。旧法は、核兵器を米国の敵視政策と核の脅威に対する「防衛手段」(第1項)と明記し、侵略の抑止と攻撃の撃退に使用する(第2項、第4項)と述べるに留まっており、核兵器を実際に使用する条件を法制化する段階には至っていなかった。それに対して新法は、核兵器の基本的使命を戦争の抑止と抑止が破れたときの撃退であるとする点は変わっていないものの、核兵器を実際に使用するに至る判断に関する原則や具体的条件を定めている。その部分に多くのリスクが存在する。
 まず、核兵器に対する核兵器の使用に関する基本原則については、修辞的な違いを削いでしまえば、米国などの使用原則と本質的には違わない。核兵器国(米国が念頭にある)が、通常兵器であっても北朝鮮に対して重大な侵略と攻撃を行った場合、「最後の手段」として核兵器を使用する。また、核兵器国(米国)と結託した非核国(韓国や日本)の攻撃も核兵器使用の対象となることが述べられている。いわゆる、核兵器の先行使用についての躊躇は見受けられない。
 次に新法第6項は核兵器の使用条件を列挙している。これを読むと、北朝鮮は核兵器の「先行使用」のみならず、核兵器によって戦局を決定的に変えようとする「先制使用」[6]を許容していることがわかる。「戦争の拡大や長期化を防ぎ、戦争の主導権を掌握するための作戦上」の使用(第64)という考え方がそれである。
 また、新法においては、使用条件に基づいて核兵器の使用を決定するプロセスにおいても重大なリスクを孕んでいる。新法の第62は、「国家指導部と国家核戦力指揮機構に対する核および非核攻撃が強行されたり差し迫ったと判断される場合」には核兵器を使用することができるとしているが、指揮統制システムが「危機に瀕する場合、事前に決まった作戦方案にしたがって…核打撃が自動的に、即時に断行される」(新法、第33)と定めている。すなわち、金正恩自身あるいは彼が使用する指揮統制システムに危害がおよび、最高権力者の指揮統制が不能になったときには、事前に定められた核攻撃計画が自動的に即時に実行されるというのである。この危機事態の到来を発射実行部隊の司令官はどのように知るのか、後述するように多数の核ミサイル部隊が存在すると考えられる中で、上級司令官から末端司令官への命令伝達チェーンの合理的な自動化とは何か、またどのように可能か、それが戦時に正しく働くことがいかに保証されるか、などの疑問が生じる。このような疑問に応えるための情報はまだない。しかし、一人に絶対的な権力が集中した北朝鮮のような国家における戦略的のみならず戦術的核兵器発射の指揮統制には、このような避けがたいリスクが伴うであろうことは十分に予想される。
 「核戦力政策法」が公布されてから約2週間後に行われた北朝鮮の核兵器部隊の実戦訓練は、このようなリスクの存在を裏書きするものであった。

 戦術核部隊の実戦的発射訓練
 20221010日の朝鮮中央通信(KCNA[7]によると、朝鮮労働党中央軍事委員会(委員長:金正恩)は925日から109日にかけて、「戦術核作戦部隊の発射訓練」を行った。KCNAはその期間に行った7回の戦術核ミサイル発射の訓練目的や内容を説明した。因みにKCNA報道と発射の度に出された韓国軍などの情報を重ねると、この間に発射した核弾頭搭載可能な弾道ミサイルは12発であり、飛行距離300360kmの近接距離弾道ミサイル[8]9発、600km800kmの短距離弾道ミサイル[9]が各1発、4600kmの中距離弾道ミサイル[10](日本列島越え)1発であった。
 KCNAは、戦術核作戦部隊の発射訓練は「戦争抑止力と核反撃能力を点検し、それをもって敵への厳しい警告とするため」であり、「さまざまなレベルで実際の戦争のシミュレーションのもとで」行ったと述べている[11]。しかし、記事を読むと、すべての発射訓練がすでに作戦配備されている核兵器を扱う部隊の訓練とは言い難い。例えば、驚きをもって受け止められた貯水池からの水中発射については「貯水池下の計画されているサイロ建設の方向性が確認された」[12]と説明されていることから推察すると、実戦的フィージビリティ・テストの性格をもつ発射であったと考えられる。また104日の日本列島越えの「新型中距離弾道ミサイル」の発射は、戦術的訓練と呼ぶよりも日本やグアムを標的にした戦略的攻撃能力を誇示する「(敵への)より強力で明確な警告」[13]という政治的意図をもった発射であった。
 他の戦術核発射の部隊訓練に関しても、1010日のKCNAの報道は、北朝鮮がすでに戦術核を実戦配備し、使用の準備ができていることを米・韓・日に誇示するための、戦争抑止目的の側面が強いことを印象づける。(さらに言えば、前述した「核戦力政策法」の公布という行為自体にも、そのような対外的な戦争抑止の狙いを読み取ることができる。)
 核部隊訓練の性格に関してこのような留保を前提とした上で、それでも訓練内容には北朝鮮の核兵器使用に関して見逃すことのできないリスクを指摘することができる。
 1010日のKCNA報道を分析すると、訓練内容は多岐にわたっている。訓練内容には、核弾頭の弾薬庫からの取り出しと運搬、核弾頭のミサイル本体への装着、標的の選定と核爆発様態(空中爆発、直接攻撃、牽制攻撃など)の決定、決定内容にしたがった発射部隊の特定と命令の伝達、発射台の移動、発射手順の確認と実行、ミサイルの動作と威力の評価などが含まれている。
 さらに、韓国軍の発表では、7回の発射は少なくとも6か所の異なる地点―泰川テチョン順安スナン三石サムソク順川スンチョン舞坪里ムピョンリ文川ムンチョンから発射された。異なる地点からの発射は異なる部隊による発射であると考えられるので、戦術核発射部隊の数は相当数に上るであろう。複雑な発射手順を伴う指揮・統制の体制、とりわけ最高司令官を含む体制の一部に事故があったときに体制が正しく機能しないリスクは極めて高い。北朝鮮の戦術核発射ミサイルの多くは、戦時において圧倒的多数の通常弾頭を発射するミサイルと両用のミサイルであることを考えると、戦時における誤発射のリスクはさらに高まる。
 KCNA報道は、訓練において想定された核攻撃の標的についてもいくつかの具体例を示した。600㎞(韓国軍報道)を飛行した短距離弾道ミサイルの標的を、日本海(東海)の特定の高度の上空に設定した925日の発射は、当時繰り返し展開した米原子力空母を空中核爆発で破壊するシナリオであった可能性が高い[14]。作戦地域内にある韓国の空港を近接距離弾道ミサイルで核攻撃する発射訓練を、爆発様態を変えて数回行っている。また、近接距離および短距離弾道ミサイルを用いて敵の主要軍事司令部を想定した発射訓練を行った。このときの短距離ミサイルの一つは800㎞を飛行したとされる(韓国軍)が、この距離は佐世保、岩国などの在日米軍基地に達しうる距離である。さらに敵の主要港湾を想定した近接距離ミサイルの発射訓練も報告されている。北朝鮮自身が「実際の戦争のシミュレーション」と述べているように、これらの標的設定は極めて実際的であり、実行可能なものである。

当面の至上命題:緊張緩和と武力衝突回避
 以上で説明してきたように、北朝鮮の「核戦力政策法」や「戦術核作戦部隊の訓練」は、朝鮮半島における核兵器使用に関するリスクは、意図的にも事故や偶発的にも高まっていることを示している。
 加えて、リスクを高める重要な要因として、北朝鮮の「核戦力政策法」や「戦術核作戦部隊の訓練」の報告における表現や言説に見られる際立った特徴を指摘したい。それは、使用に関する言説が極めて直截的であり、核兵器使用がもたらすであろう国際人道法上の諸問題への配慮や躊躇がほとんど見られず、使用決定への敷居が極めて低い点である。断っておくが、これをもってDPRKやその指導者が非人道的であるとするような主張に筆者は与しない。DPRKが国連憲章の差別なき公平な適用を国連総会においても安保理においても繰り返し求めていることが示すように、私たちが考えるべき本質的な問題は別のところにある。
 北朝鮮の核兵器言説の特異さは、北朝鮮が巨大な力の差のある軍事強国と70年近く体制維持のために戦ってきた歴史から生まれている。米国、韓国、日本を合わせると、3か国は北朝鮮の500倍以上の軍事費を費やしている軍事同盟である。この絶望的な不均衡の中から核兵器の破壊力を絶対視する北朝鮮の政策が生まれている。
 この敵対関係を平和的に解消することが国際社会の目指すべき課題であるが、そのためには、まず現にある核兵器使用のリスクを軽減する必要がある。そして、その軽減努力が次の外交的ステップへのドアを開くような道筋を構想する必要がある。
 このような理由から、現局面における国際社会の優先的課題は朝鮮半島における武力衝突の可能性を無くすることであろう。武力衝突は核兵器使用局面に至る入口にあるリスクである。そのために、米国と韓国は朝鮮半島および周辺における合同軍事演習を当面の間中止することを表明すべきである。同時に米国、韓国、日本は朝鮮半島の軍事的緊張を高める言説を止め、緊張緩和に努めるべきであろう。
 北朝鮮の5か年計画にそった軍事力強化は続くであろう。好ましいことではないが、軍事圧力と経済制裁の繰り返しでそれを止めることができないことは、すでに繰り返し経験したことである。
 北朝鮮が外交に復帰する意思がないという懸念は、当面は当たっているであろうが、決定的なものではない。金正恩は98日の演説で「先に核兵器を放棄したり非核化するようなことは絶対にあり得ない」[15]と述べた。しかし、たとえば金正恩は、2017年に「いかなる場合にも、核兵器と弾道ミサイルは交渉のテーブルには乗せず、自ら選択した核戦力強化の道を一歩も譲ることはない」と主張していたが、それは「米国のDPRKへの敵視政策と核の脅威が明確に終了しない限り」[16]という条件の下においてであった。事実、翌年、南北の板門店宣言、またシンガポールでの米朝首脳声明で、その条件を満たすことと引き換えに、朝鮮半島の完全な非核化に合意した。
 北朝鮮は一貫して米韓合同軍事演習の中止を求めてきた。軍事的衝突と核兵器使用リスクを回避し、緊張を緩和し、次の外交ステップへの入り口を作るために、米韓はまず合同軍事演習のモラトリアムを表明すべきである。来年の米韓合同野外演習のスケールを拡大するという最近の韓国国防部の発表[17]は、まったく逆の方向を示すものであり、強く再考を求めたい。(渡辺洋介、梅林宏道)

注1 “Law on DPRK's Policy on Nuclear Forces Promulgated,” KCNA, September 9, 2022.
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。
2 例えば、111日、朝鮮労働党中央委員会のパク正天ジョンチョン書記は、米韓が北朝鮮侵略を意図した軍事的挑発を続けるなら、史上最もぞっとする代償を払うことになると発言した。それを意識してか、米国のオースティン国防長官は、113日に発出した米韓定例安保協議共同声明で、北朝鮮による米国と同盟国への核兵器の使用は受け入れられず、そうなれば金正恩体制の終焉を意味するだろうと述べた。
3 「インド太平洋における3か国パートナーシップに関するプノンペン声明」
https://www.mofa.go.jp/files/100421321.pdf
4 “KCNA Commentary Slashes Japan’s Moves against DPRK and Chongryon,” KCNA, November 16, 2022. “Press Statement of DPRK FM,” KCNA, November 17. 2022.
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。
5 “Law on Consolidating Position of Nuclear Weapons State Adopted,” KCNA, April 1, 2013.
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。日本語訳は、梅林宏道『北朝鮮の核兵器世界を映す鏡』(高文研、2021年)の232-233頁を参照。
6 多くのメディア報道では、「先行使用あるいは第一使用」(first use)」を「先制使用」(preemptive use)と述べている。しかし、この2つは異なる概念であり、明確に区別して使用すべきである。
7 “Respected Comrade Kim Jong Un Guides Military Drills of KPA Units for Operation of Tactical Nukes,” KCNA, October 10, 2022.
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。
8 米国防総省の定義では射程0500㎞の弾道ミサイル。
"United States Government Compendium of Interagency and Associated Terms"
https://www.jcs.mil/Portals/36/Documents/Doctrine/dictionary/repository/usg_compendium.pdf?ver=2019-11-04-174229-423
9 射程5001100㎞の弾道ミサイル。同上。
10 射程27005500㎞の弾道ミサイル。同上。
11 注7と同じ。
12 同上。
13 同上。
14 「北朝鮮 日本の上空通過は『新型の中距離弾道ミサイル』」、NHK20221010日。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221010/k10013854001000.html
15 “Respected Comrade Kim Jong Un Makes Policy Speech at Seventh Session of the 14th SPA of DPRK,” KCNA, September 10. 2022.
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。
16 “Kim Jong Un Supervises Test-launch of Inter-continental Ballistic Rocket Hwasong-14,” KCNA, July 5, 2017.
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm  から日付により検索。
17 “S. Korea, U.S. to develop 'realistic' training scenarios on N.K. nuke, missile threats,” YONHAP NEWS, December 21, 2022.
https://en.yna.co.kr/view/AEN20221221004700325?section=news

2022/07/29

監視報告 No.35

監視報告 No.35  2022年7月29日


§朝鮮半島の2018年を無にしない国際的努力が必要である。6か国協議再開にむけて中国と米国のイニシャチブが求められる。

2018 年合意は失われたのか?
 2022年3月24日の朝鮮民主主義人民共和国(DPRK、あるいは北朝鮮)のICBM発射テストは、ICBMが新型であったかどうかの議論はさておいて、一つの重要な節目となる政治的できごとであった。
 それが戦略ミサイルの単なる一発射実験ではなくて、DPRKが政治的意図を込めた行動であったことは、発射を報じた『朝鮮中央通信』のものものしい書きぶりからもうかがうことができる[注1]。
 「敬愛する金正恩同志は、水曜日(注:3月23日)、DPRK戦略軍の新型ICBMの発射実験を行うよう命令書を発した。木曜日(注:3月24日)、金正恩同志は発射地点を訪れ、自ら新型ICBMファソン17号試験発射の総手順を指導した。
 変化し続ける国際政治情勢に対する彼の深い洞察、日々高まる朝鮮半島及び周辺での軍事的緊張、そして核戦争の危険をともなった米帝国主義者との避けることのできない永年の抗争から生じる朝鮮革命の長期的要求にかんがみて、金正恩総書記は歴史的な第8回労働党大会において、主体思想に基づく国防発展戦略と長期にわたる核戦争抑止力の強化政策を打ち出した。…」
 政治的、戦略的意図を明確にしたICBM発射実験のこの公式発表は、DPRKが、2018年4月以来、外交のための信頼醸成措置として自主的に取り組んできたICBM発射実験と地下核実験のモラトリアムを明確に破棄したことを意味している。
 すでに1月19日に、朝鮮労働党中央委員会政治局会議は、このような「信頼醸成措置」をすべて見直し、「暫定的に中止している全ての活動を再開」することを「早急に検討」するよう関連機関に指示していた[注2]。これが実行されたのが、3月24日の節目と理解することができる。
 この節目は、北朝鮮は2017年のような瀬戸際外交に戻ろうとしていることを意味するのだろうか?
 そうではないであろう。今年の年明け早々、1月5日に極超音速ミサイルの発射実験を行ったのを皮切りに、北朝鮮がかつてないペースで戦術誘導弾や中距離弾道ミサイルなどの発射を繰り返してきた。メディアのなかには、これを北朝鮮が米国を制裁緩和などへの交渉の場に引き出すための圧力であると示唆する報道もある[注3]。しかし、一連のミサイル発射は、もちろん望ましい事ではないが、米朝、南北関係の改善が見込めない中で朝鮮労働党大会において決定された戦争抑止力強化路線が実践されている姿として、冷静に受け止めるべきものであろう。
 2021年1月の第8回労働党大会は、2016年大会における「国家経済発展5か年戦略」が人民の生活水準向上に具現されるべき社会主義建設に失敗したことを公式に認めたうえで、「国家経済発展5か年計画」を策定した。そのなかで軍事力強化についても具体的な目標を掲げた。「核兵器の小型・軽量化、戦術兵器化」、「超大型核兵器の生産」、「極超音速滑空ミサイルの開発」、「水中及び地上発射の固体燃料ICBMの開発」、「原子力潜水艦と水中発射戦略兵器の保有」「軍事偵察衛星の運用」「無人偵察機の開発」などである[注4]。外交による緊張緩和が生まれない限り、これらの目標に向かって軍事力強化が進行することを、私たちは残念ながら冷静に受け止めざるを得ない。米国など核保有国の核兵器近代化が進行するのと同じ力学である。
 しかし、同時に、この党大会の決定については次の2点を忘れてはならないであろう。第1点は、北朝鮮にとって5か年計画の最重要課題は軍事ではなく、あくまでも人民の生活水準向上につながる経済建設であること、第2点は、それを担保する対米政策は「敵視政策の撤回を求め…力には力、善意には善意」の原則で臨むとしていること、である。つまり、外交の可能性が明確に示されている[注5]。
 一方では、ミサイル実験の頻発は、経済発展5か年計画において、軍事分野がもっている特性が関係していると考えられる。人民の生活水準の向上につながる農業を含む産業分野は、目に見える中間的な成果を短期に示すことはもともと困難な分野である。その上に気候変動の影響をうけた自然災害や新型コロナウィルスへの対応、長引く経済制裁などの悪条件のなかで、金正恩体制は計画の進捗の管理に困難を見出していると考えられる。そんな中で軍事技術開発部門は中間的な過程を成果として見せやすい分野であるため、党組織運営のなかでことさら目立った扱いを受けている可能性がある。

尹錫悦政権のもとにおける米韓の動向
 2022年5月、2018年首脳合意を牽引した韓国の文在寅大統領が退き、保守の尹錫悦大統領が政権の座に就いたことは、合意の行方に大きな変化を生み出している。
 尹大統領は、大統領選挙のころから文在寅政権の対北朝鮮融和政策を批判してきた。就任直後の5月21日にソウルで行われたバイデン大統領との首脳会談においては、米韓の北朝鮮政策が明確に変化したことを共同声明において打ち出した[注6]。
 まず、共同声明には書かれなかった重要なポイントがあることを指摘する必要がある。ちょうど一年前の2021年5月21日、ワシントンDCにおいてバイデン・文在寅の米韓首脳共同声明が発表された。そこでは両首脳は次のように2018年首脳合意の継承を明記した[注7]。
 「我々はまた、2018年の板門店宣言やシンガポール共同声明のような、南北朝鮮間や米朝間の約束に基づく外交と対話が、朝鮮半島の完全な非核化と恒久平和の確立を達成するために不可欠であることを、再確認する。」
 これに反して、バイデン・尹共同声明は、2018年合意について一言も触れなかったのである。そして、北朝鮮政策に関して述べた内容は、簡単に言えば、国際的な制裁圧力と米韓合同の軍事圧力の強化という、2018年首脳合意以前の方針への回帰であった。
 軍事的側面では、共同声明は抑止力強化について具体的な記述に踏み込んだ。ハイレベルの拡大抑止戦略協議の復活、米韓合同軍事演習の規模と範囲の拡大に向けた協議の開始、米国の戦略兵器の必要に応じたタイムリーな配備の確認、などである。
 これらの合意に沿って、すでに歴然とした変化が現れている。4月に行われた10日間の合同訓練は実働部隊が参加しない机上の指揮所訓練であったが、6月上旬には、横須賀を母港とする米空母ロナルド・レーガンに韓国のイージス駆逐艦・世宗大王(セジョンデワン)が主力として加わった米韓空母打撃群合同演習が行われた。また、北朝鮮がミサイル発射を行ったときには迅速に米韓合同の軍事的反撃態勢をとるという新しい示威行動を始めた。これは、ミサイル発射に対して米韓のミサイル発射で応えるだけではなく、北朝鮮に対して圧倒的優位に立つ空軍力による空爆の示威へとエスカレートさせたものである[注8]。
 一方、経済制裁に関しては、首脳共同声明は「両首脳は今年の弾道ミサイル実験のエスカレーションは…明らかな国連安保理決議違反であると非難する」と述べ「すべての国連加盟国に、すべての安保理決議の完全履行を求める」と述べた[注9]。つまり、史上最強と言われる安保理の制裁決議を、国連加盟国すべてが履行すれば、北朝鮮は屈服するはずであるという、歴史的にはすでに失敗が証明されてきた願望に基づく方針を繰り返しているに過ぎない。

ミサイル発射を罰する安保理決議、弱まる妥当性
 後述するように、弾道ミサイル発射に対して制裁を課す安保理決議は、もともと説得力のある根拠に乏しい。それに加えて、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が国連安保理にもたらした政治的分断の拡大は、制裁決議の履行をますます困難にしている。
 5月26日、国連安保理は、米国が提出した新たな対北朝鮮制裁強化決議案(S/2022/431)を、13対2で否決した。中国とロシアが、近年の主張の延長であるが、一連の制裁決議では初めて拒否権を行使したからである。これを受けて6月8日、拒否権行使をめぐる議論を行うための史上初の国連総会が開催された。このような拒否権行使の是非を論じるための国連総会は、ロシアのウクライナ侵攻に対処するために開かれた2月25日の安保理が拒否権によって何ら行動できなかった事態を受けて、開催が制度化されたものである。すなわち、国連総会は、4月26日、拒否権行使があったときには、総会議長が10仕事日以内にその問題を協議するための総会を招集することを義務づけたのである[注10]。北朝鮮への制裁決議がこの最初の適用例となった。
 この総会では、ロシア、中国とともに北朝鮮も、それぞれの立場を表明した[注11]。例えば中国は、米国が北朝鮮の合理的な懸念を無視したことが現在の情勢の要因であり、制裁緩和や合同軍事演習の中止など、米国が実際に行動で対話姿勢を示す必要があると主張した。発言をした大多数の参加国は、過去の安保理決議に違反する北朝鮮に対する批判と各国の決議順守を要求した。にもかかわらず、冷静に議論に耳を傾けたとき、提案された制裁決議が問題解決のために有効ではないというロシアや中国の説明に、一定の説得力があることを否定することは難しい。今後、北朝鮮のミサイル発射に関して新しい制裁決議が安保理の拒否権で繰り返し否決され、そのたびに国連総会において同様な討論が行われるとすれば、制裁決議は適切さを欠いているという認識が、より多くの国に共有されてゆくと予想される。
 もともと、今日の国際社会において、ミサイル発射に対して安保理決議による制裁を加えることには限界がある。核兵器開発や核実験の問題とはちがって、ミサイルそのものを規制する規範的な国際合意は存在しないからである[注12]。
 国際社会におけるミサイル兵器の規制は、一般に、大量破壊兵器の運搬手段としてのミサイルに関わってのみ行われてきた。現在の国際社会におけるミサイル規制は、残念ながらそのような限界の中にある。よく知られているミサイル技術の管理レジーム(MTCR)もハーグ行動規範(HCOC)も同様な枠組みの中にある。MTCRは、ガイドラインにその目的を「大量破壊兵器運搬システム(有人航空機を除く)に寄与しうる移転を規制することによって、大量破壊兵器の拡散を規制する」と明記し[注13]、HCOCは、「大量破壊兵器を運搬する能力をもつ弾道ミサイルシステムの拡散を包括的に防止し、抑制する」ことを規範の原則として掲げている[注14]。したがって、ミサイル発射を規制する安保理決議の決定も、その限度の中に留まらざるを得ないであろう。
 北朝鮮に対する安保理制裁決議の場合においても、決議1718(2006)に始まって決議2397(2017)に至る10件の全て[注15]において、大きく言えばこのような文脈のなかに置かれていると言えるであろう。すなわち、全ての決議は、冒頭に「核兵器、化学兵器、生物兵器、及びその運搬手段の拡散が国際の平和と安全に対する脅威であることを再確認し」と述べ、決議全体の文脈を形成しているのである。
 しかし、北朝鮮に対しては、この文脈を超えて、核兵器運搬手段であるか否かを吟味することなく、ミサイル発射一般に制裁を課すことにつながる決議主文が採択されていった。それが可能になったのは、北朝鮮の核実験への非難とミサイル問題が、巧みに結び付けられてきたからであろう。この背景には、米国や日本による外交的働きかけが強く作用してきたと考えられる。
 ミサイル発射に自動的に制裁を課す文脈の形成は、2つの安保理決議によって行われており、そのいずれも北朝鮮によるミサイル発射ではなく、核実験が引き金になっていた。その他の8決議の内容は、この2つを踏襲して積み重ねられている。
 1つ目は、最初に採択された決議1718(2006)であり、北朝鮮の第1回核実験を契機として採択された。そして「DPRKは今後いかなる核実験も弾道ミサイルの発射も行ってはならない」と要求した。ここで弾道ミサイル一般が禁じられる流れが作られた。2つ目は、決議1874(2009)であり、北朝鮮の2回目の核実験を引き金として採択された。今度は「DPRKは今後いかなる核実験も、弾道ミサイル技術を用いたいかなる発射も行ってはならない」と禁止の範囲をさらに拡大させた。宇宙ロケット発射を含め、弾道ミサイル技術を用いる一切の発射を制裁の対象とする素地が作られた。
 このように国際社会で一般に禁止されず容認されている行動を、特定の国に対してのみ無条件に禁止することの妥当性は、常に検証される必要がある。ミサイル発射の場合、それに制裁を加えるとすれば、そのミサイルが大量破壊兵器の運搬手段であるか否かについての判断を下す公正なメカニズムが、困難であっても求められる。
 安保理には、周知の通り、国際の平和及び安全を維持するために、どのような非軍事的措置(国連憲章第41条)あるいは軍事的措置(同第42条)をとるかを決定できる大きな権限が与えられ(同第39条)、その「決定」は加盟国を拘束する(同第25条)。こうした大きな権限を有する安保理が下す決定の公正性は、制裁対象国ばかりでなく国際社会に対する影響力が大きい。したがって、安保理決議による規定は、国際社会にゆきわたっている規範の現状に即した公正なものでなければならず、大国の都合や一部の国の思惑で歪められるようなものであってはならない。
 さらに上記のような原則的な理由の他にも、実際的な矛盾も表面化している。
 すでに触れたように、5月25日と6月5日の北朝鮮の短距離ミサイル発射に対して、米韓が合同でミサイルを発射して即応体制を誇示した。また、昨年の9月15日には、北朝鮮が短距離ミサイルを発射したのと同じ日に、韓国が潜水艦発射弾道ミサイルの発射テストを行った。なぜ、北朝鮮のミサイル発射だけが制裁を受け、朝鮮半島における韓国や米国の同じ行為が許されるのか、公正な判断基準を求める国際社会の要求が、いっそう強まらざるをえない。北朝鮮のミサイル発射への制裁に関する説得力は、今後ますます失われるであろう。

共通の地域安全保障への取り組みこそウクライナの教訓
 バイデン政権も尹政権も、対北朝鮮政策に関して、今のところ、失敗が運命づけられている政策―経済制裁と軍事圧力―しか打ち出せていない。尹大統領は見返りの大胆な経済支援を強調しているが、北朝鮮が先に「完全非核化へのプロセスに真摯に取り組む」ことを条件にしており[注16]、この一方的な打ち出し方では北朝鮮の変化は期待できない。両首脳は、「DPRKに対する平和的、外交的解決に向けて対話の道は開かれている」[注17]と述べているが、本報告で繰り返し述べてきたように(例えば監視報告32、33)、北朝鮮は対話のための具体的な信頼醸成の措置(核実験とICBM発射のモラトリアム)をとったことに対して、米国が誠意を示す番だと主張してきた。この現状では、対話は実現しないであろう。結果として、北朝鮮は自衛のための核抑止力の強化を続けることになる。
 ここで、今後の進むべき方向を考えるために、米韓首脳共同声明に示されている一つの手掛かりに注目したい。それは「尹大統領とバイデン大統領は朝鮮半島の完全な非核化という共通の目標を繰り返し述べるとともに、この目的にむかって緊密なる調整を一層強めることに合意した」という一文である[注18]。一見、何の変哲もない一文であるが、「北朝鮮の完全な非核化」ではなく、「朝鮮半島の完全な非核化」と述べていることに重要な意味がある。尹大統領は、大統領就任演説においても、マドリッドにおけるNATO首脳会議における発言においても[注19]、「北朝鮮の非核化」と述べてきており、これまで一貫して「朝鮮半島の非核化」という目標を掲げていない。にもかかわらず、共同声明がこの文言を採択したのは米国の主張の反映と考えてよい。
 北朝鮮が否応なく核戦略強化を続けるとき、尹政権の背後にある韓国の保守勢力は、韓国自身の核保有の主張を強め韓国世論がそれに傾く危険がある。そうなれば日本にも波及する核のドミノの悪夢が始まる危険がある。バイデン政権としては、それを避けるためには韓国も含めた「朝鮮半島の非核化」に尹政権もコミットさせる必要があったであろう。
このように「朝鮮半島の非核化」が必要な目標であるとすれば、その方向で南北朝鮮と米国が首脳レベルで合意した2018年合意が依拠すべき基礎であることは、余りにも明らかであろう。
 述べてきたように、2018年の首脳合意は、米国、韓国、DPRKのいずれによっても破棄されていない。必要なのは、それを生かす新しい構想とイニシャチブである。
 ロシアのウクライナへの軍事侵攻を好機として、東アジアにおいては中国の台湾への軍事侵攻の可能性の議論を煽り、それを理由とした軍事力の強化、防衛予算の増強の動きが強まっている。しかし、それと同時にそのような軍事力を糾合する同盟の論理こそ、ウクライナにおける戦争を招いているという議論もまた強まっている。東アジアにおいては、今回のウクライナ侵攻が始まるより以前から、米国がリードする中国包囲戦略は始まっており、米国の朝鮮半島政策の背後にもその力学が働いていることは否定できない。このような状況を考えると、2018年の首脳合意は、朝鮮半島のみならずこの地域における軍事的緊張のさらなる激化を抑え、関係国が受け入れることのできる共通の安全保障システムを構築するための貴重な基礎的合意ととらえ返すこともできるであろう。
 その意味において、我々は2018年首脳合意を基礎にして、関係国が北東アジア非核兵器地帯の設立に向かうべきであることを改めて提案する。朝鮮半島と日本を含む領域を非核兵器地帯とし、それをとりまく米国、ロシア、中国が安全の保証を約束するという、3+3スキームを基礎に据えて、それを実現するための包括的アプローチに関して多くの専門家による研究がある[注20]。
 この関係国は、2003-2008年の6か国協議の構成国でもあることを考えると、6か国協議がこのことを議論する最適の場であることも、多くが一致するところであろう。また、2010-2011年に6か国協議の再開をめぐって、オバマ政権の米国と中国が協力し合った歴史もまた想起すべき教訓である。そのとき中国は、軍事的衝突で緊張を高めていた保守政権の韓国と北朝鮮の両国と個別に交渉し、3段階のプロセスを経て6か国協議に復帰する道筋をつけた[注21]。今日においても、米国と中国のどちらかのイニシャチブによる協力、歴史にならえばとりわけ中国のイニシャチブ、に期待するところが大きい。(梅林宏道、前川大、渡辺洋介)


注 1 「主体主義朝鮮の偉大な軍事力の目覚ましい示威:新型ICBM の発射実験成功」、『朝鮮中央通信』英語版2022年3月25日。
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。
注 2 「朝鮮労働党第8期中央委員会第6回政治局会議が開催される」、『朝鮮中央通信』英語版2022年1月20日。
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。
注 3 たとえば、「北朝鮮、ミサイル発射 今年9回目」『朝日新聞デジタル』、2022年3月6 日。https://digital.asahi.com/articles/DA3S15224936.html。また、このような論調の存在は研究者の指摘にもある。Richard WEITZ, "The Military Logic Behind North Korea’s Missile Medley,” 38 NORTH, March 14, 2022. 
注 4 「朝鮮型社会主義建設を新たな勝利に導く偉大な闘争方針──朝鮮労働党第 8 回大会で行った金正恩委員長の報告について」、『朝鮮中央通信』英語版、2021年1月9日。
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。
日本語抜粋訳:ピースデポ・アルマナック刊行委員会『ピース・アルマナック 2022』(緑風出版)、127 ページ。
注 5 注 4 と同じ。
注 6 米韓首脳共同声明(2022 年 5 月 21 日) 。
注 7 米韓首脳共同声明(2021 年 5 月 21 日)。
注 8  2022年5月25日の北朝鮮のミサイル発射に対して、同日、30機の韓国空軍のF15K が爆弾・ミサイルをフル搭載してエレファント・ウォークを行った。
David Choi & Hana Kusumoto, "US, South Korea respond to North Korea’s latest missile tests with launches of their own," STARS AND STRIPES, May 24, 2022。 
Choe Sang-Hun, "North Korea Launches Suspected ICBM and Two Other Ballistic Missiles," New York Times, May 24, 2022 
また、2022年6月5日の北朝鮮のミサイル発射に対して、6月7日、16機の韓国空軍戦闘攻撃機(F35A、F15K、KF16)と 4 機の米空軍 F16が黄海において攻撃型の編隊飛行を行った。
David Choi, "Allied fighter formations show resolve in wake of North Korean missile tests," STARS AND STRIPES, June 7, 2022
注 9 注 6 と同じ。
注 10 A/RES/76/262
注 11 “General Assembly Holds Landmark Debate on Security Council’s Veto of Draft Text Aimed at Tightening Sanctions against Democratic People’s Republic of Korea,” UN Meetings Coverage, GA/12423, 8 Jube 2022 
注 12 例えば、『すべての面におけるミサイル問題:国連事務総長報告』(国際連合、2003年、13頁)は、「現在、ミサイルに関するすべての点における懸念に具体的に取り組んだ普遍的に受け入れられた規範あるいは法的文書は存在しない」と結論づけている。 
注 15  梅林宏道「北朝鮮の核兵器―世界を映す鏡」(高文研、2021年9月)にまとめた表がある。147-149 ページ。
注 16  Yoon Suk Yeol, “Inaugural Address by President Yoon Yeol,” May 10, 2022 
注 17 注 6 と同じ。
注 18 注 6 と同じ。
注 19 Lee Haye-ah, “Yoon calls for int’l resolve to denuclearize N. Korea,” YONHAP NEWS, June 30, 
2022
注 20  Michael Hamel-Green, "An Alternative to Nuclear Deadlock and Stalled Diplomacy – Proposals, 
Pathways, and Prospects for the Northeast Asia Nuclear Weapon Free Zone," A Working Paper presented to The 75th Anniversary Nagasaki Nuclear-Pandemic Nexus Scenario Project, October 31–November 1, and November 14–15, 2020 (Japan Time)
注 21  注 15 と同じ、138-139 ページ。

2021/10/29

監視報告 No.34

 監視報告 No.34  2021年10月29日


§北朝鮮問題を考えるとき、まず手に取るべき一冊
――書評:『北朝鮮の核兵器—世界を映す鏡』(梅林宏道、高文研、2001年)
             山口響(長崎大学核兵器廃絶研究センター客員研究員)

 本書は、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の核兵器問題について、北東アジア非核兵器地帯の提唱などで実績があり、本「監視報告」でも健筆を揮っている梅林宏道氏が包括的に論じたものである。
 各章の細かい説明に移る前に、本書の特長をいくつか挙げてみたい。
 第一に、1950年代以降の北朝鮮の核兵器をめぐる動きが本書一冊によって通観できるという点だ。北朝鮮に関する書籍(とりわけ、その核・ミサイル開発の危険性を強調するもの)は多く出されているが、時系列的にきちんと事情を整理している研究はそう多くない。しかも、単なる年表的、百科事典的な情報の羅列ではなく、後述するひとつの「視座」がそこに貫かれていることが、本書を特異なものたらしめている。
 第二に、いま述べたばかりの点と関連するが、北朝鮮の核・ミサイル「開発」にばかり焦点を当てているのではなく、それを取り巻く国際的な情勢、とりわけ米国の動向を中心に検討している点である。したがって、北朝鮮が単線的に核兵器やミサイルの開発に邁進してきたという見方は本書では排除され、とりわけ米朝関係という文脈の下でのジグザグな道筋がむしろ強調されることになる。
 第三に、1960年代以降の日本の社会運動の世界に身を置いてきた筆者が、韓国民主化運動を初めとするアジアの民衆運動と触れあってきた経験の中から、本書が構想されているという点である。
 * * * *
 これらのことを確認したうえで、各章の内容を要約していきたい。
 序章には「視座を正す」というタイトルが与えられている。北朝鮮の核問題を考えるにあたっての視座のゆがみとは、梅林によれば、北朝鮮の「脅威」ばかりを言いつのって、米国やロシアなど核大国の核兵器の危険性を正確に認識しないことである。
 ただし、そのことによって北朝鮮を免罪する意図は梅林にはない。「核兵器という究極の暴力が国家安全保障に必要だと主張し続けている核兵器国」(p.33)、とりわけ米国が北朝鮮を敵視し、あまつさえその体制を転覆しようとすら試みていることが、北朝鮮の核武装の背景にあるというしごく当たり前の認識を示しているだけである。米国のシュレジンジャー元国防長官の言葉を引きながら、米国の核抑止力は毎日「使用」されているとする筆者の指摘は評者には新鮮だった。なお、本書の副題が「世界を映す鏡」とされているのは、北朝鮮が、核兵器を毎日「使用」している核兵器国と同じ土俵に乗って核開発を進めようとしているためである。
 「視座を正す」べきとの梅林の呼びかけは、日本のありようとも関わっている。すなわち、北朝鮮の核開発の背後には、「1945年の植民地支配からの解放と同時に始まった南北分断、そして朝鮮戦争へと突き進んだ歴史」(p.21)がある、という認識だ。そのために梅林は、北朝鮮核問題とは一見関係なさそうな、1948年の済州島における民衆弾圧「4・3事件」の経験について、序章であえて長々と紹介している。自らの植民地主義を清算していないどころか、現在は米国の「核の傘」の下にすらある日本が、北朝鮮核問題の原因の一部であることは疑う余地がない。
 さて、これらの視座を与えたうえで、本書は第1章から第5章で時系列的に北朝鮮核問題の動向を追っている。
 第1章は、初期の核開発(1950年代~1992年)を整理する。北朝鮮は1950年代末以降、ソ連の支援を受けながら原子力開発を進めるが、ソ連は北朝鮮への発電用原子炉供給を望まず、北朝鮮が核不拡散条約(NPT)に加入するのはようやく1985年になってからのことだった。またこの間、北朝鮮は独力で黒鉛減速炉の開発を進めたが、当時にあっては発電が主目的であったと梅林はみている(p.44)。
 「束の間の春へ」と題された第2章は、1993年から2000年にかけての事情を、1994年核危機に焦点をあてつつ論じている。この直前の時期にあたる1992年前半に、北朝鮮と国際原子力機関(IAEA)との保障措置協定と、「朝鮮半島のための南北共同宣言」がそれぞれ発効していた。しかし国際社会は、後者を軽視して、IAEAを通じてのみ北朝鮮の核開発を阻止しようとの歪みを持っていたため、北朝鮮による1度目のNPT脱退宣言(1993年3月)につながってしまう。米国は北朝鮮に対する戦争を真剣に検討するものの、カーター元米大統領の訪朝を一つのきっかけとして事態の打開策が見出され(いわゆる94年危機)、米朝枠組み合意(1994年10月)、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)協定合意(1995年3月)へとつながっていく流れについては比較的よく知られていると思うので、ここでは詳述しない。
 重要なのは、この時点では北朝鮮に核武装の意図はなく、「米国の脅威を除去するために米朝関係を構築するという戦略目標のために、将来の核開発の可能性を臭わし続けるという外交路線を取り始めた」(p.61)と梅林が判断していることである。
 1998年の「テポドン・ショック」などがありながらも、KEDOは少しずつ成果を挙げつつあった。これを反転させたのが、2001年の米ブッシュ政権の登場である。「米ネオコン政治と6か国協議」と題する第3章は、その点を取り扱う(2001年~2008年)。クリントン期の米朝枠組み合意を「失敗」と断じる米政府内の強硬派は、北朝鮮を「悪の枢軸」と非難し、それが2003年1月の北朝鮮による2度目のNPT脱退宣言につながる。
 この後米国が、イラクの場合とは異なって、暴力による北朝鮮の体制転覆を試みるのではなく、いわゆる「6か国協議」の枠組みに進むことはよく知られているので、やはり詳述は避ける。本書でも、2005年の「9・19共同声明」に至る流れ、米政府内の強硬派が巻き返して対北金融制裁などが発動される流れ、2006年の北朝鮮による初の地下核実験、そうした紆余曲折を経つつも6か国協議の枠組みは継続し、北朝鮮の非核化に向けた粘り強い国際交渉が続けられていたことが手際よく整理されている。
 北朝鮮の核武装が成った直後の2009年~2017年の事情については、「並進路線と戦争抑止力」と題された次の第4章において扱われている。この時期、北朝鮮は第2回から第6回(現時点では最後)までの核爆発実験を行っている。
 2009年からの米オバマ政権第一期において、北朝鮮との対話はほとんど進まなかった。その理由を梅林は次の3点に整理する(p.129)。
①オバマ政権のメッセージが、高みに立つ者の恩恵的ニュアンスを帯びており、北朝鮮の敏感なプライド意識への配慮に欠いていたこと。
②人工衛星開発に進もうとする北朝鮮の宇宙開発路線が国際社会において否定されたこと。
③韓国において10年ぶりの反共・保守政権が誕生したこと(李明博、朴槿恵政権)。
 2013年3月、北朝鮮は、経済開発と核戦力建設を同時に実行する「並進路線」を打ち出す。こうしたこともあって、2013年からの第二期オバマ政権は、(オバマ自身がそう呼んだわけではないが)いわゆる「戦略的忍耐」の態度をとって、北朝鮮との交渉にきわめて慎重になった。
 2017年に登場した次の米トランプ政権が、その最初期において、「炎と怒り」「完全に破壊」発言などで北朝鮮の激しい反発を招いたことは、あらためて評者が説明するまでもないだろう。
 第5章「希望と期待」は、その後から現在に至る時期を扱っている。2017年5月に韓国に文在寅政権が生まれ、それと近い時期に北朝鮮の並進路線が終了する(2018年)という南北関係の「巡り合わせ」があった(後者に関して梅林は、「先軍政治」にならって、「先経済政治」に移行したと評している)。このことが、2018年4月の南北首脳による「板門店宣言」、同年6月のトランプ米大統領と金正恩国務委員長による「シンガポール共同声明」へとつながる。後者は、抽象的ながらも「米朝関係の正常化」「朝鮮半島における平和体制の確立」という2つの大目標に合意しており、今後の交渉の基礎になるとして梅林は高く評価する。しかし、その後トランプ政権は「ビック・ディール」という高いハードルを設けるようになり、交渉はうまくいかなかった。「あとがき」にあるように、バイデン新政権はまとまった北朝鮮政策を打ち出しておらず、今後のゆくえは見通せない。
 さて、最後の第6章「核・ミサイル技術の現状」は、技術的な観点から北朝鮮の開発・保有する核兵器やミサイルの現状を整理しており、きわめて便利である。
 * * * *
 最後に、本書への注文と今後の梅林氏の仕事への期待などをいくつか述べて、書評を閉じることにしたい。
 第一に、クリントン政権は別として、米国の共和党政権時(ブッシュおよびトランプ)に対北交渉が進み、対話に熱心であるはずの民主党のオバマ政権時にかえって交渉が進まなかったことの理由をどうみればいいのだろうか。ブッシュ期に関しては、対話路線をつぶそうとする強硬派(ネオコン)の反撃という米政府内での角逐は本書でもよく描かれているが、それでもなお全体としては、6か国協議を中心とした対話路線をブッシュ政権が崩さなかったことの理由はどこにあるのだろうか。反対に、オバマ政権が、とくにその第二期に「戦略的忍耐」路線を取って北朝鮮との交渉にあまり関心を示さなかったのはなぜか。北朝鮮の核・ミサイル開発が既成事実として一定程度進んでしまったという「時間差」に、オバマの不熱心さの原因は求められるのだろうか。さらにいえば、トランプ大統領の当初のレトリカルな対北朝鮮中傷が米朝サミットへと急展開していった流れはどうみればよいのだろうか。
 もちろん、300ページ程度の書物にこれらの問題の解決をすべて求めるのは「ないものねだり」であろう。ここで評者が強調したいことは、そのような今後考究すべき問いが、北朝鮮核問題を手際よく通時的に概観した本書の記述の中にたくさん詰まっているということである。
 第二に、日本がこの問題に深くかかわっているという視座の重要性を示しているにもかかわらず、日本政府の実際の動き方について本書ではほとんど触れられていない。おそらくこのことは、梅林自体の問題というよりも、日本政府が北朝鮮核問題については独自の外交方針をほとんど持っていないことの反映なのだろう。いや、安倍政権の「圧力」路線に示されるように、北朝鮮との交渉にほとんど関心を示していないという点で、時として実利的な米外交とは異なって、もしかすると日本はかなり「独自」の線を行っているのかもしれない。であれば、日本語の書物としては、もう少しその辺りに光を当ててもよかったのではないか。日本外交が「不在」であるとするのならば、そのこと自体の理由は追究するに値する。
 第三に、梅林よりはるかに下の世代の人々が本書をどう読むのだろうか、ということが気にかかる。本書評の冒頭で紹介したような梅林のライトモチーフは、1960年代から70年代にかけての日本の社会運動をくぐり抜けてきた人々にはすんなりと理解されるものだろう。他方で、21世紀以降に日本で精神形成を遂げてきた者たちは、「北朝鮮は悪、それに振り回される国際社会」という基本構図を骨の髄まで叩きこまれている。また、在留外国人の中に占める朝鮮人の割合が減少してきて、朝鮮と日本との関係という古くて新しい問題に接する場面も少なくなってきている。いやむしろ、そういう発想・世代の人々に向けて、主流とは異なる視座から北朝鮮核問題を眺めよ、と指摘するのが、本書の役割というべきか。
 本書は、このような今後への問いを触発するという意味においても、北朝鮮核問題を深く考えたい読者がまず手に取るべき一冊だと言えよう。なお本書は、「梅林宏道の仕事の深層」と題されたシリーズの第1巻にあたっているという。今後の刊行が楽しみだ。
(見出しは編集部)

2021/10/22

監視報告 No.33

監視報告 No.33  2021年10月18日

§ バイデン政権が呼びかける前提条件なしの米朝対話は提案にはならない。経過を踏まえた踏み込んだ提案が必要だ

 9月21日、バイデン大統領は国連総会の演説において「朝鮮半島の完全な非核化を目指して真剣で持続的な外交を追求する」、また「朝鮮半島及び地域の安定性を高め、DPRK(朝鮮民主主義人民共和国、北朝鮮)人民の生活改善をもたらすような具体的な約束をともなう計画」を追求すると述べた[注1]。そこには計画の具体性を示すそれ以上のメッセージは含まれていなかった。にもかかわらず、それ以後のバイデン政権のDPRKに関するコメントに小さな変化が現れた。それまでの「いつでも、どこでも北朝鮮と会う準備ができている」という常套句に加えて、「具体的な提案を行っている」という文言が付け加わったのである。

「いつでも、どこでも」というフレーズは、米国のソン・キム北朝鮮担当特使が就任後最初に韓国を訪問したときに、北朝鮮への対話への復帰を呼びかけたときの言葉である。6月21日、次のように述べた[注2]。

「われわれは、DPRKが、どこでも、いつでも、前提条件なしに会うというわれわれの呼びかけと申し入れに対して、肯定的に応えてくれるよう期待を持ち続けている。」

この言葉は、後述するように、ハノイ会談以後の米朝交渉の経緯を考えると不適切であったにもかかわらず、ほぼ2か月後に韓国を訪れたときにも、ソン・キム特使は同じセリフを繰り返した[注3]。さらには、米大統領府においても、米国務省においても、そのフレーズが繰り返された。ネッド・プライス国務省報道官は7月1日に「われわれは、いつでも、どこでもDPRK代表と会う意思があるというわれわれの明確な意思を述べてきた」と述べ、9月24日にも、「述べてきたように、前提条件なしにDPRKと会う準備がある」と述べた[注4]。ジェン・サキ大統領府報道官も、8月31日、「われわれは、ドアを開けてきたし、はっきりとわれわれのチャンネルを通して接触を続けてきた。…われわれの申し入れは変わらず、いつでも、どこでも、前提無しに会うということだ。」[注5]
 ところが、バイデン大統領の国連演説以後、米政府の発言に「具体的な提案」という文言が付け加わるようになった。たとえば、10月1日、サキ報道官は「われわれは北朝鮮と協議するため具体的な提案をした。しかし、今日まで反応はない」[注6]と述べ、10月7日、プライス報道官は、「どこでも、いつでも、前提無しに」のフレーズを繰り返したのち、「われわれはメッセージの中で、北朝鮮に対して協議するための具体的な提案をした。われわれは我々の呼びかけに彼らが肯定的に応えることを希望している」[注7]と述べた。

 現在、具体的な提案が何を意味するのか、また、実体があるのかどうかさえも、明らかではないが[注8]、このような経過から、日本や欧米では多くの市民には米朝交渉のボールが北朝鮮側にあるかのように思われている。

 しかし、非核化をテーマとする米朝交渉に関する北朝鮮の立場は明白であろう。
 北朝鮮にとって、戦争状態にある米国への抑止力として開発した核兵器を放棄するには、安全の保証が必要になる。監視報告でも繰り返し述べてきたが[注9]、北朝鮮は、核兵器あるいは核開発の放棄を国際社会と約束する際、必ず相手側には北朝鮮が侵略されないという安全の保証や、関係改善などに向けた取り組みを約束させてきた。繰り返すまでもないことであるが、ドナルド・トランプ前大統領とシンガポールで臨んだ史上初の米朝首脳会談でも、金正恩国務委員長(当時)が「朝鮮半島の完全な非核化」に向けた責務を再確認するのと同時に、トランプに「北朝鮮の安全の保証」を確約させ、その上で「新しい米朝関係の構築」、「朝鮮半島の永続的かつ安定的な平和体制の構築」、「朝鮮半島の完全な非核化」、「米兵の遺骨回収と返還」に向けて共に取り組むことで合意した[注10]。
 2019年2月にハノイで行われた2回目の米朝首脳会談では、安全の保証の第一歩として北朝鮮は制裁解除を求めたのに対して米国が北朝鮮に全ての核兵器と核施設の廃棄を要求したため、首脳会談は何の成果も残すことができなかった。北朝鮮側が米国の要求に応じられなかったのは、米国が約束した安全の保証や関係改善に向けた米国の姿勢について、全幅の信頼を置くことができなかったからだ。北朝鮮としては、当時の米国との信頼関係の度合いの中で取ることができる「最大の非核化措置」として、「寧辺(ニョンビョン)地区のプルトニウムとウランを含む全ての核物質の生産施設を、米国専門家の立会いのもとで、両国技術者の共同作業として永久に、完全に廃棄」し、「核実験と長距離ロケット発射実験を永久に中止する」ことを文書で「確約」するという「現実的」な提案を行い、「民需経済」や「人民生活に支障を与える項目」の制裁解除を米国に求めた[注11]。それに対して米国政府は「オール・オア・ナッシング」の立場で合意を拒否した。

 それ以降、北朝鮮は米国に関係改善の意思はなく、米国の敵視政策が続くという判断に立つようになった。そして、経済制裁の解除を求めるのではなく、経済制裁の継続を前提とした経済建設に取り組む路線をとった。ちなみに、金与正朝鮮労働党中央委員会副部長によると、2019年6月に行われた板門店(パンムンジョム)における3回目の米朝首脳会談で金正恩がトランプに伝えたのは、このような北朝鮮の立場だった[注12]。2019年末の朝鮮労働党中央委員会総会において、金正恩は米国の対北朝鮮敵視政策が終わることはないと判断し、自力で経済発展を目指す「正面突破戦」を宣言するなど、国家の安全を核による抑止力で担保し人民の生活を向上させることに集中する方針を打ち出した。
 このように、北朝鮮は自衛力の担保、すなわち北朝鮮の主張に立てば、米国の脅威に見合った戦争抑止力の強化を維持しつつ、経済建設に集中するというのが、現在の北朝鮮の立場である。したがって、北朝鮮にとって米朝交渉に第一義的な関心はない、と言えるであろう。

 とはいえ、COVID19パンデミックと気候変動下の自然災害の増加の中で経済建設に集中しようとする北朝鮮にとって、侵略の憂いのない安定した朝鮮半島の国際環境の必要性はその前提条件となるであろう。2016年の「国家経済発展5か年戦略」の失敗を自認したうえで、2021年1月の党大会で立てられた「国家経済発展5か年計画」の成功は、金正恩体制にとって至上命令となる課題である。そのための前提となる、緊張が緩和した国際環境を整えることは、北朝鮮にとっても望むところであるに違いない。ここに米国が積極的に取り組むべき外交の糸口がある。

 北朝鮮は朝鮮半島の平和と非核化に向けた米国との交渉についても道は閉ざしていない。2021年1月の第8回労働党大会において、金正恩が「新しい朝米関係樹立のキーポイントは、アメリカが対朝鮮敵視政策を撤回するところにある」「今後も力には力、善意には善意の原則に基づいてアメリカに対するであろう」[注13]と述べたことはよく知られている。

 いま米国が示すべきものは、「いつでも、どこでも、前提条件なしに」というような呼びかけではない。2018年以来の米朝交渉の経過を踏まえた、信頼醸成のための一方的措置を含む具体的提案である。一方的措置の必要性の理由については監視報告32で述べたので繰り返さないが、北朝鮮がすでにとって現在も継続している措置に応えることが理にかなっている。
 本論では、米国に求められる具体的提案に関連して、米国が考慮すべき2つの点を指摘したい。1つは米韓合同演習中止に関係する提案であり、もう1つは経済制裁緩和に関係する提案である。最近、金正恩総書記は「米国はしばしば我が国を敵視していないとシグナルを送っているが、それを信ずるに足る行動は何も示していない」(2021年10月11日、国防発展展覧会での演説[注14])と述べたが、この2点は、米国の敵視政策について、金正恩の主張の根拠を払拭するために欠かせないものであろう。
 北朝鮮は米国と韓国に対して合同軍事演習を中止するよう繰り返し求めている。8月10日から2段階で行われた合同軍事演習も、北朝鮮政府が警告する中で行われた[注15]。規模を縮小させたとしても、北朝鮮にとって、外部勢力である米国の軍隊が朝鮮半島で演習を行う限り、それは米韓が北朝鮮を侵略するための予行演習とみなさざるを得ないであろう。朝鮮戦争が正式に終わっていない現在においては、なおさらのことである。朝鮮国連軍との関係および米韓相互防衛条約との関係における米韓合同演習の必要性とその在り方について、「敵視政策の撤回」をふまえた変更が正式に検討されるべきである。この問題は、南北で結ばれた2018年「9月平壌宣言」の「軍事分野における合意書」に謳われた南北の緊張緩和と将来の段階的軍縮に関する合意の持続と発展のためにも、避けることのできない米韓共同の課題である。具体的な変更の形についての結論に時間を要するのであれば、検討の開始を公式に表明して、検討期間における合同演習のモラトリアムを表明するべきであろう。
 米国がもはや北朝鮮に対して敵視政策をとっていないことを示しうるもう1つの現実的な手掛かりは、金星(キムソン)DPRK国連代表が、開催中の国連総会において行った一般演説の中に述べられている[注16]。けっして新しい主張ではないが、彼は国連の公平と公正を強く要求した。現在の国連安保理においては、たとえば、多くの国において行われている短距離ミサイルの発射実験について、北朝鮮が行った場合のみが「平和に対する脅威」として非難され、場合によってはさらなる経済制裁の強化を招く状況が存在している。2006年から2017年にかけて行われた北朝鮮の核実験、ミサイル実験に対して採択された安保理制裁決議の是非をめぐる議論は、ここではさておく。問題は、2018年4月に北朝鮮が核実験と長距離ミサイル実験の中止を自主的に決定し、今日まで3年半にわたってそれを守っている現実がある。のみならず、朝鮮半島の一方の当事国である韓国がSLBM実験の成功を誇示する[注17]という新しい情勢も現れている。そんな中で現行の対北朝鮮制裁決議の妥当性が再検討されるべき時期を迎えていることは、世界の多くの良識が認めるところであろう。
 この問題については、ロシアと中国がすでに安保理で非公式に提起していると伝えられているが[注18]、バイデン政権が、制裁緩和に向かう、より積極的な具体案を提案するリーダーシップをとることができるはずである。それは、米国の敵視政策からの転換を示す極めて適切な行動となるであろう。幸い、米国を含む多国間協議の合意文である「CTBT25周年記念宣言」(2021年9月22日)は、北朝鮮に安保理決議の順守とCTBTへの署名と批准を求めるに当たって、安保理決議に含まれている「見直し条項」を指摘している[注19]。すなわち、「DPRKの行動を継続的に監視しつつ、DPRKの順守状況に照らして必要であれば措置の強化、変更、中止、あるいは解除を行う用意がある…」という条項である。米国は国際社会がこの条項に注目している機会を活用して積極的な行動をとるべきである。(前川大、梅林宏道)

注1 バイデン大統領の第76回国連総会における演説。2021年9月21日。

Remarks by President Biden Before the 76th Session of the United Nations General Assembly | The White House

注2 “New U.S. envoy for North Korea looks forward to ‘positive response’ on dialogue”、『ロイター通信』、2021年6月21日。

https://www.reuters.com/world/asia-pacific/new-us-envoy-north-korea-huddle-with-skoreans-japanese-2021-06-20/

注3 “U.S. envoy says no hostile intent toward North Korea, calls for talks”、『ロイター通信』、2021年8月23日。

https://www.reuters.com/world/asia-pacific/us-skorea-envoys-discuss-jumpstarting-talks-with-north-korea-2021-08-23/

注4 米国務省プライス報道官の記者会見。2021年7月1日および2021年9月24日。

https://www.state.gov/briefings/department-press-briefing-july-1-2021/#NorthKorea

https://www.state.gov/briefings/department-press-briefing-september-24-2021-2/

注5 米大統領府サキ報道官の記者会見。2021年8月31日。

https://www.whitehouse.gov/briefing-room/press-briefings/2021/08/31/press-briefing-by-press-secretary-jen-psaki-august-31-2021/

注6 米大統領府サキ報道官の記者会見。2021年10月1日。

https://www.whitehouse.gov/briefing-room/press-briefings/2021/10/01/press-briefing-by-press-secretary-jen-psaki-october-1-2021/

注7 米国務省プライス報道官の記者会見。2021年10月7日

https://www.state.gov/briefings/department-press-briefing-october-7-2021/

注8 2021年10月15日、「具体的な提案」の中味を尋ねた記者の質問に対するプライ報道官の回答は曖昧を極めた。

https://www.state.gov/briefings/department-press-briefing-october-15-2021/#post-284428-NorthKorea2

注9 監視報告No.12、監視報告No.32。

それぞれ、https://nonukes-northeast-asia-peacedepot.blogspot.com/2019/07/no.html

https://nonukes-northeast-asia-peacedepot.blogspot.com/2021/06/no32.html

注10 シンガポール米朝首脳共同声明(2018年6月12日)。

https://trumpwhitehouse.archives.gov/briefings-statements/joint-statement-president-donald-j-trump-united-states-america-chairman-kim-jong-un-democratic-peoples-republic-korea-singapore-summit/

注11 李容浩外相の記者発表。『ハンギョレ』に全文(韓国語)。2019年3月1日。

http://www.hani.co.kr/arti/international/international_general/884116.html

『核兵器・核実験モニター』565号に日本語訳。

http://www.peacedepot.org/wp-content/uploads/2019/04/nmtr565.pdf

注12 “Press Statement by Kim Yo Jong, First Vice Department Director of Central Committee of Workers' Party of Korea”、『朝鮮中央通信』英語版、2020年7月10日。

http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付で検索。

注13 「朝鮮労働党第8回大会で行った金正恩委員長の報告について」、第3章「祖国の自主統一と対外関係の発展のために」『朝鮮中央通信』英語版、2021年1月10日。

http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。

注14  KCNA、2021年10月12日。http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。

注15 “Vice Department Director of WPK Central Committee Kim Yo Jong Releases Press Statement” 、『朝鮮中央通信』英語版、2021年8月1日。

http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付で検索。

注16 Kim Song, “Statement by Head ofthe DPRK Delegation H.E. Ambassador Kim Song, Permanent Representative of the Democratic People’s Republic of Korea to the United Nations at the General Debate of the 75 th Session of the UN General Assembly,”

https://estatements.unmeetings.org/estatements/10.0010/20200929/azzQgcBAMYqv/WaUGJrE2AJvT_en.pdf

注17 「文大統領『ミサイル増強、北挑発への確実な抑止力』 SLBM発射実験を視察」、『聯合ニュース』、2021年9月15日。

https://jp.yna.co.kr/view/AJP20210915004900882

注18 「国連安保理、中ロ提案の北朝鮮制裁緩和巡り30日に非公式協議」、『ロイター通信』、2019年12月30日。

https://jp.reuters.com/article/northkorea-usa-un-idJPKBN1YY01Q

注19 「CTBT25周年記念宣言」第8節。CTBT-Art.XIV/2021/WP.1

https://www.ctbto.org/fileadmin/user_upload/Art_14_2021/CTBT-Art.XIV-2021-WP.1.pdf

監視報告 No.37

   監視報告 No.37   2024年7月19日 § NPTと北朝鮮:日韓両政府は、条約会議を非難ではなく問題解決の場として活用すべきである     2024年7-8月、第11回核不拡散条約(NPT)再検討会議(2026年)に向けた第2回準備委員会がジュネーブで開催される予定...